170成川高校戦6master piece























『三番、サード、吉田君』


吉田「森田コノヤロー」

森田「出てきたな…吉田!」



『ワァァアーーッ!!』


アドレナリンどっぱどっぱである。

両腕の筋肉は力が入りすぎて血管が浮かび上がってくる。

白い歯を見せて笑う表情の割に、気合は入りまくっている。


吉田「目ぇ覚めたぜ俺はよ。実はな、ちょっとは勝てるんじゃねーかと思ってた」

森田「…」

吉田「だがよ、県のあの必死さで目覚ましたぜ。あれだけ必死にやって、しかもあのプレイ、あの県の足でもセーフにならねぇほどお前らがすげー相手だって事をよっ!」


大きな風を切る音を立てて素振りを繰り返す吉田。

ヘルメットを直していざ打席に立つ。


吉田「っしゃあ!かかってこいや!」

森田「行くぞ、吉田!!」


いまだランナーを背負わない森田は、遠慮無しに思い切り振りかぶる。

目線の上、の上右手と空が重なる。


森田「らあああしゃあああ!!!!」


振り下ろされる右腕、投げら…いや、落ちてくる白球が、グラウンドに一つの白い線を作っていく。

吉田の顔の遙か上、そこに位置したボールが徐々にキャッチャーのミット目掛けて下がってくる。

ストレート。


吉田「ふんがあっ!!」


対する吉田、フルスイング!!!







ドバシィッ!!!


『ストラクワンッ!!!』

『うおおおおおおお!!!』

『流石森田だ!あの将星の吉田まで空振りだぜ!』

吉田「っ!!」


くんのやろっ、と小さく呻いた後、空振り後の情けない体勢をすぐに戻す。

遙か頭上のスカイタワー野郎をにらむ。


森田「ふん」

ニヤリと不適に笑う。

吉田「にゃろぉ…」






県「キャプテン…痛たたっ」

緒方先生「県君、動いちゃ駄目よ。大人しくしてて」

西条「それにしてもいい根性しとるな〜」


県の手のひらは部分部分で皮がめくれていた、それを慎重に元のところに戻し、絆創膏でとめ、応急処置をほどこす。


県「三点負けてますから、頑張らなくちゃ、と思って…」

野多摩「それでも、急になんだか雰囲気変わったよね〜?」

県「は、はい。諦めたら今までの僕と同じなんで…。降矢さんに近づく為に頑張ろうと思って…」

降矢「人徳のなせる技だな」

冬馬「何言ってんだか…」

西条「それより、キャプテン打てんのかいな?」

相川「微妙だな」


腕を組んで、苦々しい表情。

視線の先には足場をならす吉田。


三澤「どうして?相川君」

相川「さっきのスイングは…ボールの下を振ってる」

六条「ボールの下…?」






吉田(森田ー…なんだそのストレートはよ)


森田の身長から来るストレートに対して一発でかいのを狙うにはアッパースイングしかないが…来た球は吉田が思っていたストレートよりも更に上。


吉田(直前で伸びてきやがる)


ノビのいい球は軽くホップして見えるようになるのは、野球を良く知ってる方なら知ってるだろう、今の森田のストレートは吉田にとっては若干ホップしてるように見えた。


吉田(通りで御神楽も県も苦戦するはずだぜ…)


そう…速い以外にもう一つスカイタワーを打てない原因があったのだ。

ただの直線ならアッパースイングで真正面から捉えられる、だがしかし途中で軌道が変わったらなら…。

森田の上から来るボールがホップしたなら、理論上は地面に対して水平に飛ぶことになる、すると下からアッパースイングしたなら結局スカイタワーを叩きつけるのと、当てる難易度は同じくらいになる。



吉田(ええいっ!難しいことを考えるのは俺の役目じゃないっ!俺がすることは、何とか打つことだ)


なんだかややこしくなってきた所で吉田は首を振った。

理由だの根拠だの理論ではなくとにかく打つ、過程は結果の後でいい、それが吉田の持論、難しいことは相川に任せているのだ。


吉田(とにかく来た球を打つ、それっきゃない!)



対する成川バッテリー。

森田(ふん、ただスカイタワーを鍛えただけじゃない…ストレートを強化した俺はあることに気づいた…)


つまり、伸びるスカイタワーと普通に落下するスカイタワーである。

身長の割に指が短く、フォークという決め球が使えなかった森田にとっては、この二種類のスカイタワーはともすればフォーク並の威力をもてたことにある。

なぜなら…説明しづらいので仮に今までの真っ直ぐ落下してくるスカイタワーをスカイタワー1、伸びて軌道が普通のストレートになるスカイタワーをスカイタワー2としよう。

もしスカイタワー2をストレートとして使うなら、スカイタワー1はそのままフォーク並みの落下を持つことになる。


森田(この二つのスカイタワー…そして、アレがあれば将星如きには負けん…いや)


森田、第二球!


森田「最初から俺の狙いは甲子園のみだっ!!」

吉田「…!!」


伸びる…スカイタワー!


吉田「こなぁらあっ!!」


咆哮と共に飛び出したバットは…。

森田「!!」

ボールを捉えるっ!!


ガキィンッ!!

『ワァァァ!!』

『ファールボール!!』

高まる地鳴りの後、三塁線の横、強くバウンドしてボールはグラウンドを駆け抜けていく。


森田(…捉えた、だと?)

吉田(無心無心…)


以前、霧島の赤城と対戦した時に吉田は何も考えるな、と相川にアドバイスされたことがあった。

それが原因かどうかは知らないが、吉田はバッターボックスに立った時は何も考えないようになっている、幸いその方が吉田にはあっていた。

来た球を打つ…考えをめぐらせる相手にとって一番怖い無心打法が徐々に吉田に形成されている、それは全て吉田の類稀なミート力と反射神経がなせる技であった。


吉田(いける、いけるぜ。粘って打ってやる!)

森田(偶然に過ぎんっ!!)


森田、間髪要れずに第三球、次もスカイタワー!!


ドバァッ!!

『…ボール!!』


高目の釣り球、だが吉田は手を出さない。

左腕をバットから離し、森田に向かって手のひらを自分の方にクイクイと動かす。という動作。

吉田「ボール球なんてセコイ勝負してんじゃねぇよ!真正面から来い!」

森田「…そうでなくてはなっ!」


一瞬間があったが、歯を見せて森田も吉田にのる。


伊勢原「お、おいっ!森田!?」

森田「伊勢原!ここは俺を信じろ!絶対に打たれん…アレを使うからな」

吉田「…アレ?」

伊勢原(…こんなに速くアレを出すべか…)

森田(コイツらは全力を持って叩き潰す。それだけの価値がある)


伊勢原は複雑な表情だったが、森田の真剣な表情に渋々首を縦に振った。


吉田(アレ?…いったい何が来るってんだ?)

森田「行くぞっ!!」


森田…第、四球!



ビシィッ!!!


またもや天井から投げ出されたスカイタワー。


吉田(今までのスカイタワーと同じじゃないか…?)

軌道はまったく同じ、また直前でノビてくるってやつか…!?

吉田(いや、だとしても俺なら打てるぜっ!)


満を持してバットを出す吉田。

そのバットがボールを捉える!











―――瞬間、ボールがまるで空気を押しのけて割り込むように吉田の懐へ入ってきた。



吉田「ぬおあっ!!」

当たる…、そう感じて吉田は思わず肘を引いて後部に倒れこんだ。


相川「吉田っ!」

県「キャプテン!?」

三澤「傑ちゃんっ!!!!」

『キャアアーーッ!!』




吉田「…!?」

悲鳴が上がるが、吉田の体には何も外傷がなかった。

予想以上に曲がってこなかったのか…?


森田「悪いが、ファントムはそちらだけじゃあないってことだ」

吉田「な…なんだと!?」


『ストライクバッターアウトーー!!!!』


振り返ると、ボールはミットに収まっていた。






大場「な…なんですと、アレは!?」

相川「シュート!?…いや、しかしそれにしてもそんなに曲がったようには見えなかったが…どうして吉田はあんなに大げさに倒れたんだ?」

真田「…」


そうこうしている内に吉田が狐につままれたような顔で帰ってきた。


三澤「だ、大丈夫傑ちゃん!?」

吉田「あ、ああなんともないが…」

相川「いったい何だったんだ?そんなにあのシュートが凄かったのか?」

吉田「わからん、わからんが…なんか当たるって気がしたんだ」

冬馬「ファントムは、そっちだけじゃないとか言ってたけど…」

真田「…」

降矢「…」


将星サイドでざわざわと声も上がるが、すでに回は二回。

シュートの謎を誰もが疑問に思いつつも、守備につかなければならない。


降矢「せいぜいノックアウトされないようにな」

冬馬「…見てろっ、後でそんなこといえないようにしてやるからねっ」






冬馬はさっきの一回が嘘のように二回の成川の攻撃を見事三人できってとる。

これも降矢のケリのおかげなのだろうか、決してそんな事は無いと思うが。

とにかく、未だ三点ビハインドのまま迎えた将星の二回裏の攻撃。


大場がスカイタワーの前に三振に終わった後、迎える五番。



『五番、レフト真田君』



赤い風。






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