252暦法学院戦2隔たれた姿に見えん






『一番、ファースト、鶴丸君』

先行は暦法学院。一番打者の鶴丸がバットを軽く振り回しながら右打席に立ち、足場を固める。小柄ないでたちにふさわしく、データでは足が速く、バットに当ててくるタイプというよくある一番打者だ。

だが…コントロールに不安がある西条ならともかく、正確な投球で勝負する冬馬ならあまり怖くはない。どちらかというと守備のほうが心配ではある。



南雲「ふぅん、先発は冬馬君か」

一塁側――ベンチの上で膝を立てる南雲は口にくわえた爪楊枝をぶらぶらさせながらマウンドに目をやった。一部の桐生院のメンバー達が視察と称してそこに陣取っている。

望月、烏丸、三上、南雲。この四人がそこに残っていた。

烏丸「てっきり西条君で来ると思いましたが…調子の問題でしょうか」

三上「冬馬君に投げさせるのであれば、継投でしょう。おそらく好守の暦法に対して将星もまた万全の体制で投手を起用したいのではないでしょうか?」


サイン確認のためにもう一度マウンドに上がる相川、それに応じる冬馬。

相川「ソフト部との試合との疲れはとれてるか?」

冬馬「ええ、ばっちしです!」

相川「…よし」

まぶしい笑顔で答える冬馬。

相川「わかってるとは思うが、歴法は好守のチーム。一点を競うゲームになるだろう…が」

願っても無いチャンスが将星にはある。エース岳がいない間になんとかして先制点をいれたい。そうなれば暦法には成川ほどの打線の怖さは無い。十分凌ぎきれるはずだ。

冬馬「大丈夫です」

相川「予定では、五回、だ。出し惜しみ無く使うぞ」

冬馬「…はい!」


『プレイ!!!』



岳「…」

古暮「さて、先発は冬馬君ですか…。」

黄色い声援を背に、冬馬が多き振りかぶる。

プレートの端いっぱいから、右打者の胸元をえぐるようにサイドからすさまじい角度で投げ込む…クロスファイア。

冬馬、第一球!

―――グンッ。

鶴丸(う!)


曲がる。それは予想以上に弧を…いや、それは最早緩やかなものでなく鋭角に角度を描く。


望月「な!」

三上「い、一球目からファントム…!?」


冬馬の伝家の宝刀、Fスライダー。まさに、幽霊のように消えるスライダーに思わず鶴丸はのけぞった。

バシィイッ!!

『ボール!』

鶴丸(お、おいおいなんて角度だよ…)

相川(…よし)

冬馬の精神は予想以上に成長していた。昔は打者にぶつけるのが怖くて右打者には厳しい球が投げられないという弱点にもなる精神力の弱さ…があった、が。

誰にも怖気づかない、降矢、西条。そして一つ大きな壁を乗り越えた県。そして自らの体をていしてボールを止めた三澤…。

自分も、将星のために、そして自分のために。渚のために、負けてられないという強い決意が、冬馬を更にレベルアップさせていた。

増やした練習量により、Fスライダーは前よりもキレを増し、付随するようにコントロールもより正確なものとなっている。



岳「…あのスライダー。あの投手の決め球たる存在。確かそうではなかったか」

暦法の主力二人は、一球目がFスライダーであることにいささか動揺していた。例外こそあれど、冬馬にとってFスライダーは決め球…いざという時の球種。それを一回の一番の一球目から使うとは。

古暮「データでは確かにそうなってますね」

冬馬優。古暮はその投手を、多少コントロールが良く、切れ味の鋭いスライダーを持っているだけ、の投手。そう考えていた。ならば対策は簡単だ。

スライダーは捨てて他の球を狙えばいい。

…だが。

古暮(まさか、全球スライダーというわけはないでしょうが…)

むしろ、投手より気をつけなければいけないのは。相川という捕手だ。この捕手が投手の力を100%以上引き出している。

膨大な知識に基づいた、緻密で繊細なリード。そこに大胆な閃きや発想はなくても、着実に抑えれる可能性が高い場所に投手を導いていく。そんな彼が全球スライダーなんて暴挙に出るわけが無い。


冬馬「はああーーー!!」


思考が落ち着く前に、冬馬の雄たけびが聞こえてきた。第二球。

鶴丸(おいおい、古暮はスライダーにだけ気をつければいいって言ってたんじゃ…)

コースは内角高め。

鶴丸(お…おいおい…当たる……!!!!)

ボールは鶴丸の胸元まっすぐ目掛けて進んでくる。これは当たる。人間の本能故に、鶴丸は思わずバットを放り出して後ろに倒れこんだ。






…が。

『ストライッ!!』

鶴丸「は、はぁ!?」

『―――ざわ』

球場がざわめいた。

打者に当たるはずのボールが相川のミットに収まっている…しかもストライクで。


南雲「…見たか?」

望月「…ええ。シュート、ですね」

相川(くく…)

シュート。

相川は成川戦が終わったときから、どうしてもFスライダーに頼りがちな冬馬の新たな起用法を探っていた。

確かにファントムは、サイドスロー、しかも対角線上に来る球がさらに曲がるというさまざまなプラス要素を複合したすぐれた兵器であることは間違いない。

だが、あくまでもそれは冬馬自身の武器、というだけの話だ。通用する者には誰にでも通用する。だが、通用しない相手にはまったく通用しない。

ナイフで銃に立ち向かっても、無残に蜂の巣になるだけだ。

それが桐生院であり、成川であった。工夫してもやはり最後はファントム、になればさすがに大会のレベルが上がっていくと限界が見えてくる―――。












冬馬「シュート…ですか?」

相川「ああ。それを強化したい」

すでに冬馬は若干ボールが上昇するライズ気味のシュートを持ってはいたが、あくまでもそれは猫だましのようなもので、実践で使うと成るとファーストサプライズ以外の使い道が限られてくる。

今までもいろんな球を投げさせたが、どうも冬馬は縦方向の球種を投げるのは苦手らしい。サークルチェンジからシンカー、はたまたナックルまで試したが、投げられこそすれ、どうもピンとは来ない。

そこで相川が考え出したのが、Y作戦だ。

ちょうどアルファベットの「Y」のように、打者の直前まで球がどちらに曲がるかわからない。安直な考えではあるが、これが使えるのが効果的であろう。

幸いなことに冬馬はシュートが投げやすいらしく、まずはこのシュートを強化していくから始める、冬馬の県大会に向けた練習はそこから始まった。

そして、ソフト部戦を通じて三澤からライズの投げ方を教わったことで、Rシュートはさらに横方向へ特化したシュート、縦方向に特化したシュートと進化したのである。

縦方向へのシュートは相変わらず、出オチぐらいにしか使えないが、この横方向へのシュートが思ったより好感触であり、これにより冬馬の投球の幅はさらに広がることとなる。

ファントムには及ばないが、鏡に映したように逆にそれていくシュート―――ミラージュ。



『おおおおおおお…!』

「冬馬ってスライダーだけじゃなかったんだな…」

「あったりまえじゃない!とーまきゅーん!!」

「すてきーー!!!vv」


三澤「…頑張れ、優ちゃん」

緒方「…みんな、頑張ってるのね。よし、なら私は応援することを頑張るわ!!いーぞバッターびびってるー!」

六条「せ、先生、それはヤジなんじゃ…」



『ストライク、バッターアウト!!!』


そのままMシュート、Fスライダーをたくみに使い分け、最後はど真ん中ストレートという、なんとも嫌らしい投球で、まずは先頭の鶴丸を打ち取った将星バッテリー。

勢いはそのままに…。

粕英「うぐ!」

織田「ちっ!」

二番、三番ともに内野ゴロに打ち取って、完璧な立ち上がりを見せる。

相川(いけるな)

打線の勢いだけなら、暦法は完全に成川より格下だ。冬馬の力なら十分抑えられる。そもそも暦法自体が、岳と古暮に頼って勝ってきたチームなのだ、その二人がいない時点で…。


烏丸「今の将星の敵ではないでしょうね」

南雲「かっかっか…まっこと面白いぜよ。まぁた化けよったがじゃ、あのチーム」

望月「…」


ならば、その二人がいない内に戦局を動かす。


相川「頼んだぜ御神楽」

吉田「気合いれていけよ!気合!」

御神楽「…言われずとも、である」


御神楽はヘルメットを深めにかぶりなおして打席に立つ。


『一番、ショート、御神楽君』


すっかり将星の核弾頭として一番が定着した御神楽。やはりセンスがいいだけあって、成長は著しい。特に守備はもとより、夏以来打撃センスがますます向上している。

真田というレベルの高い選手が入ってきたことにより、吉田、御神楽という将星打撃陣の中核を担う二人には良い刺激になっていた。


マウンド上は、左投手の遠田。暦法の二番手投手で、地区大会にも二戦に登板…だが。

相川(投げた8イニングで出した四死球が10。失点は4恐れるような投手じゃない)

今まで戦ってきた相手―――望月、森田、尾崎、大和、九流々、そして野球ではないが全国クラスのソフト投手である柳牛。明らかに一味も二味も違う人間と戦ってきた将星にとって、もはや一般の投手のレベルでは、物足りないぐらいである。


キィンッ!!!!

『ワッ!!』


初球、甘く入ったカーブを捉えた打球は左中間を深々と破り、その間に御神楽は快速を飛ばして、悠々二塁に到達。

御神楽(…フフン。柳牛のあの球と比べるととまって見えるわ)

結果的にソフト部との試合が将星の『眼』を予想以上に鍛えていた結果となった訳だ。



岳「…監督」

古暮「どこの馬の骨。運で勝ってきた弱小チーム。…その印象は改めた方がよろしいかと」

監督「ぐぅ……!!仕方ない、岳、古暮、アップをしておけ」

岳「仰せのままに」

古暮「わかりました。三回からは登板できるでしょう」

監督「く…三回まで持ってくれよ…遠田!」







コツンッ。

軽快な音ともに、勢いを殺した打球がファースト方向に転がっていく。二番県は、三球目を綺麗に転がし、送りバントを綺麗に成功させた。

緒方「…ねぇ」

三澤「な、なんですか?監督」

緒方「う、うちってこんなに強かったっけ?」

相川(…遥か遠くを見て走ってきたら、いつの間にかたくさんの場所を追い越してきたようだ)

真田(…ほう)

大場「吉田どん!先生のチャンスとですよ!」

吉田「任せんしゃい!」


馬鹿元気とばかりにマスコットバットを振り回す吉田。初回からいきなり出鼻をくじかれた形となった先発が落ち着いてられるはずもない。特に高校野球の試合は負ければ次が無いのだ―――!



グワッキィィインッ!!!!!!!!!


すさまじい音を残して、ボールはスタンドに飛び込んだ。



『ツーランホームラーーーン!!!!!!!』



吉田「おっしゃらああ!!」

バットを放り投げて左腕で力強くガッツポーズを決める吉田。続けてきた筋トレの成果がようやく出てきたのだ。飛躍的にパワーはアップしている。もともとバットに当てるのは上手い選手だっただけに、長打力がついたことは、単純に力強い自信になる。






南雲「―――強いぜよ。将星」

まだ将星の攻撃が始まって十分たっていないのに、二塁打、送りバント、ホームランで二点先制だ。

烏丸「これは思ったよりすんなり行くかもですね」

望月「悔しいが…将星を見くびった暦法のミスといわざるをえないな…」

三上「でも、見てください」

暦法のベンチ横で、岳と古暮が投球練習を始めていた。遅れて暦法がついに本気を出し始めた。

この後の将星の攻撃、大場は外野フライ、真田は四球で出塁したものの、相川がショートゴロで一回裏は二点止まり…だが、大きい援護だ。

相川(感謝するぜ吉田)



二回の表…打順は四番キャッチャーの谷嶋からだが…。

『選手の交代をお知らせします』

…!

冬馬(来た…!)

相川(ようやく本気って訳だ)




「…りさー!!」

六条「きゃあ!?…ってナナコちゃん!?」

三澤「あれ!?どうしてここに…?」

緒方「あら、ナナコちゃん…」

六条に抱きついた後、ふにゅん、と緒方のふくよかな山に包まれる。めり込み方が相変わらず凶悪である。

ナナコ「ゆず!みかんさんにつれてきてもらったの!!」

三澤「えー!?お母さんが!?…も、もう…ばれたら怒られるよ!」

降矢「置いとけ」

ナナコ「えーちゃん!」

降矢「ええい抱きつくなっ!!…ナナコは、これでも見る眼があるからな。何か役に立つかもしれん、おいとけ」

そういえば、ソフト部戦の時もいろいろ言ってたっけ…。六条と三澤と緒方は、とにかく目立たないように後ろのベンチにナナコを座らせた。

そのまま前のベンチの背もたれの部分から顔を出して試合を見るという形になる。これなら気づかれまい。





『四番、谷嶋君に代わりまして…古暮君』


ナナコ「…なんか、雰囲気、変わった、かも」






二回表、暦法0-2将星



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