184成川高校戦20Los Lobos.




















七回表、二死、ランナー一塁、二塁。

しかも、そのランナーが…俊足…いや、疾風の甲賀だ。

一塁ベース上の甲賀は相変わらず表情が見通せない、不思議な目つきのままゆっくりと一塁リードを捕る。

その様子は、西条にもしっかりと見えていた。


西条(ちっ…こっちはさっきから冬馬がぼこぼこ盗塁されてんのを見とんのや。そう簡単に盗塁させてたまるか)


じりじりと、塁と甲賀の足の幅が開いていく。

西条がホームベースに目を向けた瞬間…。

西条「おらぁっ!!」

牽制っ!!!!


御神楽「っ!ば、ばか者が!一塁は大場だぞ!」

大場「のわっ!!」


西条の速すぎる牽制モーションに反応できなかった大場は、当然のごとくボールを後ろにそらす。

当然のごとく甲賀はそれを確認すると、俊足でスタートをきった。


西条「うげっ!!」

甲賀(あの一塁手が俊敏でないのは、この試合をずっと見てればすぐにわかったで候。一塁からの盗塁はたやすい)

水谷「ナイス走塁甲賀っしょ〜!」


土煙をあげて二塁に滑り込む。

これで、ランナー二塁、三塁得点圏だ、さらに甲賀の足ならワンヒットで二点が入る。


相川(ちっ、名前どおりかきまわされてるぜ)


相川は地面を向いたまま舌打ちをした。

これ以上、奴に神経を傾けてはならない、よっぽどのことが無い限り足だけでホームは踏めないのだから。


相川(西条、バッター勝負だ。水谷と甲賀は気にするな)

西条(ま、マジッスかっ)

相川(うちの守備陣じゃ奴の足を封じるのは難しい。だが、逆に奴の足でもエラーが無い限りノーヒットでホームベースを踏む事はできん。幸いなのは二死なことだ。犠牲フライは無いんだから、バッター勝負で行くぞ)


西条はマウンド上でゆっくりと、頷いた。

そしてセットポジションから竜神に対し…第一球を…投げるっ!


『ボールワンッ!!』

竜神「二塁、三塁じゃ…わしが打てば確実に二点は入るのぅ」

西条「言っとけでかぶつが…冬馬のFに歯もたたんかったクセによぉっ!」


西条、第二球!!!

またもやストリーム、直球並みの速さで走ってくるその球はホームベース付近で鋭く短く曲がる。


バシィイッ!

『ボール、ツーッ!!』


竜神(140前後で曲がるスクリュー…カットボールのスクリュー版ってとこじゃの)

西条(けっ、見送りか。こいつ、変化球は打たれへんな)

相川(さっきまでの冬馬なら、Fスライダー連投でなんとか交わしていけたが…)


相川はそこで、少し変化球で勝負するのをためらった。

何故なら、今竜神は余裕を持ってストリームを見逃したからだ。


相川(ただ単に手が出なかっただけなのか、それとも…変化球が本当に苦手なのか)


どっちにしても、これ以上点を取らせるわけにはいかない。

ここのピッチングはターニングポイントだ、一点差で残り三回と、二点差で残り三回とじゃ意味が天と地ほど変わってくる。

次の西条の投球は、外角低目ストレート、続けてもう一つ外角にスライダーを挟む。

これでカウントは2ストライク、2ボールとなった。


竜神(外角一辺倒ピッチングか、はん、弱虫がじゃ)

相川(とりあえず外角に投げときゃ一番ヤバイ一発はない。問題は次だ)


追い込んでからの決め球、内角へ投げるか、もう一度逃げるか。

西条のストレートなら決まれば三振はとれる、だが甘く入ればこの竜神のパワーで確実に外野へ運ばれる。

当たりが浅かろうが、甲賀の足なら確実にホームインされる。

そして、相川が出したサインは…。


西条(内角高目、ストレート)

相川(ボールに外すつもりで投げて来い、振ってくれりゃ幸いだ)


深い息をついて、西条はゆっくりとロージンバッグを触った。

そのまま帽子を被りなおす…コントロールミスは、許されん。

そして、プレートをゆっくりとまたいで。


西条「っしゃああああ!!!!」


西条、第五球!!

内角高目ストレート!!


竜神「来たのぅっ!!!!」

相川(大丈夫だっ!コースはばっちり、打ってもまともな当たりにはならねぇっ!!)


ガッッ!!!!

ボールは金属バットの内側へ、はるかに芯が外れた場所に当たる。


竜神(ぐっ!!思いのほかコースが厳しい…っ!!!)

西条(俺の勝ちやっ!!)



キィィィンッ!!




『!!!!』

『ワアアアアアアアアアアーーーッ!!!』

ボールは、完全につまった当たりではあったが…セカンドの後方へ。




ぽとり、と落ちた。






『ヒ、ヒットだーーっ!!!!』

『い、いやああーーーっ!!!』

両者陣営から悲鳴と歓声があがる。

『りゅ、竜神のパワーが勝った!!!!』

水谷はすでにホームイン、成川に待望の追加点が。

そして、将星にとっては最悪の―――。




竜神「五点目じゃ…!!」



しかし、不幸中の幸い、当たりが浅すぎたために、流石の俊足甲賀もホームインはできず、一点ですんだ。

ランナー、一塁、三塁。


西条(く…くそがぁっ!!!)

西条は左腕を地面に打ち付けた。


相川(完全につまっていたはずなのに…運か…。勝負に勝って試合に負けたなんて生ぬるいことを言ってられる場面じゃないのに…!)



『四番、ファースト、荒幡君』

そして、舞台はさらに重く重く西条の左肩にのしかかる。

『ウワアアァァーー!!!』


荒幡劉「ここで将星を叩き潰す…兄さんの無念を晴らす時っ!!」


ブンッ!!!と場面を更に盛り上げるフルスイングの素振りを一度行ってから打席に入る。


『よっしゃあ!もう森田が二点とられるこたぁねぇっ!』

『荒幡!更に打って森田を楽にしてやれーーっ!!』

『西条君ガンバレ!頑張って!』

『そうだよっ!まだ負けてないんだからあ!!!』


西条(くそぉ、落ち込みたくても落ち込めへんってか)

相川(とにかく抑えるしかないっ!!)


降矢「変われジョー」


後ろを振り向くと、またもやいつのまにか降矢が背後に立っていた。

相川は慌ててタイムをとる。

金の前髪の間からの覗く灰色の目が西条を冷たく見下ろす。


西条「降矢…」

降矢「これ以上点をとられりゃ、負けるだけだ」

相川「……」

西条「そうやな」

降矢「じゃ、ぼさっとしてねーで変われ」







西条「―――マウンドを譲る訳にはいかへん」






降矢の表情が変わった。

相川「さ、西条」

降矢「何ぃ」

西条「下がれ、マウンドはピッチャーのもんや」


西条はそれだけ言うと、また相川の方を向く。


降矢「良い事教えてやろうか西条」

西条「…?」

降矢「以前、桐生院とやったときも同じようなことを言った奴がいた」

相川「おい、降矢っ!」

降矢「そいつはな、無様に打たれて泣いたんだ。んなロクな目にあいてーのか」

西条「そいつはそいつ、俺は俺や」


ガッ!!

降矢は西条の首ねっこを掴んで、そのまま思い切り睨む。

人でも殺しそうな目つきだった。


降矢「俺はこれ以上くだらねー意地で負けたかねんだよ、ガキが」

西条「なんやとコラァ」

相川「お、おい!二人とも、こんな所でケンカしてる場合じゃないっ!」

吉田「ど、どうしたんだ一体」

御神楽「ふん、愚民どもの諍いか…醜い」

原田「師匠!そんなこと言ってる場合じゃないッスよ!」

相川「とにかく二人とも止めるんだ」

降矢「ふん、さっきまでケンカしてた奴に言われたく無いね」

相川「…何ぃ」

大場「あ、相川どんまで静まるとです!!」


そのまましばらく誰も何も喋らない。

沈黙を破ったのは西条だった。


西条「相手はな、成川や。何回も三振させられとるピッチャーに、四番が何もしないまま終わると思うんか?」

降矢「…どーいう意味だ」

西条「荒幡劉はお前に対する何かを絶対に考えとるはずや」

降矢「あっそ、だから」

西条「俺より、お前の方が打たれる確率は高いんちゃうか?」

降矢「寝言は寝て言え」

西条「お前こそ寝てるんちゃうんか?ちょっとばかし球が速いからって調子んのってちゃうぞコラァ!」

二人とも今にも殴りかかりそうな勢いだった。


相川「……投手の交代は無しだ、下がれ降矢」

降矢「ぁあ?」

相川「西条のストレートでも荒幡は抑えられるだろう。それに、西条の言うとおりだ。さっきだって荒幡はプライドを捨ててバットを短く持ってきた。当てられたら、お前のフィールディング技術じゃ俺は怖いところがある」

降矢「…プライドを捨てた奴に打たれる球じゃねーよ」

西条「いいから下がってろや降矢。ごちゃごちゃ言って俺の肩を冷やさんといてくれ」

降矢「てめぇ死にてーのか」

原田「うわ、ストップ!ストップッス!」

吉田「降矢、ここは西条に任せてみてはどうだ。さっきもファールとは言え、二球目にはファールボールがどんぴしゃのタイミングだった」

降矢「…ちっ、どいつもこいつも…。好きにしろ。負けても俺は知らねー」


降矢はツバを吐き捨てて、外野へと戻っていった。


御神楽「相変わらず気が短い奴だ」

西条「アイツはアイツなりに、この勝負に負けたくないんやろ」

原田「あ、あれ?西条君怒ってないんッスか?」

西条「これぐらいでキレとったら、とっくに降矢と殴り合いになっとるわ。降矢だって本当にキレてんちゃうやろ、ちょっと熱くなっただけや。アイツも俺も口が悪いから良く勘違いされるけどな」


西条はふふん、と余裕の笑みを見せる。


相川(…流石だな西条。熱さの中にちゃんとクールさを持ってる。それが経験が培わせるものか)

御神楽(ふん、まぁコイツらが根に持つような奴らなら。とっくにこのチームは終わっているがな)

吉田「よし、がんばれよ西条。任せろ、二点ぐらいなんとかしてやるぜ」

御神楽「いつまでも愚民にばかり頼ってもられんしな」



西条はニヤっと笑うと、ゆっくりとロージンバッグを握った。


荒幡劉「…?金髪じゃない、だと。勝負を捨てたか将星は」

西条「自分よぉ、俺が降矢以下だと思ってんのか?」

荒幡劉「ああ」

西条「ムカツク野郎だぜっ!!」


西条、第一球!!!


荒幡劉「!!!」

相川(!は、速い!西条め、まだ本気じゃなかったのか!!)


バシィィッ!!

『ストライクワンッ!!』


荒幡劉(ど、ど真ん中ストレートなのにかすにもしなかっただと!?完全に振り遅れた?…この関西弁、速さだけならうちの森田先輩並だ)

相川(西条…底がしれんっ!!)

西条「せやから言ったやろうがぁっ!!!!!!!!!!!」


第二球!!ストレートッ!!!


荒幡劉(ちぃぃぃっ!速いっ!!!)


ガキィンッ!!

ボールは完全に振り遅れてセカンドゴロ、それを原田が軽快に裁くっ!


『スリーアウト、チェンジッ!!!』


相川「よし!!」

西条「よぉしゃああっ!!」


西条、なんとか一点で食い止める!!点差は二点!!!






西条「へっへ」

そしてベンチへ帰ってくる降矢を意地の悪い笑みでむかえる西条。

降矢「…殺してー」

西条「おかしいなー、降矢君の予想やと、俺は打たれてるはずなんじゃないんかなー?」

降矢「いちいちムカツク野郎だぜ」


そういいながらも降矢の顔は笑っていた。



原田「あの二人、ケンカする割に良いコンビッスよねぇ…」

御神楽「そんな悠長なことを言っている場合ではない、二点差。…森田に対して、どうとるか……」




七回裏、成5-3将。


『六番、キャッチャー相川君』






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