155陸王学園戦15”弧月”
八回裏、将2-2陸、二死走者二塁。
西条が本塁に帰還すると、二塁ベース上で、金髪が笑う。
将星ベンチにも、活気が戻ってきた。
冬馬「ふ、降矢!!」
緒方先生「や、やったじゃない!」
吉田「どーやら目が覚めたみたいだな!」
相川「同点、か。続けよ、御神楽!」
御神楽「うむ…この流れ、ここで途切れさすわけにはいかん」
『一番、ショート、御神楽君』
九流々(ば、馬鹿な…インプットしたスイングスピードよりも早かったナリ!?)
九流々は焦っていた、汗が額を伝って地面にシミを作っていく。
確かに九流々がリリースする瞬間まで、降矢は一歩も動かなかった、しかしインプットした降矢のスイングスピードじゃあ、あの時点からでは間に合わないはず。
それなのに、降矢のサイクロン+はそれを上まった。
九流々(ぐ…このチームは、どうかしてるナリ!!)
確かに自分は全選手のデータをインプットしたはず、その時点で陸王の勝ちが確定したはず。
それなのに、試合中だというのに、冬馬といい降矢といい野多摩といい、インプットのデータを遙かに上回ってきた。
おかしい、そんな…そんな小学生みたいな成長速度、考えられるはずが無い、はずが無いが…。
九流々(コイツらは、試合の中でもどんどん進化していっているナリ…!)
そう、元々将星は素人の集まり、それがここまで来れたのは成長の速さにある。
まず桐生院の望月、そして森田、赤城、日田、赤竹兄弟、滝本、決して弱くは無い格好の選手達が将星の糧となっていった。
恐るべき発展途上チームである。
笑静「落ち着け九流々、まだ同点だ」
笹部「そうだ!まだ負けたわけじゃない、二死だ!ここを閉めて流れを持っていこう!」
内野手から激が飛ぶ、その声で九流々は現実に引き戻された。
そして、冷静にこの場を対処する事を思い出す。
九流々(大丈夫、次の打者は御神楽…ここまでの三打席は高目のストレートにまったく歯が立ってないナリ!)
吉本に、高目ストレートのサインを送る、見逃してもストライク。
そのコースに投げる自信が自分にはある。
九流々「まだ…無限軌道は健在ナリッ!!!」
キィィインッ!!!
御神楽には打てないはずの内角高目。
それを確認した瞬間には、甲高い金属音をあげて白球が足元を抜けていった。
九流々「なっ!?」
笑静(届かねぇな!!)
打球は二遊間を抜けて…センター前ヒット、降矢は三塁ストップだが、二死、一塁二塁!!
九流々「馬鹿なナリ!い、今まで歯が立たなかったのに!?」
真田「無敵かと思われた九流々城。…だが、その弱点は簡単な所にあったな」
吉田「えっ!?」
西条「ど、どこでっか!?」
真田「アイツも人間だ、ってことさ」
赤城「―――アイツも人間や、ってことやな」
森田「ど、どういうことだ赤城?」
甲賀「…今のストレート、最初と比べると随分威力が落ちていました」
滝本「…まさか、スタミナ、か?」
赤城「そう、スタミナや。無限軌道で少ない球数で抑えてきたとしても、流石に八回。球威も落ちてくるやろ。そうすると、さっきまでの球でも見えるやろし、打てるようにもなる。皮肉な事やが、今まで安パイやった野多摩のヒットで急に疲れが見え始めたな」
甲賀「その通りで候。先ほどは点こそ入らなかったものの、真田君のヒットも最初の球威なら抑えれたはず」
赤城「おそらく無限軌道を頼っていた分、スタミナを鍛えなかったんやろな」
真田「あれだけ素晴らしい技術を持っていながらも、東創家に及ばない原因はそこにあったのだろう」
真田は深く腰を沈めると、俺があんな奴如きに手こずるとは情けない、と目を閉じた。
吉田「い…いけるぜ!次はさっきヒットを打った野多摩だ!ここでケリをつけちまえ!」
冬馬「野多摩君、ふぁいと〜!!」
県「野多摩君頑張ってください!!」
野多摩「…かちこち」
声援を送られた野多摩は、ガチガチに緊張していた。
相川「お、おい、大丈夫…」
バキィッ!!
相川が声をかける前に、サードベースから歩いてきた降矢の蹴りが顔面に炸裂した。
ああ、可愛い顔なのになんてことを。
降矢「目ぇ、覚めたか」
野多摩は仰向けに倒れたまま目を回していた、目がぐるぐると回っている。
西条「自分の言う台詞じゃないと思うけどなぁ」
野多摩「…はっ!あれ?あれ〜?」
降矢「行って来い、天然」
野多摩「は、はい」
何が起こったのか良くわからず、野多摩はふらふらとしながら打席に向かっていった、降矢も何事もなかったかのように一塁へ戻る。
それにしてもこの男、正気を戻すには拳しかないと思ってるようである。
そして、ファーストベースの御神楽。
御神楽(これは行けるぞ…弱点を疲れたとしても、九流々の球威は明らかに落ちている)
野多摩(なんだか、顔がひりひりするけど、今はここで打たなくちゃ〜)
ふわふわしているが、本人は真剣のつもりである、その証拠に視線は投手から一向に動かない。
九流々「ふ、ふふ…まともに勝負しても、打たれるナリね。さっきの打席ですら野多摩君にはヒットを許しているナリ」
いきなり、口を開き出した九流々。
降矢「無駄口はいいから、早く投げな。俺は早くベンチに帰って座りてーんだ」
この男、打席にいようが塁にいようが口は悪い。
九流々「まぁ、そう言うなナリ。おそらく君はホームには戻れないナリよ」
降矢「…?」
九流々「無限軌道だけで勝ち続けるなんて、我輩の実力からすれば…そんなことは考えて無いナリ。それにしてもまさか、二回戦でこれを見せるとは思わなかったナリよ」
九流々は、セットポジションから構えに入り、ゆっくりとモーションに入る。
御神楽「野多摩!慌てるな、どうせはったりだ!スタミナのきれた今の九流々じゃあ必殺の変化球なんて、投げられるわけが…!」
九流々「…弧月―――!」
ボールは遙か空中に投げ出された。
そして、スローボール並のスピードで打者に向かい、そのまま引力にひかれてゆっくりと地面に向かっていく。
御神楽「こ…これはっ!」
降矢「いやー、よく見ろ。ありゃ外れるぜ」
降矢の言うとおり、ボールはベースよりわずかに外角にはずれている。
野多摩はバットを出さずに、止めた。
『ストライク!!』
吉田「!」
降矢「…!」
野多摩「え〜!?」
九流々「よく見てみるナリ、ベースを」
野多摩がベースを上から覗き込むと、五角形の一番右上の場所にわずかにボールが落ちた後が残っていた。
野多摩「う、嘘〜〜!!」
笹部(九流々の人並みはずれたコントロール…精密動作があってこそ出来る球、弧月!真っ直ぐ来るボールよりも遙かに打ちにくいはずだっ!)
もう一つ…ある。
相川「まずいな…野多摩はたしかそんなに選球眼は良くない」
緒方先生「そ、それの何がまずいの?」
真田「だが、反射神経はいい」
相川「つまり…ボール球だと判断してしまった瞬間に、体が動かないってことだ!」
野多摩(う…ストライクなんだ〜今の…じゃあ、次は振らなくちゃ…!)
九流々は、セットポジションからまた弧月!
ボールはふらふらっと勢いなく、ゆっくりとバッターに向かっていく。
降矢「腑抜けた球投げやがって!天然!コロ助の顔面打ち抜いてやれ!」
野多摩「は、はい〜!!」
野多摩はスイングに行くが…。
弧月は、野多摩の間合いの外ドンピシャに来ていた。。
つまり…どうあがいても、身長の低い野多摩のバットの芯に当たるはずが無いコース!
真田「もう一つだ、相川君。精密な制球力があるなら…わずかなコースの違いで、バットの芯を自由に外せることができる!しかも、あの山なりの軌道だ…ストライクかボールを判断するのは…至難の業!!」
ガキィンッ!!
鈍い金属音とともに、打球はセカンド笑静の真正面へ…!
降矢「エラーしな、下手糞野郎!」
笑静「おっと」
なんでもない打球を笑静はトンネル…。
降矢「馬鹿が!」
笑静「なんてね」
…が、左足で転がるボールを軽く浮かすと、右手で掴んでそのままスローイング。
御神楽「げっ!」
野多摩「さ、詐欺だ〜!」
笑静「トリックプレイって呼んでくれ」
バシィッ!!
『スリーアウト、チェンジ!!』
降矢「ちぃ…コロ助がぁ、なめた真似を!」
御神楽「まずいな降矢…あんな力の無い球なら、いくらスタミナが無くても投げれる。しかも今は決定的なチャンス」
降矢「…だから、なんだってんだナルシストがよ」
降矢「俺はこんな所で負ける訳にはいかねーんだ…」
九回表、陸2-2将。