163降矢君と冬馬ちゃん























翌日は月曜日、学校で六条の口から発された言葉は。


六条「ゆ、優ちゃん!?どうしたんですかその『クマ』!?」

冬馬「…え?」


たまたま昼の学食で六条と一緒になった冬馬は、その言葉に目を丸くした。

そのまま、目をこする。


冬馬「く、クマ?」

六条「う、うん。目の下真っ黒ですよぉ…昨日寝てないんですか?」

冬馬「…」


昨日…そう、昨日だ。

あの金髪が意味深な台詞を残した為に、冬馬は寝るどころではなかったのだ。


降矢(お前が始めてだ。俺にここまで…近づいたのは)


なんだか真剣な顔…それも普段見たことないような怯えているような顔で言われたもんだから…。

いつものドキドキとは違う…もっと、違う何か。


冬馬(降矢め〜〜…)


あの寂しそうな横目が記憶から離れない、あと夢。

そうだ…良く考えたら波野に会えば自分が女という事はばれてしまう、その時降矢は一体どういう態度をとるのだろう。

いつもみたいに罵言を飛ばすのか、それとも…。


六条「優ちゃん、優ちゃん」

冬馬「…わぁ!?な、何?」

六条「…うどん、のびますよ?」

冬馬「うわぁっ!」


目の前の器の中には、随分と水気を吸った麺が残された。


冬馬「…まずい」

六条「ぼうっとして…何かあったんですか?」

冬馬「…う、ううん。何でも」


目の前には頼りになる友達。

でも、この悩みばっかりは…。


冬馬(言えるわけないよね…)


長いため息をつきながら、のびたうどんをちゅるちゅるとすすった。














二年塔、廊下。


吉田「ふむ…」

相川「問題は来週の試合だが…このまま天気予報が当たれば雨だから、俺達にとってはかなりありがたい展開になる」

御神楽「ふん。天に運を預けるとは言ったものだが…愚民らしい。全ての壁を乗り越えてこそ帝王!」

相川「御神楽…あのな、現実問題として二週間あけば県の足も完治、西条、降矢、冬馬も大分回復するはずなんだ」

三澤「雨かぁ…照る照る坊主を逆さまにつるせばいいのかな?」

大場「さりげに恐ろしいこと言っとるとですね…」


廊下の端、屋上へ続く階段の麓で、野球部二年生が座り込む、と言っても階段に腰掛けているのは吉田と三澤だけで、後は壁に背を預けて立っているが。

道行く女生徒にひそひそと言われながら見られるのはお約束だ。


吉田「なんか視線を感じるのは気のせいか?」

三澤「…むー」


何故か、眉を尖らせて三澤が唸った。


相川「まぁ、うちとしては雨が降れば願ったり叶ったりなんだが…」

御神楽「…む、そう言えば真田の奴はどうしたのだ?」

吉田「あ、そーいえばあいつは何組だ?」

三澤「私達のクラスじゃないけど…」

相川「…桐生院から、何の理由もなくいきなり転校したんだ。まだ学校にもなじめてないんだろう、今は落ち着くまで待った方がいい…」

「あ、あの!」


と、いきなり走りよってきた女性徒三人に離しかけられた。


御神楽「なんだ?何か用であるか?」

「そ、そのこの前の試合と、とってもかっこよかったです!」

「吉田君のあのスライディング感動しました!」

吉田「おおっ!そうか、はっはっ痛ぇ!!」

三澤「…ぷいっ」

「あ、あの…サインください!」

御神楽「ふははは!この帝王、サインなんぞいくらでもしてやろう!」

大場「お、おいどんもするとです!」

「大場君はいいです」

大場「ガッビィィン!!」

相川「…気にするな」







真田は屋上にいた。

傍らにはコンビニで買ったパンとペットボトル、父親はいなく母親と二人暮し。

その母親もあまり家にはいない、最後に話したのは桐生院を退学になって将星に入学した時だ。

あの時は二人とも随分驚いたものだ、家に帰れば将星からいきなり手紙が届いていたのだから。

とは言っても、桐生院からの野球特待生ということで幾分か学費も安くなっていたので親は喜んだのだが…。


真田(将星、か)


真田は仰向けになって、空を見た。

今日の空は青いが薄暗い、関東には今週末にかけて台風が近づいてくるらしい。


真田(思えば、妙な縁だ)


何故あの時、俺は将星に入るのを了承したのだろうか。

あの赤い髪の女の言葉に納得したのか。

確かに…堂島がいる桐生院にはいい加減嫌気がさしていたのは認めるが、わざわざどうして将星に来たのか、それこそ夏、決勝を争った東創家でもいいわけだ。

あの女は何故ここを指名したのか、たまたま?それとも…。


真田「深く考えることじゃない、か」


俺はいい環境で野球がやれればそれでいい。

将星は桐生院よりも馴れ合いの雰囲気が強いが、居心地も悪くない。


真田(…とんだ笑い話だ、あれだけ桐生院の人間だった俺が、将星にアドバイスを出すなど)


この前の陸王学園戦。

あの試合、確かに赤い風は将星の一人として戦っていた。

…必死すぎて、そんなことに気を使う余裕が無かったといえばそれまでだが。


真田「…」


このチームは果たしてどこまで行くのか。

…少なくとも、桐生院にたどり着くまでは簡単に負けてもらっては困る。

そのために真田は少しでも多く打つしかない、と考えた。


真田(今、桐生院はどうなってるんだろうな。…望月、布袋、弓生…南雲)


まとまってるはずが無いが、あいつらは心配だった。

俺と同じように桐生院を辞めさせられていないか…例え今の桐生院が嫌いでも、思い入れが有る事には間違いない。

あいつらが桐生院を変えてくれることを望みながら、予鈴に気づいた真田は教室に戻っていった。











そして、降矢の目の前には弁当を手にした関西弁、天然、パシリ。


西条「なんや元気ないなお前」


箸で降矢をさしながら西条が言った。


原田「さっきから上の空ッスねぇ」

降矢「…別に」

野多摩「そんなことないよ〜、なんだかぼーっとしてるし」

県「大丈夫ですか?」

降矢「…なぁ、お前らは俺が普段あんだけボロクソ言ってんのに、どーしてわざわざ別のクラスからここまで飯を食おうとすんだ!うっとおしい!」

西条「んなこと言われても、うちのクラス女子ばっかやし」

原田「同じくッス」

降矢「それはこっちも同じだ、大体男子もいるだろうが!」

西条「ノリが合わんねや。ドイツもコイツも勉強勉強でなぁ、コイツと一緒にいたら女子に変な誤解されたし」

野多摩「?」

降矢「…」


まぁ、あえて深くは追求しないでおこう。

冬馬も似たようなもんだし。


降矢「ちんちくりんといいテメーらといい…珍しい奴らだ」


そういいながらも、昨日のアレを思い出す。

何故降矢はあんなことを言ったのか、家に帰ってからも記憶の引き出しを必死にあけようとしたが、一向に答えは出てこない。

ただ、あの時の冬馬の笑顔だけがもやもやと何故か頭に残っていた、こいつらのとはちょっと感じが違った…なんと言うかこう…。


降矢(俺はホモかっ!)

野多摩「僕は降矢さんの腰大丈夫かな〜と思って」

県「そうですよ、どうだったんですか?」

降矢「別になんともねーよ、ほっとけ」

原田「なんともないって…」

西条「お前、実はめちゃ悪いんちゃうやろな」

降矢「そーだったら今頃野球なんてうっとおしーの辞めてるぜ」

西条「それもそーやな、わいもどーやら野球から離れられへんらしい」


西条がグルグルと左肩を回すと、互いにニヤリと笑う。


県「僕ももう大体直ってきましたし…」

野多摩「僕も全然平気だよ〜っ」

原田「自分はもともと元気ッス」

西条「…あれだけボロボロの試合してて、無事ってのもある意味奇跡やなぁ」

降矢「どいつもこいつも、馬鹿だからな」

野多摩「…そういえば、冬馬君はど〜したの?」

降矢「さぁな」

県「休み時間のたびに教室から出ていくんですよ、調子でも悪いんでしょうか?」


…いつもはうっとおしいくらいに側にいるんだがな。

そういいかけて降矢は辞めた、昨日の俺の台詞がもしかした…。


降矢(…ま、まさか!俺ゲイと思われてるのか!?)

西条「のわっ!なんやいきなり沈み出して」

降矢「…ちっ、なんてうっとおしぃ…」

野多摩「にやにや」

原田「なんで笑ってるッスか?」

野多摩「秘密だよ〜」









そして、部活も終わり。

…約束の七時、降矢と冬馬は帰らずに、学校の正門にいた。

入り口を間に挟んで、お互い左右の柱にもたれながら。

いつもなら降矢が悪態をついて、冬馬が怒る…それだけの会話のやり取りが行われているはずなのに、この日に限ってはお互い近づこうとはしなかった。


冬馬(もしかして…降矢俺が女って事に気づいて…それであんな台詞を…ってそれって告白じゃんっ!)

降矢(あー…どうそういう趣味じゃねぇと弁解したらいいもんか…昨日のは失言だったぜ)


お互い核心にニアピンで、止まっていた。


降矢「なー」
冬馬「あのさ」


ピンポイントで会話が被ってしまった。


降矢「あんだよ、先に言えよ」

冬馬「そ、そっちこそ!」

降矢「…」


降矢は金髪をガシガシとかきむしりながら、地面に座り込んだ。


降矢「あのなぁ、別に昨日のあれはなぁ…」

冬馬(えっ!?ええっ、そ、その話なの!?)

降矢「別に、俺はそんなつもりじゃ…」

冬馬「あ、いや、その、ま、待ってよ!俺、男だしさ!」

降矢「人の話を聞けっつんだよ!俺は別にそういう趣味じゃねー!」

冬馬「…へ?」

降矢「なんかいらん誤解生んでるかもしらねーけどな!俺は男なんてちっとも好きじゃあねーからなっ!」

冬馬「…」


降矢の叫びを最後に、また静まり返る。


冬馬(そうだよね…やっぱり、男の私なんか…)

降矢(な、なんで黙るんだよ、なんだその沈黙は)


お互いに気まずそうにその場に居続ける。

二人の願いは同じだった、「早く来い!!」と。


その内、黒い車が正門の前で停止した。

中から覗き込んだのは、赤い髪の女。


四路「行くわよ!早く乗りなさい!」

冬馬「はっ、はい!」

降矢「なんで機嫌悪ぃーんだよ…」


二人が後部座席に乗り込むと、運転席の男からアイマスクを渡された。


冬馬「?」

鋼「つけろ。さもなくば撃つ」


黒いコートの中からはかすかに銃身が見えていた。


冬馬「にょっ…にょわあああーー!」

鋼「静かにしろ、大人しくつければ何もしない」

冬馬「は、はぃぃ…」

降矢「ちっ、偉そうに言いやがって…」


二人がアイマスクをつけると、車は走り出した。

そのまま曲がったり進んだりしているうちに、方向感覚はなくなっていった。

不安に負けて、冬馬は降矢にヒソヒソと話しかけた。


冬馬(ふ、降矢〜…大丈夫なの?)

降矢(俺達を殺すならもうとうの昔に殺してる奴らだ、黙ってな)


よくよく考えると、冬馬はよく分からないうちにこの車に乗り込んでいることになる。

今になって後悔し始めた。


冬馬(ってか、勝手に降矢が俺を巻きこんだんじゃないかっ)

降矢(………………悪いな、そんなつもりはなかった…)

冬馬(…え?)


ぼそり、と一言呟くとそれきり降矢は喋らなくなった。















やがて、目的地に到着したのか、運転手の男が出ろと二人を外に出した。

言われるがままに二人が歩いていくと、すぐに止まれと合図が出された。


降矢「約束だ…コイツのDを消してやってくれ」

四路「…本人に確認はとらなくていいの?」

冬馬「い、いったい何の事?」

降矢「コイツは関係ない。ただ好きなように野球をやらせてやれ」

四路「随分と優しいのね、妬けちゃうわ」

降矢「巻き込みたくねーだけだ」

冬馬「…」


自体が飲み込めずに、冬馬は黙りこくった。


降矢「…大丈夫だ、すぐに終わる」

冬馬「…うん」

四路「ついてきて、こっちよ」


冬馬は四路に手を引かれて歩いていった。

視界は相変わらず闇に包まれている、一体どのような場所なのかも見当がつかなかった。


鋼「…お前はどうするつもりだ」

降矢「…ああ?」

鋼「消すのか、Dを」

降矢「……」


長い沈黙の後、降矢は首を振った。


降矢「ちんちくりんを、俺の問題に巻きこんで迷惑かけた分の借りは返さなくちゃならねー」


自嘲、力なくふっと笑った。


降矢「アイツの夢、アイツが逢いたい奴に逢う夢を叶えることで俺はその借りを返す」

鋼「…人格、変わっているな。催眠がとけはじめているのか」

降矢「さぁな。俺が誰だなんて、未だに俺にもわかんねーよ」

鋼「災難だったな。同情だけはしてやろうか」

降矢「そう思うんなら、この場で思い切りぶん殴らせてくれ。俺がすっきりするまで」

鋼「悪いが、断る」


しばらくすると、冬馬はふらふらと戻ってきた。

四路が肩を担いでいる。


四路「まだ麻酔が効いてるからあまり無茶しないで」

冬馬「…」

降矢「大丈夫なんだろうな」

四路「大丈夫よ、安心して」


降矢は安心して息をついた。

それから、今の自分の行為に驚いた。


四路「降矢君…貴方は」

降矢「…俺はいい」

鋼「だ、そうだ」

四路「…あなたはプロジェクトの時から体を酷使しているの、いつ壊れるともわからないのよ」

降矢「構わん。…俺はどんな手を使おうと、ちんちくりんの夢を叶えてみせる。それが一瞬でも巻きこんじまった分の贖罪だ」

四路「…どうして、こんな普通の子にそんな思いいれするの」

降矢「…そいつは、俺がどれだけ離れようとしても、くっついてきたからだ」

四路「それだけ?」

降矢「俺にとってはそいつは……初めて、だったからだ。―――ただ、それだけだ」

四路「…私だって」

降矢「早く俺達を家に帰してくれ」

四路「………わかったわ、鋼行くわよ」

鋼「…行くぞ」







再び、元来た道を戻る。

気づくと、再び将星の前に立っていた。


四路「目隠し、外していいわよ」


冬馬はいまだに眠りこけている。

降矢がその小さな体を背中にのせる。


降矢「…世話んなったな」

四路「私も…あなたに感謝してるからね」


四路は熱っぽい視線で降矢を見つめたが、降矢は興味なさげに視線をそらした。



四路「…負けないわよ、冬馬君」

降矢「…なんだそりゃ」

四路「しばらくは逢わないと思うわ…だけど、またいつか逢わなくちゃならない時が来る…そんなに遠くない…かもね」


そのまま、車は闇に消えていった。

残されたのは背中に背負った冬馬と降矢のみ。

念のために……と、冬馬からあの二人の記憶は消してある―――これ以上厄介ごとに巻き込むのは、もうごめんだ。

そういうのは俺だけでいい、降矢は悪態をついた。


降矢「二度と来んじゃねー」

冬馬「…あのさ…ふるや…」


不意に、冬馬の声が聞こえた。

起きたのか、起きてたのか、わからないが声はまだ寝ぼけていた。


冬馬「…ありがとう」

降矢「なんだそりゃ」

冬馬「…なんとなく、だよ」


冬馬は眠たいはずなのに、何故か心音は激しく波打っていた。

しばらく彼の背中に体を預けた後、何事か言っていたが、小さな声なので聞き取ることはできなかった。

いつもより言葉少なめに、彼らは家路に着く。

片方のDは消え、片方のDは残ったまま…。




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