182成川高校戦18shootia
『ストライク!バッターアウトォッ!!!』
吉田「ぐ、ぐぅっ!!」
三球連続のシュート…いや高速直前変化シューティア。
それに吉田はあえなく三振を喫した。
振ったバットをむなしく、片手に持ち帰る。
それと同時に降矢も二塁ベース上から歩いてだるそうにベンチへと帰ってくる。
吉田「降矢、見えたか」
それを待って吉田は降矢に話しかける。
二塁ベース上…つまり森田の背後からなら何かが見えたはずだ、降矢ならば。
降矢「…まぁね、大体の変化は予想つくよ」
吉田「どうだ?…っとお前はそんなにはっきり言う奴じゃなかったな」
降矢「ようやくわかってきたね。…そうだな、見た感じ俺はちんちくりんのあのスライダーと同じか、と思ってた、だが違う」
吉田「違う?」
降矢「別物だ」
きっぱりと言い放った。
降矢「ちんちくりんのスライダーは外から、ベースの直前でいきなり曲がるが…。のっぽのシュートはベースの直前で曲がる」
吉田「?そ、それは一緒じゃ」
降矢「勇気の問題だ」
吉田「…勇気?」
降矢「打者に当てても構わないと思って投げるボールと、おびえて投げるボールとじゃ威力が違いすぎる、ってことさ」
降矢はそう言うと、グラブを持って外野へと歩いていった。
残された吉田もグローブを持つが、顔は悩んだ顔のままだ。
…と。
六条「うーん」
野多摩「う〜ん」
三澤「…ふむー」
ベンチではマネージャー×2と選手一名が唸る声を上げていた。
吉田「ど、どうしたんだ?」
大場「さっきからずっと唸ってるとです」
『将星選手!速く守備についてください』
止まっていると、外側からアナウンスの注意の声が流れた。
吉田「おとと…」
大場「と、とりあえず吉田どん、行こうとです」
吉田と大場は慌しく、グラウンドへと走っていく。
その様子も目に入らないのか、三人はいまだ唸っている。
ベンチに残った冬馬と緒方先生も唸った。
冬馬「せ、先生、聞いてみては?このままじゃすごく不気味です」
高い声が三つ、ノイズのように聞こえてくる。
可愛いが不気味だ、プーさんとミッキーとドナルドの声だろうが唸っていたら怖い。
緒方先生「そ、そうね…さ、三人とも、どうしたの?」
六条「あ…先生、先生も一緒に考えましょうよ」
緒方先生「へ、へ?」
三澤「忘れたんですか?」
野多摩「さっき弟さんと仲直りできる方法を考えるって178話で…」
三澤「ちょ、ちょっと!野多摩君、駄目駄目違う違う!」
六条「さっきの打席で綾村選手と仲直りする方法を考えるって、私達言ったじゃないですか、それで…」
冬馬「綾村選手と…?」
緒方先生「そうだったわね…でも」
野多摩「全然思いつきませ〜ん」
三澤「こんな複雑な関係の仲を取り持ったことが無いんで…」
ううっ、と三澤は泣き笑いになる。
冬馬「うーん…」
六条「綾村選手に謝ったら?」
三澤「でも、別に先生を責めたい訳じゃない、って言ってたよ?」
野多摩「うーん…。本当はあんまり悪い人に見えなさそうなんだけどなぁ」
三澤「冬馬君、同じ男の子だからわかんない?」
と、急に話の流れが変わる。
冬馬「えっ!?お、俺ですか!?え、えーと」
六条「と、冬馬君は男の子ですけど!」
冬馬「そ、そ、そうですね、い、意地を張ってるんじゃないですか?」
緒方先生「…あ」
三澤「意地、か。傑ちゃんも、たまにあるけど…」
冬馬「心の中ではもう先生のことを許してても、裏切られた時の辛かった気持ちのせいで素直に許せないんじゃないかな?だから将星に勝って先生に辛い思いをさせようとしてる…?」
四人は「おおー」と、声を上げた。
三澤「やっぱり同姓に聞くが吉だね」
冬馬「あ、あはは…」
良く考えればこの中で正体を知らないのは、三澤だけである。
というか、誰か野多摩も男だとつっこんでやれ。
六条「でも、じゃあ綾村君を素直にするにはどうしたらいいんだろ?」
三澤「あ、あー…うーん」
野多摩「先生が素直になりなさい、って抱きしめたらどうだろ〜?」
先生「え、ええっ!?」
野多摩「先生のおっぱいは柔らかいから、抱きしめられたら、ふわわ〜って気分になって夢心地なんだよ〜」
三澤「……くすん」
六条「……うぇ」
涙を浮かべる。
野多摩「?」
冬馬「ま、まぁまぁ、でも作戦的には大丈夫だと思うよ?」
六条「ぐす、でもそれならやっぱり試合後になりますね…」
三澤「そうだね、まずは皆が勝つように応援しないと!」
野多摩「とりあえず〜、今変わったばっかりの西条君を応援しよ〜!」
西条「もう終わっとるわアホ」
冬馬「う、うわぁ!?」
すでに西条はベンチに帰ってきていた。
西条「お前らがぐだぐだ喋っとる間に俺はばっさばっさ相手をと三者凡退や、ベンチやったらしっかり応援せんかい」
どうやらすでに西条はスリーアウトをとったらしい。
六条「う…ごめんなさい」
西条「それよりな、そんなややこしい事なんか全然関係ないで」
冬馬「え…?」
西条「野多摩も冬馬も男やったらわかるやろ。野球やってるんやったら、ボールが思いを伝えてくれるんや」
再び歓声が上がる。
六条「な、なるほど…」
三澤「そうだね!勝負でわかりあえるって傑ちゃんも言ってたし!」
野多摩「うんうん〜」
冬馬「ボールが思いを、かぁ…」
緒方先生「西条君、先生の代わりに…悠一の目をさましてあげて!」
西条は固まった。
五人の輝く目に対して「そこは『クサイセリフやな』って突っ込む所だろ」とはとてもいえなかった。
嫌な期待をうけつつ、何かずれた五名に対してため息をつく。
『六回裏、将星高校の攻撃は、四番ファースト大場君』
真田「…いけそうか」
思わぬところから声をかけられたので、相川は驚いた。
相川「珍しいな、そちらから話しかけてくるなんて」
真田「お前はこのチームの中ではまともな方なんでな」
相川「ようやく俺達に馴染む気になったか?」
真田「話せるのがお前だけだ、ということだ」
相川は苦笑しながら真田の方に顔を向けた。
手にはデータブックを持っている。
相川「六回裏、一点差だ。西条の今日のピッチングは上々だ、何よりストレートが走ってる。さっきまでの冬馬との急速さだとスクリュー無しでも一巡は仕留めれる」
真田「守りは大丈夫、ということか」
相川「…そうも上手くはいかないものが、野球だ」
真田「やはり、綾村、甲賀、か」
相川「ああ、西条は性格を見てもわかるように、細かいことが苦手だ。はたして揺さぶられてきたら。と思うと安心できない所もある」
真田「ほう…」
相川「問題は森田攻略だ。…あのシュート、シューティアとか言ったか…もう森田は半分を回ったからか、問答無用でアレを投げてくる。アレを打たないことには、この一点差は重い」
真田「…悪いが、俺は次のバッターなんだ、行かせてもらう」
聞いていたのか聞いていなかったのか、真田は急に話を打ち切って、赤いバットを持ってベンチを出て行った。
…しかし、ベンチを出たところで彼は振り向いた。
真田「二回だ」
相川「ん?」
真田「二回チャンスをくれ。あと二回打席が回ってくれば、なんとかしてみせる」
相川「さ、真田っ」
真田「勘違いするな、こんな所で負けていたら桐生院には到底追いつけないと言う事だ」
『五番、レフト、真田君』
大場は早くもシュートに三振に倒れていた。
そして、五番、赤い風。
『ワァァァアーーーー!!』
『”赤い風”ーー!なんとかしてーー!!』
『一点差なんだから、ホームラン打てーーー!!』
無責任な奴らだ。
真田は舌打ちした。
いつだって周りは何もわかっちゃいない、中のことなんてな。
森田「赤い風、か。金髪の次に厄介な奴が出てきたもんだ」
真田「森田充…成川のエース。少し見くびっていた」
森田「もう遅い…お前たちに…」
ゆっくりと振りかぶる。
森田「この、シューティアは打てん!!!」
真田「…!!」
繰り出されたシューティア、それは流星のように右打者の真田に食い込む。
元々速い森田の球速では、シュートも通常より速くなる、そしてそのスピードのまま食い込む!!
バシィィッ!!!
『ストライクワンッ!!』
真田「…ちっ」
伊勢原(引かない、か、さすが元桐生院)
今までの右打者は体に迫ってくるシューティアについつい体がのけぞりがちになっていたのだが、真田はピクリと反応したものの、体勢は変わらない。
真田(普通は配球が一辺倒になったら、読みやすくなって打たれるものだが…)
ここまで森田は全球シューティア、ならばシューティアを狙えば打てるが…。
真田(頭のどこかにスカイを投げてくるのか?というのがあるから、手が出ない)
このキャッチャーは頭が良いのか悪いのか…裏をかいてるのか、先ほどからシューティアを投げていない。
これではFを投げすぎて打たれた冬馬の二の舞だ、それをわかっているのか?
真田「全球シューティア…この俺が打てないとでも思っているのか」
ぎり、っとグリップを握りなおして赤いバットを肩に置く。
森田「いや、思っちゃいないさ何回も、はな…」
真田「何?」
森田「だが、今の打席だけは打たれる気がしない!」
ドバシィィィッ!!!
『ストライクツー!!』
シューティアはベースの端をかすってミットに収まる。
思わず見逃してしまう!
真田(ちっ、確かにこの打席は打てなさそうだ…だが。変化は見えなくても、指針はある)
タイミング。
シューティアはその変化故、頭が混乱してタイミングを見失いがちでいたが、球が来るタイミングさえわかれば…打てる。
真田「この打席、確かにこの打席は打てない。…だが、見切らせてもらう」
森田、振りかぶる。
バカ正直にシューティアを投げるか。
それとも、それ以外でくるか。
第三球!!
真田(カーブ…!)
完全にシューティア待ちだったので、タイミングを崩されるが、なんとかカットする。
『ファールボール!!』
その後も真田はシューティア以外のボールを全てカットし続ける。
七球目!
真田(…スライダー)
ガキィンッ!!
『ファール!!』
カウント2-2。
御神楽「何をやっているのだ真田!!」
原田「そ、そうッスよー!流石に待ってる球がバレバレッスよー!」
相川「いや…真田は、何か…シューティアを打つ何かを見つけようとしている」
大場「ええ!?」
相川(降矢といい真田といい、協調性の無い奴に限って頭がキレるとは皮肉なもんだ。せめて俺にバッティングセンスがあれば、な…)
ふぅ、と一息をついて力を抜く真田。
掌はじっとりと汗で濡れていた。
真田「どうした、シューティアを投げて来い。ここで無駄な球数使ってる暇は無いだろ」
森田「く…いいだろう…行くぞぉっ!!」
森田、八球目!!
しなる右腕、放つ流星。
真田(シューティア!!)
来た、来たぞっ!
ゆっくりと、足でカウントを取る。
バッシィィィッ!!
『ストライクバッターアウトォッ!!』
真田「…」
『ザワァアッ!!』
『お、おいおいおい!すげーぞ、あの赤い風が見逃しの三振』
『しかもここまでノーヒット…』
『成川高校森田充か…!』
外野もにわかに騒ぎ出すが。
真田は一人微笑を浮かべていた。
真田(いつだって周りは何もわかっちゃいない)
がらん、とバットボックスに赤い棒を投げ込んでベンチに座る。
吉田「さ、真田…?」
御神楽「三振して笑うとは…どこか打ったのか?」
真田「ふん…」
思い思いの気持ちをのせて、試合は終盤へ、一点ビハインド、七回。
伊勢原(森田の気合は十分だが…余裕的にはもう一点欲しい、頼むぞ)
水谷(任せるっしょ、あのチビ君よりも、今のピッチャーの方がまだ俺にとってはやりやすいっしょ)
『八番、センター水谷君』
七回表、成4-3将