183成川高校戦19crush the window























西条「おっしゃ、この回も三者凡退や」

勢い良くベンチを飛び出して、西条が七回表のマウンドに立つ。

先ほどの六回表はすぐに出てきたにも関わらずにいきなりアウト三つをとってみせた西条。


相川(ふふ、いい気合だ。空回りしすぎず、充実している)

冬馬に待たされた分、たまっていたものを勢い良く吐き出している状態なのだろう。


『八番、センター、水谷君』


コールと同時に半分寝ているような目つきの男がバッターボックスに入る。

ここまでの打席は全て凡退、次の森田とあわせて相川にとっては安全パイだ。


水谷「やれやれ、ようやく仕事ができるっしょ」

相川(…ようやく?)


水谷がぼそりと呟いたのを相川は逃さなかった。

だがしかし、今までの対戦データ、今日の打席結果を見ても打率.210、本塁打0の水谷がたいしたバッターで無いのは自明の理だ。


相川(ストレート三球で片付ける)

西条(了解)


親指を立てて、振りかぶる西条。

第一球…ストレート!!












キィィインッ!!!ガシャンッ!!




会場が一気に凍りついた。

打球はファースト側ファールフェンスに勢い良く突き刺さった。

『ザワァアッ!!』


西条「な、なんや今の打球は…っ!冬馬のときは、全くタイミングあってへんかったのに…っ!」

相川(ど、どういうことだっ!)

水谷「ようやく仕事できるっしょ…高速キラーの俺がね」

相川&西条「…?!」





ネクストバッターズサークルにて待つ森田は不敵な笑みを浮かべた。

森田「ふふ、驚いてやがるぜバッテリー」

伊勢原「水谷は…随分前に行った桐生院二軍との練習試合でうちのチーム内で唯一三安打を放った男だべさ」

高杉「変わった男だ…全く」





キィィンッ!!!ガッシャアアンッ!!

『ファールボール!!』

打球はまたもやファースト側…つまり左打ち水谷からすれば、思い切り引っ張った打球側のフェンスに勢い良く当たる。

水谷は右足首を勢い良く元に戻して、もう一度素振りをする。

水谷「おとと、まだ速かったっしょ?」

西条「ちぃっ、なめやがってぇ…」

相川(落ち着け西条、今のはボールコースだ当ててもファールにしかならん)


咄嗟の事態だったが、一球挟んだことによって相川は冷静さを取り戻した。

同時に、脳内コンピューターが即座に計算を始める。


相川(そうか…そういえば、失念していたが…荒幡の時を思い出すと、成川は今まで『軟球派』投手としかやっていないんだったな)

そう、荒幡のフルスイングは遅い球だからこそジャストミートさせれる打法。

とすると、打率が低く、そして冬馬に叶わなかった水谷は、荒幡と全く逆の可能性が出てくる。



相川(遅い球は打てないが、速い球は打てる…)


この頃の西条はコツを掴んできたのか、爆発的に最高球速が伸びてきている。

練習中に計測したそのスピードはMAX139km、通常時でも135前後を出すほどまでに球速は上がってきている。

他の高校投手と比べると、左投手としては速い。

ただしそれと比例してコントロールは悪くなっているが。

今のストレートも気合がたっぷりのって、137前後は出ているだろう。

相川(それを、速すぎるぐらいのスイングで引っ張った、か)

単にタイミングを取るのが下手なのか。


西条(相川先輩、どうします)

相川(変化球を挟む、とはいえ…西条は遅い球は持っていないか)


西条の球種は速球を主体として高速系で固められている、スライダー、スクリュー、高速スクリューの三つだ。


相川(とにかく…なるべく抜いたスクリューを投げて来い)

西条(ぬ、抜く、ですか?)

抜くとは「スピードを抜く」と言う言葉からきている、テレビの中継でもたまに抜いたカーブ、などという用法で使われたりしているのは、野球を見ている人ならわかるだろう。

西条(けど、練習であんませーへんから、コントロールつくかどうかわかりませんよ?)

相川(やってみろ、カウントが悪くなれば止める。どうせ2-0で追い込んでるんだ)


西条は頷くと、両手を胸の前に置く、それを頭上に持っていく。

そして再びそれを胸の前に戻して、投げ…っ!!

西条(うげっ!!)

西条は嫌な感触を覚えた。

縫い目に指が完全に引っかからない状態で、投げてしまった。

相川(!!)


当然ボールは、大暴投…っ!!

相川も途中で取りに行くのを諦める、ランナーがいない状態で試して正解だった。


水谷「ストレートじゃ無いっしょ。変化球…スピードを抜くつもりが、手から抜けたって訳っしょ」

西条「にゃろう」


ちっ、と西条は舌打ちした。

相川(駄目だな…練習不足だ、制球力がありゃしない。だとすると遅い球は西条には望めない、か)


冬馬の場合は一番速い球種でストレートが130ちょっと、逆に西条は一番遅い球がスライダーで130前後だ、スローボールも投げれないことは無いが…今の調子じゃコントロールつかないだろう。

となると、速球で勝負しなければいけなくなってくる、決勝まではさほど弱点も思ってもいなかったことが、ここにきて逆に働くとは思いもよらなかった。


西条(ちっ、スピードが上がったことに調子にのっとって、緩急のピッチングを忘れとったとは…)

相川(カウントは2-1…ボール球で誘ってみるか?)

西条(おっけ、わかりました)


相川が出したサインは高目の釣り球速球。

スピードにつられて振ってくれりゃ幸いだっ!

西条「これで、どやっ!!」








森田「バカめ」

高杉「水谷を相手にしたキャッチャーの判断はいつだって最初はそうなる。相川捕手、予測を外れるほどではなかった、か…つまらん」







水谷「ボール球でも速けりゃ打てるっしょ」


直球は顔の高さ、だが水谷はバットを無理矢理それに追いつける…っ!

『ザワァッ!』

相川「バカな!そんなムチャクチャな体勢から打てるはずがっ!!」




カキィィィーーンッ!!

三度目の快音、ボールはショート左を綺麗に抜けるレフト前クリーンヒット!!


西条「な、なんだとっ!!」

森田「水谷のあだ名はスピードキラー…速ければ悪球だろうが150kmだろうが打ち返すほどの妙なスキルを持っている」

竜神「本当変な奴だぜ全くよぉっ!」


『ワァアアーーーーーーッ!!!!』


ノーアウトでランナーを出した成川、その後九番の森田がきっちりと送りバントを決めて水谷を二塁に送る。

これで1死、ランナー二塁!!

『これでワンヒットで点が入るぜ!』

『駄目押しのタイムリーを打ってやれ!!!』


六条「次は…!」

三澤「うん」

冬馬「一番…」

緒方先生「悠一」


『一番、セカンド、綾村君』


綾村「二点差…ここで点を入れれば、勝利が近づく」

西条「きやがったかキチガイシスコン野郎」


両者の目線が、グラウンドで火花を散らす。


綾村「ふん…お前にこの僕の意気込みがわかるまい」

西条「はん、わかりたくもあらへんな。他人を不幸にするために野球やってるようなマイナス思考な奴の考えなんてな」

綾村「勝利とは常に敗者を生む…勝負は常に誰かを不幸にするものだ」

西条「そんな考えで野球やってるお前にゃ、勝負の熱さってものは一生わかるわけねーよっ!!!」


西条、第一球!!

ズバァアアンッ!!!


相川(っ!!)


相川の左手がミット越しに震える、まだ手のシビレはやまない。

『ワアァアアアーーーッ!!!』

『お、おいおいおい!あのピッチャー球速ぇぞっ!』

『森田なみじゃねーかっ!?』

『西条君ガンバレーっ!!!』

『キャアアーーーッ!!!』


西条「恨みやの復讐やの、ぐだぐだ言ってるお前に本当の勝負ってもんが何か教えたるわっ!!」

綾村「勝負に嘘も本当も無い、そこにあるのは目的を達成することだけだっ!!」


バシィイッ!!

『ボール!!!』


西条「違うわっ!お前のは勝負やないっ!!」

綾村「何ぃ…?」


ガキィインッ!!

『ファールボールッ!!!』


西条「お前のやってるのは『運動』や、野球じゃねぇっ!!」

綾村「……」

西条「確かに勝負ってのは不幸な敗者を生むかもしれへん、人間関係やってそうや!時には人を不幸にすることもあるわいな!!やけどな」


ガキィイイイッ!!!

『ファールボール!!!』


西条「それでもな、そういうのをスポーツに持ち込むんじゃねぇ!!このグラウンドはなぁっ!あくまでも野球をするところや!!復讐なんかする所やないっ!!!」



ガキッ!!

『ファール!!!!!』

『オオオオオオオオオオオオオッ!!!!』



西条は左腕を天に突き上げた。


西条「目ぇ覚ませや綾村!男やったら細かいことぐらい許したれや!お前の姉貴は裏切ってなんかねぇ!本当に裏切ったなら、お前の事なんか心配するはずないわっ!」

綾村「……」

西条「ベンチではな、先生も含めてうちのマネージャもお前との仲をなんとか取持とうとなんか考えとる。…お前、男としてそんなんで情けなくないんか!」

綾村「僕は…」

西条「お前が姉貴を嫌う嫌わないは自由や、お前のな。好きにすればええわ。ただな、お前の姉貴はうちの顧問や。俺は知り合いを傷つけるような奴は黙って見とけん」

綾村「…」

西条「裏切られた気持ちなのはわかる、やけど。それは胸にしまえや。泣き寝入りしろとは言うてない。それは試合の後たっぷりと話し合え。今は野球の試合中や!!!」

綾村「!!!」


バッシィィンッ!!

西条のストレートは綾村の顔面付近、綾村は慌ててかがんだ。


西条「目覚めたかシスコン、誰かの為、じゃなくて。お前の為に戦ってみろや。いつまでも部屋にとじこもっとるんやない、窓を壊して出てこいや!!」



『……………』


長い沈黙の後、綾村はバットを構えなおした。

頭の中の妙なもやもやは…西条の大声で吹きとんでいた。

ただそこには、純粋な空間が広がる。


綾村「敵に、そこまで言うのは、おせっかい、というものだ」

西条「へん…」

綾村「お姉ちゃんがベンチでずっと心配そうに僕のことを見てるのは知ってたよ…ただ、ここまで来たらもう戻れなくてね」

西条「戻るも戻られへんもない。お前が決めることや、それはいつでもできる」

綾村「西条…とか言ったな、男として君を尊敬するよ」

西条「キモイこと言うなや」


西条は心底気持ち悪そうな表情で吐くふりをした。


六条「あれ…?」

冬馬「ね、ねぇねぇ」

三澤「うん、なんだか綾村君、雰囲気変わってない…?」




西条「ただ、俺は打たさへんで」

綾村「もやもやを吹き飛ばした君には感謝してるが、手加減はできない」


西条…振りかぶって、左腕を振り下ろす!!!

ビシュゥッ!!

ボールは、低目から高速で変化する…ストリームッ!!

バットはそのわずか上をかすって、宙を舞う。


『ストライッ!バッターアウトォッ!!!』


綾村「…西条、お姉ちゃんに言っておいてくれ。試合が終われば、話したいことが山ほどあると」

西条「嫌なこった、自分で話にいけや」

綾村「ふふ…それも、そうだ」






七回表、二死、ランナー二塁。


相川(…綾村は三振に打ち取ったが、まだ終わっちゃいない。もう一山だ)

次打者は先ほど足で将星をかき回した、疾風の甲賀。


相川(まだ奴の足の速さの謎はとけてない…セーフティもある)

西条は微妙な表情で頷いた。


相川(しかし二死だ…セーフティバントは無いか…)


常識を覆すのが、野球。



コキンッ!!


相川「っ!」

西条「うげっ!!」

吉田「や、野郎!!二死からセーフティだと!」

御神楽「なめるな愚民が…刺すんだ!!」


ボールはファーストとピッチャーの間、絶妙な位置に転がる。

しかも意表を疲れたせいか、スタートが遅かった…がっ。


パシィッ!

甲賀とすれ違った瞬間、西条がボールを捕球。

流石経験が長いことだけあって、フィールディングはお手の物だっ!


しかし、一塁側に振り返ったその瞬間西条は見た。

甲賀がすでに……一塁キャンバスを駆け抜けるところを。


『ウオオオオオオオーーッ!!!』

『内野安打っ!流石甲賀だぜっ!!』

これで一塁、三塁!!!

西条(う、嘘や!!すれ違ってすぐに捕球したんやで!どうしてあそこまでいけるんや!)

相川「…わかったぞ、奴の足の速さの正体が…」


相川は呟いた。

後ろから甲賀の背中を追っていたから、わかったのだ。

…それは、爆発的な加速力。

勇気とは言ったものの、物理的問題もある。

今まで県がスピードがありながらも盗塁できなかった物理的理由…それは。


相川「初速と加速の問題だ…っ」


両方とも同じエンジンを持っていたとしても、短い距離間ならドライバーの腕次第でスピードは圧倒的に変わる。

つまり『ギアチェンジ』の容量だ、最高速が同じなら加速までの距離が短い方が確実に速い…そしてこの甲賀は加速の容量を効率よくする走法を知っている。


高杉「一つ目の足がついた瞬間に二つ目の足を出す古来の歩方に『縮地』というものがある。甲賀はそれを野球用、走法用に自分でアレンジした。それが奴なりのオリジナル走法『疾風』」


ギャッ、っとブレーキをかけて振り返る甲賀。


甲賀「この回で、将星を突き放す」



打線は、クリーンナップへ…っ!



『三番、レフト、竜神君』










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