180成川高校戦16Aerial clashes
御神楽から告げられた内容を理解するのに、少し時間がかかった。
原田「す、スカイッスか…?」
しかし、内容を理解しても、真意までは汲み取る事はできなかった。
原田は御神楽に疑問の声を返す。
御神楽「ああ、スカイ、だ。いいかわかった時点で大振りしろ、全力スイングだ」
原田「み、御神楽先輩?じ、自分はグライダーにしてもタワーにしても打てないッスよ?」
御神楽「弱気はいかんな。それでは人の上には立てん」
原田「はぁ…」
御神楽「それに先ほど言ったであろう、打つだけが投手を崩す鍵じゃない、と。…まぁ、崩す、というか考えさせて揺さぶる、といった方がいいか」
原田は黙って御神楽の次の言葉を待った。
御神楽「とりあえず、変化球はボールなら見逃せ。ストライクならカットだ。粘れ。…幸い森田はスライダーはともかくカーブは結構ゆるいから判断がつきやすい」
原田「…」
御神楽「この回…原田、お前の打席が森田を崩す鍵となるかもしれん。行ってこい」
原田「は、はいッス!!」
原田はダッシュで打席へと向かっていく。
その光景を見て御神楽はうむ、と満足そうに頷いた。
相川「ふ…まるで師匠と弟子だな」
御神楽「いいえて妙だが、僕はあくまでも帝王だ」
……ザシ、っとマウンド上の森田は下地を一二回スパイクでならす。
でこぼこをなくした時点で、ロージンバッグを拾う。
森田(三点差だ…)
三点差だぞ、この森田充が三点のリードをもらっている。
負ける訳が無い。
絶対的な自信を持って森田はその大きな背筋をぴん、と張った。
漲る闘志と自信が、プレッシャー…重圧となって原田にかぶさる。
原田(う、やっぱでかいッスね…)
打席の原田は対して大きい訳じゃない。
普通の高校一年生に少し筋肉がついたくらいで、他は何も変わらない。
降矢や大場みたいに大きいわけでも、県みたいな俊足な訳でも、吉田みたいに爆発力をひめている訳でもない。
そんななんの個性も無い自分が、ここにいていいのだろうか…。
御神楽「原田に粘れ、という指示を出したのは今回が初めてだ」
相川「ほぉ」
御神楽「今まであれだけ走りこんできた、お前はあの吉田と同じくらい努力してきた。今、その成果が見える」
森田、大きく振りかぶって、白球を担いで一球目!!
森田「今となっては、この俺が負ける理由は一辺たりとも存在しない!」
最大限まで右腕を中空に伸ばして、そこから振り下ろす!
スカイ…!
原田(ぜ、全力スイング…!)
原田はしっかりとボールを見るも途中から追いつかなくなる。
140km前後出ているのだ、仕方ない。
しかし、原田は御神楽を信じてフルスイング!!
バシィーーンッ!!
『ストライクワンッ!!』
原田「グ、グライダー…!」
ボールは原田の手前でグンと伸びて、並行滑空。
バットのはるか上を通過していた。
森田(下位打線…三人で終わらせるっ!)
森田、テンポ良く、第二球!
ボールは…速い!タワーか、グライダーか…!!
原田(く、くそぉっ!目が追いつかないッス!!)
しかし、原田はフルスイング!!
ブンッ!!!バシィッ!!!!
『ストライクツー!!』
駄目だ、まるでバットとボールが離れている。
『ワアアアアアアアアアアア!!!』
原田「くっ…」
その時、後ろのスタンドから話し声が聞こえてきた。
『なんか俺さっきからずっとあの七番に違和感感じてんだよ』
『何が何が?』
『だってよ、将星って超個性派チームじゃん?なんか足速いのとか、でかい奴とか、あのちっこいピッチャーとかさ』
『うん』
『でも、なんかあの七番は普通じゃねぇ?一般人っていうか…』
胸が痛んだ。
原田(…!)
確かに自分には何も無い。
何も無いけど…。
森田「ザコは三球で片付けるっ!!」
伊勢原(コイツは完全にスカイ狙いだ、カーブなら三振)
森田(よし)
森田、第三球!!
原田「…っ!」
これは…緩い!
原田(――カーブ!)
まだスピードが遅いカーブならしっかりと原田の目にうつる。
しかし、変化量は大きく、ぐらりと揺れて曲がり落ちる。
笑静「だ、駄目だ!あれじゃあ体勢が崩れすぎてる!」
笹部「スイングが安定せず、三振してしまう…ッ!」
御神楽「さぁ!原田!今こそその鉄の足腰を見せるときだっ!!!!!!!」
森田「!?」
甲賀「鉄の…」
伊勢原「足腰だべか!?」
原田「う、うあああああああああッス!!!!」
崩れかけていた体勢を無理矢理下半身で固定。
打撃の軸ができる。
森田「体勢が…崩れていないっ!!!」
カキィィイィンッ!!!!!!!
打球は三塁線を鋭く抜けていくっ!!!
ビシィーーッ!!
『ファ、ファールボール!!』
静寂。
後、歓声。
『ワアアアアアアアアッ!!!!!!!』
『す、すげぇ!!ファールだけどいい打球飛ばすじゃねぇか!!』
『きゃーー!原田くーーんっ!!!』
荒い息で打球方向の確認した原田。
彼が一番驚いていた。
御神楽「ふん、当然の結果だ。僕の指導で、走り込みならアイツは西条や冬馬を越える量を行っている。その結果、原田の下半身は鉛のように地面についている。少し上体がぶれたぐらいでバッティングフォームは変わらん」
小さい子供がやっている野球で良く見る姿が、人がバットに振り回されるという光景。
それでもあるように、バットというものは遠心力をともなっているので、下手をすると人間の方がバットの力に負けてしまう。
その場合バッティングフォームが崩れてしまい、バットが波打ち全くというほど打てないのだ、小学校などに体験した事がないだろうか?
しかし、上半身と下半身を鍛えればそれも解消される、上半身でバットコントロールし、下半身で体勢を維持するのだ。
…原田はこれまで上半身を半ば捨ててまで下半身を鍛えてきた、上半身だけを鍛えてバットコントロールができても、地面で踏ん張れなければ強い打球は望めない。
今まで原田が打てなかった理由は単に、目が速いボールにおいつかなかっただけ。
つまり、しっかりと狙って打ったなら…下半身の力で、ボールは。
森田「く、くそぉっ…!!」
またもや、カーブ。
だが原田は最後までボールから目を離さず、しっかりとひきつけて打つ!!
キィィィインッ!!!
森田「!!」
伊勢原「何ぃっ!」
またもや鋭い打球が三塁線を抜けていく。
原田(な、なんスかこれは!?)
御神楽「本人も気づいて無いだろうがな…原田の下半身だけは桐生院並だ。それもこれもあいつがクソ真面目なおかげだからな!…おっと、クソというのは帝王にしては陳腐な表現だったか…」
真田(なるほどな…プロはアシでオアシを稼ぐという言葉がある。オアシは御足、昔で言う金のこと。…昔からプロでは下半身を鍛えろという言葉がある。…下半身を鍛えるだけでここまで劇的な効果が望めるとは…)
御神楽は髪をかきあげた。
御神楽「今まで奴が打てなかったもう一つは…打てる、という自信が無かったからだ。今回は自信云々じゃなく、できることをやらしただけ…次は精神面でこの帝王に近づけなければな」
森田は白球が激突した三塁フェンスを見て呆然としていた。
森田(ど、どういうことだ。…俺が、こんな奴にこんな打球を飛ばされているだと!?)
ラーレス「森田、落ち着くネ。まだまだ三点あるヨ」
森田「ぐ…と、当然だっ」
相川「森田め、焦り出したな…」
相川はニヤリと笑みを浮かべた。
御神楽「三点差という条件が逆にきいてるな。今まで全く活躍できてない原田にあれだけいい打球を飛ばされてるんだ」
御神楽もくくく、と笑う。
相川「最初にスカイを全力スイングしたのが奴の心象を逆撫でだな。今カーブの打球によって、スカイも打たれるんじゃないか、という疑心暗鬼が産まれてる。幸い森田は完璧な投手じゃない…冷静じゃない性格が災いして、去年の一回戦では四球を連発している。絶対的なコントロールを持ってるわけじゃあ、ないんだ」
バシィッ!!!
『ボールスリー!!』
『お、おいおい!どうしたんだ森田の奴!』
『三球連続ボールだぜ!?』
森田「ぐぅっ!!」
相川「崩させてもらうぞっ、森田!!」
『バシィッ!ボール、フォアボール!!』
『ワアアアアアアアアアッ!!』
『おいおいおいおいおい!先頭打者にフォアボールだぞ!!』
『やったやったーー!!ランナー一塁!ちゃんすちゃんすっ!!!』
『しかもあの七番に…これじゃ』
赤城「ランナーを置いて、九番の降矢に回る、な」
『八番、投手冬馬君に代わりまして、西条君』
吉田「よし!西条!しっかりバント決めてこいよっ!」
西条「任せてください!!しっかり決めますわ!」
キャッチャー伊勢原は両手を上から下に振る。
落ち着け、のジェスチャーだ。
伊勢原(落ち着け、お前が焦っても何も始まらんべ)
森田(ぐぅ…この俺が七番ごときに…)
西条(へへん、奴さん焦ってるな。中学のときの俺にそっくりや)
西条も以前は森田のような投手だった。
プライドが高く自信があるから、予定外の自体に慌てる。
そこからコントロールを乱し、崩れていく。
伊勢原(当然バッターは送ってくる、落ち着いてフィールディングしろよ!)
森田(わ、わかっとるわい)
気持ちがわかっている分。
西条にとっては、今何をされたら一番嫌かもわかる。
西条(ただ単にバントされるよりも、おちょくった方がムカつくわ)
伊勢原(あえてここはバントさせよう、森田スライダーを投げて来るべ)
森田、セットポジションから、西条に対して第一球!!
西条はバントの構え、当然森田は前にダッシュする…が。
西条「よっと」
西条はバットをすっとひいた。
『ボールワンッ!!』
森田「ぐ…」
西条「ボール球バントするなんてもったいないこと関西人がすると思うか?」
にへへ、と西条も笑う。
森田(な、なんなんだコイツら!三点差で負けていて、俺が投げているんだぞ!どこからその余裕が出てくるんだ…!!!(
西条(三点差がなんや、降矢にあと二回まわる。両方ホームランで同点や)
そう。
いつもいつもこの将星の自信は、どんな時も決して屈しない。
曲がらない降矢に、少しづつ似てきていた。
森田「なろぉおおおっ!!」
バシィィィイッ!!!
『ボール、ツーッ!!』
西条「あかんあかん、どんだけ速くてもストライクゾーンをかすらないボールに価値は無いで」
森田「ぐぅ…!」
伊勢原(落ち着け森田!ここは一つ牽制を挟んで…!)
森田「うあああああああ!!」
森田は伊勢原を無視して、またもや右腕を振り下ろす!!
伊勢原(く、ど、ど真ん中だが…これでバントしてくれれば、まずワンアウトはとれるべ)
西条「甘い…甘すぎる、ど真ん中やで、森田さん」
キィイィンッ!!!!!
ボールは地面で大きく跳ねて、サードラーレスとショート甲賀の間を…抜けるっ!!
『キャアアアアアアアアアッ!!!』
西条「へへんっ!甘い球は打たなな!好球必打や覚えとけっ!!」
ランナー、一塁、二塁、無死!!!
森田「く、ど、どういうことだ…」
伊勢原(森田、落ち着け!あのシュートを使えば、すぐに…)
降矢「さぁ……」
ネクストバッターズサークルの降矢の顔を見て、森田の背筋に冷たいものが走った。