162夜の合間























延長の上、俺達は九流々の無限軌道を打ち破ってなんとか陸王学園に勝利したんだ。

皆がボロボロになった中での試合だったけど…思ったより被害が少なくてすんだのは奇跡かもしれない。

野多摩君の頭も打球を受けた西条君の左肩もそんなに重症じゃなかった。

…俺と降矢も念のために、一度病院に向かうことにした。


降矢「まだか、おい」


小さい医院『時任医院』の廊下、診察を受けた俺と降矢は小さい長いすに腰掛けながら、医者の言葉を待っていた。

でも、本当に小さい部屋、とてもいい様には見えないんだけど…だけどすごく頼りになるんだって、球場のお医者さんに教えてもらったんだけど。


冬馬「なんだか、気味悪いね…?」


一応付き添いという事で、俺は降矢についていっていた。

思い切り目を細めて、うっとおしいオーラ全開で俺を見る降矢。


降矢「テメー何しに来たんだ」

冬馬「何しにって…つきそいだけど」

降矢「あのな、これぐれー俺一人で行けるわ。なめてんのか」

冬馬「問題ごとを起こさないように見張ってろって相川先輩に言われてるから」


胸を張る。


降矢「…あのな、俺は餓えた狼じゃねーんだ。そう簡単に手を出す訳ねーだろ」

冬馬「どーだか。すぐ頭に血が上るくせに」

降矢「あんだとこら?」

冬馬「いっぱい前科があるくせに」


流石に思い当たる節がたくさんあったのか、降矢は大人しくなった、もちろん舌打ちは忘れずに。


冬馬「…」

降矢「…」


そのまま会話が途切れてしまう。

すでに降矢が受付で申し込んでから大分時間がたとうとしていた。

目に見えてイライラしている降矢、…短気だなぁもう、わかりやすいし。

でも、ついつい俺もつられて時計を見る。


冬馬「七時三十分かぁ〜」

降矢「…ちっ、俺は速く帰って寝たいってのに…」

冬馬「駄目だよ、もし変なことだったらどうするの?」

降矢「馬鹿、もうどーってことねーよ、俺を誰だと思ってんだ」

冬馬「降矢」

降矢「ちっ…どーもお前最近馴れ馴れしくなってきたな」

冬馬「誰かさんのおかげで性格悪くなっちゃったから」

降矢「この…」


そろそろ降矢が大声をあげそうな所で、診察室のドアが開いた。


医者「…入りたまえ」

降矢「遅ぇーんだよボケ」

冬馬「降矢っ駄目だって!」

医者「…いや、待たせてすまなかったな、野暮用があって」

降矢「いいから早くしろ」


死ね、とか殺すぞ、とかを連呼しつつ降矢は診察室に入っていった。

あんな客きっと初めてだろうなぁ、お医者さん。

ふっと、肩の力が抜けて背もたれに体を預けた。


冬馬「でも…これでまだ二回戦かぁ…」


とっても疲れちゃった…甲子園まではまだまだ長いもんなぁ…。

ナギちゃんにあえるのも…まだまだ先…。

気づけば、意識は深いまどろみに吸い込まれていった。










波野「おーい、優」

冬馬「…ん?あれ?…ナギちゃん?どうしたここに…?…はぅっ!?私スカートはいてる!?」

波野「何言ってんだよ、今日は俺とデートしに来たんだろ?」

冬馬「へ?へ?」


周りをキョロキョロと見ると、どうも騒がしい。

たくさんの人とジェットコースター、観覧車、お化け屋敷、etc…ってここは東京ネズミーランド!?

目の前のナギちゃんも、私服でびしっと決まっていた。


冬馬「む…なんだか、かっこよくなったねナギちゃん」

波野「は?昨日も会っただろ?」

冬馬「え?」

波野「なーんか、さっきから様子がおかしいなぁ優。俺達もう卒業して大学だろ?それで練習漬けの毎日…やっと暇がとれて遊園地に遊びに来たんじゃないか」

冬馬「ええ!?」

波野「ほらさっさと行くぞ」


そう言って手を出してくるナギちゃん。

これは、あれ?もしかして、手を繋げってことかな?


冬馬「わっ、わっ、そ、そんな。恋人じゃないんだからっ」

波野「何言ってんだよ、恋人だろ?」

冬馬「え、えええええ!?」


やばい、今とっても顔が赤い。

って、でもどうして?私いつナギちゃんと恋人に?!


波野「優…お前本当に大丈夫か?」

冬馬「う、うん。ちょ、ちょっと待って落ち着くから…すーはー」


と、とりあえず深呼吸、すーはー。


波野「はは、いきなりこんな所で深呼吸するなよ」

冬馬「だ、だってぇ…」


ぽふ。


冬馬「ぁ…」


突然、頭の上にナギちゃんの暖かい手がのってきた。

そのままなでなでされる、気持ちいい…。


波野「ほら、遊ぼうぜ。せっかくの休みなんだからさ」

冬馬「…うん!」


そうだよ、せっかくナギちゃんといるんだから遊ばなきゃ…。


降矢「ちょっと待てやコラ」


ってうわ!なんだこのガラの悪そうな低い声は!?

振り返ると、どっからどうみても品行方正には見えない金髪不良児が…。

なんか、降矢の悪さパワーアップしてない?口にピアスしちゃ駄目だよ…。


波野「んー…?なんですか?」

降矢「なんですかじゃねーよ、テメー。俺のちんちくりんに何慣れなれしくしてんだコラ」

冬馬「にゃ!?にゃ!?」


ふ、降矢まで出てきた!?

もう訳わかんないよぉ〜〜〜!


冬馬「ふ、ふるや…?」

降矢「なぁーおい、誰だコイツ」

冬馬「え、えっと」

波野「俺は冬馬優の恋人、波野渚だ!」

降矢「…ほぉ〜、とんだ勘違い野郎だな。コイツはもう俺と結婚してるってーのに」



しばらくの、間。





冬馬「はぁ〜〜〜〜!!!?」

波野「ゆ、優!ほ、本当か!?」

冬馬「な、何言ってんだよ降矢!」

降矢「なんだ、昨日の夜もベッドの上で燃えたじゃねーか」

波野「なにぃ!」

冬馬「わあっ!やってないやってない!」

降矢「お前は、左胸の下に小さなほくろがある」

冬馬「なっ!何で知ってるのぉ!?」

降矢「だから言ったじゃねーか、ベッドの上で」


ガァーーンッ!

後ろで鉄筋が落ちたような大きな音。


波野「そ、そんな、優…」

冬馬「ま、待ってナギちゃん!誤解!誤解だから」

波野「優!」

冬馬「きゃあっ!」

波野「俺は優のことが好きだ!」

降矢「俺もお前のことが好きだ」

冬馬「は、はぅぅ!?」

二人「さぁ、どっちを選ぶんだ!」

冬馬「へ!?へ!?」


そ、そんなこと言われても…。

ナギちゃんとはしばらくあって無いけど、ずっと逢いたいって思ってる人だし…。

降矢は降矢でその…た、たまにかっこよく見えるときもあるし…。


二人「さぁ!」

冬馬「き、決められないよぉ〜〜!」

降矢「決められない?はっきりしねー奴だなぁ…一発ぶん殴ってやろうか」

冬馬「どうしてぇ〜!?」


ちょっ、ちょっと降矢!待って、待っ…!!







ガイィィンッ!!!


冬馬「ふにゃあっ!?」

降矢「帰るぞちんちくりん」


慌てて辺りを見回してみると、右は窓、左は本棚…。

あれ?ネズミーランドは?ナギちゃんは?


降矢「ねぼけてんじゃねーよ、もう診察が終わったから帰るぞ」

冬馬「え?…お、終わった?」

降矢「あー」

冬馬「ま、待ってよ!今すぐになんて決められないってば!」


ガイィンッ!!


冬馬「ふにゃあっ!」

降矢「寝てろ」


って、二発も殴られたらいい加減目も覚めるよっ!


冬馬「ちょ、ちょっと待ってよ降矢」

降矢「ちっ、まだまだ夜は暑いなぁ」


一足先に医院を出た降矢は、ツバを地面に吐き捨てて空を見た。

すでに辺りは暗くなっており、街灯がちらほらとついている。

そんな中、俺も足を出し始めた、慌てて降矢の後をついていく。



冬馬「で…どうだった?」

降矢「なにがだ」

冬馬「腰だよ、何か言われた?」

降矢「別に何も、炎症だってよ」


…俺と、同じ。


冬馬「次の試合には出れるって?」

降矢「しばらく安静にしてりゃまた元に戻るとよ。だが無理はいけねーそうだ、…偉そうに命令しやがって。これだから俺は医者が嫌いなんだ、…ムカツクぜ」

冬馬「…」

降矢「テメーは」

冬馬「え?」

降矢「テメーはどうなんだよ、手首」


苛立った表情のまま手首を指す。


冬馬「…俺も降矢と同じ炎症だって」

降矢「…ふーん」


さして興味もなさそうに、再び歩き出す降矢。

なんだか彼はそのまま夜の闇に溶け込んでしまいそうだ。


降矢「大げさに倒れやがってよ」

冬馬「何?心配してくれたの」

降矢「…まさか」

冬馬「そんな訳ないよね、あの時俺降矢にめちゃくしゃに言われたし」

降矢「…なぁ、なんで俺にあそこまで言われて、俺についてくる気になんだよ。普通なら…」

冬馬「慣れたよ、降矢だし」

降矢「…俺?」

冬馬「気分屋降矢君の悪口は耳にタコができるぐらい聞きましたからねー」

降矢「…お前」


降矢が足を止めた。


冬馬「ん?」

降矢「変な奴だな」

冬馬「な、なんだよそれーっ!」

降矢「…いや、『ありがとう』よ」

冬馬「え…?」

降矢「お前に、言っておかなきゃならない事がある」


表情は真剣だ。

そして、自分のユニフォームをめくって、腰を見せた。


冬馬「…それ!」

降矢「お前の手首にもあるものだ」


自分の手首を見る。

確かにまがまがしい「D」の痣が黒く浮かんでいる。


降矢「信じられない話かもしれないが…俺達はすでに普通の奴とは違う『力』を実につけてるんだ」

冬馬「力…?」

降矢「まだ、詳しい事は何も思い出せないが、このDは浮かんだ部分の肉体の筋力をある条件で爆発的に高める事が出来る」

冬馬「条件?」

降矢「本気で力を込めると、そうなる」


…そうだ、あの時。

相川先輩の指示通り、冬馬はファントムを”全力”で投げた。


降矢「コイツは…諸刃の剣だ。やりすぎると全部自分に戻ってくる」 

冬馬「…」


思わず、左手首を握り締めた。


降矢「…俺は…」

???「そこまでよ、降矢君」


後ろから、氷のような声がした。

彼女は、夜の闇からくっきりと浮かび上がるようにいつのまに背後に立っていた。


冬馬「…!」

降矢「テメー…!」

四路「あまりペラペラ喋っちゃ駄目よ。この子も巻き込まれるわよ」

降矢「…う」

四路「それより…どうしたの、貴方らしくないわね」

降矢「うるせぇ!!大体、なんなんだいつもいつも!」

四路「だって……いずれあなたはナナコを………」

降矢「俺は、普通の人間として生きていくんじゃないのか!!」

四路「…!驚いたわ…そこまで思い出したの?博士の催眠が今になって解けてきたようね」

降矢「それより、『D』だ!見つかったのか」

四路「…ええ、見つかったわ。で、どうするの?」

降矢「ちんちくりんの『D』を解いてやってくれ」

四路「…貴方が人の事を気にかけるなんてね…嫉妬するわ」

降矢「コイツは関係ないんだ」

冬馬「ふ、降矢、一体何の事を…」

四路「わかったわ、じゃあ明日の夜七時。学校の前で待っていなさい、連れて行ってあげるわ」

降矢「…」

冬馬「ちょ、ちょっと待って!あなたは誰なんですか?」

四路「私?…私は…降矢君の、大事な人、よ」


そういい残すと、曲がり角を曲がる。

追いかけても、そこには闇しか広がっていなかった。


降矢「今回アイツなんだか機嫌悪かったな」

冬馬「知り合い…なの?あの人、確か前に…」

降矢「忘れろ、明日の七時でお前は何もかも忘れるんだ」

冬馬「でも」

降矢「ちんちくりん、お前は…『逢いたい人がいるから』野球をやっているって言ってたな」

冬馬「う、うん…」

降矢「勝ち続けてれば、逢えるのか?」

冬馬「…多分」

降矢「じゃあ、逢わせてやるよ」


それだけを言うと、降矢は足早に帰り始めた。


冬馬「…え?」

降矢「お前が始めてだ。俺にここまで…近づいたのは。まだ少しだけ…これが最初で最後かもしれないから」


その言葉がさらにに俺…私を悩ませることになってしまった。

波野か降矢か、心は二人の間で揺れていた。






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