161陸王学園戦21無限を超えたもの























頭上の雨は上がり始めていた。

濡れた地面を踏み鳴らし、降矢は打席に立つ。

以前、九流々の弱点は見つかってはいない。

だが、それでも打たなければならない。


降矢(…)

九流々(…)


視線は一つで交錯する。

言葉は無く、必死にお互いを読みあう。


九流々(…いや、自分を信じるナリ。ここまでと同じように、奴の初期軌道さえわかれば)


グラブの中で、ボールを強く握った。

九流々が投じた第一球…まずは、弧月!!


降矢「…!」


ふわり、と空中に浮かんだボールがゆっくりと落ちて…。

降矢(サイクロン、一回目!!)









カキィンッ!!





吉田「!!」

相川「う、打った!!」


ビシィッ!!


ボールは地面を強くはね、外野に抜けていく!…が!

『ファールボール!!」

打球はサード側ファールラインを大きく飛び出ていた。


降矢(ちっ…)

大場「あ、当てたとです!!」

原田「流石降矢さんッス!!」

県「頑張ってください!!」


思わず、降矢はヘルメットに手を当てた。


降矢(何もわかっちゃいねーな…今ので更に追い込まれたんだぜ)


今、降矢は一つの事を試した。

それは真田の言っていた、ストレート狙いでの弧月対応。


降矢(まずい、な)


やはり球速差が大きすぎる。

やっぱりストレートの速さが片隅に残ってるから、弧月の遅さじゃ打ってもファールにしかならないのだ。

完全に弧月狙いでいかなければ、あと一歩の「瞬間」が待てない。


降矢(弧月狙いに切り替えるか…いや)


無限軌道に対して『狙』っては駄目なのだ、その時点で負ける。

しかも、無駄打ちはできない。

残りのサイクロンは後二回。



赤城「追い詰められたな、将星は」

森田「…」



降矢「…」


ギリ、と歯を鳴らして。

一度降矢は打席を外した。


降矢(時間稼ぎとは情けねーが…何か、何かねーか)


無限を打ち破る。

弧月を打ち破る、方法。


九流々「どうしたナリ?臆したナリか!?」

降矢「ねぼけてんじゃねー、今すぐその口打球でふさいでやんよ」


挑発されて黙ってる訳にはいかない、降矢は戦場に戻る。

しかし以前突破口は思いつかないまま、焦りが一粒地面に流れ落ちた。

躊躇している間に、変化球でカウントを稼がれる。


バシィッ!!

『ストライクツーッ!!』


冬馬「降矢…」

真田「追い込まれたな」

野多摩「な、なんとかならないの〜!」

六条「…ふ、降矢さんなら何とかしてくれます!」

冬馬「そ、そうだよね」








真田「わからないな」




視線は誰を見てるわけでもなく。

真田は打席の金髪を見ながらそうつぶやいた。


真田「あいつの実力が高いのは認める。…が、まだまだ荒削りだ、センスだけで戦っていると言ってもいい。そういう奴は、たいていムラが激しいものだ」

冬馬「え…?」

真田「俺から言わせれば、あの程度の奴に期待をかけるのは本人にとっては酷だと思うがな。…どうして、お前たちは全員アイツに期待するんだ」

冬馬「…降矢だからです」

真田「?」

六条「降矢さんは、何とかしてくれます」

野多摩「うん…理由は無いけど、降矢さんなら」

冬馬「何とかしてくれそうな気がするんです。それは理由とかじゃなくて、『降矢』だからなんです」

真田「解せないな」

冬馬「あのまま、終わるような奴なら降矢じゃないです」




カウント、2ストライク、ノーボール。

もう後は無い。





ボールを狙うから駄目だ。

降矢(狙…)

降矢はいまだに思考をめぐらせていた。

狙えば、無限軌道にやられる。

対応すれば、弧月にやられる。


降矢(お互いがお互いの弱点を補ってんだ)


見れば見るほど、完璧だ。

…が、それをぶち壊す事に、生きがいを感じるのだ。


降矢「俺はな!」

九流々「!?」

笑静「なっ!?」

吉田「お、おい!」

相川「あの『構え』は…!」




バットを握った両手は腰の高さ。

前の左足を若干広く踏み出して、重心は後方、乗った右足にかける。

左肩は降矢の口元を隠すほどに上がる、そのまま姿勢で降矢は停止した!



真田「極端な『アッパースイング』狙い!」

冬馬「…ど、どういうこと!?」

六条「…弧月を狙ってるんでしょうか?」

野多摩「でもでも!ストレート投げられたら終わりだよ〜!」

御神楽「何かあるな」

相川「当然だ…考えも無しに奇策に出る奴じゃない!」




降矢「…」

九流々(どっ、どういうつもりナリか、コイツ!!)


逆に九流々は驚きを隠せない。

一見、奇策に見えなくも無いこの構え。

それはそうだ、高目のストレートを投げれば対応できるわけが無い。


九流々「ふ、ふふ…」

降矢「へへ…」


互いに薄ら笑いを浮かべる。


九流々「奇策は…相手のことばかりを考えすぎて、自分を見失った作戦に過ぎないナリ」

降矢「奇策?…お前、これをそういう風に思ってんのか!?」


姿勢は変えずにニヤリ、と笑みを浮かべる。

そのあまりの堂々さに、九流々の先ほどまでの自信は少し影を潜めた。

変わりに、疑問と焦燥が浮かぶ。


九流々(まさか)


そう『まさか』である。

そのまさかに、今まで降矢と退治した投手はやられてきた。

まさか打たれるはずが無い、こんな奴に打たれるはずが無い。

見くびると痛い目にあう…いや、降矢を見くびってはいけないのだ。


九流々「何を言ってるかナリ!!そんな構えで高目のストレートに対応できるわけが…」


九流々は後ろから迫り来る得体の知れない不気味さを振り払うように叫んだ。

そして足をあげる。


九流々「無いナリ!」


コントロールは完璧、球種は…高目ストレート!!


九流々(勝ったナリ!)

降矢「――狙うから、いけねーんだ」


シューッ…!


降矢「俺は…別に弧月を狙った訳じゃねー」







降矢「ただお前に…ストレートを投げさすためだ!

九流々「ふざけるなナリ!そんな構えで、高目の直球が打てる訳無いナリ!せいぜい当てたとしても、内野フライが限界ナリ!」

降矢「テメーのものさしで測ったならな…差し詰めテメーは井の中の蛙って訳だ!!」



低目の体勢から、腰を捻る。

背筋と腰が悲鳴を上げるが、ここに全ての力を込める。


降矢(残りのサイクロンを、全てここに…使う!!)


捻り二倍!!

ビシビシィッ!!

腰から、黒い電気が走る!

麻痺を超えたシビレ、それを超えた痛みが降矢を襲うが…。

降矢(うっぐぁ!…が、こ、こ、こんなもの!)


『狙うポイントはただ一点』!!


降矢「せーのっ!!!」

九流々「!!」

笑静「!」



ボールの、半分より上だ…!









クァッ、キィィィンッ!!!


耳を突き抜けるほど、綺麗な金属音、

イコール、真芯。



冬馬「う、打ったーーー!!!」

『ワーーーーーーッ!!』

相川「あのアッパースイングでボールの上を叩いた…?!」

真田「こするようにして、ボールにドライブ回転をかけたんだ!」

九流々「!!」

降矢「打ち上げるだけがアッパースイングじゃねーってこった!!」



打球は、九流々のすぐ左をすさまじい勢いで抜けていく、ライナー性。


九流々「左…!運が悪かったナリね…笑静!!」

西条「…!」


そう、打球の方向にはトリックプレイ。

普通なら抜ける当たりだが…すでに笑静は打球に追いついている!

ライナーの打球にあわせるように、笑静はグラブを出す。

セカンドにたどり着く寸前の西条の体は凍りついた。


西条(捕られる!)

笑静(捕った!!)


陸王の誰もが、勝利を確信した次の瞬間だった。












ヒュンッ―――!!







打球は、急激に落下!

笑静のグラブをかすめて、下を抜けた。


笑静「な!ど、どうして――!!」

降矢「わかんねーか?!ドライブ回転がかかってるっつったろ!」

笑静「…!!」


そう、急激なドライブ回転のボールは、空気抵抗を受けて落下する。

笑静の手前で打球は沈み、そのまま外野へと抜けて…いく!!


『キャアアーーーーッ!!』



吉田「まわれぇええええ!!!回れまわれまわれまわれるら!」

相川「ここしかない!!西条!!死んでもホームにかえってこい!!

六条「西条君!!」

冬馬「走れ!走って走って走ってぇぇ!!」

野多摩「うわ〜〜〜〜!!!!」


足が大地を蹴る。

酸素が欲しい、酸素が。

流石に一塁から全力疾走で、本塁に帰るのは辛い。

足の歩幅があわなくなって、もつれる。


西条「くっそぉぉ!!!」

御神楽「何をやっている!!」

笑静「まだ本塁で刺せる!外野!速く中継だ!」

笹部「ここを切り抜ければ、もう将星に戦っている力は残されていない!」

九流々「本塁で刺すナリーーー!!!」


ランナー、三塁を回る!!


降矢「飛び込めジョーぉぉおぉぉ!!!」

西条「うわあああああ!!」

笑静「バックホームだ!!吉本!死んでも本塁を守るんだ!」


外野から帰って来る中継、そしてバックホーム。

足をもつれさせながらも、本塁へ到達する西条。



降矢「タッチは…」

笑静「同時だ!」


ズシャアアアアア!!

バシィッ!!





















『セ、セーーーーーーーーーーフ!!!!』


『キャアアーーーーッ!!!』

吉田「う、うあああああああ!!!」

相川「おおおーーっ!!!」


思わず、将星ナインはベンチを飛び出した!!


緒方先生「サヨナラ!?サヨナラなの!?」

三澤「きゃあーーーっ!!」

冬馬「西条君ーーーっ!!!」





九流々「…」


九流々は、ガクリと膝をついた。


笑静「九流々…」

九流々「…」

笹部「…これで、良かったのかもしれない。私達は、策だ策だと、野球の本質を見失っていたのかもしれない」

九流々「…!」

笹部「九流々も無限軌道に頼らず、スタミナを。笑静も、バントだけでなくしっかりとしたバッティングを少しでも身につけていかなければならないんだ。…策や特質に溺れた私達の負けだ」

笑静「アニキ…」

笹部「それに見てみろ、将星を…あんなに一試合勝っただけで子供みたいに喜ぶチームそうはない。…それが、アイツらの強さかもしれない」








陸王学園−将星高校。

2-3x、将星高校、サヨナラ。






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