167成川高校戦3brack out























流れるような景色の中に、白い光が走る。

そのまま光は軌道を大きく変えて、打者の視界から消える。

ど真ん中打ちごろのボールが、消える!


竜神「!!」


梨香「来たぁっ!」

美香「ふぁんとむ、ふぁんとむ〜〜〜!」


ズバァアアンッ!!


『ストライクツーー!!』

バットは二回連続で空を切る、そのままバッターは勢い余って膝をついた。

キリ、と歯を鳴らして目線をマウンドへ上げると。


冬馬「よぉ〜〜っしっ!」


そこには、可愛らしく両手を胸において笑顔を浮かべる投手。

正直、竜神は夢でも見せられている気分だった。


竜神(な、なんじゃそりゃあよ。今までの球と全然違うじゃけん)


膝についた土を払うと少し気持ちを引き締めてバットを構えた。

今までの二人の打者、綾村と甲賀への球とは…レベルが段違いだ!


相川(流石に冬馬のFはすごいな…まだまだ通用する)


ヒュザンッ!


まるで日本刀で切り裂いたような鋭さ。

一つ閃光が軌道を描いて、バットをすり抜ける。


ッパアンッ!!

『ストライクバッターアウトォッ!!』


冬馬「どーだぁっ!」

竜神「…!」


三度フルスイング、かすりもせず。

竜神は少し広がった目で冬馬を睨んだ。


『きゃあーーっ!冬馬きゅ〜〜〜んっ!』

相川「ナイスピッチングだ、冬馬」

冬馬「え、えへへ」

『か・わ・い・い〜〜〜!!』


三振をとってよっぽど嬉しかったのか、はにかむように笑う冬馬に黄色い声援が飛ぶ。


森田「相変わらずふざけた野郎だ」

竜神「森田。見た目に騙されたわ。容姿とは全然違うえげつない球じゃ。あれは」


頬に少し汗をかきながら竜神は呟いた、表情は緩まない。


森田「よーく知ってるぜ俺は。夏はあれにやられたんだ…最後にな。なぁ劉」

荒幡劉「…冬馬、優」


ネクストバッターズサークルに座っていた青年のまゆが、ぴくりと動いた。

表情は他の野手よりはるかにこわばり、出しているオーラ、気合も一線を画す。

森田はその様子を見ると、ニヤリと笑みを浮かべた。


森田「気合入ってるぜ劉。冬馬には対抗意識むき出しだな」

竜神「なんじゃ、何か因縁でもあるんかいの」

森田「当然だ。劉にとって冬馬は兄がやられたチームの目の敵だったからな」


夏、あの球場で、女と見間違えるほど迫力のない少年に完封負けを喫した。

桐生院や強豪東創家にやられたならともかく、身長が肩より下の、可愛いと形容するのがぴったりの投手にやられたのが、何よりも悔しかった。

あの試合に負けた夜、荒幡劉は始めて兄の涙を見た。

そう、あの試合森田の球を受けたのは、この荒幡劉の兄。

そして弟は復讐、雪辱に燃えた、打倒冬馬、あんな・・・なめくさった奴に。


荒幡劉「負けん」



『四番、ファースト、荒幡君!!』

『ワアアアーーッ!!』


成川側で、今までの倍以上と思える大歓声が巻き起こる。

ベンチの西条は思わず前につんのめった。


西条「なんやこの歓声は…四番言うても騒ぎすぎやで!」

野多摩「耳がキーンとするぅ〜…」

三澤「えーと…荒幡劉、一年生だって」

緒方先生「一年生!?一年生で四番なの?」

六条「しかも…その荒幡君は以外は全員二年生ですよ…」

野多摩「あ、本当だ」


六条、野多摩、緒方先生が三澤のいつものデータ帳を覗き込む。


三澤「で、でもでも、すごいですよ!今までの試合で本塁打八本!だって!」

西条「八本!?」

野多摩「それってすごいの〜?」

西条「アホかっ!この天然、冷静に考えてみろや、ここまで四試合やったやろ俺らは」

野多摩「うん」

六条「一試合で…二本ずつ!」

三澤「すご…」

緒方先生「一年生で四番に座るだけあるわね…」

六条「でもでも、降矢さんだってそれくらい打ってるんじゃないの〜?」

西条「降矢でもここまで六本や。どう見てもあの荒幡とか言う奴…」


上から下まで、バッターボックスに座った荒幡を眺める。


西条「降矢よりガタイが良い訳でもないしなぁ」

緒方先生「どちらかというと…そんなに大きくない方よね?」

三澤「はい、身長も172cmしかないし…他の選手と比べても低い方だよ」

西条「なんか秘密があるんやろ、三澤のねーちゃん、なんか他に書いてんか?」

三澤「ね、ねーちゃん…」

緒方先生「これじゃない、メモのところ…」

全員『…ん?』



マウンド上の冬馬は、少し冷静さを取り戻していた。

自信を、と言った方が正しいかもしれない。


冬馬(よーし…やっぱりファントムなら…抑えられる!)


今までの戦いで冬馬は自分に自信を持ちつつあった。

ファントムは自分の予想以上に強い、そこいらの打者なら手も出ない球。

なんだか、わくわくしてきた。


冬馬(見てろ降矢!もー馬鹿にさせないからな!)


割かし別の意味で。


冬馬(…って今は降矢関係ないない。…むー油断するとすぐにアイツのこと考えちゃうな…)

そこで止まった。

…それって。



―――ゾクゥッ。



冬馬(…あれ?)


そこはドキッとするところじゃないの?…と、冬馬の背中に走ったのは予感ではなく悪寒だった。

少し頬を赤らめたまま前を見ると、そこには異様な雰囲気を纏った打者が居た。

あまりの気合の異常さに、流石に戸惑う。


冬馬(な、何!?この人…今までの打者とは雰囲気が違う)

荒幡劉「冬馬優!!」


そして、いきなりバットを冬馬に向けて大声を張り上げる。

ビクリ、と飛び上がった冬馬は胸を抑えた。


荒幡劉「貴様のファントム…この俺が打ち砕いてやる!!兄さんの仇…俺がうつ!」

冬馬「…に、兄さん?」

荒幡劉「忘れたとは言わさんぞ!夏、貴様らに敗れた成川三年の捕手だ!」

冬馬「……………え、と?」


ガツンッ!!

荒幡は思い切りバットを地面に叩きつけた。


荒幡劉「ふざけやがって…女男が…!兄さんが果たせなかった甲子園は俺が掴む!」

冬馬「な、なんだか知らないけど…俺もこんな所で負けられないよっ!」


『ワアアアーーーッ!!』


内野席まで響く声でのかけあいで、場内はさらにヒートアップした。

両者の応援団は無我夢中で、二人に声援を送り続ける。

ひきしまった顔つきでも可愛らしく見える冬馬だが、気合は十分。

対する荒幡も手が白くなるほど強くバットを握っている。


大場「冬馬どん!ファントムは無敵とです!」

御神楽「だがまだワンナウト三塁…気を抜くなっ!」


だがしかし熱狂するグラウンド内で、一人この男…相川は冷静だった。


相川(…強豪と呼ばれるまで成長した成川の中で唯一一年生の、しかも四番。並み居る二年を抑えてレギュラーを勝ち取ったコイツの実力は…)




いつもの、ホームプレート端ギリギリの定位置まで移動して、息を大きく吸い込んだ。

二三度、手のひらの上で球を転がしてから、冬馬はゆっくりとモーションに入る。

当然…ファントムッ!!


冬馬「いっけえっ!!」


ボールは外角、100km前後の打ちごろの球がスッと流れるようにホームベースへ向かっていく。

荒幡も当然…ファントム狙い!外角ボールから信じられない角度でストライクゾーンに入ってくるファントムに対して…。


荒幡劉(砕く!)


フルスイングッ!!!!!!!!!!!!
















―――スパーン。


『ストライクワンッ!!』


ボールは変化せずに、そのまま相川のミットへ。

そう、相川が要求したのはただのチェンジアップ…!

体ごとフルスイングした荒幡は、空中に浮いた後、ゆっくりと地面に落ちた。


ズッシャアッ!!


『ワァァァァーーーッ!!!!!!!』


西条「…」

野多摩「わ〜…」


将星ベンチは誰もが口をぽかーんと開けたまま制止した。

……ようやく六条が口を開く。


六条「す、すごいフルスイングですぅ…」

緒方先生「これが、四番に座ってる理由?」

三澤「…フルスイングを信条として、当たれば間違いなくホームラン…だって〜!」


『ワァァアアーーーッ!!』


空振りしたというのに、歓声はやまない。

逆に冬馬の方の顔が青くなった。


九流々「な、なんつースイングナリか!?」

笑静「あの将星の金髪ほど腰はねじっていないが…体全体を使った気持ちいいほどのフルスイング」

???「…荒幡劉、それが成川の四番に座る一年の正体や。だがそれだけやないで」

笹部「!?」

吉本「…!」


突如後ろから聞こえてきたいかにも人を騙しそうな怪しい関西弁に陸王の四人は振り返った。

当然、いたのは神出鬼没のサギ師である。


笑静「あんたは…」

赤城「わいは霧島の赤城、結構有名やで、その界隈ではな」

九流々「…誰ナリか笹部?」


赤城はこれでもか、というくらい盛大にずっこけた。

その辺り、関西人の性である。


笹部「聞いたことがあるぞ。打者の後ろでぶつぶつと呟いて惑わせたあげく、訳のわからない突飛なリードをする霧島の…サギ師キャッチャー」

赤城「サギ師ちゃうゆーねん!」

笑静「アンタ…あの四番の武器はフルスイングだけじゃない、って言ったな。どーいうことだ」


赤城はポケットにつっこんだ手を取り出して、手のひらを上に向け、得意げなポーズをとった。


赤城「考えてみぃ。フルスイングしようと思たら、するだけやったら誰でもできる」

笹部「…確かにその通りだ。ただ…ボールに球が当たらない」





原田は勢い良くグラブを叩いて冬馬にエールを送る。


原田「大丈夫ッスよ冬馬君!あんなフルスイングじゃ絶対にファントムには当たらないッスよ!」

吉田「おう!原田の言うとおりだ、自信持って投げてけ冬馬っ!」

冬馬「うんっ!」

甲賀「…果たして」


ぼそり、と三塁走者の甲賀が口を開いた。


甲賀「フルスイングするには…」

笑静「それなりの理由があるってことか!!」


冬馬…第二球!!


ヒュザァンッ!!!


今度は正真正銘の…ファントム!!!

荒幡劉「シッ!!」













―――ッグワァキィィィンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!






全員が打球の方向を追ったが、誰もがその行方を確認することはできなかった。

『…じょ、場外!?』

『場外ホームランだぁああーーっ!!!!』

『グワアアアアアーーーッ!!!!』


悲鳴も歓喜も何もかもが全て入り混じった大音響がグラウンドで木霊する!

そのノイズの中で冬馬はボールの消えたセンター方向を見て微動だにできなかった。


冬馬(ファントムが…捉えられた!!?)



赤城「そう、フルスイングするにはそれなりの…ボールをミートさせる自信があるからこそ!」

笹部「あのフルスイングは、ミート力に自信があるからこその芸当という訳か…」


勢い良く、一回表の成川のボードに3が刻まれた。




森田「三点…あれば、十分だ。…将星なぞ踏み潰してくれる!!」

冬馬「…!」


森田の笑みが、冬馬の視界にかすかにうつった。

一回表、成3-0将、一死。





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