250fool on the planet











明るいブラウンのセミロングヘアー、形こそポニーテールではないが髪の色はそっくりだ。

顔もどこかしら面影がある、見る人が見ればすぐに三澤の親族だと思うだろう。

彼女はトレンチコートを脱ぎ、椅子の背の部分にかけてそのままそこに座った。

隣のナナコもその隣の椅子に座る、ダッフルコートとニット帽はかぶったままだった。


ナナコ「…」


しかし、さっきから目をあわせようとはしてくれない。

たまにどこかこちらの機嫌を伺うような不安そうな瞳がちらちらと見上げてくるだけだ。


蜜柑「…話は大体智美から聞いたわ」

降矢「世間は狭いな、こんな近くにあんたがいたなんてよ」

蜜柑「当然じゃない、私はあなたのオブザーバーだもの」

降矢「オブザーバー?」


見た目は三澤柚子がそのまま十年経ったような感じだが、降矢に対する声には何か静かな威圧感がある。

その目線も、決して降矢にとって心地よいものではなかった。


蜜柑「あなたを地上に…オーバーグラウンドに普通の人間として生きてもらうために、そのままじゃ危険でしょう?どこで何が起こるかわからない…だからあなたは常に私の目の届くところにおいて置かなければならなかった」

降矢「偶然に偶然が重なったって訳じゃなさそうだな」

蜜柑「あなたがまた『野球』を始めたのは意外でしかなかったわ、あなたにとっては良い思いでは無いはずなのに」

降矢「…くっく」


降矢は思わず笑ってしまった。


降矢「そうでもないぜ?」

蜜柑「…そう」

ナナコ「…」

降矢「で、何のようだ。また記憶を消しに来たとかはやめてくれよ。俺はよ、もう降矢毅なんだ。なぜかわかんねーけど、すげえ今それはしっくり来てる」

蜜柑「組織は、もう存在しないわ…いや、正確にはあの頃の組織、だけど」

降矢「…」

蜜柑「元ボスは行方不明、それに続くように幹部達が次々に命を狙われ、私も研究職を失った。今プロペラ団は、ただ私利私欲を追求するためだけの下種な集団に成り下がったわ。ニューエイジプロジェクトも一向に成功の兆しを見せない」

降矢「だからどうした」


降矢の笑みが消えた。

目は急に細くなり、眉間にしわがよる。

首から上を前につきだし、蜜柑の目を覗き込むようにしてにらみつける。


降矢「テメーらがやってたことが、良いことだといえんのかよ」

蜜柑「少なくとも、崇高な目的はあったわ。…褒められたことではないかもしれないけれど、科学者なんて皆そんなものよ。善悪に捉われずに目的と証明を探すために実験と観察を繰り返すの」


何を偉そうに。

降矢毅になってからは、どうも気が短くなってる。

これが本来の自分なのかどうかはわからないが、今降矢毅は異常に腹が立っていた。


降矢「俺を怒らせに来たなら帰んな、その言い方頭にくんぜ…!!」

ナナコ「や、やめてえーちゃん!」


ナナコが、降矢と蜜柑の前に立ちふさがった。

というよりも、ベッドの降矢にしがみついた、という方が正しい。


降矢「ナ、ナナコ…」

ナナコ「ケンカしちゃ駄目だよ!…蜜柑さん良い人だよ、本当だよ!」

蜜柑「……」


蜜柑ははっとしたように目を丸くして、前髪をはらった。

そこにはもう先ほどまでの威圧的な雰囲気は無かった。


蜜柑「…ごめんなさい、そんなつもりで来たんじゃなかったの」

降矢「…」

ナナコ「蜜柑さんも、どーしたの?怖いよ…?」

蜜柑「もう大丈夫よナナコちゃん、ごめんなさい。昔を思い出してしまって…ちょっと」

降矢「…あんた、今もあそこにいるのか?」

蜜柑「まぁ、一応はね。…権限も何も無いし、今は智美ちゃんの下であなたの監視という仕事をするためだけに所属してるわ。…でも関わりがあるのは智美ちゃんだけ、組織自体とはもう縁を切るようにしてるわ」

降矢「三澤先輩は知ってんのかよ」

蜜柑「知らないわ。あの子にはあの世界に関わってほしくない、と思っているもの。…さすがに智美ちゃんが柚子と話をした時には驚いたけどね。今はただの…専業主婦よ」


そうかい、と降矢は吊り上げていた目を元に戻した。

その拍子に、体にしがみついていたナナコと目が合った。


ナナコ「えーちゃん…ごめんね、忘れてたってわかってたけど」

降矢「いや、俺もその、悪かった。ただ、俺はもう降矢毅として三年間生きてきちまったから、あの頃のエイジと俺は記憶はあるけど、別人みたいなもんだぜ?」


ナナコは、くすっと笑うともう一度降矢に強く抱きついた。

軽いのは軽いし、ちっちゃいのはちっちゃいんだが、やはり照れるものは照れる。


降矢「あ、あんまりくっつくんじゃねーよ!」

ナナコ「えーちゃんは、えーちゃんだよ」

降矢「………そーかよ」

蜜柑「あらあら、降矢君モテモテねぇ」

降矢「…おい、テメーさっきまでと態度がぜんっぜん違うぞ」

蜜柑「当たり前よ、私だってもう普通の世界の住人なんだから」


ふふ、と大人っぽい笑みをこぼした。


降矢「おいおい、まさか俺とナナコを仲直りさせるためだけにお前来たのか」

蜜柑「それもあるわ。もう梨沙ちゃんも優ちゃんも柚子もずっと心配してたしね」

降矢「…そいつは、悪いことしたな」

ナナコ「ぐすっ…」

降矢「お、おおおおい、なんで泣くんだっ!!」

ナナコ「…嬉しくて、えーちゃんにやっと会えて…覚えててくれたから…私、私」

蜜柑「本当は組織の元で智美ちゃんと暮らしてたんだけどね、あなたが野球なんて始めるからついつい情報が入っちゃったのよ。それでもう、ナナコちゃん家飛び出ちゃって大騒ぎしたんだから」

ナナコ「…ごめんなさい」

降矢「なんつーか、俺の知らないところでいろいろ話が進んでんだな」

蜜柑「気にしなくていいわ、あなたはもう降矢毅なんだもの。…鋼君も鋼君で自分の名前を捨てたかったみたいだしね…」


名前というのは。

その人を認識するための記号だ。

たとえ中身が同じでも、名前が違えばそれは別のものになってしまう。

それでも、過去を振り切るための景気として彼らは、それを選んだのだ。

たとえ別人になったとしても、胸に抱いてるものがあればそれでいい、と決めた。


降矢「…それだけか?」

蜜柑「………そういう勘だけは、本当に感心するわ…。ごめんねナナコちゃん、ちょっと外で待っててくれないかしら、もうすぐ柚子と傑ちゃんも来ると思うし」

ナナコ「えー…」

蜜柑「お願い、ちょっとおばちゃん降矢君と大事な話がしたいの」

ナナコ「…むー」

降矢「悪ぃな、ナナコ。ちょっとでいいんだ、待っててくれ、またこんな俺でよければ相手でもなんでもしてやるからよ」

ナナコ「…わかった」


聞き分けの良い子で何よりだ、というか降矢の言うことならきく、といった感じではあったが。

ナナコは後ろ髪を引かれながらも、渋々と病室を出て行った。


蜜柑「…智美ちゃんは、なんて言ってた?」


てっきり先ほどまでの威圧感ある感じに戻ると思っていたが、蜜柑は先ほどまでの知的な大人の女性のイメージのままだった。

なんだか拍子抜けするような感じで、なんとなく降矢は調子が狂ってしまった。


降矢「なんだっけかな。まぁ頭に一発食らってるから、運動はやめとけ、みたいな感じだっけか」

蜜柑「…体に痺れ、それがあったらすぐ私に報告して」

降矢「…は?」

蜜柑「智美ちゃんは、あなたを心配してるのよ。もちろん、私もだけど」

降矢「どういうことだよ」

蜜柑「あと、私も意志の検察結果を見る限り、特に脳に著しい損傷もないし、別に激しい運動以外ならかまわないと思うわ…日常生活を送るにはその目以外は、不自由は無い、はず」


だけど、と蜜柑は続けた。


蜜柑「野球をするのをやめなさい、とは私には言えないわ。そんなことを言う資格もないのもわかってるもの。…ただ、これ以上Dを乱用すると、あなた本当に」











蜜柑「死ぬわよ」










ズキン、と見えている方の右目の奥が痛くなった。

蜜柑「3つのDを同時に使用したなんて聞いたことないわ、ひとつのDを使用しただけでもあの二人は廃人同然になったというのに…負けず嫌いの「降矢毅」なら、『そういう場』にいるなら、きっと『D』を使ってしまうはず」

だろうな。

降矢は自分でもそう思った。


蜜柑「…だから、やめておいた方がいいと、私は思うわ」

降矢「悪ぃな」

蜜柑「…」

降矢「約束があるんだわ」


守れなかった約束を。

別人に重ねているのはきっと意味がないことかもしれない。

それでも降矢の心には硬い決意があった。


降矢「ようやくわかったんだわ、なんでこんな俺がここまでこだわってんのか、ってこと」

蜜柑「優ちゃん?」

降矢「似てるんだよな」


あの笑顔が、冬馬の顔に重なる。


降矢「…でさ、あのちんちくりんはどうも会いたい奴がいるらしい。…グラウンドで会わせてやるって約束しちまったからな、それまでは負けられねーんだ」


らしくねーがな、と降矢は苦笑した。

開いた窓から吹き抜ける秋風が、髪を揺らす。


蜜柑「…根っこの所でやっぱり、君は優しいのよ。いくらまがい物の人格を植えつけられたといってもね。…記憶が戻ったから、君の人格も徐々に戻るかもしれないけど、それは焦らないで、自分のものだと同期してくれれば、いいわ」

降矢「難しい話はよくわかんねーけどよ、ナナコの言うとおり俺は俺なんだろ?」

蜜柑「…それでも、やっぱり私は野球はお勧めしないわ。ベンチに座るのはいいけど…」

降矢「…」

蜜柑「…死んだらおしまいなのよ」

降矢「死なねーよ俺は」


先に目をそらしたのは蜜柑のほうだった。

降矢の目つきは相変わらず悪かったが、その瞳の中にはわずかながら光が輝いていた。

少しづつ、降矢は変わっている。


蜜柑「…どうしても」

降矢「あん?」

蜜柑「どうしても使うというのなら、『一試合に、二度』これが限界よ」

降矢「…?」

蜜柑「神高博士が、マウスを使って実験してた事があったの。人間と同じとは限らないけど、一度だけDが三箇所に発祥したマウスがいたわ」


黙って、蜜柑の言葉に耳を傾ける。

彼女の顔は怖いほどに無表情だった。


蜜柑「三日間は一度だけ、恐ろしい速さで走った。前足と後ろ足、そして目にDの光が宿っていたの。障害物も高速でよけるし、最強の移動力を持ったマウスの誕生よ…。でも」

そこで、一度言葉を区切った。


蜜柑「実験は成功かと思った、だけど四日目、三回連続で走った後、動かなくなったわ。全身の神経がやられて、脳死したの」


ごくり、と唾をのみこむ音がした。

右目の奥がじんじん痛む。

降矢の背中は汗でぐっしょりとぬれていた。


蜜柑「降矢君、もし手の痺れや足の痺れが会ったらすぐに私に言って。神経が完全に駄目になる前なら間に合う…。あなたは理想のパーツを集めたつぎはぎだらけの人形なのよ、紐を抜けばすぐにバラバラになってしまう…最強にして最弱の人間なの」

降矢「…そーかい」


軽く、右手を開いては閉じた。

別段痺れは無い。


蜜柑「…智美ちゃんから言われたのよ、一試合に二度まで」

降矢「四路の奴が…?」

蜜柑「きっとあなたは私たちが止めても、前に進んでしまう。だからせめて、何が危ないのかは警告させて欲しい。最悪の結果だけは免れて欲しい。…彼女切ない顔で泣いてたわよ」

降矢「…礼でも言っといてくれ」

蜜柑「あなたにはわからないかもしれないけどね、きっと彼女、あなたのことが―――」


ガチャン。


三澤「あれー?お母さん来てたの?」

吉田「あ、ども。お世話になってます」


突然の来客は見慣れた顔だった。

私服姿の柚子と吉田が連れ添ってそこに立っていた。


蜜柑「あ、あら!す、傑ちゃんに柚子!外でナナコちゃん待ってなかったの?」

吉田「背中にいるッスよ」

三澤「ナナコちゃん待ちくたびれて眠っちゃったみたい。なんで廊下に待たせてたの?」


あわてて蜜柑は自らの腕の時計を見た。

話始めてからもう二十分も立っている、内容の割に無言が多かったからだろうか、時間の経過にまったく気がつかなかった。


ナナコ「zzz…」

吉田「よお降矢、調子はどうだ?」

降矢「ちす。まぁ、そこそこッスよ」

蜜柑「…まぁ、いいわ。私は帰るわ。夕飯の準備もあるし」

柚子「あれ?お母さん帰っちゃうの?」

蜜柑「いろいろと主婦は忙しいの、よ!じゃあね降矢君、無茶はしちゃ駄目だからね」


コートを羽織ると、背中で寝ているナナコの髪一度優しくなでて、蜜柑は病室を後にした。

…一試合に二度、か。


降矢(十分だろ)


十分だと、信じたい。

今の降矢はではおそらくフル出場は無理だ。

そんなことは自分でもわかっている、だとすれば自分の居場所は。

―――代打。

一打席にすべてをかける。

なら、一試合に二度あれば、なんとかなるだろう。


降矢(それもこれも、いざグラウンドに立ってみないとわからないがな…)











月曜日。

晴れて降矢はめでたく退院となり、驚異的な回復力に驚いた医師をにらみつけてから降矢は小生高校に戻ってきた。


降矢「…なんだこりゃ」


おかしい、何かがおかしい。

いや、そのなんていうか授業が終わるまでのクラスメイトに対する自分への目線とかはいつもと同じだ、恐怖、不安、気まずさ。

昼休みにやってくる西条や野多摩、県に冬馬に六条と原田も変わらない。

問題はその後だ。

今までサブグラウンドで練習しかできなかったはずの野球部が、ソフト部の連中と場所をわけあってキャッチボールしている。

ユニフォームに着替えた降矢を迎えたのは、奇想天外な光景だった。


吉田「おーう降矢、やっと来たか。なんかずいぶん久しぶりな気がするな」

降矢「ッス。まぁちょっち体もなまってるかもしんねーな」


相変わらずバシバシと肩をたたく吉田にも慣れたものだ。

そんなことよりなんスか、これ、と降矢は吉田に説明を求めた。

試合をできるほどの広さを誇るグラウンドだ、まぁ贅沢な。


吉田「いや、あの試合の後ソフト部と和解してよ!生徒会や教師陣も協力してくれるってなもんで、打撃練習とノックだけはグラウンドを使わせてもらえるようになってな!いやーありがたい限りだ!」

相川「今までまともな実践練習は日曜日の早朝ぐらいしかできなかったからな」


気がつくと、隣に相川が立っていた。


相川「俺らが練習してる間はあいつらは外回りのマラソンだ。その逆もまたしかりだが。今まで遊ばせて置いた時間のスペースを有効活用してるだけだがな。不合理なことを不合理なことで縛り付けていた今までの規則がわからないぐらいだ」

氷上「それもこれもわたくし生徒会のおかげですわよ!!」


そして、グラウンドの隅のベンチに座っていた長髪の女性が大またでこちらに歩いてきた。

見下した目、偉そうな態度、一方的な口の利き方。


降矢「……なんだこのクソアマは」

氷上「くっ…!!!?く、口をわきまえなさい!!わたくしは将星高校第12代目の名誉ある生徒会長氷上舞ですわよ!!」

相川「ま、こんな奴なんだ、多めに見てくれ。実際こいつのおかげで教師陣も黙ってくれたしな、苦い顔のおまけつきだが」

氷上「ああん、相川様ぁ!もっとほめてぇ!」

桜井「ああーーー!!!何やってるんですか氷上さん!!」

氷上「うるさいですわね!あなたはおとなしくボールでも磨いていなさい!!」

三澤「ふ、二人とも練習始まるから、ね?ね?」

六条「け、けんかは駄目ですよぉーー!」

野多摩「仲いいんじゃないかなぁ〜?」

原田「いやー和むッスねーこれは」

大場「眼福とです」

ギャイギャイ!!


降矢「……なんか騒音度がアップしてねーか?」

相川「言うな」




―――閑話休題。

とりあえず、相川と二人組みになってキャッチボールをすることになった降矢だったが…。


ガッ…ボテッ。

グラブをかする。

降矢「…ち」

チッ…ポトッ。

グラブをまたもやかする。

ヒューン。

ついには、ボールにグローブがあたらなくなってしまった。


降矢「……ぐ」

相川(…やはり片目じゃ距離間が掴めない、か)


近い距離でのキャッチボールだったが、降矢がまともに捕球できたのは二十回やってわずか三回だけであった。

慣れればなんとかなりそうな気もしなくもないが、フライが多い外野守備で距離感が掴めないのは致命的だ。

…となると、やはり。


相川「…なぁ降矢、なんで見えてないのに、あの時、雪澤の球を打つことができたんだ?」


しかも病院で目覚めたばかりだった言う。

おまけに慣れないソフトボールの相手なのに、一撃で芯を食ってホームランだ。


降矢「…多分、集中してたんだろうな」


流石にD、とは言いづらく無難な言葉を選んでみせた。

確かにあの瞬間右目は異常に作動した、なにもかもが遅く見えて、ボールがひしゃげる瞬間まで見えたぐらいだ。

マラソンでいうランナーハイ状態を、意識的に使うことができるDの視力版、といった具合か。

降矢は苦い顔で笑った。


相川「集中…か。……やはり、降矢が試合に出てくれる場所、となると代打だな」

降矢「それは俺も思ってたッス」

相川「…よし。いい機会だ。おい、西条!」


同じサブグラウンドで御神楽相手に投球練習をしていた西条を相川は呼び止めた。


西条「はい?なんスか?」

降矢「…」

相川「一打席でいい、降矢とひとつ勝負してくれないか?」


西条と降矢はお互いの顔を見合わせた。

そして、ニッと笑う。


西条「ええで。病み上がりに現実の厳しさを教えたろやないか」

降矢「言ってろ。実力の違いって奴を教えてやるぜ」


この二人、対戦するのは実は二度目だ。

一度目は夏が終わって、西条が始めて野球部に入部した時にさかのぼる。

その時は、西条が勝っている…と言っても打球はセンターのフェンス直撃並みのあたりなので、二塁打確実の長打だったのだが。


海部「お、おい、あ、ああああ」

蘇我「あきらちゃん、しっかり!」

不破「…がんばれ」

相川「ん?どうした?何かあったのか?」


並んでいたのは女子ソフト部の三人だ、海部は顔を赤くしながら何か声にならならい声を発している。


海部「そ、そのだな。うちらは今から外へ走りに行くから…グラウンドを、使うなら貸してやるぞ」

相川「…おお、悪いな。助かる。ありがとう」

海部「!!べ、別にお前に感謝される筋合いは無い!行くぞ蘇我!不破!」

蘇我「照れてるーーv」

不破「…かわいい」

海部「うるさい!!後は任せたぞ相川!!」

…。

相川「…何だったんだいったい」



とにもかくにも、実戦形式、ということで準備は整った。

将星いつものレギュラーメンバーが守備陣につく中、降矢は自らの集中力を高めていった。

久しぶりにバットを振り回す…大丈夫だ、サイクロンは体が覚えている。

多少体が重たくはあるものの、これは毎日鍛えなおせばなんとでもなるだろう。



相川(…さて、実際問題降矢の勝率は薄いな)



よくよく考えてみると将星の守備はかなり安定してきた。

特に真田の加入が大きい、レフト真田、センター県、ライト野多摩の三人は三人とも堅実な守備力を誇る。

内野陣も原田の急成長で御神楽との二遊間は熱い、サード吉田も滅茶苦茶な守備の割には反射神経がいいからそれでカバーしている、唯一の懸念がファースト大場だがこれはまぁ、いいだろう。

むちゃくちゃな個性の割りに、意外とまとまってきている。

桐生院も体制が変わったとはいえ、霧島に一度負けているんだ、最強無敵の印象は最早存在しない。


西条「行くで降矢!!手加減無しや!!」

降矢「たりめーだ。かかってきやがれ」



西条の持ち球はストレート、申し訳程度のスライダー、スクリューはほぼストリームのみを現在使っている。

そして、女子ソフト部の柳牛からヒントを得た「ドロップボール」大きく縦に割れるカーブだが…こちらはまだ未完成で実践的ではない。

…やはりこのドロップがなんとか使えるレベルにならないと、桐生院戦では厳しいだろう、ストリームにFスラ並の威力がある訳ではないのだ。


降矢「きな」

当然だが降矢は左打席である、左目がやられている以上、左打席に立たないと死角が増えてしまう。

バットを天に向かって、ぴたり、と止める。

それを合図に西条は大きく振りかぶった。


西条「っしゃあ!!!」


実は、ソフト部の試合で登板することができなかった西条である。

ここぞとばかりに左腕に最大級の力をこめる。


西条「行くで!!」


―――ドバァン!!!


冬馬「す、すとらいく!」

ちなみに、アンパイア役は冬馬だ。


降矢(…ちっ、夏の時よりも速くなってやがる)


当たり前のことではあるが、実際にこうして本気で勝負して初めてわかった。

西条という男は努力家である、センスは当然あるが何よりも努力することを美学だと思っている節がある、右腕だろうが左腕だろうが根性論で球は速くなるのだ。


西条「次ぃ!!」

降矢(…速いじゃねーかっ!!!)


バシィ!!!

冬馬「すとらいく、つー!!!」

相川「どうした降矢、余裕の見送りか?」

西条「相川さぁん!三球で決めたりましょうや!」

降矢(…よし、やってみるか)


深く、肺の底から空気を外に押し出していく。

エイジの右目、そしてユウの左手首、そしてツヨシの腰、淡く光る緑色が降矢の血流を押し上げる。

世界が冷たくなる、吸い込む空気も冷たく感じる。

風が、吹いた。


西条「これで……終わりや!!!」

降矢(…!)





今までとは逆の方向に腰を鋭くひねる。

相手に背中が見えるほどの体制から、右足を大きく踏み出して、腰を元に戻す。

サイクロン+。




西条(――――こいつっ!!)

相川(…来た!)


バットは正確にボールを捉え…!

降矢「行け」

弾き返す!!!



ガキィインッ!!!!!!!!!

ボールは地面に大きくバウンドしながら低弾道で一、二塁間!!

相川(引っ張ってるがわずかにつまってる!!!)

西条「原田ぁ!!!」


原田「…!!!いや、流石に無理ッスーーー!!!」


ズコー!と滑りながらキャッチしにいくセカンドの横をすさまじい勢いでライトに抜けていく打球。

降矢は見えているのか?と周りが思うほどフラフラしながらも、全力疾走でなんとかかんとか一塁にたどり着いた。


降矢(…ちっ、だっせー!…やっぱD使った後は目がちらっと見えずらくなりやがる…)


だが、走れないことは無い。

ソフト部の試合の時はまったく見えなかったが、今はかろうじて地面の白線は見えた、これを頼りにして一塁にたどり着ければ良い。


西条「…まぐれや、まぐれ」

降矢「負け犬が吼えやがるぜ」

西条「なんやとぉお!?」

冬馬「ちょ、ちょっと落ち着きなよ二人ともぉ!」



相川(なんにせよ…降矢の打撃力はやはり欠かせない…な。よし、なんとか合わせてきたぜ…!)







秋風が試合の時を告げる。

県大会第一試合、将星VS暦法、開幕―――!

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