178成川高校戦14heart break























誰かが呼んでいる声で目覚めた。

緒方先生「悠一!!」

気がつけば、グラウンドに倒れている綾村の隣に緒方先生が膝をついて顔を覗き込んでいた。

綾村「お姉ちゃん…」

緒方先生「大丈夫!怪我はない!?」

森田「綾村、大丈夫か!」

綾村「森田…僕は、一体…?」

森田「自打球がアゴに当たったんだ…そのままぶっ倒れたから焦ったぜ」

綾村が手をごそごそと動かすと、バットがあることに気づいた。

高杉「意識はあるみたいだな」

竜神「ったく心配させやがって…」

森田「綾村、起きれるか」

言葉はなかったが、頷いて上体を起こす。

それで、緒方先生と目が合った、でもそらしてしまう。

綾村「…」

緒方先生「悠一…」


…一発当たったのが、目を覚ましたのだろうか。

綾村の目にさっきまでの狂気さはもう、無かった。


綾村「…僕、なんてことを…!」


ガッ、と自分で自分の頭を抑える。


森田「お、おいおい綾村、どうしたんだ」

綾村「………」

高杉「打ち所でも悪かったのか」

緒方先生「悠一、大丈夫…?」


緒方先生が綾村を覗き込む。

綾村の目は潤んでいた。


綾村「…うわああっ!!」


自分で自分の頭を抱える。

流石に集まってきた成川ナインも目を丸くして静かに様子を伺う。


高杉「打ち所でも悪かったか…?」

栗原監督「…ふむ、一応控えは準備しておけ」

緒方先生「悠一!!」


緒方先生は綾村の肩の両手に置く。


緒方先生「裏切ったって何?どうしちゃったの!?何があったの悠一!」

綾村「お姉ちゃんは…」


ゆっくりと綾村は喋り出す。


綾村「裏切ったんだ」

緒方先生「…」


身に覚えが無い以上、どう答えても彼の心象を悪くするだけだと思ったので答えられなかった。


綾村「お姉ちゃんは…ずっと僕のことを忘れない、と言った」

緒方先生「…ぁ」

覚えがあった。

おぼろながら記憶の果てに弟と、そんな約束を交わした気がする。

軽い気持ちだったのだが…両親が離れると聞き慌てて、そんなことはすっかり忘れてしまっていた。

綾村「でも…あの男は母さんもお姉ちゃんも『僕達を忘れたがってるって』そう言った。そしてあれ以来、お姉ちゃん達に会うことは無かった」

緒方先生「…」




森田「な、なんかややこしい話になってきていないか?」

相川「…ま、まぁな。…しかし、ここはひとまずおとなしくしておこう」



少しづつ頭を抑えていた手を下ろしていく。

そうするとようやく綾村の表情がうかがえた…それは泣いているようにも見える。


綾村「…なんて、お姉ちゃんを責めたい訳じゃないんだ」

緒方先生「悠一…」


だが、次の瞬間にはもう彼の表情はさっきまでのソレに戻っていた。

相川と冬馬の方を向いて言う。


綾村「いい感じに自打球が利いた。目が覚めたよ」

冬馬「…」

相川「別に俺達のせいじゃないけどな」


聞こえてるのか聞こえていないのか、軽くズボンをはたくと綾村は立ち上がった。


綾村「スイマセン監督、キャプテン。いけます」

森田「あ、ああ…そうか」

緒方先生「悠一!…あの時は私も…!」

綾村「いいよお姉ちゃん、僕は気にしてるわけじゃないんだ。…お姉ちゃんに同じ思いを味あわせたいだけだから」

緒方先生「…同じ思い?」

綾村「僕はお姉ちゃんのことを忘れたことは無かった。…お姉ちゃんも今日この試合で僕を忘れないようにしてあげるよ」


それだけを言うと綾村はいったん治療の為にベンチへと下がって行った。


三澤「うーむ…」

六条「なんだか…」

野多摩「ややこしいことになってきたね〜」

緒方先生「悠一…」

西条「アホらし」

三澤「そんなこと言っちゃ駄目だよ!」

六条「そうだよ、禁断の姉弟関係をどう修復するかが重要です!」

野多摩「ですー」

三澤「それに、このまま勝ってもなんだか後味悪いじゃない…」

六条「私達でなんとか緒方先生と弟さんが仲直りできる方法を探しましょう!」

野多摩「しょー!」

緒方先生「皆…今ほど先生をやってて良かったと思うことはないわ!」


抱きしめっ!

三澤「先生!」

六条「……すごい」

野多摩「むにむに?」

西条「……俺はベンチに帰るで」





治療を終えた綾村が打席に立ち、プレイは再開された。

『プレイ!!』


相川(なんだか急に展開が変わったり変わらなかったりで混乱してたが…)


綾村の打席を確認しておこう。

ファールが二回と自打球が一回でカウントは2-2。

絶対的にバッテリーに有利なカウントだ。


相川「ふん、お姉ちゃんお姉ちゃん言ってた内にどうやら俺達は随分とラッキーになっていたようだ」

綾村「…ラッキー?…僕の方こそラッキーだ。自打球のおかげで目が覚めた…」


ぎっ、とバットを握った瞬間に雰囲気が変わった。

さっきまであったおかしな狂気とも違い、感じられるのは『静』。

静かな集中力が綾村を支配していた。


相川(…本当にクールダウンしたってか)


正直、さっきまでのちょっとクレイジーな方がやりやすかった…が。

相手の調子に左右されてるようなバッテリーでは、甲子園まで行けるまい。


冬馬(相川先輩…)


冬馬が目でサインを送ってくる。

その目には、どうしますか?という言葉が含まれていた、目は口ほどにものを言う。

不安になる気持ちもわかる、ファールとはいえ、荒幡以外のファントムをいとも簡単に叩かれたからな。

おまけに綾村には荒幡みたいなバッティングの変な癖は無いから、降矢に任せることも出来ない…。


相川(ここは…ライジングだ)


普通ならファントムでおしきるところだが、成川相手…特にこの綾村相手には通用しそうにない。

ここはまだ綾村には放ってない、ライジングを左の綾村の内角にボールに投げる。

カウント2ストライクなら、アウトにならなきゃおかしいぜ。


冬馬(はい)

相川(手を出すならただのマヌケで俺達の勝ちだ)


見送られても内角に一つふって外角にびしっと決めれば三振だ。

冬馬のコントロールならそれができる。


冬馬、第四球!!


冬馬「たああっ」


ボールは内角にストレートより少し遅い速度で向かっていく。

そして、打者の直前で食い込みながら上が―――。





綾村「疲れてきてるよ、投手」

相川「!?」




ライジングの曲がりが…少ない!!これじゃ、ただのストレート…!


綾村「しっ!」


すっ、と無理をせず当てるだけのようにバットにミートさせる。

そのまま手首を返して思い切り引っ張る!!!


カキィィンッ!!!!!!!


打球はグラウンドで一度大きく跳ねた後、高速で二遊間を切り裂―――。

『バシィィィッ!!!!』


かないっ!!!

次のバウンド音の前に、乾いたグラブの音がはじけた。


『ザワッ!!』

綾村「なっ!」

森田「なんだとっ!!」

冬馬「あっ!」


スタンドの観客の目線は、二塁ベースの少し外野側へ奥。

深いところで原田が逆シングルでボールをキャッチしていた!!


原田「と、捕れたッスか!?」


少し惚けたような顔でグラブの中のボールを確かめようと…。


御神楽「ば、馬鹿!まずは一塁へ送れ!!」

御神楽の大声が飛ぶ、思わずボールをこぼしそうになった。

御神楽「打球が速い分ゆっくりで間に合う!落ち着いてスローイングしろ!」

原田「は、はいッス!!」


しっかりと体勢を整えた後、振り返って一塁に…。


原田「うげ!」

御神楽「あ、足が速っ!」


すでに綾村は一塁ベースまでの距離を2/3ほど駆け抜けている。

このままじゃ内野安打に…!


御神楽「急いで投げろ!!」

原田「の、のわわ」


そのまま一塁へ送球!!

吉田「んげっ!!」

冬馬「たっ、高いよっ!!」

原田「―――っ!」


送球は遙か後方、原田の血の気が引いた。

が!!



バシィッ!!!


『ア、アウトーーッ!!!!』

なんとかボールはグラブにおさまり、無事、スコアボードのアウトカウントに二つ目が灯った。

吉田らから大きなため息がもれた。


相川「ふぅ…」

吉田「あ、あぶねー…」

御神楽「この時のほど大場が大きくて良かったと思うことはない…」


そう、普通なら暴投になっていた送球だったが、大場は腕を伸ばせば2M50を越える。

下手な暴投でも手を伸ばせば捕れるのだ…もっとも、捕球技術は褒められたものではないが。

原田「ありがとうございますッスーーー!!!」

新人の芸人よろしく大場に土下座する原田。

大場「あ、いやいや、そんなに別に言うほどのものじゃないとです」

何故か照れる大場。


『キャアアーーー!!』

『ファインプレー?ねぇ今のファインプレーっていうんじゃない!?』

冬馬「原田君すごいすごいーー!!」

思わず拍手。

相川(…今までの原田ならバランスを崩してこけていたところだ)


だが踏ん張った。

それは少なくとも沖縄合宿での足場が砂の守備練習が役に立ったのか。

鉄の足腰、か、今まで原田には何も無い奴かと思っていたが…。


綾村「ちっ…」

甲賀「どうやら本当に目が覚めたようでござるな。いつもの冷めた感じで候」

綾村「…」


すれ違い様に甲賀は綾村に喋りかけたが、綾村は答えなかった。


甲賀「…あの男も少しづつ変わっている哉」


ふ、っと目だけが笑った。

今までは勝っている時にはさっぱりやる気の無いスイングをしていたが…。


甲賀「さてさて、今は我のことで哉」


二点差…だが、あの金髪の男や赤い風の打席が何度も回ってくるとなれば…もう一点欲しいところだ。

とる、としようか。



『二番、ショート甲賀君』



赤城はいぶかしげに目を細めた。

赤城「二死ながら…ランナー無しで甲賀君か。ちょっと嫌やな」


もちろん疑問が付きまとう。


九流々「どうしてナリ?ランナーがいる状況なら点が入るから怖いナリが。別に二死ランナー無しなら全然怖くないナリ」

笑静「九流々の言うとおりだぜサギ師さん」

赤城「ま、そうなんやけどな。もし『ランナーに出たら』厄介やと思うで。今まで将星はあんなタイプの選手と…別の意味で対決したことは無いやろうからな」

笹部「あんなタイプ?」

赤城「見てわかるように甲賀君は俊足を武器とするバッターや。無死でランナーに出たら当然狙ってくるものといえば…」

吉本「……スティール」



キィンッ!!

『ワッ!!』


と話していると急に歓声。

見ると甲賀が一塁キャンバスを駆け抜け、土煙を上げブレーキ。

話の内容通りに出塁していた。

二死、ランナー一塁。



赤城「―――ふむ……冬馬君、疲れてきてるな」




相川(―――ちっ、冬馬が疲れてきてる)


今のファントム…いつもの曲がり方が無い。

あの直前で消えるような鋭さが段々消えてきているのだ。


冬馬(はぁ、はぁ…)

相川(交代か)


しかし二死だ、ここを何とか踏ん張れば…。

これが相川の『間違い』だった。



『三番、レフト竜神君』

『ワァァァァ!!!』

竜神「おおしゃあ!見とけわいがあのチビっ子に引導を渡したるわい!」


セットにポジションを変える冬馬。

左投手なので当然のように眼前に一塁走者…甲賀の姿が映る。

気づいたのは、『リード』の大きさだ。


冬馬(…アレ?こんなに大きくリードとってくる人始めて…何だか気になるなぁ)


甲賀は冬馬の顔から視線をそらさずにじりじり、とリードを広げている。

牽制!!


バシィッ!!

『セーーフッ!!』


クイック&ターン、甲賀は素早く一塁に戻っていた。

この反射神経と俊敏さがあるからこそ、あの大きなリードがとれるのだ。

またじりじり、じりじりとベースから離れていく甲賀。


冬馬(盗塁?)

相川(走ってくるか)


データなしでも、あの一打席の走塁を見れば甲賀の足が速いのは明らかだ。

それに加えてあのリードの大きさ。

走ってくるか。


冬馬が投球体勢に入り、相川の汗が一粒地面に落ちたとき…。






『走った!!!!』



ゴォッ!!!

大場「ぬっ!は、走ったとです!!」

爆発的に駆け出した甲賀の後ろにまるで突風が起きたように、大場はたじろいだ。



相川(一球目から…?ちっ、わかってるよっ!)


冬馬もスタートが見えたのか、思い切り外角にウェストしている。

刺せる―――。




しかし。

相川が投げる体制に入った時には。

すでに、甲賀は二塁ベース上に滑り込んでいた。

相川「なっ!?」


『おおおおお!!!速ぇえええ!』

『さすが甲賀!やってくれるぜー!!!』


冬馬「う、嘘。県君より速い人がいたんだ…」

相川(な、なんだあの速さは!?)


一塁をスタートした瞬間、別にモーションを盗まれていた訳でもなかったし。

そんなに上手くスタートをきられた覚えも無い。

しかし、いくら冬馬のボールが遅いとはいえ悠々セーフだと?一体なにが…。


相川(一塁と二塁の間で何があったんだ…!)


竜神「出たな。甲賀の『疾風』」

相川「…疾風?」

竜神「将星のキャッチャーさん、残念ながら甲賀が走るのを止めるのはできんよ。なんせアイツは…滅茶苦茶速いからのぉ」


かっかっか、と大笑いをあげる竜神。


相川(速いのは誰が見てもわかる。…しかし、違う、何か違うぞ。ただ速いんじゃない。ただ速いだけなら県だって盗塁できる)


そう、うちの県だって足は速い、はっきりいって県内でも有数の俊足だろう。

だがしかし、盗塁は得意ではない。

理由は簡単、スタートを切るのが遅いからだ。

『盗塁』とはいかに上手くスタートをきれるかの『勇気』が試される技術。

残念ながら県にはその勇気が十分とは言いづらい、むしろ県がもっともっと走っていたらここまでもう少し余裕で試合を勝ち進んできただろう。

…問題は、甲賀だ。

決してスタートが速い訳じゃぁない、走った瞬間は刺せると思ったからだ。

だが相川がボールを捕り、投げるまでにすでに二塁までの距離を走りきっていた。


相川(ただ速いだけじゃない、何かがある)


ただ速いだけなら素人にもわかる。

…甲賀の走法は、ただ速いだけじゃない。



高杉「…ほぉ、あのキャッチャー…。甲賀がただ速いだけとは捉えてはいないようだな」

ラーレス「どうしてわかるんダ?」

高杉「ただ速いだけなら感心するだけだ。あのマウントのチビのようにな。…だがあのキャッチャーはずっと座り込んで考えている。思慮深い男だ」

綾村「……相川、大志…」



考えていても答えが出るわけじゃない。

勝負の最中で何かを見出すしかない。


相川(冬馬、クイックで放れ)

冬馬(く、クイック?)

相川(できないのか?)

冬馬(い、いえ…できますけど)

相川(なるべくボールに外すようにしてな…もし三塁に走ってきやがったら…絶対に刺す!!)


これが相川の二つ目の『間違い』。

この時点で相川はすでにムキに…『熱く』なっていた。

盗塁され、投げることも出来ずにいたというのは相川の肩、相川のキャッチャーとしてのプライドを傷つけた。

…疲れている冬馬、そしてクイック。

導き出された答えは…。


冬馬、第二球!

『ワアアアアーーー!!!』

二塁ベースを勢い良く蹴る!!


吉田「げえっ!また走ってきやがった!」


吉田が振り向いた先には、ガンガン土を蹴り上げる甲賀!

県の後ろに爆発が起こったような勢いは無いが、スムースに滑らかに距離を削る。

それはまるで蒸気機関車とと対比したリニアモーターカー。


相川(くっ!!)


二球連続…自分からはいつも走れるということ。

相川(なめやがって!!)

流石に三盗なら刺せる、その自信がある!!











それは、ボールがミットに入った場合の話だが。

ッキィィィンッ!!!!


相川「!!」

冬馬「ああっ!!」


そう、冬馬は疲れていてコントロールが落ちていた。

その上クイックなんて普段しない投げ方をするから、ボールが甘めに入り…。




ガァンッ!!

『レフトフェンス直撃の長打だーー!!』

『ワアアアアアッ!!!』


当然のごとく甲賀はホームベースに滑り込み、もう一点が追加された。

竜神はツーベース!


五回表、成4-1将、二死、走者二塁。


冬馬「く、くそっ…はぁっ、はぁ…!」

相川「…」




相川の、ミスだ。




『四番、ファースト、荒幡君』


冬馬「…ふ、降矢」

気がつけば、背後に降矢が立っていた。


降矢「どけ、外野で休んでな」

冬馬「…ご、ごめん…また点、とられちゃった…」

降矢「申し訳なく思ってんなら早く俺の目の前から消えろ」

冬馬「―――!」


ダッ。

冬馬は走り出した。

大場「あ、冬馬君」

原田「ふ、降矢さん、あんな言い方…」

ギロリ。

原田「い、いえ、なんでも、ありません、はい」

降矢「…相川先輩も。ミスは取り戻せるもんじゃないぜ。らしくねー」

相川「くっ…!」



降矢「この一点はどうしたって消えねーんだ」


睨む先には、打席の荒幡。

マスコットバットとあわせて二本のバットを素振り、カキン、とバットがこすれる音。


荒幡劉「…さっきみたいにはいかないぞ、この金髪野郎」

降矢「はいはい、おままごとしてる暇はねーんだ。とっとと終わっちゃっていいか」




荒幡対降矢、二度目の対決!!



五回表、成4-1将、二死、走者二塁。








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