173成川高校戦9weak awake
綾村のバットの残像がいやにはっきり、ゆっくり見えた。
次の瞬間左腕、ひじの下に電流が走るような痛みが走った。
バキィッ!!
冬馬「っ!!」
原田「う、うわあっ!!」
『イヤアアーーーーーーーッ!!』
『冬馬きゅんっ!?』
大場「と、冬馬君!!」
御神楽「慌てるな!!」
ボールは腕に当たり勢いを弱め、ふらふらとセカンドの前に上がった。
御神楽「原田!ノーバウンドで捕れ!」
原田「く、くおッス!!」
前に倒れこむように原田はボールに滑り込む。
前は見れなかったが、左手グローブに感触があったのでボールはグラブに入ったのだろう、案の定原田が薄目を開けるとグローブにボールが入っていた。
『アウトーー!!!』
吉田「冬馬!!」
相川「大丈夫かっ!」
アウトを確認するやいなや内野陣がダッシュでマウンドに駆け寄る。
冬馬は左手を押さえて膝をういていたが…。
冬馬「う…大丈夫です」
御神楽「大丈夫だと、そんな訳があるか!見せてみろ!」
冬馬「ほ、本当に大丈夫ですってば、ちょっと痛かっただけなんで」
相川「…腫れは無いな、折れてるわけじゃなさそうだ」
左腕をとるが、ボールの当たった部分が赤くなっているだけで傷は深くなさそうだ。
相川「無茶するな…お前、手で取りにいっただろ」
大場「ええっ!?」
相川「ボールが大きく跳ねた分、破壊する力は外に向かったから良かったが…」
速度という『力』を持った物が静止している物質に衝突した場合、力は『物を破壊する力』と『跳ね返る力』に分散される。
だから一般には『跳ね返る力』が少なければ少ないほど物質を破壊する力は大きい。
死球が打者に当たった場合、一番ひどいのはボールが地面にそのまま落ちた時である、というのは有名な話だ。
御神楽「なんという無茶を…馬鹿か貴様は」
冬馬「だって…」
相川から手を放されると、ぺたり、と女の子座りで地面にへたり込んだ。
冬馬「さっきだって、俺のせいでいっぱい点取られちゃったし、ぐすっ、皆に迷惑かけちゃいけないと思って」
傷が痛いのか、急に下を向いて泣き出した冬馬。
涙声が痛々しい。
今まで気にしていないようにふるまっていても、やはり心では責任を感じていたようである、それが今ので抑えられなくなってしまったのか。
相川「…お前一人で抱え込むな」
冬馬「え…?」
相川「確かにFが打たれたが…それは俺の責任でもある」
冬馬「そ、そんな相川先輩は何も悪く…」
御神楽「確かに、バッテリーの問題を投手一人が抱え込むのは単なる『自意識過剰』だ」
冬馬「…」
御神楽「そんなにFが打たれないという自信でもあったのか。ここは決勝、今までのチームと成川では実力が違うのはここまででわかっているであろう」
相川「その通りだ。Fの一本調子で勝てるほど甘くない」
冬馬「でも、俺にはFしか…」
吉田「決め付けちゃ、いけねぇ」
吉田は帽子を深く被りなおした。
吉田「決め付けたらそこまでだ。もう上にはいけねぇ。だけど、決めなかったらどこまででもいける」
冬馬「キャプテン…」
そして、腰に手をついて上を向き、太陽に浴びせるように大きく笑った。
吉田「はっはっはっは!!!二点差だ!気にするな、俺達はもっとすげぇ点差を逆転してきただろうが」
御神楽「その通りだ。お前がいくら打たれようとも、僕達が取り返せばいいだけのことだ。くだらん」
原田「そうッスよ冬馬君!いざとなったら降矢さんがホームラン打ってくれるッスよ!」
大場「な、涙声の冬馬君…萌ぇ」
冬馬「みんな…」
吉田「まだ三回だ、しけた面で試合を諦めるにはまだ速ぇ。とにかく、後アウト二つとろうぜ!!」
御神楽「当然だ」
原田「ウィッス!!」
大場「ハァハァ…」
内野手が守備位置に戻った後、相川は冬馬に左手を差し出した。
相川「確かにお前は今までファントムに頼りすぎてきた。それは『俺も』ファントムに頼っていたからだ。そのために、リードがおろそかになってしまった」
冬馬がその左手を握ると、無理矢理引き上げられて立たされた。
相川「だから今、ファントムじゃない冬馬の可能性を見つけるしかない。まだお前は武器になるものがたくさんあるはずだ。吉田の言っていた通り…決め付けたら終わりだが、決め付けなければ人間どこまででも行ける」
冬馬「…はいっ」
一度ベンチに下がって患部を冷やすと冬馬はすぐにマウンドに出てきた。
試合はまだ終わっていないのだ。
『冬馬きゅん、大丈夫なの…』
『さっきすごい音したけど…』
ざわざわとベンチから不安な声がかかる。
すごい音がしたから大丈夫な時もある、破壊する力は音という力に分散されたから。
元気にピッチング練習をする冬馬に、成川ベンチで静かな声が聞こえた。
綾村「…ちっ、傷が、浅かったか」
高杉「…?」
水谷「浅い…?お前まさかわざとっしょ?」
綾村「…」
綾村は答えない。
その変わり、ちらりと目線を将星の方にうつすと、視界に不安そうに冬馬を見る緒方先生の表情が入ってきた。
綾村「…お姉ちゃん、不安そうだね…いい、顔だ」
水谷(お、おい提督、やっぱアイツ不気味っしょ!」
高杉(…放っておけ、わざと打球を人に当てるなどよほどの実力が無いと無理だ。できる訳が無い)
水谷(…)
『二番、ショート、甲賀君』
『オオオオ!!』
『出たぜ忍者!綾村は運悪かったけど、塁に出て将星を叩き潰してやれ!!』
黄色いバンダナを首に巻き口元が見えない上に帽子も深く被っている甲賀の表情は全くわからない。
唯一感情を表しているのは、帽子の切れ目から見えている涼しげな瞳だけだ。
相川(冬馬、仕切りなおしだ。もう何も気にするな、俺達は俺達のできることをする)
冬馬(…はいっ!!)
冬馬、第一球!!
―――ヒュ、ザンッ!!!
甲賀「…!」
バシィィィンッ!!!!
『ストライクワンッ!!』
ボールは、外側クソボールから打者の手前でいきなり切れ込んできてストライクゾーンに入る。
…ファントム、だ。
『キャアアーーー!!』
『全然大丈夫じゃない冬馬きゅんっ!』
『いけるいけるーーっ!!』
ラーレス「あのちびっ子全然無事ネ、良かった良かった」
伊勢原「あんな形でファントムを攻略しても嬉しくはないべ」
「っつかやっぱあのスライダーヤバイなぁ。」
水原「っつはー…あんな打球当たった後に良くやるっしょ」
森田「…ふん」
荒幡(どこを見ているんだ。…そんなことよりも重要なことがあるだろ。甲賀先輩も気づいてると思うが…)
甲賀は少し目をつぶって、足場をならした。
…今までの攻略パターンが、ゼロに巻き戻された…!
甲賀(初球から…ファントムを投げてきたで候)
そう。
今まで、相川-冬馬のバッテリーはFをバレてはいけないマジックのように、執拗に隠そうとしていた。
だから、Fの使いどころは決め球、ここでしかない、というところに限って使われていた。
そうすればファントムを『打てるバッター』からすれば、かなり配球を読みやすい。
いくら150のストレートだろうが、ストレートを打つのが得意なバッターからすれば連投されれば打たれる確率は上がる。
…だが、そのストレートを見せ球にするからこそ、その投手はさらに生きてくるのだ!
冬馬「うわあああ!!」
冬馬、二球目!!
―――ヒュザァッ!!
甲賀(…またファントム!)
バシィッ!!
ブンッ!
『ストライク!!』
スイング音とほぼ同時にミットに収まるファントム、完全にミートの範囲の外側である。
甲賀(参ったでござる。このファントムを見せ球に使われると、流石に少々厳しいで候)
相川(俺もまだ若い…自分から冬馬の可能性を潰してしまうとはな、俺らしくも無い。ファントムに少し肩をいれすぎていたようだ)
そう、ファントムという他を越した破壊力のある球があるからこそ、他の球の威力をあげることもできる。
それに気づいた瞬間から、冬馬という投手は更に成長する。
三球目、外角低目!!
甲賀(ちっ…読めないで候。このスピード、ストレートか?)
しかし、ボールは左の甲賀に向けて少し上がりながら入ってくる。
これは…Rシュートだっ!!
甲賀「っ!!」
バシィンッ!!!
『ストライクバッター…アウト!!』
『ワアアアアアアアッ!!!』
『こ、甲賀が見逃しの三振だと!?』
竜神「甲賀」
勝負は終わったとばかりにすぐに打席から出る甲賀。
甲賀「一打席目と同じ球でござった。…が、違う。頭にFが焼きついて離れなかった。あぼコースはファントムならボールになる。その分バットが出なかったで候」
それだけだ、と呟くと足音も無く甲賀はベンチに戻った。
『三番、レフト、竜神君』
竜神「ちっ…ちびっ子君が…ファントムだけじゃあねえ、っとことじゃけぇの」
相川「いや…ファントムだけさ。ただ使い方によって無限の威力を発揮する。炭素と水素だけでは単なる役立たずだが…それを合成すれば『ペットボトル』ができるようにな」
――ヒュァンッ!!!
竜神(ちぃっ、なんて変化量じゃ!こんなのをよぉ荒幡は打ったの!)
ブンッ!バシィンッ!!
『ストライクワンッ!!』
ボールはバットの遙か下、まるで当たらない。
竜神は唇を噛む。
竜神(ワシは綾村や荒幡のようにミートがでかい訳じゃねぇ…、一発がでかいだけじゃけん、このような奴には…)
いやいや、頭を振る、荒幡は一年だ。
そんな一年に負けて黙っていれるほど竜神は大人しくない。
竜神(ファントムは完全に捨てる。…集中するんじゃ、他のボールはたいしたことは無いはず…)
そのまま竜神はバットをふらず、カウントは2-2となる。
流石相川、とでも言うばかりか、甲賀からは冬馬を巧みにリードし、まったく竜神に次の球を予測させようとしない。
竜神(…く)
相川(行ける、冬馬。ボールにストレートだ)
冬馬「はいっ!!」
冬馬、振りかぶって第五球!!
ボールは相川の配球どおり、内角高めに外れるストレート。
竜神(さっきはアソコからFがストライクに入ってきたけぇ…見逃したら三振じゃ、振るしかないのっ!)
ブワァッッ!!
竜神はスイングに行くが…ボールは変化せず、そのまま。
竜神「ストレート!?」
ガキ…ッ。
バットを通して手に思い感覚が伝わる、完全に芯を外されている。
…しかしっ!
竜神「ワシの自慢はパワーじゃけぇ!!一年坊主なんかにゃ負けんのじゃ!!」
ガキィンッ!!!
冬馬「!」
相川「振りぬいたっ!?」
完全につまっていた当たりだったが…パワーでボールを前に持っていく!
大場「…っ!!」
ボールは長身大場の上を…抜ける!!
『ワァァーーッ!!!』
『な、なんつーパワーだ竜神!!』
竜神「どうだっ!ワシのパワーをなめんじゃねぇっ!」
二死、一塁。
相川(ちっ…ここで切るつもりだったが…運が悪い)
冬馬「…荒幡、君」
『四番、ファースト、荒幡君』
ゆっくりと、歩いてくる。
バットを力なくぶら下げたままの姿が、昔見たホラー映画のジェイソンに似ているな、と冬馬は思った。
怖い。
冬馬「…」
荒幡劉「…」
一回、ツーランを浴びた、それも完全にFを捉えられて打たれた打者。
目はいまだ燃えている、あの一本だけじゃ、物足りないといわんばかりに。
目は、口ほどにものを言う。
―――叩き潰す―――
荒幡劉「…ファントムはもう俺には通用しないぞ冬馬」
荒幡劉「ファントムは―――――ただの、ホームランボールだ」