189成川高校戦25Super shooter























全ての流れは成川に傾いた。

運か、必然か、吉田の打球は森田のグラブにおさまっていた。


吉田「…スマン」

御神楽「吉田」


うなだれながらベンチへ帰ってくる二人。

吉田は自分を責め続けていた。


三澤「傑ちゃん、そんなに自分を責めないで…」

吉田「だけどよぉ…あそこで完全に流れを向こうにもって行かれちまった…!!」

御神楽「…」


それは、事実だった。

だから誰も何もいえなかった。

三人を、のぞいて。


バシィンッ。

吉田の胸がグラブで叩かれた。


吉田「さ、西条」

西条「まだ、まだまだやでキャプテン。野球は九回二死までわからん。俺はそれまで信じて投げ続けますよ」


颯爽と西条は九回表のマウンドへと向かう。

そして、もう一人。


真田「この程度諦めてるようじゃ、程遠い」

吉田「真田…」

真田「九回裏は、俺に回る。その貴様の思いだけは認めてやろう。どうやら、桐生院よりはノリの良い奴が多そうだ。俺は…この地区大会を通じて、そう思った。認めてやろう、吉田傑。そして試合はまだ終わっちゃいない」


真田はニヤリと笑うと、レフトへと駆けていく。

そして、最後の一人。

ガツンッ!!

スパイクの底じゃない方が腹にめり込む。

思い切り蹴っ飛ばされた、吉田は思わずしりもちをつく。

吉田「うげ、っ、けほっ」

みぞおちに入った。

降矢「目ぇ覚めたッスかね。…俺のせいで負けたなんてねぼけたことは負けてから一人で勝手に言ってろ。そんなんで諦められたらこっちが迷惑だ」

きつすぎる言い方だったが、降矢も顔は笑っていた。

吉田「ふ、降矢…」

降矢「まとめんのがアンタの仕事だろうが、自分のやるべきことをしな。どんな事が起きてもな。打てねーのは迷惑だが腐られんのはもっと迷惑だ」


そして、降矢も外野へと駆けていく。

…駆けていく?


御神楽「ふ…降矢が走って外野に行くのを見たのは、初めてだ。吉田…お前は三塁手、内野手全員に迷惑をかけるのはやめてもらおう」

原田「キャプテン!大丈夫ッス!絶対降矢さんと真田先輩がなんとかしてくれるッス」

大場「そうとです!!」

県「守りましょう、まだ九回裏があります!!」


強い。

なんて強いチームだ将星。

一番相手にして手ごわいのは、力の有るチームでもエースがいるチームでもない、諦めないチームだ。

三澤「傑ちゃん、ふぁいとっ」

御神楽「最も、三澤さんの前で腑抜けたプレーをしたならその顔凹ましてやろう」

吉田「…へへっ」


厳しくて、優しい奴がいっぱいだ。


相川「吉田。…行くぞ」

吉田「あぁ…」





九回表、まるで何かに目覚めたかのように西条の左腕が快刀乱麻の投球。

続く森田、綾村、甲賀を三者凡退にきってとる。


西条「っしゃあああ!!!!」


残るは、将星最後の攻撃を残すのみとなった。




九回裏、成5-3将。






森田「…みんな、よくここまで俺のわがままにつきあってくれた」


円陣を組む成川高校、そして森田が口を開いた。

高杉「そう思っているなら、無茶な投球はもう少し謹んで欲しかったな」

伊勢原「ま、しゃーないべ。オラ達の目的は打倒将星だったからべや」

水谷「今更どーこー言う事じゃないっしょ」

ふふっ、と森田は笑う。

綾村「協力するよ、森田」

森田「綾村…」

甲賀「明日は雨で候」

綾村「ふん…色々と気づかされたからな。俺も今まで迷惑をかけていたことが」

高杉「そう思っているなら、もう少し謹んで欲しかったな」

水谷「相変わらずきついっしょ」

竜神「がっはっは!まぁいい、残すは後…この九回のみじゃ!」

荒幡「やってやろう…じゃねーか」

ラーレス「ここまで来たら負けられないネ」

森田「…二点は無いものだと思ってくれ。正直、右手の握力がほとんどなくなってきてる。…死ぬ気で守ってくれ」

綾村「当然だ」

甲賀「哉」

水谷「水臭いっしょ」

高杉「…」

竜神「うむ」

ラーレス「当然ネ」

荒幡「へっ…」

伊勢原「…みんな、行くぞ…っ!!」

『おおおおおおおおおおおおおおお!!!』






そして、将星。

降矢「繰り返すぜ、まだ負けた訳じゃねー」

こちらはベンチの緒方先生、三澤、六条、冬馬、野多摩も巻き込んで全員で円陣を組む。

降矢「特に、さっきの吉田キャプテンのピッチャーライナーでわずかに保ってた森田の球威は更に落ちていくはずだ」

相川「ああ。二点…今の森田なら二点は、まだわからん」

県「…はい」

原田「当然ッス!!」

御神楽「そのためにも…先頭打者の大場、お前が鍵となる」

大場「お、おいどんとですか…?」

そして、始めて真田が口を開いた。

真田「大場…とか言ったか。『バッターボックスの一番外』に立て」

誰もが振り返る。

大場「さ、真田どん!?」

吉田「さ、真田」

相川「…ふふ、気持ち、感謝するぜ」

真田「勘違い…してもらって、まぁいいさ。今は、このチームで負けたくは、無い」

御神楽「ふん、ようやく僕達をわかったか」

西条「とにかく、最後の最後まであきらめたらあかん!!」

野多摩「うんうん〜!」

緒方先生「西条君の言うとおりよ!」

三澤「皆…頑張って!!」

六条「…こくこく!」

冬馬「ここまで来たんだ…地区予選、優勝して県大会へ行こうよっ!!」

県「そうです!!優勝…しましょう!」

相川「ふふ、言うようになったな、県」

県「え、えと…」

吉田「よし…気合入れるぞ。諦めるな、まだ、まだ終わらねぇ、こんなとこじゃあなっ!!!!!!!!!しょぉぉぉーーーーーーーーーーーーせぇぇぇぇ!!!!!」


『ファイッ!!!!オーーーーーーーーーーーーーーーーッシッ!!!』


十四人の大声が、青い空に消えていく。

そして、最後の攻撃が告げられる。

もう、戻れない。


『九回裏、将星高校の攻撃は、四番ファースト、大場君』



『ワァアアアアーー!!』

大場はあまりの声援にすっ転びそうになった。

『がんばれ大場君!!』

『なんでもいいから打って、打ってぇーーー!!』

目の奥が熱い、涙ぐんできた。

大場「お、おいどんにこんな歓声が…うぅっ」


吉田「大場ぁないてる場合じゃねぇっ!!!」

大場「お、おおっ!すまんとです!」



何度も何度も、頬をつねって、打席にようやく入る。

『プレイッ!!!』


森田(さて、でかぶつへっぽこの役立たず四番か)

伊勢原(問題は次の真田の方だ、ここはさっさと片付けちまうべ」

森田(シューティア三球でいけるか)

伊勢原は小さく頷いた。


大場は、先ほどの真田の助言を思い出していた。

『バッターボックスの一番外に立て』…。

一体、それで何があるというんだ。


真田「図体のでかい奴でしかできない芸当だ」

西条「一体何の意味があるんでっか?」

真田「…奴は体の大きさに比例して体が大きい、腕も俺達よりかなり長いだろう」


いわれて見ればそうだ、大場は筋肉質で体型で言えば森田並だ。


真田「腕を伸ばせば、バッターボックスの一番外側でも十分ボールにバットは当たる」

三澤「うんうん…」

真田「そして、多分森田は一番打たれる確立の低いシューティアでとっとと片付けてくるはずだ。…そして、打席から離れれば離れるほどシューティアの球筋が見える。…それで、万が一でも当たれば、とな。俺はもう行くぞ」


自慢の赤いバットをバットボックスからすらりと抜き出した真田は、颯爽とネクストバッターズサークルへと歩いていった。


相川「なるほど…シューティアが内角に投げてくるなら、自分が打席から下がればど真ん中になる。もし外角に投げられても大場の腕の長さなら届く…今の森田のストレートなら大場でも当てられるだろう、ってことか」

御神楽「まぁ、期待するだけ無駄だと思うがな」

三澤「だ、駄目だよ御神楽君っ!応援しなきゃ!」

御神楽「ぐわあああ!これはとんだ失敬をっ!!!大場!貴様打たなければただではすまぬぞ!!」

六条「大場先輩〜〜〜!!!!」

野多摩「がんばれ〜〜〜!!!」

冬馬「大場先輩…っ!」





降矢「…風が、変わった。かな」


























キィンッ。

軽い金属音と共に、打球はセンターの更にはるか向こうへと消えた。


大場「…」

森田「…」

伊勢原「…」

『…』

『お、おい、おいおいおいおいおいおい!!!!!!!』

『まさか、まさかまさかまさか!!』

『じょ、場外ホームランだとぉぉおーーーーーーーーーっ!!!」







森田「嘘だ…」









吉田「万に一の…」

相川「一が、来た、ってかーーーーーーー!!!!!!!!」

ベンチの全員が飛び跳ねた!!!

『ウワァァァーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!』

『す、すごいすごいすごい!!!』

『ホームランだよホームラン〜〜〜!!!!!!!』

抱き合って喜ぶ将星女子応援団、目から涙をこぼしてないている女子もいる。

『すごい、すごすぎるよこんなの…っ』


そして、呆然とした表情のまま、ホームを一周して帰ってくる大場。



吉田「う、うわあああああああ!!!!」

相川「やりやがったなこのやろうぉぉ!!」

いつもはクールな相川はまでも、ホームベースを踏んで帰ってきた大場に大歓迎のハイタッチ。

両手を合わせて飛びはねる。

冬馬「きゃーー!!きゃーー!」

そして冬馬とハイタッチした瞬間に、鼻血を出してぶっ倒れる大場。

そこでようやく大場は自分がホームランを打ったことに気づいた。


大場「お、オオオオオオオ!!!!や、ややややっややった、やったとですー!」

県「大場先輩〜〜〜!!」

西条「よーやった!!!!よーやったでぇ!!!」


一点、ソロホームランだが、届かなかった一点をついに返した。

野球とはわからないものだ。


九回裏、成5-4将。




真田「追い風、か」

真田が見上げると、センターフラッグは風で向こう側へとなびいている。

真田「赤い風も、俺を応援しているらしい」


『五番、レフト、真田君』

『ドワァアアアアアア!!!』


球場全体が一気に盛り上がる。

もしかして、まさか、の声が一気に噴出したのだ。

今まで興味なさそうに見ていた一般人もが、真剣に試合を見ていた。



森田「…はぁ、はぁ…」


そして、森田はついに疲労の色を隠せなくなった。

肩が大きく上下、明らかに呼吸が乱れている。


真田(…悪いが、打たせてもらう)


チャキ、と赤いバットをかまえる。

ごおっ、と強い風がグラウンドの砂を巻き上げた。


森田「しょ、将星ぃぃ…」

伊勢原(だ、駄目だ今の一発で完全に緊張の糸がきれてるべ!)

森田「…行くぞぉっ!!」

伊勢原「!!」


森田は、伊勢原がサインを出す間も与えずに振りかぶる。

伊勢原「ま、待つべ、森田ぁっ!」

森田「うわああああああああ!!!」


森田、第一球…シューティア!!!


真田「悪いが……さっきの打席で、完全にタイミングは見切らせてもらった。もう変化には惑わされんっ!!」


もうほとんど曲がらないシューティアに、真田は大きくバットを上に構える。


森田「!!」

伊勢原「だ、大根切り!?」


クソボールを打つ体勢の真田は、そのままシューティアめがけて大きく振り下ろす。

一瞬のタイミング!!


ッキィィインッ!!!

またもや初球打ち!!!!ボールは、そのまま大きく地面にバウンドして高く跳ね上がる!


伊勢原「しめたべっ!これなら一塁で刺せ…っ!?」


しかし、ボールは1Mを越した辺りで急激に上空に向かって大きく伸びだした。


森田「な、なんだと!?」

真田(赤い風の応用だ。思い切りバックスピン回転をかけて地面にバウンドさせれば、ボールは素晴らしい勢いで上空に伸びていく。飛龍のように)


伊勢原「だ、駄目だ間に合わないべっ!!」

真田「これが『赤い龍』…!!!」


パシィッ!!

森田が上背をいかして、ボールを取った時、すでに真田は一塁を駆け抜けていた。

『セーーーフッ!!!』

『ワァァアアアーーーーーーー!!』

『おいおいおいおいおいおい!わかんねぇ、わかんねぇぞ!』

『これで、無死一塁の一点差だ!!』


真田(さっきの打席でタイミングを測った。それよりもシューティアが遅くなっているなら、赤い龍の無茶な打ち方でも俺ほどのレベルならばとらえるのはたやすい。…さらに、赤い龍が成功したなら、絶対に内野安打にはなる)


『ワアアーーーーッ!!』

『六番、キャッチャー、相川君』


吉田「あいがぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!!」

西条「送れっ!死んでも送るんやっ!」

冬馬「バント、バントバントバントーーーーっ!!!」

大場「ギャあなうああああああああ!!!」




落ち着け、相川は胸に手を当てて必死に自分を落ち着ける。

先ほどまでの興奮は送りバントには必要の無いことだ。

二塁に送る。送りさえすれば、何かの間違いでヒットが出れば同点、だ…。

延長に入れば、森田以外の成川の投手はたいしたことはない、勝つ可能性は高い。







コキィンッ。


ボールは力なくピッチャーの前に転がり、真田は二塁へ生還。

見事に送りバント成功となった!!!!!

吉田「あいくぁあああナイスじゃああああああああああああ!!!」

声が途中から裏返るほどの大声をグラウンドに送る吉田。

隣では御神楽が耳を抑えながらも、バント成功させた相川に親指を立てていた。




相川「よし、よし!!!これで、これで得点圏…!!!」

西条「よっしゃ!!!原田!!俺らやったらやっぱ打つ可能性は低い、よぅ見てなんとかかんとか絶対に降矢に繋ぐぞ!!」

原田「うぃッス!!!!」


そして、今までベンチの奥にいた降矢がついに立ち上がる。


降矢「……面白くなってきたじゃねーかっ」


二塁ベース上の真田も、軽く呼吸を整えながら、胸の鼓動の速さに驚いていた。

真田(俺が高揚しているなんてな…勝利が当たり前だった桐生院では味わえない高揚か…いや、こうしてチームの一員となって戦っていることに、今俺は驚くことに「楽しさ」を覚えている…!)



森田「はぁっ、はぁっ!」

伊勢原(く…森田はもう限界か…!かといって、ベンチに今のこの流れを止められるものもいない…結局は森田に頼るしかないんだべ…!!がんばれ森田!!)


『がんばれ!がんばれ森田ぁーーー!!』

『諦めんじゃねーーー!!!』


森田「はぁっ、はぁっ!!」

『ワアアアアアアアアア!!!!!』



…しかし、森田は原田にストレートのフォアボールを与え、西条にも2-3のフルカウント。

西条(コイツ、もうまともにストライク投げれんくなってきとる)

それほどシューティアが手に与えるダメージは大きかった、すでに森田は手の感覚が無かった。

コントロールもまともにつかない、先ほどの西条の二球目にもワイルドピッチでランナーは二塁、三塁となっていたが…!!


『バシィィィッ』











『ボール、フォアボール!!!』

『ウ、ウワアアアアアアアアアア!!』

『ま、満塁だ!!九回裏、満塁だ!!!!』



森田(はぁ、はぁッ!…まさか、こうなるとはなっ!!)


御神楽「…」

吉田「…」

相川「…」

冬馬「お願い、降矢っ!!」


そして、全ての期待を背負って背番号9がグラウンドに降り立つ。

もう何も関係ない、怒号のような大声がグラウンドを包み込む。

そこだけが大きな大きなサーカスと化す。

降矢は大きく手を左右に広げた、まるで鳥のように。


『九番、ライト、降矢君』





降矢「…さぁ、終わりだ。ノッポ、ここで終わりだ」

森田「降矢ぁ…っ!!!」




全ての塁は埋まっている。

一打サヨナラ、逆転サヨナラだ。

どうしてこうしてか、九番なんて最終打席にいるのにいつもこうして回ってくるのは、何のめぐりあわせなのか。

降矢は大きく息を吸い込んで、腰を大きく捻った。

ピッチングで無駄遣いしたものの、打撃の方では先ほどの打席で三球三振に終わっていたのが幸か不幸かサイクロン+の回数はまだまだ10近く残っている。





そして、全てが終息へと向かう。

『ワァアッ!!』

森田、第一球を…投げる!!!!!!!!!!!


























―――ガツンッ。

鈍い音、世界が揺らぐ。

空が青く、赤い鮮血が宙を舞って、景色はブラックアウト。

全てが、終わった。








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