171成川高校戦7hybrid





















『五番、レフト真田君』


赤い風。

『ざわあっ…!!』


急激に、周りのムードが一転した。

先ほどまでの大歓声は静まり、妙に音の無い空間に戸惑いつつ、その感覚の中でようやく西条が口を開く。

ひどくその声は大きく聞こえた。


西条「な、なんやねんこれ…」


ひそひそという声と、ツバを飲み込む音。

相川が目を細める。


相川「流石真田だな、他校の選手が全員注目してる」

三澤「他校?」


ベンチから広がる景観の中、向こうに見える内野奥スタンドの人々が全員ノートに何か書き込みをしたりオペラグラスを覗いているのを見えた。

その目つきの真剣さを感じ取ったのか、周りの応援も少し静まり気味になった、という様相だ。

先ほどまでの歓声が嘘のようだ。


緒方先生「本当ね…まるでスカウトされてるみたい」

吉田「そんなに注目されてんのかアイツは」

御神楽「当然だ、なんといっても元桐生院…しかも、打撃面ではあの南雲に勝るとも劣らないと言われていたぐらいだ」


そんな客を尻目に、その舞台のヒーローはさほど気負う事も無く颯爽と打席に立つ。

白地に紺の縦縞の将星のユニフォームでは、肩に背負う真紅のバットがただでさえ派手なのに更に際立つ。

たとえヘルメットをしていても雰囲気と赤バットで彼だとわかる。


森田(問題はコイツだ…)


森田は一端帽子を脱いで汗をぬぐった。

帽子を被りなおした後、グラブを外しそのままボールをこねる。


森田(コイツは今日の先発メンバー内で唯一、以前俺が対戦したことがない選手。…ただ)


対戦していない、と言えば語弊がある。

森田には苦い思い出があった…一年の時、成川は練習試合として桐生院の二軍と対戦したことがあったのだが。

その時森田は新入、一年生ながらもすでに先発二番手の地位を得ていた、そして相手側の桐生院二軍にそいつはいた。


三番真田、四番南雲、そして五番堂島…。






森田「…久しぶりだな、真田。お前に打たれたあの時の二打席連続ホームラン…いまだ忘れる事ができないぜ」


睨むようにして笑う森田、眼光は鋭い。

しかし、マウンドから話しかけられた真田は肩で二度バットを叩くと苦笑した。


真田「…さて?覚えてないな。本塁打なんて、もう数え切れないほど打ってるんでな」

森田「…ぐ」


森田の顔が怒りに歪む、がしかしすぐに冷静さを取り戻す。


森田「ふ、ふふ。ここまで将星の打者が手も足も出ない様を見てそこまで余裕になれるとはな」

真田「あんな奴らと俺を一緒にするな」

森田「同じチームメイトなのに、ひどい言い様だな」

真田「貴様如きのレベルの投手を打てないからな」






バシィンッ!!!




『ストライク、ワンッ!!!』

『オオオッ!!』


一瞬投球動作があるかと思えばすぐにグラブの中に白球がおさまっていた。

歓声が湧き上がる!!


『は、速ぇー!!どんどん速くなってんじゃねぇか森田!』

『赤い風の名前にちっとも負けてねーぜスカイタワー!!』


しかし、コースだけで言えば、ど真ん中甘いコース。

それを余裕で見逃した真田。


吉田「何やってんだ真田!!ど真ん中ホームランコースじゃねぇかっ!」

大場「好球必打とです!!」

野多摩「振らなきゃ当たらないよ〜!」


ベンチからも声が上がる。

それに少しイライラしながら真田は足場を鳴らした。


真田(馬鹿が…この打席で俺だけが打っても意味が無い。もう少し球を投げさせ、コイツの…スカイタワーとやらの突破口を開かない事には、挽回など貴様ら程度の実力が夢のまた夢だ)


やはりこのチームは馬鹿ばかりだ。

最近の試合では少し馴染めるかと思ったが…相変わらず試合のなんたるかを、勝負の駆け引きをわかっていない奴らが多すぎる。

かろうじてあの相川という奴がわかっているくらいか…。

これでは、上に行けば行くほど、苦戦は必死だ。

特に、桐生院ほどの甲子園常連レベルに勝とうと思うなら…試合での駆け引き、挑発、作戦、フェイクを多用しなければどうしようもない。

高校生だろうが、甘くは無いのだ。



第二球、森田の投球は低めに外れるカーブ!

『ボール!!』


ミットに入り軽く音をあげる、いまだ真田は動かず。


森田(ストレート、カーブ、両方ともに見逃しか)

伊勢原(赤い風真田…ここまでの将星の試合でも、妙なデータが現れているべ)


勝ち越している場合、彼がヒットを打つ確率は極めて少ない。

同点やランナーのいる場合、もしくは負けている場面でこそ彼は力を発揮する。


伊勢原(それは一見すると逆境に強いと見えるかもしれないが…。どうもオラにはそうは見えないべ)


伊勢原の見解…真田は勝っている時はまるでやる気が無いということ。

それは、必要最低限の力しか使わない…仕事人。


伊勢原(将星というチーム、見れば見るほど変なチームだべ。ほとんどがまだ野球を始めて一年たっていないと言うのがほとんど、それなのに潰れたはずの元シニア西のエースがいたり、元桐生院がいたり。しかもチームワークがまるでないようで、上手くまとまっている…)


データや性格分析から見ても、いつ空中分解してもおかしくないもろいチームだ。

顧問の力がそれをまとめているというのか。

…いや、それもない、見た以上、胸が大きい以外に特徴が見当たらない。


ギロリ。


伊勢原(!?…なんだべ?今二塁方向から恐ろしい殺気を感じたんだべが…)

綾村「…」


とにかく、通説では若いチームはなんにおいても脆い。

ここで真田、そして後続をヒット0に抑え、点差を5くらいとしたなら自動的に向こうは潰れていくだろう。


伊勢原(ここが一つ目のキーポイントだべ)

森田(伊勢原、真田の狙いはなんだと思う)

伊勢原(ここまで両方見逃し、しかもピクリとも動かずに…。しかし、この真田は確実に頭がいい。それこそ獲物を狙うほど獣ほど狡猾だべ)


逆手に考える。

今、ここで将星が流れを取り戻すにはとにかくスカイタワーを完全に捉えてヒットを打たなければならない。

それとも、先ほどチラリと見せたが森田の奥の手、シュートを先に弾き返すか。


伊勢原(シュートはもう後半まで使わないべ。それなら、狙いはおそらくストレート…スカイタワーのはずだべ。それものびる方)

森田(あえて、それを投げるか)


二人が頷く。

ゆっくりと足を上げて、腕を天にかざし…振り下ろす!!



森田「ぬぅああっ!!」

真田(来たか…!)


ボールは45度前後の角度で高めに向かってくる!

軌道を予想する、このまま行くと内角中央あたりに来るはずだ!

それを予測してスイング!

…だがしかしっ!!


グンッ!!


スカイタワーは…落ちずに、地面に平行に飛ぶ!!


真田(!!)

相川「これは…っ!!」

御神楽「新しい方のスカイタワーだ!!」


バシィンッ!!!


ミットから乾いた音がはじける。

『ストライクツーー!!!』



真田(…!)

スイングの体勢のまま、真田の動きは止まる。

森田「ふん…貴様の実力は口だけのようだな」



『す、すげーーー!!これが噂に聞く森田の二つ目のスカイタワー…』


『スカイグライダー!!!』

伊勢原(いけるべ…いくらでかい口をたたいても、タワーとスカイグライダーの見分けはまだついていないべ!!)




吉田「スカイグライダーだと…」

相川「落下から平行疾走するスカイタワー…ってことか、敵ながらいいネーミングセンスだな」

緒方先生「真田君…!」



真田「…」



森田「ふ、ふふ…元桐生院も弱小高校にあてられて堕ちたなっ!!!ここまでだっ!」


追い込まれた真田!…森田第四球!!

手を大きく伸ばした体勢から…振り下ろす!!



西条「どっちや!!」

原田「タワーか…!」

冬馬「グライダーかっ!!」













真田「―――桐生院の教えに、二度同じ失敗を繰り返さない、とある」


『ズザァッ!!』


森田「!!」

伊勢原「なっ!!」

ボックスラインギリギリまで…思い切り左足を前に出す!


真田「『塔』だか『滑走』だか知らないが…『空』の時点で終わらせる!!」


相川「変化…スカイが『グライダー』になる前に打つ気だ!!!」


空中戦、目線から徐々に落下してくる森田の球に対して、前に体勢を崩しながらも…上手くボールの下にバットを滑り込ませる!!

そのままレフトに引っ張って……撃つ!!!

真田「しぃっ!」


キィィィ――ンッ!!!!!!!


三澤「…うっ…」

冬馬「打った〜〜〜!!!」

『キャアアアーーーッ!!』


打球はサードの頭上を軽く越える!!

軽くスイングしたにも関わらず、ボールにバックスピンをかける『赤い風』の特性上ボールはグングン伸びてレフトの横!!


ラーレス「俺の頭上ネ…これじゃとれないネ!!竜神!!」

竜神「にゃろうっ!!」


サードラーレス、振り向いて竜神に指示!だがレフトが飛び込むも打球には届かず…打球は外野、深いところにつきささる!!!


『将星、初ヒット〜〜〜!!!!』

『キャアアーーーッ!!』


真田、二塁に滑り込む!!!

さぁ一死、二塁だ!!


真田「やれやれ…」

『オオオオオオ!!』




森田(あれだけ追い込まれていながらも、グライダーを打つとは…流石だな真田)

伊勢原(…確かにヒットは打たれたべ…しかし、今の素晴らしいバッティングを将星全員がやるとはとても思えないべ。未だオラ達の有利は変わらないべよ、森田)



吉田「続け相川ーー!!!」

御神楽「なんとしても真田を本塁に返すのだ!!」

野多摩「まず一点〜〜!」

冬馬「一点一点っ!!!」



『六番、キャッチャー、相川君』

ゆっくり息を吐いた。

相川(…なんのプレッシャーだ)

自分ことは自分が一番わかっている、バッティングがあまり良くないことも。

だがしかし、バッテリーの責任でとられた三点。

流石に無視できることじゃない、特に相川は責任感が強い男だから。


相川(失敗はなんとしても取り返す)

『ワアアアーーーッ!!』


森田「ち…ヒットが出たくらいで大げさな…」

相川「だが森田。今大会、ここまでの成川の試合全てで三回までにヒットを打たれたのは、ウチが初めてのはずだ」

森田「…!」

伊勢原(流石相川選手…頭に入っているデータ量は半端じゃないべ)


将星の主力は全員そうなのだが、特に相川は霧島の赤城とならんで頭脳捕手として各校にそこそこ名前が知れ渡っている、もちろん真田ほどではないが。


相川「ここまで、すでに俺達にグライダーとシュートを見せた。そんなに早く手の内を見せていいのかな」

森田「ふん…将星の選手はどいつもこいつも、口がたつ」

真田(流石だな相川とやら…ただ正面からぶち当たる他の馬鹿とは一味違う)


右打席に入る相川。


相川(俺には吉田や降矢、真田ほどのバッティングセンスは無い。だとすれば、グライダーを狙うより、速いカウントでの森田の変化球、カーブ、スライダーを狙う方が吉だ)


ただしかし、それは相手側の捕手もわかっているはず。

全てストレート系勝負か、いや例えそうだとしても打つのが相川の責任。


伊勢原(…相川君は一体何を狙うべ、おそらくスカイタワー系よりも変化球系を狙ってくるはず。なら、狙いは…)


森田、首を縦に振って第一球!!


吉田「スカイだ!!!」

相川(やはり!!)


見逃して、いやここは…!!


ブゥゥンッ!!

バシィッ!!


『ストライクワンッ!!』

『オオオオッ!!』



御神楽「あんなに大きなスイングして当たるはずが無いであろう!!」

相川、初球に対してフルスイング!しかし、ボールはその下を抜け低めに決まる。

吉田「いや…相川のことだ…何か考えがあるに違いねぇ…。読み合いで相川に勝てる奴はいねぇよっ!」



伊勢原(今のフルスイング…?スカイタワーを打つという自信があるということべか?)


しかし、伊勢原にとって今のフルスイングは多少なりとも意味を持ったということだろうか。


相川(ここまで成川はまったくピンチらしいピンチもなくここまで勝ち上がってきた。…絶対に少しは動揺があるはずだ。無けりゃ高校生じゃない)


惑わす、騙す、狙いをずらす。

読みの常套手段、相川の狙いはどうやって『相川がスカイタワーを狙ってるか』と見せ、ストライクゾーンに変化球を投げさせるか、にある。

全く普通の場面でならバッテリーはひっかからないが、今は上記であげた『成川、始めてのピンチ』という条件がついてまわる、確率はゼロではない。

自分に疑心暗鬼が生じた瞬間、確率は少しづつ上がっていく。


森田(いや…伊勢原、ここはストレート…スカイタワー勝負だ)


第二球!!

グオンッッ!!

振り下ろす音が轟音となる、スカイタワーがミットに向かう!!


相川(…くおっ!)


先ほどの真田と同じように、変化する前に叩くように相川を覗く全ての人には見える!

足を大きく前に出し、ボールを前でとらえる!!


ガキィンッ!


しかし、前でボールを捉えすぎたのか、引っ張りすぎてファールに。

そのままつんのめって、膝を地面につく。


伊勢原(…な、真田と同じ打ち方、しかもボールに当てたべ?)

森田(当てるだけに集中しようということか…!)

伊勢原(…………)


バッテリーの間で、視線が何度も交錯する。


森田(…伊勢原、どうする)

伊勢原(追い込んでいるべ、ここまでストレートを打つようなタイミングをとっているべ…変化球なら万が一もない、はず)


ゆっくりと罠に、足を踏み入れる。


相川(これで、『もしかしたらストレートが打たれるかもしれない』という重圧ができたはずだ)


人間、一度失敗するまでが長いと『失敗』に対して恐れを抱く。

ここまで無失点の森田、投手としてのプライドがあるはずなら、失点を恐れるはずだ。

それなら余計に、今までの相川のバッティングに対して抑えられる確立が高い変化球を選ぶ!


森田の三球目!!



ボールは……真ん中から曲がっていく、スライダー。




相川「かかった!!」


一度間を置き、バットをボールに当てることだけに集中する!



伊勢原(…このタイミングのとり方…やはり、相川は変化球狙い!!)

もう遅い。



カキィンッ!!


ボールはピッチャーのわずか左、マウンドで一度はねると綺麗なセンター返しとなって抜けていく!


相川(っし!!)


心の中で小さくガッツポーズ、一塁を踏んでホームを見ると、すでに真田が滑り込んでいた、タイムリーヒットだっ!!


『キャアーーーーッ!!』

『一点返したよ〜〜〜!!!!』

『相川君かっこいい〜〜〜!!!』

御神楽「いよぉっしっ!!」

三澤「や〜〜!!やったやった!!」

六条「…さ、流石相川先輩ですぅ」

吉田「言ったろ、読み合いで相川に勝てる奴はいねぇってよぉ」

真田(…やはりこの男は将星の中でもまだ強豪の精神に近いものを持っている。たとえ実力で及ばなくてもバッテリーを完全に術中に落としいれ、打ち勝った。…たいした奴だ)




しかし、将星は一点を返したものの、後続原田、冬馬が内野ゴロに倒れ、反撃は一点どまり。

しかし一点を返したことによって、多少なりとも将星側ベンチに流れが帰ってきた。


相川「ここだ冬馬。二順目に入るこの回、無失点に抑えればこちらに流れがくる」

冬馬「はいっ!」

吉田「よっしゃ!守備陣も気合入れて守れ!!」

全員『おおうっ!』

真田「…」

降矢「暑苦しーねもう、うぜーうぜー…」



三回表、成3-1将



『一番、セカンド、綾村く…!?』


今までと同じ通りに、コールがかかるかと思ったが、何故か噛んだ。

見れば打席に綾村はいない…将星ベンチの前に立っていた。


三澤「…」

野多摩「…」

西条「…?」

綾村「流石お姉ちゃんのチーム、お姉ちゃんの力が森田を打ち破ったね」

緒方先生「悠一…?」

綾村「でも僕たちは負けない。ふふ…」


全く意味がわからない言動の後、綾村は静かに打席に戻っていった。


三澤「び、びっくりした…」

六条「…あの人、緒方先生の弟さんですよね。何かあったんですか?」

緒方先生「うん、…実は私は親が離婚しててね。それであの子とも名前が違うけど…その後私は沖縄で親戚の所にお世話になって…。小さい頃から私のことを慕ってたけど、どうしてあんな風になっちゃったのかしら…。それよりも、今どういう生活してるのかしら、ちゃんと食べれてるのかしら」

西条「先生先生、そんなん後でじっくり聞いたらええやん。それより、冬馬と相川先輩はいったいどうやって、ここを乗り切るんやろ」

野多摩「…う〜ん」




打席に立つ綾村、その目には相変わらず妙な色が灯っている。


綾村(…全てお姉ちゃんに認められる為にここまで来たんだ…。僕を裏切ったお姉ちゃん。愛してくれなかったお姉ちゃん…早く試合を終わらせて、話を聞きたい…)








綾村(どうしてあの日。僕を裏切ったのか)















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