179成川高校戦15count change





















降矢め、えらそうに…と相川は思ったが、そこで首を振って血を鎮めた。


相川(くっ、後悔や反省は試合の後でもできる、今俺にできることはここをしのぎきることだ)


打席には四番フルスイング荒幡。

走者は二塁に竜神。


荒幡劉「金髪…さっきは一球しか見れなかったから遅れをとったけどよぉ。今回はそうはいかねーぜ」


バットから話した片手を握り、人差し指だけを降矢のほうに向けて言う。

刺された降矢は見下ろすように笑う。


降矢「負けに理由をつけてるようじゃ誰にも勝てねーよボケ」

荒幡劉「口のへらねぇ野郎だ…がそう言っていられるのも今のうちだ」

降矢(…)


降矢は気づいた、先ほどまでと荒幡の様子が少し違う。

雰囲気のような内面が変わったのではなく、外面だ。

さっきまでの景色と何かが決定的に違う。


相川(降矢、ボーク出すなよ)

出たサインはストレート。

降矢「ボークってなーんだ?」

相川「なっ!」


ギャリィッ!!!!!!!!!!!

まるで金属を削るような音がした後、一瞬でボールは相川のミットに収まる。

荒幡は動く事も出来ずに見送った。


『ス、ストラーイクッ!!』

『ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』

『は、はぇー!!やっぱすげーぞあの金髪!』

『ああ、下手すると森田よか速いんじゃねーのか!?』

『あ、あのさ、降矢君応援してあげてもいいんじゃない?』

『駄目よ!あんな奴、とっとと打たれればいいのよっ』


相変わらず暴言やら歓声やら飛び交うスタンドに降矢はため息をついた。

いちいち、うるせー野郎だ、と。


降矢(これなら静かな方がまだマシだぜ)

うっとおしくて仕方が無い。

荒幡劉「ふ、ふふ…」


打席の荒幡はいきなり下を向いて笑い出した。

その様子を相川も降矢も不思議に思う。


降矢「気でも狂ったかボケ」

荒幡劉「…いや、金髪よぉ。確かに速い、確かにお前の球は速い…が、それだけだ」

降矢「何言ってんだボケ、寝言は寝て死ね」

荒幡「ふん…」


とは言うものの、セリフに余裕を感じる。


相川(ストレートでも打てるのか?)


いやいや、先ほどの降矢のとの対決…あのフルスイングじゃ降矢の球には天地がひっくり返っても打てないはずだ、それぐらい振り遅れている。

…いや、待てよ。


相川(甲子園を目指している成川の四番が、速球を打てないようなことがあるのか?)


荒幡はここまで軟投派ばかり相手にしてきた。

そして降矢の速球に完全に振り遅れていた。

この二つの点が、荒幡は速球は打てない、と思い込ませてるだけじゃないのか?

普通、強豪にそんな四番はいないはずなのに。


相川(降矢一球外して様子を見よう)


相川は外角に直球を外すサインを出した。


降矢「嫌だね」

相川「!」


ギャオンッ!!

またも降矢の右腕が風を切り裂く!

風圧に弾かれたようにボールは飛んでくる。


荒幡劉「捕手のアドバイスは聞いておくものだぜ、金髪!!!」

相川(ど、ど真ん中高目!)


スピードがあれば空振りを取れるコースだが…っ!!!

『チギィンッ!!ガンッ!!』

ボールは背後にあるフェンスに直撃した。


『ファールボール!!』


降矢「…ふーん」

荒幡劉「…くくっ」


ボールは背後に飛んだ。

つまり…タイミングはぴったりだ。


相川(ど、どういうことだ?さっきまで荒幡は確かに振り遅れていたはずなのに…)










降矢「…まぁ、セコイ考え方だね」

荒幡劉「なにぃ…?」

降矢「『バット短く持って当てるだけ』とはよ、テメーそれでも男かよ、情けねぇ」


バカにするように笑う。


降矢「死ねよ、生きてる価値ねー」

荒幡劉「どうとでも言えばいいさ、勝てば何も言えん」

降矢「勝つ?勝つ〜?誰に?誰に言ってんの、それ」


荒幡はついにキレた。


荒幡劉「テメェ以外に誰がいるんだこのクソガキ!!」

降矢「くくっ…」


降矢は鼻で笑いながら、ゆっくりと振りかぶる。

…振りかぶる?


相川「お、おい待て降矢!」

竜神「何考えてんだアイツ!」

当然二塁の竜神はスタートを切る。

だが降矢は無視するようにゆっくりと腰を捻る。

三度目のサイクロン…。




降矢「―――悪いが、無駄球放ってるヒマはねーんだ」


降矢、第三球!!!

降矢「ぁおらああっ!!」


ゴォッ!!

三度目の竜巻!!


荒幡劉「…!」

またもコースは…ど真ん中高目!!!!

相川の心臓が跳ね上がった。

目の前の荒幡のスイングのタイミングは、ドンピシャだ!

バットを短く持ったことによって…遠心力が小さくなり、スピードは増している。

しかもフルスイングじゃなく、軽く当てるだけのバッティングだ…しかし当たっても内野の頭は確実に越す!


―――マズイ。

相川の頭の中はこの一単語に包まれた。

一点入れば四点差。そうなると、もう負ける確率が80%を越える。

ただでさえ森田はここまでの試合全て完封勝ちしているのに、四点差をつけられれば…。


荒幡劉(…勝った!!)

確かに速い、速いぜ降矢の球は。

…だが、フルスイングじゃなければ当てることは可能だ。

荒幡劉(もらったぜ、金髪)


ボールはベースの1M手前。

軌道は、バットに一直線。













降矢「――――――フルスイングじゃねーバットを長く持たねー。…テメーのプライドを捨てた奴に俺が負ける訳ねーんだ」


荒幡劉「!!!」


ボールは、荒幡のバットの上!

まだ、降矢のストレートの伸びが荒幡のスイングを上回っている。

しかし!



ビッ!


見えるか見えないかのわずかの差で、荒幡のバットがボールをかすった。

主審はファールコールはあげる気はなかった、何故なら主審の目にはボールはスイングの上を通り過ぎたようにしか見えなかった。

だが、わずかに軌道が変わった分、相川のミットにボールは収まらず、ミットの端に当たった後少し上空に跳ねた。



吉田「や、やべぇっ!!」

御神楽「相川っ!なんとかしろ!!降矢が振りかぶった分、逃したらランナーがホームインする!!」


つまり…相川のワイルドピッチ、つまり振り逃げ扱いとなれば…!!

すでに竜神はサードを回る気で、足を速めていた。


相川「…!」


その瞬間はゆっくりに見えた。

…これ以上、俺のミスで点をやるわけには…。

相川「いかないっ!!」


座ったままの体勢で腰に力を入れる。

バク転するように、体ごと後ろに逸らす!


降矢「…!」

吉田「と、止めたか!」

相川「うおお!!」


立ち上がった相川の右手には確かに白球が握られていた。

弾いてボールの威力が弱まった分、間に合った。


竜神「!!」

吉田「相川ぁっ!!」


三塁ベースから先、竜神は飛び出したところでブレーキをかける。

だが相川はそれを見逃さず、すぐに体制を立て直し、吉田にボールを送った。

バシィッ!!

吉田「よっしゃあ!」


『ワアアアアーーーー!!』

『は、挟まれた!?』



吉田「…へ、覚悟しやがれ」

竜神「ふん、わしも男じゃけぇ、アウトにするがええ」


軽く体をグローブでタッチすると、審判からチェンジの声が上がった。

一塁を駆け抜けた荒幡は両手を膝につきながら降矢の方をむいた。


荒幡劉「…な、なんなんだ」

降矢「お前は、俺の球が変わらない、と思った」

荒幡劉「…?」

降矢「変わらない訳ねーだろボケ」


降矢はそれだけ言うと、マウンドを後にした。

あの一瞬だけ、降矢はボールの握りを変えた。

名前は知らないが、過去に知った『それ』であった。


吉田「…相川」

相川「なんだ」


ベンチに戻ってきた相川に吉田は声をかける。


吉田「なんつーか、そのよ。別に、お前も負けたい訳じゃねーんだよな」

相川「?当然だ、俺はいつも勝つ為に最善の策をとっている」


吉田は相川を上から下まで眺めた。

決して相川はやる気が無いわけではない、いつもユニフォームは汚れているし、さっきのプレイも体を張っている。


吉田「その、なんだ。悪かったな、さっきは」

相川「?」


相川はわからない、と言った表情でプロテクターを外す。


吉田「冬馬ん時だよ、その、お前だって勝つのに気合入ってんだな、って悪い。なんか俺、お前がさ…」

言いかけたところで大きなため息をつかれた。


相川「俺達は元々性格が違う、食い違って当然だろう。俺だって勝負はしたかったさ、だが俺は冷静に捉えすぎて、お前らの気持ちを考えて無かったかもな」

吉田「…いや、俺は別に、相川の言う事に間違ってはない、と思うけどよ」

相川「ふふ、馬鹿め。俺はいつだって間違いだらけさ、たまにはお前の気持ちで勝負する事も学ばなければいけない。データどおりで戦っていたら…負けるときは100%負けてしまうからな」

吉田「相川ぁ…」

相川「そんなことより、どうやってあの森田から三点を取り返すの方が先決だろう?キャプテン」


相川は目を閉じて静かに笑った。


冬馬「…」


対照的にこちらは沈んでいる。

誰かが上がれば誰かが下がる、とは良くあることだ。

泣きそうな顔でちらちらと降矢を見るが、降矢は寝ているように目を閉じていた。

イメージトレーニングでもしているのだろうか。


冬馬(…)


降矢はすごい。

いつだって大口を叩いて、その通りにしてしまう。

だからどれだけえらそうでも誰も文句をいえない、それに間違ったことも言ってない。

だから、悔しくて羨ましくて妬んでしまう。



―――申し訳なく思ってんなら早く俺の目の前から消えろ。

(そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない)

(そうだよね…私、駄目だもんね)

そんな二つの気持ちが冬馬の中で渦を巻いていた。


一体私はどうすればいいんだろう。

もう次からは投手も西条君に交代だ。

いったい、私はこの試合なんのためにでてきたんだろう。

…ピッチャーとして、失格なのかな。


降矢を見ても、答えは返ってこない。

優しい言葉なんかかけられるはずないのに。

それでも、降矢を見てしまう。


大場「冬馬君、気にすることないとです」

冬馬「…え?」

大場「降矢どんは…口は悪くても、本当は優しい人だと思うとです」

冬馬「…」

大場「そうでなければ、冬馬君の代わりに抑えてくれたりしないとです」

冬馬「…」


素直に頷けない。

きっと降矢は自分が負けたくないから投げたのだろう。

でも、彼は私をナギちゃんに会わせる為に力を貸す、って言ってくれた。

わかんないよ。

優しい降矢と、怖い降矢が、別々にいるようで…。



五回裏、成4-1将


『七番、セカンド、原田君』


原田は御神楽の前に立っていた、御神楽は座っている。


御神楽「いいか原田、三点差をひっくり返すために何が一番重要だと思う」

原田「とりあえずランナーに出ることッス」

御神楽「当然だ…」


深いため息をついた。


御神楽「それもあるが…大切なのは森田を崩す事だ」

原田「森田を崩す事ッスか?」

御神楽「うむ、今の森田はかなりノってきている、ここから三点を取るのは難儀だ。だが、少しでも雰囲気を変えればそれも可能となる」

原田「で、でも自分は降矢さんや吉田先輩や御神楽先輩のように打てないッスよ」

御神楽「打つだけが投手を崩す鍵じゃない、なぁ相川」

相川「…ああ」

原田「?」

御神楽「確かにお前は僕達ほどの打撃能力は無いだろう。だが無いからこそできることもある」

原田「は、はい」

御神楽「いいか原田」







御神楽「森田のスカイを狙ってスイングしろ」













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