186成川高校戦22More&More
八回表、成5-3将。
応援団はまだ、諦めてはいなかった。
少し疲れが見え始めてきた将星の女性応援陣だったが、先頭でポンポン両手に両手を大きく振る三人組が大声をあげると、その度に元気を取り戻す。
美香「皆っ!まだ負けたわけじゃないよっ!」
梨香「そうそう、野球は詳しくないけど、二点差ぐらいすぐ追いつけるよ」
智香「よー!!!」
『う、うん!』
まだ残暑のこる暑さの中、制服を汗で濡らしながらも声援を送り続ける。
皆応援なんかしたこともなかったし、最初はただの観戦のつもりで見にきた人も多い、だから今はまだ吹奏楽部やチアリーディングなんて大掛かりなものはない。
だけど、声は何もなくても出せる。
爽やかな汗がグラウンドに降り注ぐ。
『ファイトッ、ファイトッ、しょー、せいっ!!!』
『五番、キャッチャー、伊勢原君』
そして、打席には五番伊勢原が入る、二番目の三番…。
成川には第二の三番、四番がいる、ということはわかっていた、がそれでも疑問はぬぐいきれない。
相川(どうして、こんな小さくて細い奴が第二の三番なんだ…?)
さっきから、いやこの試合始まってずっとその疑問が頭を渦巻いている。
確かにラーレスは四番の荒幡並の威力と同等の打撃力は有る、だが…この伊勢原は、三番の竜神とは能力は似ても似つかない。
打率は同じ3割中盤なものの、パワーは比較にならない。
とにかく、この伊勢原と言う男、背が低いのだ。
相川(冬馬よりは大きいが…)
多く見積もっても160ちょっとぐらいしかないだろう、決して大きいとは言えない背丈だ。
その割に肉がつまっているわけも無く、どちらかというと一番を打たせた方が似合うタイプだと思う、足も速いし、どちらかというと小技が上手そうなタイプに見える。
その小柄な伊勢原が、バットを更に短く持って打席に立つ、構える姿もパワーヒッターという感じではない。
相川(この男が、竜神のどこと同等なのか…)
西条(相川先輩、どうします?)
今までの打席…対冬馬との伊勢原の三打席はいずれも長打ではない。
コツンと当てるバッティングで、上手く内野手の頭を越すバッティング。
森田「さて、面白い所で伊勢原が回ってきたな。先頭打者、か」
高杉「相川はどう読むであろうか」
もうすでに軽く勝ちムードが漂いつつある成川ベンチで、森田がニヤリと笑う。
森田「伊勢原は、すばらしい『順応』バッターだ。時に第二の三番、時に『五番』そして、時には『一番』の役割も果たす、オールバランサー」
相川は止めていた手を股間の前に持って行き、西条にサインを出す。
出したサインはストレート。
西条(初球はボールッスね)
相川(ああ)
とにかく様子を見てみるしかない。
相川は西条に全てストレートで三球投げさせる、カウントは1ストライク、2ボール。
相川(三球目、内角のストレートに手を出してきた、だと)
狙いは内角か。
しかし何故?西条のストレートは今や森田にひけをとらないぐらい今日は絶好調に走っている。
だとしたら、どうして内角を狙う。
今日の西条の内角に手を出しても、凡打になるのが精一杯だ。
それぐらい伊勢原もわかっているはず、キャッチャーの端くれなら。
相川(単に手が出ただけか)
西条(…)
西条は、ロージンバッグで手の汗をかわかし、サインが出るのを静かに待つ。
そして、出たサインに首だけで軽く頷いた。
第四球、相川の指示は。
西条「しゃおらあっ!!…っ!!」
投げ終わった後、一瞬西条の脳裏にヤバイの三文字が走った。
相川(!!)
逆球を通り越したど真ん中。
完全なコントロールミスだ!!ボールのコースはど真ん中、しかも、ストレートっ!!
伊勢原「勝負どころで、コントロールミス。それじゃ、おら達には勝てないべ!」
まるで完全に真ん中に来るのがわかっていたかのように、柔らかいバッティングフォームで、バットにボールが吸い込まれていく。
カッキィインッ!!
『ワァッ!!!』
水谷「おおっ!!一番のバッティングっしょ!!」
森田「事態、場面に応じてバッティングを使い分けられる強み、それが伊勢原が五番の理由だっ!!」
ガッ!!
ボールは、左中間の手前に落ちる。
真田が急いでボールを取りに行くも、バッターの伊勢原は甲賀ほどではないにしても俊足、あっというまに二塁に滑り込んで、セーフ。
ノーアウト、二塁。
『ワァーーーッ!!!!!』
『駄目だな将星も、地力が成川と違いすぎる』
『後半に来て集中力が切れちまったか…』
西条「く、くそぉっ!なんでや、ストレートは走ってんのに!」
伊勢原「ただ走ってるストレートじゃおらは打ちとれん。成川のクリーンナップをなめてもらっちゃ困るべ」
二塁上、バッティンググローブを外しながら伊勢原は冷たく言い放った。
その言葉に何も言い返せず、舌打ちだけを打つ。
ノーアウト二塁、まだピンチは続く、次は怪力ラーレス。
『六番、サードラーレス君』
ゴォ、ッと音を立てるような威圧間と共に、縦も横もどでかい豪傑が向かってくる。
西条(くっ、どいつもこいつも…なんやこの成川は、バケモンの巣窟か)
心の中で、よくこんな奴ら相手にして耐えてたな、と悪態をつく。
自分でさえも向かってくる重圧に対して立っているだけで疲れてくるぐらいだ、体の小さいアイツには重圧も二倍だろうに。
西条(ちっ、腐ってる場合やない、なんとか抑えなあかん)
再び握ったロージンバッグを地面に投げ捨てると、白い粉が宙を舞う。
そして帽子を脱いで汗をぬぐい、もう一度ボールをよく磨く。
しかしこのプレッシャー、気づかないうちに西条の手は震えていた。
それがあのコントロールミスを生んだのか…。
西条(この空気…あん時に似てんな)
西条の中学時代、シニアで出場した全国大会の時…。
一つ、恐ろしいプレッシャーをぶつけるところがあった。
アメリカよりもキューバよりも、今思えばそこの方が西条にとっては、衝撃だった。
出てくる奴が次々にバケモンで、途切れない打線。
そして、佐々木秋斗でエースの『赤月蓮』率いる、高波シニアベースボールチーム。
それと当たったのは、西条中学二年の全国二回戦のこと。
広い広いグラウンドの狭い狭いマウンド上。
西条はしたたる汗をぬぐうこともせずに、陽炎の向こうの目の前の赤い鬼を見ていた。
???「どうしたんスか、西のエース西条君、こんなもんッスかねぇ?」
同学年とは思えないぐらいの落ち着き払った余裕のある態度。
全国は広い、猪狩、望月だけじゃ無かったってことだ、関東の田舎にこんな奴らがいたとは。
まだ取られた点数は一点だったものの、五回途中ですでに二桁安打を浴びていた。
すでに仲の悪いキャッチャーからはいやみたらしい皮肉を山ほど浴びていた。向こうは自分に責任はない、と言わんばかりだ。
しかもこちらのチームはいまだこの赤月に四球一つだけのノーヒットノーランをくらっていた。
赤月「さぁさぁ、西条君、君の自慢のストレートを投げ込んでみろ!」
西条「言われんでもそのつもりや!!!!」
あの時のあのプレッシャー。
終わりが無い打線、それに似ている。
その後西条は肘を壊してしまい、赤月とは合わずじまいだが、あれだけの力を持った男、必ず勝ち続けていけばどこかで会えるだろう。
西条(思い出すわ)
くくっ、と笑う。
あの赤い髪のバケモンは今どうしているのか、全日本の代表にはいなかったが…。
その様子を見て、ラーレスはおいおいと外国人風のあきれるポーズをとった。
ラーレス「ついに、お前の所ピッチャーは狂っちまったみたいだナ。相川、二点ビハインド、しかもノーアウト二塁だってのに、笑ってやがるネ」
相川「そう見えるんなら、まだ俺達にも『勝てるチャンス』はあるよ」
ラーレス「何ィ…?」
西条「一度俺は死んどるわ、重圧もランナーも怖ぇもんなんてなんもねぇ!」
一瞬の、光がスローモーションに見えた後、白球が隣を通り抜けた。
―――ッパァァンッ!!!
ラーレス「!!」
相川「!!」
誰もが思った―――速いっ!
『ワアアアアーーーッ!!!』
ラーレス「く、クレイジー」
相川(おいおい…今の球…今まで見たどの西条のストレートよりも速ぇぞ、何かふっきれたのか?)
西条「どんどんいくぞっっ!!!」
ズバンッ!!
バシィンッ!!
ドバァアアアンッ!!!!!!!
水谷「う、嘘っしょ…この俺が速球を打てないなんて…」
呆然とした表情で、水谷はバットを振った格好のまま止まっていた。
『ストライクバッターアウト、チェンジ!!!!!!』
三者連続三振、伊勢原残塁。
『キャーーーーーッ!!!!』
『やったやった!抑えた、抑えたよっ!!』
美香「さぁ皆!攻撃の応援よーーーっ!』
『ォォーーーッ!!!!!!!』
西条「西のエース、復活や」
降矢「何格好つけてんだ、まだ負けてる」
西条「はは、スマンスマン」
笑顔でベンチに帰る西条、今の守りで確実に将星へと、何かが傾いた。
相川「一体、どうして急にあんなことになったんだ西条」
西条「んー、わかんねッス。なんつか、昔の事とか思い出したら、こんな所で止まってる場合じゃないな、と思って」
布袋、波野、赤月。
まだまだ俺は終わってへんで。
八回裏。
二点差ビハインド、しかし森田の疲労、西条の三者三振と少しづつ風は将星に向いてきた。
そして、打線は九番の降矢から!
吉田「この回になんとしても一点を返すんだ!頼むぞ降矢」
降矢「…へいへい」