251暦法学院戦1汝に恵みあれ














その日JRの車両に花が咲いた。

いや、これは比喩なのではあるが、まぁ見慣れた人にとってはそう驚くことではない。


氷上「さぁーつきましたわよ!!!」


三車両まるまるほぼ占領した将星高校の生徒が、氷上の合図に合わせてぞろぞろと駅に降り立っていく。

別に遠足だという訳ではない、総勢100名をゆうに超える将星高校野球部非公認応援団である。

もともと応援団というものは存在していたし、試合の応援に来る生徒も少数だが存在していた、しかしソフト部との一戦以来、教師たちや他の運動部からも認められたので、晴れて野球部を応援することが公に許されたのである。


「なんだか吹奏楽部で野球応援するなんてねー」

「ちょっと楽しみじゃない?」


唐突に決まった吹奏楽部の応援への参加も、女子ソフトでそれなりに慣れていたので変に混乱することは無かった。

しかし、ほぼ女子高のため、いたるところに女子、女子、女子。

チアはともかく、学ランの応援団長も女子、何か勘違いしてコスプレまがいの事をしている輩もちょこちょこといる。

しかもまぁ、基本的に将星は女子のレベルが高い、そのことも相まってこの異様な一団は周囲の注目を嫌がおうにでも集めることとなる。


氷上「さぁさ、皆さん一列になって

山田「舞ちんが応援団長がないんだからさー」

夙川「まぁまぁ…いいじゃない理穂」


と、まぁ新聞部の二人も。


海部「…なんで私が……いやというわけではないが…」

関都「お前まだこだわってんのかよ?」

不破「独り言?」

蘇我「いいじゃんいいじゃん、今日は練習休みなんだし、しゅっぱーつ♪」


なぜか女子ソフト部の面々も。

男子のいろいろな感想が混じった感嘆を浴びながら、一同は改札をくぐる。

駅自体はあまり大きくは無いが、山を切り崩して作ったこの一帯は整然とした風景が広く並んでいる。

建物も唐突に大きな住宅地があるぐらいで、道の広さの割りに車の通りも少なく、かなり異様な印象を受ける。

特に将星高校は雑多な繁華街をすぐ隣に持つので、生徒達にとってはなおさらだ。

その中でも一際大きな道の向こうに、一目でわかる大きな球場がある。

5kmは離れてそうだが、すでに歓声が聞こえていた。

将星高校はこの日の二試合目であり、一試合目は成川-東創家戦である。




―――ワァッ!!!


すでに球場に乗り込んでいた将星メンバー一同は内野席の一角を陣取ってその試合を眺めていた。

相川「…順当に行くと、東創家、か」

手元のメモ帳に走らせる手を止めて、再び視線を試合に戻す。

6-1で八回、大差をつけたのは東創家の方であった。


浅田「ぃよいしょお!」


バシイイインッ!!!

『ストライク、バッターアウトォ!!!』


吉田「お…おいおい、あの成川打線が…」

御神楽「結局失点は、一回に許したエラーからの失点だけではないのか?」

冬馬「っていうかさ…」


六条が手元のスコアブックを見直して、目を見開いた。


六条「…二回以降、東創家の浅田投手…パーフェクトピッチングですよ…!」

西条「な、なんやとぉ!?」

冬馬「だよね、ずっと打たれてないもん」

緒方「…言われてみれば…」

降矢(浅田の野朗…面白ぇーぜ)


かつての旧友の姿がマウンドにある。

このまま順当に行けば、準決勝で当たるのは東創家だ。


相川(…スライダーだな)

真田(スライダーか)


相川と真田は同じ事を頭に描いていた。

『ストライクッ!バッターアウッ!!』

荒幡「くそぁっ!!!」


四番荒幡劉も2-1と追い込まれてからのスライダーで空振り三振。

冬馬のファントムを完璧に捉えた荒幡劉が、空振り…!


冬馬(うう…)

南雲「ありゃー、高速スライダーぜよ」

冬馬「…うひゃあ!?」

相川「!」

降矢「お、アンタ確か…」

真田「南雲!…相変わらず神出鬼没な奴だな」


冬馬の隣に長身がいつのまにか座っているかと思えば、その男は桐生院の新キャプテン南雲要その人であった。

ベンチにあぐらをかいている南雲、口にくわえたつまようじが、ゆらゆらと揺れている。


南雲「冬馬君のスライダーはキレはええが、スピードが足りん。ほじゃき目がなれれば変化に惑わされる事無く打てるぜよ。じゃが、あの浅田君のスライダーは根本的にスピードが速い。ストレートだと思ってバットを振ったら球はすべり落ちてくる、なかなかの曲球ぜよ」

烏丸「…やれやれ、南雲君。どこにいったかと思えばこんな所にいたとはね」

妻夫木「本当にこんな弱小高校を買ってるんだなお前」

西条「なにぃ?…っておい、望月じゃねーか」

望月「げ、西条」


通路の反対側に、桐生院の制服を着た男たちが立っていた。

どうやらここまで南雲を探しにきたらしい、ずいぶんと呑気な新キャプテンだ。


南雲「おお、どげんしたぜよ皆?」

藤堂「テメエを探しにきたんだよ」

三上「か、勝手に歩き回らないくださいよぉ、監督に怒られますよ?南雲さぁん」

真田「これはこれは、懐かしい面々だこと」

相川「桐生院は第四試合だったか、しかし総出でキャプテンを迎えに来るとはご苦労様」

南雲「ちゃ、ちゃ、すまんぜよ。ついついこいつらを見ると話かけたくなるんぜよ」

真田「相変わらず良くわからん奴だな…」

藤堂「苦労してるんだぜ、俺達もな」


よ、とその場からジャンプして地面に降り立った。


南雲「ま、がんばれぜよ。お前らとやるの、楽しみにしとるきに」

望月「こいつらが勝ち上がってるとは思えませんけどね」

ピク。

降矢「何ィ…?」

西条「やかましゃあ望月!お前らも、霧島に負けんように頑張ることやな!」

望月「もう負けねぇよ、桐生院は…誰にもな!」

南雲「あ、そうそう相川君、吉田君」


立ち去ろうとしていた南雲が、両手を叩いて戻ってきた。


南雲「おまんらの相手、ただものじゃないきに。油断しちゃいけんぜよ」







―――アーメン。

???「祈りは終わりましたか?岳」

誰もいないロッカールームで、一人の男がうずくまっていた。

短く刈りあがった髪、うすい眉毛、目はギョロりと飛び出ているかのように眼光がギラギラと光っている。

鼻筋は外国人のように高く、口も横に長い、まるで見た目だけなら鮫のような顔立ちだった。

暦法のユニフォームに身を包んだその男こそ、暦法学院の一年投手、岳隼人(がくはやと)であった。

岳「神への祈祷中に声はかけないでもらいたい」

古暮「ふふ…まだ祈っていたのですか、本当に君の信心は人一倍ですね」

岳「…アーメン」


岳は立ち上がった。

森田ほどではないが、一年にしてはずいぶん大柄だ。

180を越えているかもしれない、側にいる古暮が小柄なだけに余計それが目立つ。


岳「神は我々を祝福した、さぁ戦場へ赴こう」

古暮「僕らの出番が、あれば、いいですけどね」


古暮はずれかけていたメガネを押し上げた。







結局、試合は7-1で東創家が成川を下し、準決勝を一番に決めた。

森田は五回までは1-1と均衡を守っていたものの、六回に与えた死球が降矢の事を思い出させたのか、そこからガタガタと崩れた、それが一番の敗因だった。

だが、それは過ぎたこと。

次は自分達の番だ。


降矢「勝ち逃げか」

森田「…目、すまなかったな」

降矢「俺は勝ち逃げか、つってんだよ」


ロッカールームを出た、ベンチの裏で森田とすれ違った。

疲れきった顔だった、まだ降矢の事をどこかで気にしていたのだろう。


森田「…不甲斐ない試合だったか?」

降矢「少なくとも俺らとやった時のお前らの方が輝いてたぜ」


ふぅ、と森田は大きく息をついた。

そして笑う。


森田「くく…お前らとの試合で俺は燃え尽きたのかも知れんな」

降矢「何を大げさな。いいか?テメーは俺に球をぶつけたかもしれねえ、でもわざとじゃねーんなら、それをひきずっていくのは俺にとってもお前にとっても駄目な事だろうが。次こんな試合したら、俺がテメーの目にバットをぶつけてやるぞ」

森田「…」

降矢「…なんだよ、その目は。」

森田「お前…なんかあったのか?雰囲気変わったぞ?」

降矢「…さあな。最近良く言われる、自覚はまったくねーがよ。ほら、どけ、去ね!敗者は帰ってクソして寝ろ」

森田「…はっはっは、それでこそお前だ。…頑張れよ、将星」

降矢「見てやがれ、片目ぐらい見えなくたってなんとかなるってことを見せてやる」

森田「そうだな、普通なら…無理かもしれんが、お前なら、って思ってしまうのが怖い」


森田はもう一度笑って降矢の横を通り過ぎた。

もう振り向くことは無く、手を頭上で振っていた。

…。


相川「では、監督、どうぞ」

緒方「えー、こほん」


グラウンドはすでに整備が始められていた、応援団も入れ替わりで将星の女子生徒たちの黄色い声が球場に響く。

帰りかけていた一般客もなんだなんだ、と驚いて再び球場に戻ってきた。


氷上『きゃあああ!!!相川様ぁーー!がんばってーーですわ!』

桜井「むぅ…」

三澤「あはは…」

相川「…将星の恥だな」

『冬馬きゅーーーん!!!!』

『御神楽様ぁーーー!!』

いつの間にこんな、なんだか安っぽい集団になったんだろう将星は。

痛む頭を抑えながら、相川は応援団…教え子に手を振る緒方先生の肩を叩いて注意した。


西条「けっ!けーーーっ!!!女子供は帰れ帰れ!」

野多摩「もてないからって、ひがんじゃ駄目だよぉ」

冬馬「柳牛ちゃん、見にきてるじゃん、西条」

西条「…別にあいつが来ようが来まいが俺には関係ないやろが!」


フェンスの向こう側では女子ソフト部の一団が、柳牛の肩を叩きまくっていた。

蘇我「いきなよミーちゃん!!」

不破「…ほら」

海部「手でもふってやれ」

雪澤「ほらー、勇気だって、勇気ー」

村上「お前らミーの身にもなってやれって…」

柳牛「あ、あの…あのあの…西条、くん、がんばって…」

近松「聞こえてないんじゃない?」

足利「でも西条さん顔赤いですよ」



原田「くたばれッス西条くん!!」

西条「じゃかあしいわ!!!」

相川「…いいからお前ら静かにしろ」

緒方「…えーこほん、じゃあオーダーを発表するわね」

一番、ショート御神楽君
二番、センター県君
三番、サード吉田君
四番、ファースト大場君
五番、レフト真田君
六番、キャッチャー相川君
七番、ライト野多摩君
八番、セカンド原田君
九番、ピッチャー…冬馬君!!」


オーダー自体は、地区大会一回戦の青竜高校戦とさほど変わらない。

ベンチには西条と降矢、今日の先発は冬馬だ。


西条「…なんやねん、とーまが先発かい」

冬馬「これが実力の差、って奴かもね…ぷぷぷ」

西条「こなぁらーー!おとなしくしてたら調子にのりおって!」


バキィッ!!ゴシャアッ!!!

冬馬「ふみっ!」

西条「うぎっ!!なにすんねん!!」

降矢「やかましい」


ギロリ。

西条「…う、わかった、わかった、そう怖い顔するなや、じゃれただけやがな」

流石の西条も、降矢の眼光にはかなわないらしい。

冬馬はまだ頭を抑えてうなっていた。


真田「おい、相川」

相川「ん…?どうした、真田」

真田「電光掲示板見てみろよ」


この球場は最近立てられたもので、プロ野球の試合にもたまに使われているほど立派な球状だ。

よってスコアボードは電光式で、しっかりと名前も表示される。


一番、ファースト 鶴丸(つるまる)
二番、センター 粕英(かすえい)
三番、サード 織田(おだ)
四番、キャッチャー 谷嶋(やじま)
五番、ピッチャー 遠田(おんだ)
六番、セカンド 曽我部(そがべ)
七番、ライト 野栗(のぐり)
八番、レフト 丹波(たんば)
九番、ショート 西橋(にしばし)


三澤「あれ…?」

御神楽「おい、噂の二人はどうしたのだ」

相川「…温存?まさか…」

真田「くっく…どうやら、おれ達は桐生院といい暦法といい、なめきられてるみたいだぜ」

西条「エースと四番温存やと…俺らにはそれで十分って訳かい」

六条「…」



ザンッ!!

吉田が大きく一歩をグラウンドに踏み出した。


吉田「はっはっは!!!上等上等!!出さないのなら、引き出してやろうぜ相手の四番とエースをよ!!!行くぞみんな!桐生院に勝つためには、こんなところで止まれないぜ!」

相川「…流石吉田」

御神楽「ナイス単細胞」

真田「シンプルイズベストだな」

吉田「ほめられてる気が一向にせんのはなぜだ!!!」





一方の暦法ベンチ。

薄ら笑いを浮かべながら、ずれたメガネを押し上げる小柄な少年。

古暮「監督、本当にいいんですか?僕達がベンチで…」

岳「…」

監督「桐生院とやるまではお前らは秘密兵器だ、こんなところで手の内をばらす訳にはいかん!」

古暮(……どうかな。僕はこの将星は侮ってはいけない気がしますけどね)

岳(神の導きのままに)



監督「では、先発オーダーを発表する…が、その前にみな目を閉じろ。神に祈りをささげるのだ」

「「「「「アーメン」」」」」




吉田「何やってんだぁ、あいつら」

暦法の野球部員が全員肩ひざを地面につけ、胸の前で手を組んでいる異様な光景を見て吉田思わず指差した。

三澤「駄目でしょ傑ちゃん、人に指さしちゃ失礼なんだから」

桜井「ほら、暦法はキリスト教の学校だから、そういう神学的なしきたりがあるらしいよ?」

吉田「ふーん…まぁ、俺達も神頼みはするしな」

真田「馬鹿らしい」

吉田「ん?」

真田「神がいようがいまいが、最後に運命を決めるのは自らの力だ。他者に頼っている時点で、あいつらに勝ち目は無い。この試合もらったぞ」




太陽が頭上に昇り、正午を知らせる。

試合の始まりを告げるサイレンが、うなりをあげた。



吉田「おっしゃあ!!行くぞぉ!!」

「「「「「ざす!!!!」」」」」







一回表、暦法0-0将星



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