169成川高校戦5Runners high






















夏、対峙した森田。

それとは違う男が、マウンドにいた。


御神楽「ぬぅっ!!」


ズバシィッ!!!

『ストライクツーッ!!』


何の変哲も無いストレートがミットに決まる、御神楽のバットはまたもや空を切る。

…いや、何の変哲も無い、といっては語弊があるだろう。

スカイタワー、角度45度近くからボールは向かってくる、それを当てるには真正面から降りぬくアッパースイングが有効だ。

だが、わかっていても、ボールにバットが当たらない。


御神楽(二度連続…この帝王たる僕が偶然で二度連続空振りする訳がない)


球そのものが速いのだ、振り遅れて…いる!

じゃり、と音を鳴らしては足場を固める。


御神楽(速いのだ。ストレートが…)











赤城「…将星にとっては、一度森田と対戦したのが、逆に不利になってるかもしれへんの」


赤城はデータ帳に落としていた視線をグラウンドに上げた。


九流々「逆に?」

笑静「そうだな…普通は一度勝負した相手には攻略が立てやすい。プロだってそうだ、毎日やってれば弱点や欠点が見えてくる」

笹部「高校野球なら尚更だろう、三年間やっていたとしても同じ投手に二度当たるのは結構稀なことだ」

吉本「…こくり」


そう、普通は一度対峙した相手なら、対策やらなんやらが色々立てられる。

さらに将星は森田を打ち崩した経験がある、自信から見ても将星の方が有利なはずだ。

しかし、赤城は皮肉そうに笑う。


赤城「やけどな、森田は夏の森田とは別人やと思った方がええ。アイツはこの秋までに信じられないほど実力を上げてきたんや」

九流々「それを言うなら、将星だって夏とは違うナリ?」

赤城「問題は一度将星が『勝った』ことにある。…一回勝った相手、しかも弱点まで知っとる、気を引き締めてもどこかに『油断』の気持ちがあるはずなんや」

笹部「…なるほど!将星の脳裏には夏の森田が描かれてる訳か」

赤城「その通りや、やから予想以上の投球にどうしてもタイミングがあわない。…特に将星は馬鹿ばっかりや、上手い具合に『はまる』とわいは思っとるがな」


それを聞いて、九流々は含み笑いをもらした。


九流々「ふ、ふふ。駄目ナリよサギ師。あの金髪はそう思い通りにならないと思うナリよ。アイツは油断どころか、最初から相手を見下してるナリ」

赤城「それはわいも思とるよ。だからこの試合で打てるのは、馬鹿かクソ真面目かのどちらかや」





バシィィッ!!

『ストライクバッターアウトォッ!!!』

乾いたミットが御神楽の完敗を、三球三振を見せつける。

森田は右腕を天にかざした。


森田「見たか将星ッ!これが生まれ変わったスカイタワーだ!!」

御神楽「ぬぅ…愚民如きがぁっ…」



相川「夏の森田とは違う」

吉田「あー…球威、キレ、速さ、どれを取ってもダンチだぜ」

相川「…この試合、つまるかもしれない。俺のデータ以上だ、森田の成長は」

御神楽「多分、こちらが一度負けたチームだから余計に気合も入るのだろう」


御神楽が、苦虫を噛み潰したような顔で帰ってくる。

そのまま不機嫌そうに、ベンチに腰をおろした。


御神楽「ぬぅ…愚民如きが」

三澤「だ、大丈夫だよ、前だって最初は全然打てなかったけど、七回ぐらいに勝ち越したじゃない!」

御神楽「ふはは!大丈夫ですよ三澤さん、貴方がこのような低俗な試合に心を乱される心配は全く皆無!」

相川「…」

吉田「その通りだぜ柚子!任せろってんだ」」

御神楽「ぬ…」


いつものように急に口調が宝塚のように変わる御神楽。

彼なりに格好をつけているらしいが、相川は思わず沈黙した。

そして単純に反応する吉田、不機嫌になる御神楽。

そんなほほえましい光景に重い空気は、背後の真田と降矢。


真田(…成川如きに苦戦か、このチームもこの程度ということだ)

降矢(ちっ、実力が無いなら出るな、死ね。ヤる気が無ぇなら帰れ、そんで死ね)

冬馬「と、とにかく一点でも返さないと、ね、ね」


そのオーラを感じ取ったのか、冬馬が上半身を起こしてベンチを盛り上げた。


降矢「テメーが言うな、役立たず」

冬馬「うぐっ!」

吉田「まぁ降矢、わざとじゃないんだ。それより冬馬の言うとおり一点でも返しておかないと」

三澤「うんうん!」

大場「その為には…県君!頑張るとです!!!」





『二番、センター県君』


県(よーし…)


坊ちゃん刈り、誠実そうな顔が緊張することも少なくなってきた。

やはり経験というものは人を成長させるもので、この頼りなさそうな坊やにも少しずつスポーツマンとしての風格が出てきている。

背中が痛いのでさっきからずっとさすってはいる姿が情けなくはあるが。


伊勢原「ふーん…今日の森田は本気で気合入ってるべな」


随分と訛った声が背後から聞こえてきたので思わず振り向いた。


県「そうですね…でも負けませんよ」

伊勢原「いんやー、今日の森田は打てやしないべ、あれはオラが見た中今まででも一番ン調子いいべ」

県(そうなんですよね…)


実際の所、夏の森田とは全く違う。

素直すぎるかつ、真面目な彼はすでに油断という文字が脳裏から消えていた。




赤城「…あの二番、県君…彼はちょっと他とはちゃうな」

九流々「打てるって言ったり打てないって言ったり、どっちナリか!」

赤城「落ち着かんかいコロ助!見てみぃ、あの県の構えるポーズを」

九流々「…ナリ?」



県は背筋をキチンと伸ばして、なんとも綺麗な姿で構えている。

構えのフォームだけならば、美しい以外言いようが無い。


赤城「さっきの御神楽君はどこか…「打てる」といった余裕が構えにも現れとった。やが…県君は素直すぎる性格が幸いして、相手が強いと認識して向かっていっとる。…降矢君とは全く対照的なタイプやな」





伊勢原は少し首を下げて、下から覗き込むように県を見る。


伊勢原(この二番はあんまりバッティングは良くないべ、ここまでの打率は.236。外野に打球が飛んだのも数えるほど…パワーは無い…が)


将星は実に個性的な野手が揃っている。

バランスが良いもの、全て優れているもの、打撃、守備、走塁。

しかしほとんどは、その代わり何かが足りないのだ、県の場合はバッティング能力が低い。


伊勢原(ただ、ヒットの八割が内野安打!)


脅威の俊足である、打ち損ねの内野ゴロが全てヒットになるのだ、守備からすればたまらない。

どう見てもこの貧弱そうな細い足がそこまでの脚力を持っているとは思えないのだが…。


伊勢原(まぁ、足が怖いのなら、当てさせなければいいだけだべ)


今の森田ならこの程度のバッターならかすらせることもさせずに三振を奪える。

それほど今の森田は…速い!


森田「喰らえ将星っ!!!」


左手を大きく前に突き出して、森田は力の限り右腕を振り下ろす!


森田「らぁぁぁっしゃぁぁあああ!!!」

県「…!」


ズドーンッ!!!

まるで大砲が打ち込まれたかのような音が、伊勢原のミットから鳴る。


県(…)


そのストレートは、パシリを青くさせるには十分すぎるほどの球威だった。

『ワァァーーーーーーーーッ!!!!!』

『流石森田だぜっ!あんなの打てっこねぇよっ!』

『なんじゃ今のは!?145ぐらい出てるんじゃねーか!?』

『…す、すごいね向こうのピッチャー』

『う、うん。大きいし、ボール速いし…』

『だ、だめだめ!弱気は負けのもと!』

『県君ガンバレー!!』


県の歯は震えていた。


県(あ、あんな球打ったら…)


金属バットといえど、県は今までの投手の球に対しつまるだけでもかなりの衝撃をうけていた。

ご存知の通り、相当手首の強さと握力が無いと下手なボールには力負けしてしまう、県のボールが飛ばないのもそこら辺にある。


県(て、手首折れてますよぉ!)


すでに手のひらは汗で滲んでいる。

というか、県の目にはあの桐生院の大和と同じようなボールに見えていた。

つまり、打てる訳が無いのだ。


県(っ!)


ふっと、気づいて目線をあげるとすでに森田は二球目の投球動作に入っていた。

慌てて構える。


森田「考え事をさせる余裕なんぞ、貴様らには無いっ!!」

県「っ!!」


二球目もストレート!…しかしっ!!


御神楽「ど真ん中!?」

原田「打つッス!県君!!」


本人としては当てるつもりはなく、ええいままよ、と言った感じのスイングだったのだが。

流石にど真ん中なので、ボールはバットには当たる、ただし芯を外れて。


県(―――っ!!)


県の一番、恐れていた事態に。


ガキッ。

ビリビリビリビリッ!!!

『ファールボール!』

電撃のようなシビレが県の手首に走る。


県「…っ!!」


思わず悲鳴をあげそうになるが、あまりの痛さに逆に声がなくなる。

口の形だけが「あーっ!あああー」と言った形になり、涙目で県はうずくまる。


森田「…ふん、情けないな。こんな輩に俺は負けたのか…」

吉田「にゃろー…言いたい放題言いやがって!立て県!なんとかしてやれっ!」


ネクストバッターズサークルから激が飛ぶ、が相変わらず県はうずくまったまま動かな
い。

違う、違うよ。


県(この成川は…今までの高校とは違う。レベルが違う…冬馬君のFスライダーも簡単に打たれちゃったし。一回で三点差…強すぎる)


心の底に臆病が顔を出す。

駄目、無駄、それは僕が弱いから、でも僕は強くなれないから、諦めるしかない。











そう言えば、前に降矢にこんな質問をしたことがあった。


降矢「…強くなりたい?」

県「は、はい!降矢さんみたいに、強くなりたいんです!もともとそれが目的でこの野球部に入りましたし…」


降矢は県を見下ろした後、自分の頭のてっぺんで手を左右に振る。

次に県の頭の上で手のひらを左右にヒラヒラと振る。


降矢「無理だな、諦めろ」

県「それだけでーっ!?」

降矢「大体、強くなりたいってなんだボケ。んなの人に聞くモンじゃねーよ。自分で見つけるもんだ」

県「でも、僕は強くなれないんです…」

降矢「誰が決めたんだよそんなの」

県「…へ?」

降矢「お前は弱いよ、貧弱だし、クソだ。パシリぐれーが関の山だ。どうしようも無ぇー世の中のクズだよ」


県は無言で泣いた。


降矢「ただテメーのこれからはテメーで決めろ。二度と俺にそんなくだらねーことを聞くな。どうやったら強くなれるか?テメーの事はテメーで考えな。」

県「…」




そんなことを、理不尽に怒られながらいわれたことがあった。

何故降矢さんはあれほどまでに、堂々しているのだろう。

冬馬君は心がねじれてひっくりかえってるんだよ、って言ってたけど、ただ悪いだけならあういう風に憧れはしない。

僕が、県三四郎が降矢毅に憧れたところは…。









『オオーーッ!!!』


森田「…ほぉ」


県は、ゆっくりと立ち上がって打席に立った。


県「僕が…降矢さんに憧れたのは『何事にも動じない、諦めない堂々さ』!!強くなる方法は…僕自身が決める!」

森田「良くはわからんが…それでこそ、俺も倒しがいがあるというもの!!」

伊勢原(ま、根性を見せてもらったところで悪いが、高目のストレート、これで決めさせてもらうべ)


森田、ゆっくりと頷いて…三球目!!

森田「くたばれっ!!!」


ビシィッ!!


指先でボールを弾いた音がネクストの吉田の耳にも届いた。



吉田「高目!?まずいっ!手を出すんじゃない県!釣り球だ!」

県「うわああああ!!」

森田「三振だっ!!」






ギィンッ!!!



吉田「っ!」

森田「な、何!?」

伊勢原「あ、当てたべ!?」


県は体勢を崩しながらも、なんとかボールに喰らいつく。

打球は左後方に転がり、ファールになる。


相川(ちっ…追い込まれてなければセーフティーバントも狙える所だが…)

吉田「そうだ県!!粘っていけ!!」

県「はいっ!」


声はあげるが、目線は森田から外さない。


森田(…こいつ、さっきと目つきが変わった?)

伊勢原(森田、ここは一つ変化球を挟んで…)


ズンッ!!!


森田は、大きく足を前に突き出した。

そして、右手にはストレートの握り。


森田「ストレート勝負だ…行くぞ!」

伊勢原「森田!?」

相川(森田め…相当俺達に対抗心をむき出してるな、俺達に打てるストレートじゃない、ってか)


森田、第四球!!


森田「ぬぅあっ!」

県「ええいっ!!」


ギィンッ!!

『ファールボール!!!』


森田(こ、コイツ…俺のあの高目のストレートを二球連続当てやがった!?)

県(諦めない、諦めない、それが僕の強くなる道の第一歩)


ガッ!

ギィンッ!!

ガギィッ!!


『だ、駄目だよ〜、全然打てないよ〜!』

『県君〜〜!!』

吉田(県…!)


県「…ハァ、ハァ」


三連続ファール。

緊張しすぎて、呼吸するのも忘れていた、乱れた息を整える。

そうすると、手のひらが随分とヒリヒリすることに気づいた。


県「…ひっ!」


手の皮がべろり、と向けていた。

中からはまだ赤さが残る、痛々しい生肌が見えている。


県(だ、駄目だ。こんな手じゃ打てるはずも…)


そこまで行ってから県は痛みを必死にこらえた。

口を真一文字に結び、舌をかみ締めて痛みを殺す。

諦めない、白黒つくまでは…諦めません!


森田「予想以上にしぶとい…それが将星」

県「降矢さんに、少しでも追いつきだけです!」

森田「…ふん」



西条「わからへんな〜、お前がそうまでして憧れられる理由が」

降矢「人徳だ」

西条「閻魔に舌抜かれるぞ」



森田は額の汗をぬぐい、帽子を被りなおした。


森田「…だが、いつまでもこんな所で止まってられん!次で決着をつける!」

県「…はいっ!」


今まで全てファール、手の感覚は最早わずか…だが。

何か、県には見えてきたものがあった。


県(やっぱり、上から来る球にはアッパースイングしかありません)


バッティングの基本は叩きつけること、その基本を忠実に守って県はこれまでの球を打ってきたが、やはりそれではどうしても球にミートしない。

…しかし、かといってアッパースイングしても自分のパワーじゃ小フライになるだけ…。

振り切るのではなく、ミートさせる…。


森田「行くぞ県!!」


森田、渾身の一球!!!

球種はストレート、高目!!

県がとった行動は―――!
















吉田「―――バント!?」


両手をバットにそえ、軽く上体を下げる。

県の構えは、紛れもなく構え…!


相川「どういうつもりだ!?スリーバントだぞ!」

降矢「…いや、あれで正解だ」

相川「!?」

降矢「今のままじゃパシリは死んでも打てねー。アイツが一番ボールを当てやすいのは、やっぱりバントなんだ」


しかし、内外野陣は県の走力を警戒して元々前進守備、いくらバントが上手くても、いくら足が早くても、これではヒットは望めそうに無い!


県(…!ここだっ!!)


内野陣がダッシュをかけた瞬間、県は上から落ちてくるボールに対して斜めにバントをミート…そしてそのまま、バントの構えのまま…。


県「振りぬくっ!!」


キシィンッ!!


プッシュバント…いやスイング…その中間のような打球…これは!


相川「陸王の笑静が見せたバントプレー!!」

笑静「俺のパクリかっ!?」


バント警戒の前進守備の頭上を越す、裏をかくバントプレー。

県が咄嗟に思いついた自分の技術を最大にいかす技術!


ラーレス「しまったネ!!」


サードラーレスはジャンプするも、打球には一歩届かない!

打球は狙い通りにサード頭上を越し…地面に落ちる!


県「落ちれば僕のもんですっ!」



―――ズバ、ババババババ!!!!!!!!

地を蹴る、蹴る、蹴る!

県が通った後は、スパイクが削り上げたグラウンドの土が爆発したかのように浮きあがる、それが一つの直線を作り、まるで地雷を踏みながら歩いていくような錯覚さえ覚える。

つまり、すごい勢いで地面をけりながら走ってるって事!


『う、うぎゃああー!?』

『な、なんだあの二番!!おっそろしく足が速ぇーーっ!!』


すでに県はファーストまで半分ほどの距離を駆け抜けている。


森田「く…これほどかっ!」

伊勢原「速さだけならうちの甲賀と同等だべ!」

相川「速さ…?はっ!!ショートは…俊足の甲賀っ!」







甲賀「させぬ」


サード後方に落ちたボール、ショートは先ほども見た超俊足の甲賀。

…すでにボールは右手に握られている!!


降矢「パシリ走れーーーーーーーー!!!!!!!」



タイミングは…同時かっ!?


バンッ!!
バシィッ!!


県「うわああっ!」


県は走り抜けた勢いそのままに、ファースト後方へと勢いあまって転がっていく。

一塁を踏み抜いた音、そしてボールがグラブに入った音。

素人目には、同時にしか見えない!






















『アウトーーーーーッ!!!!!!!!』



しかし、審判の右手は、頭上へと上がった。


『…ワアアーーッ!!』

『なんだよ、ドキっとさせやがって!』

『流石甲賀!!しっかりとプレイを良く見てるぜ!!』



県「…」

県はフラフラと、起き上がって帰ってきた。










県「こんなに、手がボロボロになって。諦めなかったのに」
















県「打てませんでした」


うつむいた県の頬に、一粒水滴が流れた。


吉田「県。その手、まずは先生に治療してもらえ」

県「…スイマセンでした」

吉田「謝るなっ!!お前は立派だ!!見ろよ県!」

県「…」


顔を、上げる。


『ワアァアアアーーッ!!』

『良くやったよ県君!!』

『県君!ナイスプレー!!』


冬馬「惜しい惜しい!頑張っていこう県君!」

大場「ドンマイドンマイとです!」



県「…キャプテン、何故だかわかりませんが。こんなに悔しいのは始めてです」

吉田「それでいいんだ。悔しがれ、それがお前を強くする。必死になればなるだけ、悔しい思いもする。…それが俺達を強くするんだ」

県「でも…」




ぽんぽん、と肩を叩かれた。

吉田は満面の笑みで、言う。



吉田「はっはっはっは!!県、見てろ!」












吉田「仇は…打つ!!」













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