160陸王学園戦20死中に活を























黒雲はいまだ立ち去ることなく、頭上にその存在を示し続けている。

しかし、雨のほうは通り雨だったらしく湿った風ではあるが、すでにしとしとと少なくなくなってきている。

数分のグラウンド整備の間に、将星陣は円陣を組んでいた。


吉田「こんな話を聞いたことがあるか?」

御神楽「内容も聞かずにわかるはずがないであろう!」

県「ま、まぁまぁ」


足首に固定ギブスをはめた県も、緒方先生も六条も三澤も全員が円陣に参加していた。


緒方先生「これが全員野球…あぁ、青春だわ〜」

三澤「あ、あの先生?」

降矢「いいから黙れ、キャプテンの話があるんじゃねーのか」

吉田「ああ。俺達は、『賭け』に勝ったんだ。これがどういうことかわかるか?」

六条「賭け?」

西条「降矢を投手にして抑えたってことや」

原田「そうッスね」

吉田「野球ってのはなぁ、流れってものがある、つまり…」

相川「確実に負けていた所を挽回した、つまり流れは今俺達将星の方にある!」

吉田「お前人の台詞とるなって!!」

大場「ま、まぁまぁ」

真田「つまり…この回、ということか」

冬馬「この回…」

吉田「昔からよく言うチャンスの後にピンチありって奴だ」

野多摩「なるほど〜」

相川「逆だ馬鹿…」

三澤「もぉ、恥ずかしいなぁ…」

西条「さり気に野多摩も間違えたやろ」

吉田「とにかく!!今流れはうちに来てる、この十回裏…なんてしても逃せない!」

降矢「言われなくてもわかってんよ、それぐらい」

真田「その通りだ」

吉田「よし、行くぞ!!この回で決着をつける!!将星ーーーーっ!!」

全員『ファイッ!!オーーーシッ!!』


十三人の大声が、空に響き渡った。

そして試合に戻る、十回裏将星の攻撃は六番の相川から。

『六番、キャッチャー相川君』


降矢「おい、実直、ジョー、来いテメーら」


相川が打席に向かうところで、降矢が西条と原田を招きよせる。


西条「なんで俺が行かなあかんねん、お前がこっち来いや」

降矢「ああ?んだとこら、誰に向かって口聞いてんだコラ」

原田「ちょーっ!ちょーっ!今はそんなことやってる場合じゃないッス」

降矢「そうだ、大人しく従え」

西条「ちっ、ちょっとは見直したかと思ったら相変わらず腹立つ奴やの」


降矢は西条のスネに思い切りローキックをぶちかますと、口を開いた。


降矢「キャプテンはあー言うが…コロ助を打ち崩せるかどうか」

西条「って!ってぇ!!何すんねん降矢!」

降矢「俺は今真剣な話をしてんだよ」

西条「んの野郎ぁ〜…」

原田「でも、打ち崩さないと…勝てないッスよ。あの弧月ってのはどうやらスタミナ消費も抑えられるみたいッスから、陸王も最後まで九流々投手で来ると思うし…」

降矢「それに、もううちは投手がいねー」

西条「ああ?お前さっき投げとったやろが、かっこつけてよー」

降矢「俺はバッティングでもサイクロンで腰使ってるんだ、ピッチングで何十球も投げてたら流石に俺の腰も持たねー」

西条「…んな無茶な打法やってるからやろ」


降矢は腰をさする。


降矢「正直、実はもうヤベー。サイクロン振れるのも後三回くらいしかできん」

西条「なんや、お前が弱気になるなんて珍しいな」

降矢「うぜーが、まだあのクソ遅い球の弱点が見えてこねー…今の俺じゃ粘る事すらもできやしねーんだ」

原田「そ、そんなッス!まだ九流々から点を取ったのは降矢さんしかいないじゃないッスか!」

西条「…」

降矢「だが、正直テメーらじゃあれを打つのは無理だろう。せめてキャプテンか桐生院ぐれーのミート力がねぇとあれには対応できねー。ただでさえインプットされてんだからな」

西条「粘っても、あのコントロールじゃ四球も無い」

原田「手詰まりじゃないッスか〜!」


バキィッ!!

降矢は原田の股間を蹴り上げた。


原田「sknba;lwkn!!??」

降矢「馬鹿かテメーは、俺に辞書にそんな文字はねー」

西条「俺もこんな所で諦める気はないで」

降矢「もう一回言うぞ、俺はできても後三回がサイクロンの限度だ、それ以上やると腰の筋肉がちぎれる。認めたくは無ぇーが普通に投げたところで元々の俺の肩が弱いのは知ってるだろ。…ナルシストもおそらく俺と同じ状況だから」

西条「この回で決めなければ…負け」

降矢「あー、そーいうことだ」


『ワァァァァッ!!』


気がつくと、すでに相川は2ストライクをとられていた。

降矢は歯軋りして西条と原田の方に向き直る。


降矢「俺は今までテメーらのバッティングなんてどうでもいいと思ってたから全く見てなかったが…こんな所で負けるのは御免だ。俺は桐生院に夏の借りを返さなくちゃなんねー」

原田「じ、自分達は何をすればいいッスか…?」

降矢「粘れ」

西条「なんやねんそれは」


しかし、降矢の目は真剣だ。


降矢「なんとか塁に出ろ。そうすれば後打者二人分俺はコロ助の球を見れて、。そのまま勝負できる」

西条「んな事言われなくてもわかってんねん、ただどうやって塁に出るかや」

原田「…」



『ストライク!!バッターアウト!!』


相川「ぐ…」


相川はストレート読み、九流々の投球は弧月。

全くタイミングがあわず、相川は結局見逃しの三振に終わった。

バットを地面に叩きつける。


降矢「…やっぱり、賭けるしかねーな」

西条「直球待ちか、弧月待ちか、でか」

降矢「あー。個々の球はたいしたことねーんだ。狙いが当たれば打てる」


『七番、セカンド原田君』


原田「わかったッス…自分は直球に狙いを決めて打ってみるッス!」

西条「頼んだで原田!」

降矢「塁に出ねーと、帰ってきたら血を見るぜ」


原田は少し震えながら打席に向かっていった。

そのまま、四角い枠内に入り、足場を固める。


原田(直球待ちッス…ストライク三回に一回は流石に直球が来るッス!)


九流々、振りかぶって第一球!

球種は…!






原田「うえ!」


投球はふわりと、遅い遅いループボール、チェンジアップのようなスローボールような、もっと遅い球速で山なりに弧月が来る。


『ストライクワンッ!!』


降矢「馬鹿かアイツは、表情に出すぎだ。これで直球読みがばれたぞ…」

西条「いや、ここは逆にいいんちゃうか。これで九流々は原田が弧月待ちに読みを変えたはずやと思うで」

降矢「…」


下唇を噛む。

いや…何か、何か違和感がある。

降矢はそう感じていた。


原田(…いや、直球待ちは変えないッス!)


原田にとっては、弧月の山なりの軌道よりもまだ真っ直ぐの方が打ち返せる確率が高い。

グリップを握り締めて、九流々の投球を待つ。

そして、第二球!













…ふわりっ。


原田「!!」


またもや弧月!!原田はつい手が出そうになるが、寸前のところで止める。

コースは外角ギリギリ、打っても内野ゴロだ。


『ストライクツー!!』


降矢「なー、おかしーと思わねーか?」

西条「ああ?」

降矢「良く考えろよ、さっきの真田といい相川先輩といい…なんか『上手すぎる』くらいに読みを外されてねーか?」

西条「言われて見れば…」


野多摩と吉田、大場は弧月狙いを逆に利用されてボール球で打ち取られた。

真田、相川は全く裏をつかれている。


原田(つ、次も弧月…いやいや!自分は最後まで真っ直ぐ狙いッス!)


九流々第三球!!


原田「…来た!ストレートッス!!」

西条「来た!」

降矢「…いや、手を出すな実直!!それは…」









九流々「ボール球ナリ」



気づけば、ボールは自分よりはるかに遠い位置にある。

外角高目の、釣り球。


バシィィッ!!


『ストライクバッターアウト!!』


原田「…!」

九流々「これで二死…持続戦に持ち込めばワガハイ達の勝ちナリ!」

笹部「…」


原田、なすすべも無く空振り三振。

九流々は先ほどのショックを感じさせない投球であっというまに二死を奪った。

とぼとぼと頭をたれて、ベンチに戻る。


バキィッ!!


西条「降矢、それはちょっとひどいわ」

降矢「公約通りだ」

原田「ひ、ひどし…」

西条「…で、なんかわかったか」

降矢「…あー、わかりたくねーことがわかった」
























降矢「読みがばれてんのは、無限軌道だ。多分…狙わないと打てねーっていう緊張が無意識にのうちに体に出てる…としか考えられねー」


西条はネクストバッターズサークルで立ち上がった所で動きを止めた。


西条「なんやねんそれ…」

降矢「読み打ちもこれでやりにくくなっちまったな」

西条「…」


そう、九流々は降矢の予想通り無限軌道…インプットした各打者の癖で狙いを定めている。

それに、直球狙いならば自然とタイミングを取る感覚が速く、弧月狙いならば遅くなる。


真田「…いや、こういう時こそ基本を思い出すんだ」

西条「うお!?」

降矢「桐生院?」

真田「その呼び方は止めろ」

降矢「…赤い奴よぉ、基本ってのはどーいうことだよ」


ここで争うのは不益と降矢はあっさり言う事を聞いた。


真田「ストレート待ちで変化球に対応だ。それならば、狙いの動きで判断されまい」

吉田「真田、普通の球ならともかく九流々の場合は球速の差が段違いだぜ。弧月待ちじゃ直球には対応できないんじゃ…」

真田「『できない』んじゃない、『やる』んだ。この金髪の言うとおり無限軌道で読まれているとすれば、それしか方法は無い」

西条「…」


西条は唇をかんだまま無言で打席に向かっていった。

ストレート待ちで変化球に対応…いやいや、よくよく考えれば無理な話じゃない。

直球の球速を念頭においておけば、弧月は上から下への落差にさえ気をつければ当てれないことはない…が。

ただインプットされているということを忘れてはならない、ただストレート待ちで変化球に対応しただけでは、弧月を使う前と全く同じ状況になる。

しかし、九流々の球威が落ちてきているのも確か…かと言って弧月もある。


西条(ええいややこしいい!)


とにかく、やってみるしかない。

西条はヘルメットをしっかり被りなおして気合をいれる。

九流々、振りかぶって第一球!


西条(…スラーブ!)


バシィッ!!


『ストライクワンッ!!』


西条(ちっ、コントロールがいいから手が出ない…これじゃ球威が落ちてても変わらへん…)



西条はその後、ファールボールで粘るも2-2と追い込まれてしまう。

まずいと思った、目が完全に普通の球に慣れてしまっている。

ここで弧月が来たら、タイミングがずれているのは目に見えた。


『西条君!!頑張れ〜〜〜!!』

『西条〜〜〜!!』


将星側スタンドからは希望の声が飛ぶ。

西条自身も、諦めかかっていた心を振り払った。


西条(…こんな時、あいつ等なら…)













西条「なぁよぉ、お前ら絶対に打てへん球とか来たらどーする?」

波野「は?なんじゃそりゃ?」

布袋「言ってる意味が良くわからないな」


それは全中の合宿中、主軸を打つ現横濱波野と現桐生院布袋に西条は相談しに行ったことがあった。


相談というか、疑問に答えてもらいに言った、の方が的確だ。


西条「んー、俺ぁ投手やけど猪狩とか望月とか見てたら流石にバッティングもやらなあかんなぁ、と思うわけや」

波野「なるほど、あいつら野手なみに打つもんなー」

布袋「で、打てない球とは?」

西条「いやーお前らからすれば楽勝かもしれへんけど、俺にとったらカーブとかフォークとか打てない訳よ」

波野「それは練習しかないだろ」

西条「それはそーやけど…なんかないんかい、一石二鳥みたいな」

布袋「一朝一夕だろ。…そうだな、粘って四球とか」

西条「打つ方法が聞きたいんやって」

波野「あー…じゃあこれなんかどうよ?」

…………。

西条「汚ったねー!!なんやそれ!」

布袋「ははは!面白いじゃないか」

波野「だけどよ、まともにやったら絶対審判から注意喰らうじゃん。問題はどうばれずにやるかじゃない?」

西条「フルスイングしたらいいんちゃうか?」

布袋「そうだな、ずば抜けたバットコントロールがいるがな。真後ろだから」

波野「しかも、捕手にも警戒されるから一生に一度きりぐらいじゃない?どうしても塁に出たいときはやってもいいけどさぁ」

布袋「ふふ、まぁそうだな」






…今、使わないでどこで使うんだよ。

九流々、決め球はやはり弧月!!

西条じっくりと弧月を待つ、待つ。

そしてとんでもない急角度で弧月はホームベースに頭上から切り込んできた。




西条「おらぁっ!!!」














――バシィッ!!!!





『………!!』


その一瞬、誰もが判定を理解できなかった。

西条は明らかにボールと関係無い所を振った。

そう、―――キャッチャーのミットを!!!




『打撃妨害!!打者一塁へ!!』

九流々「…!!」


西条(は、は…当たったで、波野、布袋)





『ワァァァーーーーーッ!!!』





降矢「あー…本当に出ちまったよ。しゃーねぇな」


金髪は青いヘルメットを被る、そして右手に黄色のバット。

これで出陣準備は完璧だ。

まだ、策も無いし弱点も見つからない。

だが、打たなければならない…それが降矢である所以だ!



降矢「行くぜコロ助…ここでケリをつける!!」






十回裏、陸2-2将、ランナー一塁。


『九番、ピッチャー、降矢君』



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