174成川高校戦10two men
冬馬「な…なんだって?」
カチンと来た訳じゃない、むしろさっきホームランを打たれてるだけに、その言葉は現実味を帯びている。
『何言ってんのよ!さっきだけさっきだけ!』
『冬馬きゅん!気にする事ないよっ、たまたまだよ!』
冬馬(本当にたまたまなのかな…)
確かに気にする事は無いのだが…。
やはり、目を閉じればさっきの一発が思い浮かぶ。
相川「ラッキーな当たりの一発で、たいした自信の持ちようだな」
荒幡「ふ、本当にさっきのホームランが『たまたま』だと思っているのか」
相川「何…?」
荒幡は、ヘルメットの下の目だけで笑う。
そこから下の形が全く変わらないのに、笑ったとわかったことに相川は少し寒気を感じた。
何なんだコイツ、本当に一年か。
ある種降矢に似たような雰囲気を感じる。
何か、してきそうな、雰囲気。
荒幡「冬馬、ファントムを投げてこいよ」
冬馬「!」
風みたいな何かに少し体を押されたような気がする。
それが威圧感だと言う事に、マウンドの冬馬はまだ気づかなかった。
相川「挑発に乗るな冬馬!」
荒幡「挑発じゃない、挑戦状だ」
相川「何ぃ…?」
返す言葉には若干の苛立ちも含まれていた。
ホームベースを斜めにはさんで視線が交錯する。
荒幡「…まぁ、投げなくてもいいがな、ファントムを除けば冬馬という投手は弱小高校の二番手にも劣る単なるザコだ」
冬馬「…!」
相川「野郎…」
相川は苛立っていた、この荒幡という男、完全にマウンドの投手しか見ていない。
完全に投手と勝負しているのだ、『捕手など眼中に無い』。
しかし、その怒りを抑えて頭をクールダウンさせる、熱くなったら負け、これが相川の信条だからだ。
相川「いいのかね、そんな大口叩いて抑えられたら、無様だぜ」
荒幡劉「抑えられる…ね。アイツにだけはそれはありえない。俺の今日の目標は…『冬馬』から全ての打席本塁打を打つことだ!!」
『ザワアッ!!』
最後の台詞を大声で叫ぶ荒幡に、場内は一気にざわついた。
『な、何言ってんのよあの外ハネ!』
『冬馬きゅんがそんなに簡単に打たれる訳ないじゃないっ!』
吉田(にゃろー…)
御神楽(この荒幡、ビッグマウスといい物怖じしないといい、降矢にどこか似ている…)
相川「…調子に乗るなよ」
初球、相川が出したサインは外角のボール。
『ボール!!』
外れてボールコール、荒幡はヤレヤレと呆れて肩をすくめた。
荒幡劉「まぁ…敬遠が一番無難かな、いい選択だと思うよ相川」
相川「年上には敬語を使ったらどうだ」
荒幡劉「あいにく、俺は野球は実力主義だと思ってるんでね」
二球目、冬馬が投じたボールはまたもやボール。
冬馬(…くっ!)
左手を見ると手が震えている。
先ほどの痛みのせいか、いやそうじゃない。
怖いのだ、荒幡が―――。
荒幡劉「まぁ、逃げるんならそれでもかまわない。さっさと四つボールを投げてくれ」
荒幡は、バットを下げて後ろを向いた。
どこまでも、ふざけた奴だ、そしてたいした自信だ。
吉田「冬馬!かまうこたぁ無ぇ!なめくさった奴にはストライク三つで三振だ!」
大場「そうとです!」
冬馬(…そうだ、大丈夫、一人で投げてる訳じゃない)
それに、こんな所でまた凹んでたら、降矢にまた蹴られちゃうよ。
バシィィッ!!!
『ストライクワンッ!!』
『ワァァァァッ!!』
荒幡劉「…ようやく、か」
冬馬「負けないぞ荒幡君っ!そんなこと言われて黙ってられないよっ!」
相川「…っ!」
あの、マウンドでは大人しい冬馬が大声を上げた。
…成長したな冬馬、あの金髪に良い方で影響を受けたか。
荒幡劉「臆病泣き虫チビ君は、さっさと打たれてベンチに下がった方が恥をさらさなくてすむと思うがな」
冬馬「むむ…!」
でも、口ベタなのですぐ言葉に詰まってしまった。
口で助けるのは相川の仕事だ。
相川「冬馬、お前は喋らなくていいぞ、こんな自信家ブラコンと話すだけ時間の無駄だ」
荒幡劉「……さっさと勝負しよう、口でなら誰だってなんとでも言える。実力を見せ付けられたら、誰も何もいえないと思うけどね」
相川(行くぞ、冬馬)
冬馬「よーっしっ!!!…いけーーーっ!」
冬馬、セットポジションからの第三球!!
竜神(…ファントムかっ!?)
いや、カーブだ!!!
―――キィィィィンッ!!!!!!!
ガコーンッ!!
フルスイングで吹き飛ばされた。
冬馬「―――――。」
相川「…!」
『ファーールボール!!』
ファールだというのに、誰も何も安心せず、喜ばなかった。
あまりの出来事に、誰もが完全に表情を失った。
打球は一瞬でレフトポール横の芝生の更に向こうのフェンスに当たった。
そのまま跳ね返ってこない所を見ると、フェンスの網目にボールが食い込んだんだろう。
なんてパワーだ。
荒幡劉「見くびるなよ。伊達で四番やってるんじゃないんだ」
『うっ…うおおおおおおお!!!』
『す、スゲー荒幡!一瞬でボールが消えていったぜ!!』
『あのパワーがその小さい体のどこに潜んでんだーーッ!?』
一打席目と同じ、無茶なほどのフルスイング。
しかも、完璧に捉えられた。
荒幡劉「そんな中途半端なションベンカーブ、犬にだって打てる」
冬馬「…」
顔がひきつった。
なんだあの打球は。
振り返ったままの体勢で冬馬は停止していた。
荒幡劉「逃げる気になったかい」
冬馬「そ、そんなことないっ!」
相川(野郎、真芯でとらえやがった)
しかも、わざとファール打ちやがった。
打つ瞬間に踏み込んだ、おかげで打球はファールゾーンだ。
だが啖呵をきった手前、引くわけにも行かず…冬馬、第四球。
荒幡劉「ストレート…ぬるいな」
ガッキィィインッ!!!
冬馬「!」
相川「!?」
ボールは真田の遙か頭上、外野一歩も動かず。
『ファールボール!!』
しかし、ボールはまたも逸れ、ファールゾーン行き。
荒幡劉「遅すぎて引っ張りすぎたか」
相川「な…っ!」
何だコイツは、思わず相川の口から言葉がこぼれた。
いくら冬馬の球が遅いとはいえ、二球続けて完全に打つとは…っ!
マウンド上の冬馬の表情も歪んでいた。
それはそうだ、二球連続同じバッターにホームラン級の打球を打たれたのでは、プライドも傷つく。
だが、そこで折れる訳にはいかない、さきほど励ましてもらったばかりじゃないかっ。
冬馬、第五球。
…ク、ククンッ。
荒幡劉「甲賀先輩への、上がるシュートか。…俺にとってはただの棒球だ」
降矢ほど体は捻らないが、両足を残しての体がバラバラになるかと思えるくらいの『超』フルスイング。
頭は完全に上を向いているが、二つの目玉は打球をしっかと見ていた。
ッキィィイィンッ!!!!!!!!
…ポーンッ。
―――またも、打球はレフトスタンドの左へと消えた。
最早、将星側で声を発するものはいなかった。
冬馬「…そ、そんな」
相川(コイツ…強すぎる、化け物かっ!)
これで、冬馬の投げれる球種はほとんど投げつくした。
…いや。
荒幡劉「後はFスライダー。ファントムをあの外野に放り込めば、俺の完全勝利が確定する」
相川(く、くそっ!なんだコイツのこの自信はっ)
冬馬(じ、実力が違いすぎる…!)
例えるなら、プロのバッターに小学生が挑んでいるようなもの。
小学生のバッティングピッチャーから金属バットで打ったなら、プロならまず本塁打を打てる。
冬馬(相川先輩…!)
相川(…くっ…ファントムを投げるしかない、か…!)
荒幡はファントムを打てる絶対な自信がある。
それでも、もうファントムを投げるしかない。
相川(打ち損じを願うしかないっ)
冬馬「…」
首を縦に振る。
自分の一番自信のあるボールで挑むしかないっ!
冬馬はランナーがいるにも関わらず振りかぶった。
竜神「気でもふれたんかっ!」
当然、ランナー竜神はスタートを切る。
冬馬「うわああ!!!!」
しかし、構わず冬馬はピッチャープレートの外側から思い切り腕を振り切る。
『!!』
森田「来たっ!」
甲賀「ファントムで候…!」
―――ヒュザァッ!
ボールは真ん中から右打者の荒幡の内角へと食い込んでくる。
だが、いつもより変化は大きいっ!
『当たるぞっ!!』
相川「だがストライクゾーンには入っている!」
相川の言葉通り、ファントムはベースの端っこをしっかりとかすっている、誰の目から見ても明らかなほど。
しかし、この角度、打者にも当たるような際どいところ!
普通ならビビって、避ける所だが…!
荒幡劉「…ニィ」
かすかに、荒幡が笑ったのがわかった。
そして、フルスイングの残像が相川の視界に移った瞬間―――。
――ィィィィンッ!!!!!!!!
余韻だけを残してボールはスタンドへ消えた。
またも、レフトへ、ひっぱり過ぎのファールボールで。
『ふぁ、ファール…』
ファール宣告の三塁審判も戸惑いを隠せない。
『ワアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
『お、おいおいおいおい!またあのスライダー打っちまったぞ荒幡!!』
『さっきのはまぐれじゃなかったって訳だ!』
『でもファールボールじゃねぇーか!』
『わざとあんなでけーファールボールを何回も打てるかっ!』
冬馬「…」
完璧に打たれた。
原田「冬馬君っ!」
吉田「まだだっ!まだ終わっちゃねー冬馬!膝をつくな!!」
両足の膝がマウンドにつこうとした瞬間、吉田の叫びが内野に響いた。
吉田「打たれた訳じゃねぇ!ファールだ!まだ負けてねぇっ!」
荒幡劉「あの当たりで、負けた訳じゃない、ねぇ」
御神楽「そんな小僧の言葉など耳に入れるな!」
冬馬「…は、はい!」
とはいうものの、完全に打たれてしまった。
そのショックはいまだに消えない。
相川(ど、どう言う事だ…今のコースは完全に空振り…いや下手すると体に当たるコースだぞ!それを軽々と運ぶなんて…どういうつもりだコイツ!)
荒幡劉「ニヤニヤ」
まるで、マジックショーでマジシャンの手品の種がわかってしまった観客のように、ニヤニヤとイヤミな笑いを続ける荒幡。
いやらしさを越えて恐怖に映る。
冬馬(あ、相川先輩…)
相川(吉田の言うとおりまだ負けた訳じゃない…。安心しろ、お前一人で戦ってるわけじゃないんだ、打者は俺のことなんか見ちゃいない)
その通り、荒幡は先ほどから全く相川のことなど眼中にはなかった。
まるでマウンドの冬馬とだけ対戦しているように。
相川(ヤクルトの黄金時代、投手陣が素晴らしかったのは実力だけじゃない。古田という名捕手がその後ろを支えていたからだ)
それを思い知らせてやる。
相川(確かにファントム単発ならピッチングマシーンが放るプロ並のスライダーと大差ない。…だが!)
相川の出したサインは内角低目。
そこから変化するファントムは…ストライクゾーンからボールに外れるボール。
相川(あれだけの変化球を見せられたら誰でも目に残る、それを利用してボール球を振らせるんだっ!ストライクで勝負するとみせかけてな!)
冬馬(…はいっ!)
冬馬…第六球!ファントム!!!!!!!
―――ヒュ、ザンッ!!!
荒幡劉「何だか知らないけど、キャッチャーは黙ってくんないかな。俺はピッチャーと勝負したいんだ。下手な小細工なんかせずにストライクゾーン投げてこいよ」
相川「何!?」
荒幡劉「ボール球投げられても、俺は振らないよ」
バシィィッ!!
『ボ、ボール!!』
冬馬「…!」
相川(お、おいおい。ありえないぜ…こいつ、ファントムが変化した瞬間にすでに『ボール球だと見切りやがった』…!)
化け物かコイツ。
荒幡劉「悔しいか、怖いか冬馬。兄さんはそれ以上の悔しさを味わったんだ。もっと絶望してもらう」
キュッと握り締めたバットの向こう側から冷徹な目が見えた。
冬馬の額から汗が一粒流れ落ちて、グラウンドに消えた。
九流々「お、おかしいナリ!いくらミート力が高いと言ってもあんなに簡単にFを打てる訳が無いナリ!」
笑静「九流々の言うとおりだ、あの野郎クスリでもやってんじゃねーのか!」
何の証拠も無いことを言い出す。
笹部「確かに…あの球は来るとわかっていて打てるボールじゃない。下手をすると桐生院でさえ通用する球だ」
赤城「…ふむ、気になるんは、さっき言ってた『ファントムの弱点』を知ってるっちゅーこったな」
笹部「ファントムの弱点は、回転数の多さ故、球が軽い事じゃないのか?」
赤城「それでもあの変化やったらその弱点をおぎなっとる。よっぽど当てに行くか、ミートが高いかしないとあたりもせんやろ、さっきの竜神みたいにな。それこそバントしてようやく当てれるほどや、わいらがやった時とはファントム自体の威力も上がっとる」
九流々「それなら尚更、どうしてあんなに簡単に外野にぽんぽんぽんぽん放りこむんナリ!」
赤城「なんでイラついとんのや、落ち着きぃや九流々君。…『ヒント』が無い訳やないで」
九流々「…ヒント!?」
赤城「今荒幡君は、『ファントムが変化した瞬間にボールだと判断した』んや。…調子にのりすぎたな荒幡君」
吉本「…?」
九流々「ど、どういうことナリ?」
笑静「…俺はおぼろげながら答えが見えてきたぞ」
赤城は、腕を組んだ。
赤城「…少なくともその『ヒント』には気づいてるはずや、相川君なら」
相川(…球種が判断ついた瞬間に、ボールだと判断した…)
導き出せる答えは一つしかない。
しかし、それを認めてしまうと、それはファントムの重大な弱点となってしまう。
荒幡劉「さぁどうした、ファントムを投げて来いよ。お前が二度と野球をやりたくなくなるまで、ファールを打ち続けてやる」
ファントムはうちの実力を支えている重要な一角だ、もしそれがわかったなら、うちが勝ち続けることは不可能になる。
いや…もう誰かが気づいてるか。
少なくとも、この打席にいる奴は気づいてるんだ。
相川(ファントムの弱点は………まったく同じ軌道で曲がる…ことだ)