165成川高校戦1奇妙な因縁

























試合開始二時間前、すでに将星高校は市民球場の入り口に到着していた。

もっとすごいのが、すでにお客さんが入り始めているという事だ。


御神楽「…なぁ、相川。人が多くはないか?」

相川「見ればわかる」


駅から長蛇とは言わないが、さっきからひっきりなしに人が球場内へと入っていく。

人種は老若男女様々、高校生の、しかも地区大会にこれだけの人が集まるとは。


緒方先生「それだけ注目されてるってことよ」

三澤「うわ〜…すごいね、これ」

六条「はい…」


女性人は思わず目を丸くしてしまった。


???「あっ!冬馬きゅ〜んっ!」

冬馬「ふぇ?」


不意に冬馬の名前が呼ばれた、声のするほうを見ると駅から三人と、多くの女性とがこちらへと駆けつけてくる。

先頭の三人は額に大きな鉢巻、それにはしっかりと『冬馬LOVE』の刺繍が縫い付けてあった。


吉田「お、うちの生徒じゃないか、速いな〜」

智香「あ、吉田君!そりゃあもう!なんてたって、将星は今結構注目されてますからね〜!」

美香「野球不人気の低迷の中、起爆剤となるかもしれない個性派軍団に地元のメディアも大注目ですよ!」

大場「そんなもんなんですと?」

原田「それに自分達はやる試合やる試合ギリギリの勝ち方ッスからね〜」


原田は額に少し汗をかきながら言った。


真田「ご苦労なことだな」

緒方先生「ありがとうね貴方達、しっかり応援してね!」

梨香「はいっ!そりゃあもう…冬馬きゅんがいる限り」

智香「我ら三羽ガラス!」

美香「どこへでも駆けつけますよっ!」


ズバーンっと、ポーズをとった三羽ガラスの後ろで爆発が起こった…気がした。


降矢「うぜー奴らだな、わかったからさっさと行け」

梨香「ぬあっ!出たな悪の大魔王、降矢毅!」

美香「あんたは、絶対に応援しないからね!」

智香「ねー!」

降矢「あんだと、この…」

三人「きゃー!この人痴漢ですー!」


急に三人は大声を張り上げた、その声に周りの人が振り返る。


降矢「…」

智香「それじゃね冬馬きゅん!頑張ってね!」


三人は他の観客と一緒に球場内に入っていった。

その様子を見てから、西条はため息をついた。


野多摩「どうしたの?西条君」

西条「それにしても…決勝やねんな」

県「しかも、相手は成川高校ですからね」


成川高校。

今年の夏の大会で将星が二回戦で破った高校、実力的にはプロも注目するという成川のエース森田が在籍する。


???「成川の気合の入り方は半端じゃないようやな」

相川「お前は本当に神出鬼没だな、赤城」

赤城「どーもどーも、将星の皆さん、お元気にしてますか?」

三澤「あっ!出たサギ師!」

赤城「サギ師ちゃう!」

相川「成川の気合の入りようは俺も知ってる。…特に、森田と荒幡は打倒将星を目指してここまで勝ち上がってきたらしいからな」

赤城「今の森田の実力を肌で感じたら…お前らは驚くと思うで」

御神楽「望む所だ」

吉田「おうっ!かかってこいって感じだぜ」

赤城「その余裕がいつまでも続けばええんやけどな。…ほな、わいはあんたらの試合をとくと見物させてもらいますわ」


ふふ、と含み笑いをもらすと、赤城も球場内へと足を進めていった。


相川「あいつは一体何をしにきたんだ」

降矢「…なー、いいか速く中へ入ろうぜ、いつまでもここにいてもどーしようもねーだろ」

吉田「よし、そうだな…!行くぞっ!」

全員『おおーーっ!!!』







対する成川サイド。

緑色のユニフォームの選手が揃う中、二人の選手は別格のオーラを出していた。

首に巻いたタオル、それにはすでに大きなシミが広がっていた。


???「森田、荒幡。汗は軽く流すだけにしとけって言ったべ?」

森田「伊勢原…それは無理な注文だぜ。すでに俺は気合が入りまくってんだ…特に、あの金髪から全ての打席、三振を奪うまではこの気合は抜けそうに無い」


球場内、関係者以外立ち入り禁止の方の入り口から入ると、右手に見える部屋。

その中に成川の選手が腰をおろしている、蛍光灯に照らされて森田の汗が光った。


荒幡「…同じく。兄さんを破った将星…そして冬馬は俺が絶対に打ってみせる」

栗原監督「そう入れ込むな。気合が空回りするぞ」

荒幡「…」


森田と荒幡、両者の荒い息づかいが静かな部屋に響き渡る。

打倒将星。

その四文字のためにこの二人はここまできた、他の選手とは力の入れ方が違う。


???「…スイマセンね皆さん、俺はちょっと用があるんで抜けます」

伊勢原「お、おい綾村!?」

綾村「もうミーティングは終わりました、これ以上ここにいても無駄ですよ。僕は僕なりに練習までの時間を潰させてもらいます」


綾村、と呼ばれた長身痩躯の男は席を立ち部屋を出て行った。


???「提督、あいつは相変わらず自分勝手な奴じゃのう」


髪の毛を後ろでまとめたドレッドヘアーの男が、帽子を目深に被った選手に話しかける、提督と呼ばれた男からは表情は読み取れない、口も真一文字に結んで動かない。


高杉「…いや竜神、奴は奴で、この試合に入れ込んでいる」

竜神「マジか?」

高杉「これまでミーティングにも参加しなかった奴が、今日に限って向こうの選手の説明を聞いていた」

竜神「そういわれれば、そうじゃのう…」

甲賀「彼奴には彼奴なりに何か理由があるのでござろう」

森田「…」


なるべく音がしないように、綾村は部屋の扉を閉めた。

そして、高鳴る鼓動を抑えるように、ゆっくりと息を吐いた。

向こうの…将星の名簿に、一つ気になる名前があった。


綾村「緒方由美子…」


準決勝の将星高校-山川商業戦で見た、将星の大きな胸の顧問。

知的な眼鏡な姿と整った顔立ち、肩より下で少し外側にはねている綺麗な髪。

自分と同じ、少し赤みがかかった髪。


綾村「…お姉ちゃん、なのか」


声の二枚目さからは裏腹な単語が飛び出した。

大人びた顔立ちに、お姉ちゃんという言葉は何故か違和感を覚えた。


綾村「…」


顔はそっくりだった。

親が離婚した時、自分は父方、姉は母方に引き取られた。

それまでは幸せな家庭だった、姉はいつも綾村に優しくしてくれた。

あれから十年、そのまま年をとればああなるであろう顔に確信を持っていた。

…無論、胸だけは予想外ではあるが。


綾村(会いに行こう)


会えば何かがわかるかもしれない。

綾村は球場反対側の将星サイドに向けて歩き出した。

そこで、誰かとぶつかった。


綾村「っ!」

緒方先生「きゃっ!」


一瞬、むにゅり、と柔らかいものがめり込む感覚。

その後反動で勢い良く跳ね返されてつい腰を地面につけてしまった。


緒方先生「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」

綾村「…お姉ちゃん!」

緒方先生「へ?」


勢い良く立ち上がって、緒方先生の両肩を掴んだ。


綾村「ぼ、僕だよ、僕!悠一だよ!」

緒方先生「ゆ、悠一…?悠一!?」

綾村「お姉ちゃん…こんなに近くにいたんだね。それなのに、ここで出会えた…運命だよね、これって」

緒方先生「そうね…懐かしい。あれから、お互い会ってないものね、私も一時期沖縄に行ってた時期もあったし」」

綾村「しかも、貴方と僕は敵同士だ…感じるよ、熱い何かを」


どうも、先ほどから綾村の言動がおかしい。

目は爛々と輝いており、目の前の女性以外をとらえてはいなかった。


緒方先生「悠一…?」

綾村「今日の試合…僕は貴方の為に負けるなんてことはしない。むしろ…貴方の絶望する顔が見たいんだ。だから…圧倒的な力の差を見せ付けて、勝つよ」


緒方先生は怪訝な顔を浮かべた。

悠一は、少なくとも緒方先生が知っている弟はこんな、屈折したような性格ではなかった。


綾村「これは…愛の試練なんだ。…この試合、勝利したら僕は貴方を貰う」

緒方先生「ど、どうしたの悠一、ちょっとおかしいわよ」

綾村「おかしくなんかない!」

緒方先生「…っ!」


ビクッ、と体が奮えた。


綾村「このチャンス、この瞬間を逃すわけにはいかないんだ。僕も貴方も野球をやっていた。この運を、奇跡を…掴み取るんですよ」

緒方先生「…」

綾村「…それじゃあ、お姉ちゃん。愛してる」


綾村は、一方的にまくしたてて廊下の向こう側へと歩いていく。

後には呆然とした緒方先生が残された。


綾村「あは、あはは、ははは!やっぱり本当だった!これは奇跡、愛の奇跡なんだよお姉ちゃん…」


自分に陶酔したように狂った笑い声をあげると、すでに表情は元の綾村に戻っていた。

ぶつぶつ、と言葉を呟いた後、廊下の向こう側へと消えていった。


緒方先生「…悠一…?」









因縁。

奇妙な因縁が、この試合には結びついている。

森田と降矢、荒幡と冬馬、そして綾村と緒方先生。



午後二時ちょうど、両者がホームベースをはさんで整列した。


荒幡「…俺はお前を倒してみせる…冬馬優」

冬馬「…?」

森田「金髪…ついにこの時が来たな、この時が…。夏の屈辱忘れた日は無い!」

降矢「ほざいてろ雑魚が」

森田「…ぐ…ふん、その余裕も今のうちだけだ」



『両者、礼!!』




十八人の声が、地区大会決勝の幕をあげた。




『一番、セカンド、綾村君!』


綾村「お姉ちゃん…お姉ちゃん…愛の力を見せてあげるよ」






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