187成川高校戦23Under the sun
八回裏、成5-3将。
『九番、ライト降矢君』
またもや球場は静まり返った、あの応援の波も降矢の嫌われ度にはかなわないらしい。
降矢「さて、ランナー無しか」
軽くバットを肩に回し、ストレッチ。
相変わらずやる気があるのかないのか、よくわからない雰囲気だ。
それは森田もわかっている。
森田(ここだ…ここで降矢さえ抑えれば、後は勢いで抑えきれる)
降矢(ここだな、ここでアイツを調子にのせちまえば…流れは向こうに行っちまう)
両者の思いが合致。
グラウンド内には砂を巻き上げるように、軽いつむじ風が発生していた。
まるで二人の気迫がぶつかっているように。
森田「降矢。抑えさせてもらう」
降矢「…さぁて、どうかな」
森田「さっきは初球、気を抜いて打たれたが…すべてシューティアだ。打た…せんっ!!」
ゴォッ、と風が巻き起こるほど勢いのあるモーションで、森田の渾身のシューティアが向かう。
ギュンッ!!
降矢(…ちっ)
バシィィイッ!!
『ストライク、ワンッ!!!』
ボールは音をたてるようにして、激しく内側に食い込んでくる。
打者のすぐ側で曲がるもんだから、当たると思って体を引く、そうなればバッテリーの思う壺。
シューティアはキレこそあるが、変化量は少ないので、のけぞってしまってもストライクゾーンにボールが残ったままミットの中に入っていってしまうのだ。
今も降矢はスイングに行く瞬間躊躇した、一瞬死球だと思ったのだ。
降矢(キレの割に変化は無し、良く見れば当てれるが…変化し始めるのが遅い分だけ真芯でミートさせんのは、かなり難易度高ぇな)
くるくる、とバットを回す。
降矢(確かに相川先輩の言うとおり、球威自体は落ちてきてる…が)
森田、第二球!!
『バシィィィッ!!』
『ストライク、ツー!!』
森田「どうして降矢!追い込まれたぞ、臆したか!!」
降矢「黙ってな」
相変わらず、冷めた態度の降矢。
一言で軽く森田を制すと、黄色の金属バットをヘルメットにこつん、と当てた。
降矢(球威が落ちてきても、こう速ぇ変化球じゃぁそれも意味がねー。粘れてもヒットは運でしかうまれないぜ。…どうする、運に頼るか?…それとも)
森田「これで、終わりだ、降矢!!!」
降矢「ちっ、短気なヤローだぜ!」
森田、第三球!!!!!!
―――ボールは、バットの上。
バッシィィィイッ!!
『ストライク、バッターアウトォッ!!』
森田「おおっしゃあ!!」
マウンド上の森田が天に向かって叫ぶ。
…勝った、森田はこの瞬間確信した、もう降矢以外に俺の球を打てる奴は、いない!
『ザワ…』
そして、にわかにグラウンドは騒ぎ出す。
『あ、あの降矢が、三振…』
『い、今までなんだかんだ言ってて、あれだけやってたのに…』
一気にさっきまでの盛り上げムードが静まり返る。
…だが、当の降矢はほくそえんでいた、。
降矢(けっ、女共が。静かになって良い気味だぜ)
くくく、っと笑う。
ベンチに帰るとこれまた不安そうな表情が降矢を向かいいれた。
三球三振…あの降矢が。
冬馬「ぁ…」
降矢「…」
降矢は何か言いかけようとした冬馬を一瞥してベンチに端の方に座り込んだ。
その表情には悔しさは無い。
…逆に、その表情は…。
『ど、どうしよう…』
『気づいたらもう八回だし…相手のピッチャー全然打てないし…』
『ちょ、ちょっと…ヤバイんじゃない?』
美香「ちょ、ちょっと皆!!」
梨香「諦めちゃだめよ!」
智香「よー!!」
『で、でも…』
スタンドの不安はおさまらない、今までどれだけ負けていてもどこかで、必ず逆転できると信じていた。
それが、今は無い…それだけ降矢の存在は大きかったのだろうか、気づいてはいないうちに。
ついに、一人の女子生徒が席を立った。
『だ、駄目だよ、わ、私もう怖くて見てられない…』
美香「ちょ、ちょっと国府田さんっ!」
『わ、私も…』
『負けそうだし…』
智香「そ、そんな…」
ベンチの面々も表情は同じだった。
冬馬「…」
西条(くそ…なんか言わなあかんのに、何も思いつかへんっ!)
大場「ふ、降矢どん…」
県「降矢さん…」
吉田「…くっ」
その時だった。
ネクストバッターズサークルから、大きな声が球場を支配した。
御神楽「―――愚民共よ!!!!!!!諦める奴は諦めて出て行くがいい、だが僕は最後まで諦めん。僕の勇姿を目に焼き付けるがいい!!」
『…………!』
相川「…み、御神楽」
真田(…ほぅ)
『一番、ショート、御神楽君』
一番打者の自称帝王御神楽昴は、並々ならぬ気合で右打席に入っていた。
ここはまだ負けるところではない、将星が負けるところではない。
そんな気が、した。
森田「ふふ、その目…まだ勝負を諦めていないな」
御神楽「当然だ、この御神楽。そう簡単に負けられん」
ギュッ、とバットを持つ手に力が入る。
その気合を見て森田も笑みを浮かべる。
森田「まぁ、そう簡単に諦めてもらっては、面白みが無い。最後まで」
振りかぶる。
森田「俺を」
左足を上げる。
森田「楽しませてみろっ!!!」
『ビシュゥッ!!』
右腕を振り切ってできた風の音が聞こえて気がする。
音よりも速く、ボールはベースへと一直線に駆け抜ける、内角高目。
『クンッ!!』
御神楽「っ!!」
ボールは、ミットにおさまる直前、何か見えない壁に当たったかのように急激に方向を変え、御神楽の方へ向かう。
そこで一瞬躊躇したが最後、瞬きする間にミットの乾いた音が背後から聞こえた。
『ボール、ワンッ!!』
手が出なくて正解だったか。
いや、出そうとしても出せなかった、確かにあの一瞬御神楽はボールが体に向かってくる錯覚を覚えた。
御神楽(シューティア…)
これが森田のシューティア、スカイ系統なんかより、よっぽどやりにくい技だ。
ただ、そのシューティア一辺倒ということは、逆に…。
御神楽(確実に森田を追い詰めている)
グライダー以外を投げると打たれるとわかっているのだ、そうでなければ先ほどの冬馬を見ている以上、同じ球連投は無い。
それとも、よっぽどシューティアに自信があるのか、森田の笑みを見ているとどちらともとれなかった。
西条「御神楽先輩…」
三澤「御神楽君…そうだね、私達が諦めてちゃ駄目だよ!」
吉田「おう!!!そうだ、まだまだ諦めねぇ!そうだろ、降矢!」
降矢「…」
六条「ふ、降矢さん…」
六条は不安そうな顔つきで降矢の様子を伺った。
相川「…とにかく、確実に森田のスタミナは減ってきている」
相川はデータ帳にここまでの森田の投球をまとめ終わって口を開いた。
そのデータ帳に、森田のここまでの投球数『124』の数字が刻まれている。
西条「ああ、相川先輩の言うとおり、それは確かや。シューティアはともかく…それ以外の球にはもうキレがなくなってきている」
真田「ただ、ここからシューティアを連投されれば、それこそシューティアを攻略しない事には何も変わるまい」
吉田「だけどよぉ…」
吉田「逆に言えば、シューティアさえ、打っちまえば…見えるぜ、光が」
バッシィィィィッ!!
『ストライクツー!』
御神楽(ぐ…)
森田の四球目、カウント1-2からの初球…またもや内角に激しく刺さるシューティアに御神楽はバットを出すも、球をかすらず。
これで2ストライクと追い込まれた。
森田「ふ、ふはは。終わりだ将星、どうあがいても俺のシューティアは打てん!!」
御神楽(いや、完璧な存在など帝王を除いてこの世には存在しないはずだ。どこかに活路がある)
再び将星ベンチ。
吉田「しかし、シューティア攻略法がわかんねー!!どうすりゃいいんだ!!」
吉田はいくら考えても浮かばない攻略法に地団駄を踏んだ。
それをなだめる。
三澤「傑ちゃん、落ち着いて落ち着いて、慌てたってどうしようもないよっ」
相川「こういう時こそクールさが必要…ふむ」
相川はベンチ後方の二人の方を振り向いた、座席は全く両端だが。
相川「降矢、真田…何か見つけたか」
降矢「…」
真田「…」
しかし、一人はは下を向いたまま沈黙、一方は森田の投球を見たまま返事すらも返さない。
六条「降矢、さん…」
西条「降矢」
ガッ、と降矢の前のベンチの背もたれにスパイクをのせる。
西条「何も考えずに三振するお前やない、何かあったやろ」
降矢「さぁな」
しかし、あいも変わらず降矢は興味ない、と言った表情で答えた。
だが…そんな降矢に西条はニヤリ、と笑った。
西条「余裕やな、絶対になんか見つけたやろ」
そんな西条に降矢も笑う。
降矢「嫌なヤローだな。くっく…まぁな、お前らに良い場面を譲るのがシャクなんだよ」
降矢「――――――弱点、は見つからねぇ。だが特徴は見つけた」
相川「!!」
吉田「と、特徴!?」
緒方先生「そ、それって…?」
すぐに降矢の周りに人が集まる、だが降矢は中々口を開こうとはしなかった。
冬馬「降矢、特徴って何…?」
降矢「まだ確信じゃねぇがな。見てみな、ナルシストは多分粘るから…」
西条「…?」
『ガッキインンッ!!』
降矢の言葉どおり、すぐ様鈍い金属音と共にボールが三塁戦に鈍くころがっていった。
おそらく、シューティアを打ったのだろうか。
降矢「相川先輩も、ジョーもそうだった。アイツの球は案外良く見ていければ粘れる、ことシューティアに関してな」
西条「そ、そんなわかりきってることやないか!」
降矢「そうかね」
降矢は呆れた様な顔で笑った。
降矢「なんで粘れるんだ。考えてみな」
西条「なんで…って…?」
相川「変化量が少ない……いや、待てよ。…わかったぞ、降矢」
相川「―――シューティアを連投し出してから、それは全て内角に来ている。しかも右打者限定でな」
降矢は指を鳴らした。
降矢「ビンゴだ。いくらシューティアの変化量が少ないからと言って、それを投げ分けられれば打ちにくい。…だとすれば、考えられるのは二つ。『シューティアを内角にしか投げれない』『内角以外のシューティアには威力が無い』」
皆が「おお」と小さな感歎をあげた。
降矢「後者の方がわかりやすい、変化量が少ないんだったらシュートとしてのキレが倍増する内角に投げた方がそれは効率がいい。しかもストライクも取れるからな」
吉田「???」
相川「つまり、外角に変化量の少ない球を投げても、ボールとの距離が遠いから見られてしまうわけだな」
降矢「そう、それに内角の変化なら変化に惑わされて落ちてきている球速と球威をごまかせる。見かけでな…」
西条「そうか…わかったで、見かけだけはすごく感じるけど、実際に球威は落ちてるから…そしてコースが一定にしか来てないから、当てることだけに集中すればファールを打てたんや」
降矢は、軽く頷いた。
降矢「ま、後はお前らで考えな。もう俺の打席はまわってこねーだろ」
冬馬「だろ…ってそんな無責任な」
相川「と、とにかく、次の県は左打者…このことを伝えた方がいいんじゃないか?」
降矢「左打者なら…シューティアをそうは投げてこないはずだ…が。果たしてパシリのバッティングで、今のノッポを打てるかね。球威が落ちても、ノッポはノッポだ」
ガキシィッ!!
ついに御神楽の健闘が実ったのか、打球はショートとサードの奥に入り込む、深い当たり。
甲賀(…ちっ、遠いで候!)
ラーレス「甲賀、頼むネ!」
甲賀は俊足を飛ばして捕球するが、ここからでは一塁までの距離が遠すぎる!
その間に勢い良く御神楽は一塁ベースを踏んだ。
『ワアアアアアーーッ!!!』
『ヒット、ヒットー!!』
『これで、ランナー出た出たーーっ!』
『なんだかわかんないけど、まだ諦めないってことね!キャー流石御神楽様〜!!』
御神楽は一塁上で大きく握った手を天に突き上げた。
勢い良く汗がグラウンドに飛びちった。
吉田「…おお」
相川「あの帝王がガッツポーズね…沈んでる場合じゃないな」
『二番、センター県君』
相川(左打者には…シューティアは来にくい。少なくとも、絶対に御神楽を二塁に進めるんだ)
県「…」
県は相川のその言葉を深く胸に刻み込んだ。
バント。
バントだけなら将星の中で一番できる自信がある、それだけ自分はバントの練習をつんできた。
足が速いだけじゃ野球はできない、だけどバッティングじゃ降矢や吉田に叶わない。
それでも県は県なりに、なんとかして将星の力になる為に頑張ってきたバント。
森田(しぶとい…実にしぶといぜ、将星)
県「…」
目の前の小柄な少年を見下ろした。
一打席目、自分のストレートにびびってスイングすらできなかった奴。
それが今や、その目は希望で満ち溢れている。
それは、自分にできること…役目という使命感を与えられた『男』の目。
そこに、臆病な県はいない。
森田(一試合の間にここまで成長するか…さすが将星、恐ろしいチームだ)
森田、第一球!!
ストレート…外角低めっ!
バントの構えだった県はそのボールを、余裕を持って見送る。
『ボールッ!!』
ゆっくり見た、今だからこそわかる。
県(初回ほどの勢いはありません…!)
伊勢原(ちっ…森田、ここは大人しく当てさせるべ。ここからは吉田、大場と右打者が続く、シューティアはまだ右打者には十分通用するべや)
森田はゆっくりと頷いた。
余裕の表情ではあるものの、さっきから疲労が中々取れない。
まだ息は整っておらず、隙を見ては大きく肩で息をして必死に酸素を取り入れる。
間違っても自分がばてているような姿を将星には見せられん。
森田(わかった…行くぞっ!!)
森田、第二球!!
県「!!」
向かってくるグライダー…それに先ほどまでの浮かび上がる浮力はもう無い。
コキィンッ!!
硬い音ともに、ボールはサードとピッチャーの間、絶妙な所に転がる。
『ワアアアアーーッ!!』
相川「よくやった、県!!」
野多摩「これで二塁二塁…えーと、えーとなんだっけ?」
西条「あほぅ!得点圏ランナーや!!」
緒方先生「次のバッターは…」
真田「…見せてもらおう、吉田主将」
『三番、サード、吉田君』
相川「大丈夫だ、もうアイツの目はボールしか見えてないよ…!」