159陸王学園戦19無限を超えるモノ
ドザァアッ!!
急に、今までこらえていたように、滝の様に雨が降ってきた。
眼前を見つめたまま、帽子のツバから流れる水をも気にせず西条は立ち尽くす。
西条「はぁ、はぁ、はぁっ」
九流々「よく粘ったナリが…」
水しぶきを上げるほどの勢いで、バットで西条を指す!
九流々「ここで終わりナリ!!」
西条「はあっ、はぁっ、はぁっ」
喋る余裕も無く、西条は酸素を補充する。
そして、周囲は満塁。
『…だめ、かな』
『うん…頑張ったけど…もう、どうしようもないよ』
『冬馬きゅんも、もう投げれないし』
『…ここまで、かな』
西条「はぁっ、はぁっ…はぁー、…」
相川(…駄目だ、どれだけ計算を繰り返しても…無限軌道を逃れる方法は無い。インプットされた西条が逃げる手は無い…)
雨の音以外、全ての音がなくなった。
いや、わずかに西条の息遣いだけがまるで狼のように聞こえている。
血走った目は、何を見ているのか。
セットに入ろうともせずに、立ち尽くす。
投げても、打たれるだけだ、間違いなくレフトを狙ってくる、そうすればフライでも勝ち越しタイムリーだ。
大場「…」
原田「…」
御神楽「…」
吉田「…」
内野の四人も同じく、何も言葉を発しようとはしない。
何を言えばいいのか、誰もわからなかった。
ただ、雨だけが降りしきる。
ザァーーーーッ。
あの日もこんな雨だった。
顔も覚えていない少女に、降矢毅として生きろと告げられたあの日。
少しだけ思い出した、腰に刻まれたDの意味を。
no.220、彼女と同じく。
俺も、投手だったのだ。
降矢「―――どけ、ジョー」
西条「…?!」
振り返ると。
ライトの降矢がそこにいた。
降矢「後は俺がやる」
ビシリ、と腰から黒い電気が飛び出たように見えた。
西条も悪い冗談と、言わない。
奴の目は冗談を言っているようには見えない。
ただ、二人してずぶぬれのマウンドに立ち尽くす。
西条「降矢、お前」
降矢「…」
ずい、と西条を押しのけて九流々に向かう。
九流々「正気ナリか」
降矢「テメーよかマシだ」
相川「ま、待て降矢!!」
相川は突然歩いてきた降矢に、急いでタイムをかけた。
将星選手が一同に集まる。
相川「降矢、正気かお前!?」
降矢「冗談言ってるように見えますかね」
語気を荒げる降矢。
相川は思わずひるんで後ずさった。
吉田「お、お前ピッチャーなんて…」
降矢「昔、やってました」
御神楽「昔?お前そんなことは一言も」
降矢「今思い出したんじゃねーか、ぐだぐだ言ってんじゃねー、俺が投げるしかねーだろうが!!」
シィ―――――ンッ。
大場「…おいどんは、降矢どんを信じるとです」
原田「…そうッスよ。御神楽先輩も駄目、冬馬君も駄目、西条君も駄目、他に誰がいるッスか」
御神楽「…」
相川「降矢…」
降矢「…」
バシィッ!!
突然、降矢はケツを思い切りはたかれた。
振り返ると、吉田が笑っていた。
吉田「…へへっ、俺ぁ降矢を信じるぜ」
相川「吉田!?」
吉田「いいじゃねぇか、どうせ降矢しかいないんだからよ」
大場「そうとです!降矢どんなら…やってくれるとです!」
原田「そうッス!!」
御神楽「ふぅ…」
御神楽は深いため息をつき…そのまま後ろを向いて守備に戻っていく。
御神楽「馬鹿につきあうのもなかなかに趣がある」
大場「ファイトとです!」
原田「ここまで来たら…勝ちましょうッス!」
吉田「踏ん張れよ降矢!」
そして、思い思いに守備位置に戻っていく四人。
相川「…相変わらず、うちの選手はどうかしてる」
降矢「まったくその通りだと思う」
相川「…だが、そのどうかしてるのが、良い所なんだと思う」
降矢「…へぇ」
相川「どうせストレートしか投げれないんだろ。お前が意外と肩がいいのは知ってる、やれる所までやってみな」
相川もヒラヒラと手を振ってホームベースに戻っていく。
西条「降矢」
降矢「あんだよ」
西条「打たれたら、ぶっ殺す」
降矢「エラーしたら、ぶっ殺す」
ヘッ、と笑うと八回と同じように拳をあわせた。
期間は短くても、修羅場を知っている男と男だから、拳でわかる。
ガツンッと拳をぶつけあうと、思い切り二人とも土をお互いの足に蹴っ飛ばした。
『ピッチャー西条君に変わりまして…降矢君!!』
『えぇ〜〜〜〜〜〜ッ!?』
当然スタンドからはブーイングの嵐。
随分嫌われたもんだ、と苦笑する。
しながら、ロージンバッグをスタンドまで投げ込む。
『キャアアーーーッツ!!』
『う、けほけほっ!!何すんのよ金髪ーー!』
『女の敵ーーっ!』
九流々「勝負を捨てたナリね」
降矢「後でほえ面かくなよ」
『プレイッ!!』
相川は、どうすればいいかほとほと困っていた。
コントロールも無い、ストレートしか投げれない、というか投手じゃない。
そんな奴相手にマスクを被るのは初めてだ。
相川(仕方ねぇ…とりあえず来た球をとるだけだ、流石にストレートだけしか無いならとれるだろ)
九流々(付け焼刃で、抑えられる無限軌道じゃないナリまずはインプットして…)
降矢「サイクロン、なめんじゃーねーぜ!!!」
ドバァァアアンッ!!!!!!!!!!!!
九流々(インプット、し…)
相川「な、な…」
お、おかしい、何かがおかしい。
相川の頭は混乱していた。
相川(お、おい、今の球はどう考えても…)
140km近く出ている。
おかしい、ありえない。
肩が強いのは…知っている、最初は県と同じくらい肩だったのに、いつからか少しづつ肩が強くなっていた。
それでも…今のは、野多摩の遠投より速い。
速すぎる!!
九流々「な、なんナリか今のーーーっ!?」
降矢「一人しかいねーんだ、最初から飛ばしていくぜ」
また、ビシリ、と腰から黒い電気が浮き出る。
それは、冬馬の手首から出たものと同質。
降矢(さっき打席で吹っ飛ばしたら、持って後六球か、十分だ)
Dはプロペラ時代につけられた刻印。
つけられた箇所の、リミットを外す。
降矢「さっさと、ケリつけてやるぜ」
体を、腰を思い切りひねる。
それは打席のサイクロンと同じ、思い切りねじった状態から全ての力を解放する。
弾かれたボールは、一直線にミットへ向かう。
降矢「そらぁっ!!」
ギャオンッ!!
腕のスイングが風を切って、音を出す。
雨を切り裂いて、水しぶきを上げて。
竜巻が無限軌道をのみこむ。
九流々「あーあああっ!!」
ガキィンッ!!
降矢「!!」
『ファールボール!!』
しかし、九流々も負けじとバットに当てる。
ボールは力負けしてファースト方向にファール。
九流々(くっ…軌道は読めるが、スイングが球速に追いつかなナリ!)
…そう、九流々を打ち崩そうとまず真田が考えたこと。
無限軌道の弱点…それは、もともとの能力以上のものには対応できない!
九流々(…が、粘るナリ、軌道は一致しているから打ち損ねる事はないナリ。もっともっと速くスイングを出せば…)
降矢(ちぃっ…粘られるとまずいな、あんまりDを多用するとさっきのちんちくりんみてーになる)
だから。
降矢「とっとと、ベンチに帰りな!!」
九流々「ここで決勝点を取るナリ!!」
ガッ!!
ガキィッ!!
キィンッ!!
カキィンッ!!
打球は、大場のわずか右!
ビシィッ!!
大場「ううっ!!」
『ファールボール!!』
降矢(ちっ、まじいな、段々威力が落ちてきた)
だが、自分も死と隣り合わせの場面を切り抜けてきた。
この両目は見切る為に、未来を見る為にある。
軌道の弱点を…見つけるんだ。
降矢「…」
…。
そしてしばしの間の後、セットポジションに構える。
相川(まったく、ボーク出さないのだけでも奇跡だぜ…)
降矢「…」
九流々「無駄ナリ。いくら速くてもストレートはストレート、それ以上でもそれ以下でも無いナリ。…次は、打つ!!」
降矢の右腕がしなる!!!
降矢「…無限軌道は、人が生み出した軌道を読む。が…」
九流々「う、うあああああ!!!」
降矢「わかってても、わかっててもできないことは、世の中に溢れてんだ」
―――ドバシィィッ!!!!!!!!!
九流々「な!!?」
相川「…ま、マジかよ…」
予測を超える現実。
降矢のストレートは九流々のスイングの限界を超えた。
振り遅れ…スイングアウトの、三振!!
降矢「テメーなんて、俺の足元にも及ばねーってことさ」
十回裏、陸2-2将。