177成川高校戦13 round up






















ボールは徐々に自分に向かってくる。

内角に真っ直ぐ飛んできた球は、雰囲気ただのストレートではないとすぐにわかった。

そこからが、問題だ。

降矢はファントムと対戦したことはないので、キレのいい変化球が「消えた」ように見えるというのはにわかには信じがたかった。

しかし…あの森田が投げるボールは、確かに消えたように見えた。

そのままボールは真っ直ぐ飛んできたコースよりも内角でミットに収まっていたから、ついている名前で言えば「シュート」なのだろう。

しかし。


降矢(…アレは、そんなもんじゃない)


いわば、スカイグライダーと同じだ。

ボールが上からストレートの軌道で飛んできて、丁度バッターの手前ぐらいでフッっと…消えた、みたいな感じだ。


降矢(ややこしーのは、グライダーはゆっくりと滑降する球だが…。こっちのシュートみたいな奴は、急激に曲がりやがるから目がついていかねー)


三振を捕られるほどの変化は無ぇが…芯を食って完全に捉えるのは至難の業だ。

降矢は舌打ちした。


降矢(…悩んでても仕方ねー…少しづつでも何かヒントを掴まねーと)


集中モードに入る降矢を、皆が不安そうに見つめる。

西条「…降矢、『余裕』があらへんな。今回の相手は…結構な相手かもしれないで」

冬馬「…降矢」

御神楽「ふん、金髪如きに頼るなど情けない。自分たちでなんとかしなければ」





ベンチ側、陸王選手達も先ほどの打席を振り返る。


笑静「金髪め、完全につまらされやがった」

九流々「…森田、ただのウドの大木じゃないナリね…」

笹部「あの降矢君を完全につまらせるとはな」

吉本「…こくこく」

しかし、赤城は余裕の表情。

頭の後ろで腕を組む。


赤城「まだまだ一打席目や、そんなに驚くことやない。降矢は決して打率がええ訳や無いからな。…奴の真価は『ここでこそ!』っちゅー勝負場所で問われる」


まだまだこの打席は重要じゃない、と付け加える。

笑静「サギ師さんは、この試合のポイントはどこだと思うんだ」

赤城「………もうええよ、好きに呼んだら。……そやな、とりあえず冬馬君がどこまであの強力打線を抑えれるかやろ」

笹部「確かに…荒幡にとらわれすぎてたが、ラーレスも伊勢原も怖いバッターには違いない。まだまだ冬馬君が心休まる場面は無いということか…」

赤城「そうやな、だが冬馬君一人でやるよりは大分有利になる。…まったく、荒幡が『速球に弱い』という弱点を見つけて外野の降矢とのスイッチピッチャーっちゅーアイデアを思いつくとは…ホンマにたいした奴やな、相川君は…!」


あごを指でさすり、ニヤニヤと笑う赤城。


九流々「そんなことより!将星が勝つにはどうなればいいナリか!」

赤城「そーやな…まだまだグライダーとタワーは一部のバッター以外は打ちあぐねるやろ。さっきの相川のヒットも偶然みたいなもんやしな…今回ばかりは「九番降矢」で、かなり打つ可能性が高い真田と降矢の「打順が離れて」しもたことが、ちょっと将星には痛いな」

九流々「じゃあ駄目ナリか!?」

赤城「まー落ち着きぃや。…逆に考えてみぃ、ポイントはそこや」

九流々「?」


赤城「赤い風真田が五番、サイクロン降矢が九番。つまりこの間のメンバーが走者にさえ出れば、二人がなんとか返せるかもしれん」

九流々「うんうん」

赤城「その中でも打撃が高いメンバーといえば限られてくるやろ。…つまり、一番の御神楽、三番の吉田、下位なら六番の相川…、データでは三割前後をうろついてるバッターはこの三人。…こいつらが何とかすれば…あるいは」


『ワアアアアッ!!!!』


しかし、森田は三回の裏。

降矢に続いて一番の御神楽をグライダーでサードフライ、二番の県が三振で森田はこの回を無失点に抑える。

対する冬馬も、四回表、、伊勢原にヒットを打たれるも、六番ラーレス、七番高杉、八番水谷をファントムと、相川の巧みなリードでなんとか交わす。

その裏、森田も負けじと吉田を内野ゴロに抑え、さきほどヒットを打たれたに四球を出したものの、大場を三振。

そして六番の相川も三振で無失点で抑える。




試合は五回。

点数は依然、成3-1将と二点差を保ったまま試合は続く。

そして…この回、三度目のトップバッターにまわる。



『ストライクッ、バッターアウッ!!!』


審判の右手が上がり、ストライクコールがあがる。

冬馬が先頭バッターの九番森田を三振にとったのだ。


森田(…ふん、今日はピッチングに集中させてもらう)

相川(三球振る気無しか…。二点差ありゃ十分って感じだな森田)


森田は全くバットを振ることなく、三球で打席を去る。

そして、打席は三順目。


『一番、セカンド、綾村』


冬馬「…」

相川「…」


頭の中で地鳴りの音がする。

実際に地面が揺れているわけではないのだが、その男からは静かなる、かつ激しすぎるオーラが満ち溢れている。

狂気。


綾村「ラチがあかない…ドイツもコイツも…勝負することばかりに…」

相川(コイツ…打席のたびに目つきが変わっていってやがる)

綾村「…早く勝って、お姉ちゃんを…」

相川(不気味な奴だぜ)






西条「…なんか、ただならぬ雰囲気やな」

六条「う…うん。怖い…」

緒方先生「…悠一…」

三澤「先生、やっぱり何かあったんじゃないですか?」

緒方先生「…うん。そう思うの、私も…でも、思い当たる節が…」



キィンッ!!!



西条「!!危ねええええっ!!!」

ドンッ!!

緒方先生「キャアッ!」

ドカァッ!!


打撃音がした瞬間、西条は隣にいた緒方先生を思い切り突き飛ばす。

次には緒方先生が座っていたすぐ側に、ボールが命中して木のベンチにひびが入る。


相川「大丈夫かっ!」

西条「…だ、大丈夫ですわー!」

三澤「ふぁ、ファールボール?!…あ、危なぃ〜…」


むにょ。


西条「うん?」

緒方先生「ふぁ…あ、あのさ、西条君…手、手が…」

西条「手?」


ゆっくりと視線を下に落とすと、自分の手が教員の胸につまった風船を完全に掴んでいた。

めりこんだ肉の質感が、やけに温かい。


野多摩「わ、押し倒してる〜」

六条「………はぅ」

西条「のわあっ!す、スマン!わざとやない!…じゃなくて、ありませんっ!」

緒方先生「う、うん、いいから速く手を…」


慌てて手を離す西条、勢いで後ろに飛びのく。

て、手に感触が残ってる…。


西条「……」

野多摩「らっきー?」

西条「アホゥ!人命救助や!これは!」


そして打席には舌打ちする綾村。


綾村「…ひどい、お姉ちゃん。隣の奴と話してばっかり、見てくれてない…。しかも、あんなわけのわからない男と…次も、狙う」

相川(ね、狙って打ったってのか?)


確かに今、綾村は狙うと言った。

まさか…先ほどの冬馬への打球も狙って打ったってことか!?


相川(だとしたら…なんてバットコントロールの上手さだ…!)


かの大リーグのトスノッカーは外野にあった椅子を狙い打てるほどバッティングコントロールが上手いという噂は聞いたことがあるが…。

高校生レベルでそれを実践するとは…!


相川(しかし、どういうつもりだ。それだけのコントロールがあるなら何故ヒットを打たない)

冬馬(あ、相川先輩)

相川(…む、スマン)


今は勝負の方が重要だ。

初球はカーブのボール球、それを真芯食ってファールだ。


相川(…もう一球外してみるか)


相川が出したサインは外角へ外れるファントム。

冬馬はゆっくりと頷いて振りかぶる。


第二球!ファントム!!






キィンッ!!!



西条「だーっ!!」

ドカアッ!

なりふりかまってられるか!西条はまたもや緒方先生を突き飛ばす!

ガキンッ!!…てんてん、コロコロ…。

ボールはベンチの金具部分にあたったあと、思い切りはねてグラウンドに転がった。


緒方先生「…!」

西条「あ、あの野郎…二球連続…気が狂っとる!」

緒方先生「悠一…!」


綾村はゆっくりと将星ベンチの方へ視線を送る。


綾村「…どう?お姉ちゃん、これで僕のこと見てよ…」

相川(やはり、故意かコイツ…!)

冬馬(ファ、ファントムをまた芯で…!)


そう、綾村もまたファントムを芯で食った。

例えファントムの軌道がわかっていたとしても…かなりの打撃力が無いとファントムは捉えられないはずだ!

だがしかし、この男…一打席目より二打席目、二打席目よりも三打席目の方が…集中力が増している!

膝をついた状態で見上げると、綾村の顔は相変わらず無表情だった。


相川(ファントムを当ててきた…がボールに外してても打ってきた辺り、冷静ではない。…が当ててくるだけの力はある…!)


さてさて、どうするか。

今の綾村なら…どこへ投げても振ってくるぞ。







緒方先生「悠一!!」


その時だった。

将星のベンチから、顧問の大声が飛んできた。


綾村「…お、お姉ちゃん」

緒方先生「…」


顔は赤く怒りに震えている。


緒方先生「危ないでしょ!!私はともかく、他の人に当たったらどうするつもりだったの!!」

綾村「いや、その…ぼ、僕は、ただ…」


目に見えてあたふたする綾村。


緒方先生「どうして…?アナタ、そんなことをするような子じゃなかったでしょ!」

綾村「…お姉ちゃん…僕は…」

相川「…先生、後にしてくれますかね。今は勝負の途中何だ」

綾村「…」

相川「あーだこーだ、理由がいくらあっても、打席に立ったらお前はバッターだ。投手から真正面と勝負する『義務』が生じる」





相川「ぐだぐだ言わず勝負しろよ、綾村!」




綾村「キサマは…キサマは何も…」

相川「そうさ、何も知らない。だからこそ勝負しろ、投手から逃げているお前は、投手に失礼だっ!!!」

綾村「…!」


ぐるぐる。

ぐるぐる。

綾村の頭の中で、たくさんのことがぐるぐると回っていた。

それがなんなのかもわからない。


綾村「お姉ちゃんは…お姉ちゃんは…!!」



冬馬、第三球!!!!



綾村「僕を裏切ったじゃないかっ!」

緒方先生「―――!」




『ワアアアアアアアア!!!』







ガキ、ドゴッ!!!!




金属音の後に、鈍い音が聞こえた。

相川の鼓膜に入ってきた音はそれだけだった。

自打球。

綾村は地面に倒れこんだ。






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