188成川高校戦24see you in a flash























八回裏、成5-3将、二死ランナー二塁。

『三番、サード吉田君』

そのアナウンスがコールされた瞬間場内がどっと沸く。

今まで降矢や真田と同じくして将星の打撃の一角を担ってきた吉田、しかもチャンスにはとことん強い吉田ときた、将星スタンド側は一斉に盛り上がる。

『キャプテーン!!』

『吉田君ファイトーッ!!』


だが吉田はいつものように歓声に手を振り返すことすらもしない、バッターボックスの前に立ってご自慢の三澤からもらった木製バットを見つめたまま動かない。

ようやく気づいたように目線をバットから外すと、打席に入った。

対する汗をぬぐう森田には、もう余裕は残っていなかった、だが表情に疲れの色が濃くはない。

降矢を抑えたという自信に満ちている。


森田「うおおおっ!!」

森田第一球は、高目のスカイタワーッ!!!


『バシィィインッ!!』

吉田「…」

『ボール、ワンッ!!』


吉田はその球を何の変哲もなさそうに見逃した。

気のせいか、わずかながら球に威力が戻ってきている気がする。


森田(ふ、もう余力は無いが…降矢はもういない。残り二回に全てをかけるっ)

吉田(…)


そして、吉田の顔には何も映っていなかった。

普段のあっけらかんとした顔を含めて、表情豊かな彼の顔には今は真っ白な絵の具が塗りたくられたようにさっぱりとしていた。


『ざわっ』

その不穏な様子を感じ取ったのか場内がざわめく。

『お、おい見ろよ、将星の吉田の顔…』

『真剣な顔を通り越して無表情だぜ…』



相川(無心打法―――)


それは吉田が以前からずっとこころがけてきたことだった。

心を無にし、配球関係なく…ただ『来た球を打つ』それのみに集中する。

どうしても頭に能力が回らない単細胞吉田が考え抜いた末に、自然と出てきたのが、この無心打法。


相川(以前から何度か試してはいたが…今のあの吉田の集中力…あれは並大抵じゃない)


見えている。

何も考えていないので吉田の頭の中は真っ黒、その中にボールだけが白く光る状態になっている。

ただその中でも感じ取れるものはあった、それはボールが見えていること。

今の球、コースは際どかったがバットを振るまでもなくボールとわかった、今の吉田の集中力はぶっとんでいる。


吉田(―――)

伊勢原(この男…瞬き一つしてないべや)


伊勢原はごくり、とツバを飲み込んだ。

ピンと張り詰めた空気が感じられる。


将星は、絶対にここで一点を返してくる。




森田「それをさせないのが…エースの、運命っ!!」

吉田「―――」


二球目…右打者、吉田に対しての…っ!!!



相川「来た!!」

県「シュート…!!」

西条「いや、シューティアや!!」


ボールは内角から高速でわずかに変化してくる。

わずかに食い込んだその球に、錯覚を覚『キッィィィイィィインッ!!!!!!!』

森田「!!」

伊勢原「!!」


瞬間高速、弾き返す弾丸ライナー!

ラーレス(打球がめちゃめちゃ速い…ネ!!)

ビシィイッ!!

グラウンド、弾け飛ぶ地の欠片、バウンドで加速。




『ファールボール!!』

しかし、打球はわずか三塁ファールラインの外。


『ざわぁっ…』

胸をなでおろす森田、対する吉田の表情は今も変わらない。

バッターボックスから一歩も出ていない。


荒幡(あの野郎…)

綾村(ファールかどうか際どかった割に…一歩も打席の外に出ていない)

甲賀(つまり…打った瞬間にファールかわかっていた、と候)


内野手のあごから、水滴がしたたてグラウンドの色を濃く変える。


原田(す、すげぇッスキャプテン…まるで別人ッス)

三澤(傑ちゃん…すご)

『ワァァァァーーーッ!!』


森田(シュ、シューティアを完全に捉えやがった…!)


内角に食い込んでくるシュートに対して、腰の回転を早めて体はすでに前を向いているのにバットはまだ体の横にある。

つまりボールとバットが当たる角度がプレートに対して平行、決してつまる事は無いっ!


読者の皆様、覚えているだろうか?

この、内角に鋭く食い込んでくるシュートの打ち方を、かつてした男がいたことを。



相川「あの打ち方は…赤城が冬馬のFスライダーに対して使った打法!!」





―――そう、内角に激しく食い込んでくるシュートを打つためには腰を鋭くひねり、なるべくボールを体の前で捕らえる必要がある!それを実践しているのだ!―――。


森田(馬鹿な!シューティアはただのシュートじゃない、球速はストレート並に…!!)

驚いて右手を見る。

森田(…あ、握力が…なくなってきているっ)

そう、今森田の球威は著しく低下していた、そしてそれに加え吉田の集中力…今の吉田は体にいくら球が向かってこようとも、目から球を逃す事は無い。

そしてそれは先ほどの降矢の言葉につながる。

『当てるだけなら、良く見ていけば当てられる―――』そして、今の吉田は『良く見すぎているほど、良く見すぎている!!』


伊勢原(まずいっ、まずすぎるべ森田!!)

森田(ぐぅっ…!!)

伊勢原(駄目だ、シューティアは打たれるべ!!ここは勝負を避けて四番の大場で勝負する)

森田は勢い良く首を振る。


森田(いや、シューティアだっ!!!あの降矢をも俺は抑えた!誰にも打たれるはずが無い!!)


森田は降矢を抑えたことによって自信に満ちすぎて、調子に乗っていた。

果たして。

降矢はここまで読んでシューティアに三球三振したのか。


森田(真正面から勝負する、当たって砕けないのが森田充だ!!)

吉田(打てる―――)



吉田の空間に何もなくなる。

グローブを透けて、白い球が黒い空間で電球のように光る。

それ以外は何も見えなくなる。



光の球は森田の投球モーションの手の動きにそって弧を描く。

そしてっ!!!


森田「シューティアは打てんっ!!」

吉田「――――――」


森田…第、三球!!!


『ワァッ!!』

荒幡「!!」

御神楽「!!」

相川「速球かっ!」

真田「いや…シューティアのスピードが、ここに来て戻った!!」


球速140km越えシューティア!!!


『吉田君!!』

六条「キャプテン!!」

緒方先生「吉田君っ!」

三澤「傑ちゃぁんっ!!」


森田は投げ終わった後の感触で勝利を確信した。

見える、空振りする吉田の姿がっ!!

この速さなら…先ほどの打ち方じゃ、スイングが間に合わん!!!

バットが体から遅れてくる、と言う事はそれだけスイングのヘッドも幾分か遅れてくる!

つまり、先ほどのシューティアを思い描いて打ったなら…内野ゴロにしかならない!!





伊勢原「!!!」

しかし、伊勢原は見た。

吉田のスイングがちょうど真正面でボールを捉える所を。


伊勢原(な、何故だっ!!!)

森田「…!!!!」


先ほど、ボールはどこへ飛んだ。

三塁側…右打者の吉田にとっては…左側、つまり!!



真田「先ほどのシューティアでは…遅すぎた、ということか」

御神楽「―――あの男め!!底がしれんっ!!!」







カッキィィイィィインッ!!!!!!!!!!!!!!




森田(やられた――――!!!)


真芯、ジャストミート。


『ワアアアアアアアアッ!!!』


抜けた!!!

御神楽は足を飛ばして、一点差へと追いつくホームへと疾走。

バックホームへの返球は無い!!

御神楽「よし、これで一点差だっ!!!」



























だが。

一塁に走っているはずの吉田は、御神楽の目の前。

…つまり、まだ吉田は打席に立っていたのだ。



御神楽「ど、どうしたのだ吉田、ファールだったのか?」

吉田「…」


吉田はうつむいて、センター側を指差した。


御神楽「―――っ!!!!」









尻餅をついた森田のグラブの中に、白球はあった。







九回表、成5-3将。








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