154陸王打線14記憶再見
脳内意識は相変わらず深く掘り下げられている。
今までは試合のこと以外は何もかも忘れていたはずなのに。
あの冬馬の手首に刻まれたDを見た瞬間に、再びあの問いに自分はたどり着いた。
降矢「俺は誰なんだ」
その後のことは覚えていない、何を言ったのか、俺は今までと同じように接したはずだ。
見捨てる、裏切る、追い討ち…一人でも試合が成立するように、チームプレイなんて足かせになることがインプットされた過去。
そして、D、D、D。
名前も無い少女を思い出す。
その子も同じように手首にDを刻まれていた。
(私はno.220、よろしくね)
(は、始めまして…)
(このDって気持ち悪いよね…)
(う、うん…)
(本当!?…なんだか嬉しい、ここの人たちは皆そうは思って無いから。…私はこれ、嫌い、なんだか…傷みたいで…)
(そうだよね…)
(ふーん…ね!なんだか君と私、気が合いそうだよね!…ねぇ、名前教えてよ名前。私、あのクスリ飲んだふりして捨てたから、自分の名前覚えてるんだ)
(ぼ、僕は飲んだけど…覚えてる、不思議と)
(うんうん!でも…いつか数字で呼び合うことに慣れて忘れあわないように、お互いの名前を教えあおう?それが…君と私がここで生きていく為の証)
(うん)
(私の本当の名前は―――)
最初は明るかった彼女。
それなのに、試合を重ね人が消えていくのを感じるうちに、彼女のココロは失われていった。
それに伴い、表情、感情は消えていく。
最後にはただの野球マシンになっていた、大人達はとても喜んだ。
そして、彼女は酷使しすぎて物言わぬ体になった。
降矢「嫌だ!嫌だよ!どうして!」
「……」
(この投手…まさか)
降矢「嫌だ!僕にだけは名前を教えてくれたじゃないか!
(Dが体を蝕んだか…)
(ちっ…コイツも駄目か、せっかくここまで来たのに)
(こんな所で不能か、チームメイトも負ければ罰を受けるのに)
(無責任な事だ…)
降矢「無責任ってなんだ!僕達は…僕達は関係ないじゃないか!!」
(うお!なんだコイツ!!)
(ちっ…おい、速くアレを)
そして、手首に生暖かいものが注入される。
「う…」
(…む、意識だけは覚醒したか?)
「あ…no.229君…?」
自分は答える。
勝利を得る為に、足手まといはいらない。
弱者を、突き放した。
降矢「テメーはもう投げんな。これ以上投げると足手まといになるだけだ」
「え…?」
降矢「もう用無しだ、帰れ」
「そ、そんな!約束…したよね!一緒に、最後まで勝ち続けるって」
降矢「これ以上ここにいたってうぜーだけだ、去ね」
「う…」
降矢「は?泣くのか、泣くのか?泣いたからって許されるってのか…?俺達は負けるんだぜ、お前のせいで」
「うわあああああっ―――!」
(マインドブレイク、これで終わりだ)
(処分は博士に任せるか)
(そうだな、割になかなかいい選手だったからな)
降矢「絶対的な勝利を、全てのスポーツを、我らに―――」
その後、降矢は泣いた、叫んだ、慟哭した。
チームメイトが一人消えた部屋で、我を少し取り戻した後で、全てを後悔した。
西条「帰って来い!降矢!!」
そして、彼は全ての記憶を消され現実に戻ってきた。
それでも、その歪んだ性格が変わることは無かった。
野多摩「降矢さん…」
吉田「降矢!」
相川「降矢!!」
はずだった。
大場「降矢どん!」
原田「降矢さん!」
それなのに、また野球と出会った。
そして最初の頃の気持ちを思い出した。
ただ、勝ち続けることでいつか帰れる希望。
県「降矢さん!」
御神楽「降矢…!」
それをかすかに思い出した。
だから性格も徐々にではあるが、元々の純粋な少年に戻りつつあった。
三澤「降矢君!」
六条「降矢さん…!」
そして、ダイジョーブ博士によって解かれた記憶が少しづつ戻ってきた。
さっきの冬馬でシンクロしてまた一つ、記憶が蘇った。
Dの秘密…!
緒方先生「降矢君っ!」
真田「金髪…!」
そして…。
冬馬「降矢―――っ!!」
降矢「no.220…!」
バシィッ!
『ストライクツー!!』
吉田「畜生!駄目だアイツ!」
相川「身動き無しでツーストライクか…」
一球目、二球目ともに低めの変化球、降矢は全く動かずに見送った。
いや、まだ記憶が反芻してるのか。
西条「ったく、あんの馬鹿は…相川先輩!タイムやタイム!!」
相川「お、おい西条!」
西条は一方的にベンチに合図を送ると、バッターボックスに向かって走り出した。
降矢の目はそれすらも捉えてはいない。
西条「なぁ、降矢ぁ」
降矢「…no.220…」
西条「お前、負けるのは死んでもゴメンとか言ってたやんなあ」
降矢「…」
その目は、中空をさまよっている。
西条「くんの…どあほぅっ!!!」
バキィッ!!
冬馬「ああっ!」
六条「きゃあっ!」
『ザワァッ…」
西条の左拳が、降矢の顔面を殴り飛ばした。
降矢は鼻血を出しながら地面に倒れる。
西条「さっさと、目ぇ覚ませ!」
no.229君は逃げて、記憶は消しておくから、普通の人間として…。
それでも野球を始めるなら、それは君の運命。
…ありえないと思うけど、その時は、もう一度検診を行うから。
君は、普通の体じゃ無い、Dの刻印を押されたニューエイジだから。
でも、日常生活には支障ないから…願わくば平穏に生きて。
君は今日から…。
降矢、毅―――。
西条「降矢毅よぉっ!!」
バキィ―――ッ!!
西条「がはあ…っ」
西条の顔面に、裏拳がめり込んだ。
降矢「人の名前を大声で呼ぶな、恥ずかしい」
いつの間にか立ち上がった、金髪が背中向きに答えた。
西条「へ、へ、へへ…い、今のはきいたで…」
降矢「知らねーよ馬ー鹿。ペッ!!」
降矢は口から、何か小さいものを吐き捨てた。
それは血の赤に混じった白い破片。
降矢「こっちは歯が一本折れたんだ、鼻の骨が折れてないだけありがたく思え」
西条「今のは折れたっちゅーねんな…まったく、へへ」
二人、向き合う。
そして拳を合わせる。
西条「打てや」
降矢「言われなくてもな」
再び、プレイの声がかかり、試合が再開する。
あの野郎、思いっきり殴りやがって。
今の衝撃はきいた、なんせ奥歯が一本折れるほどだ。
まだ口の奥で鉄の味がする…気持ち悪ぃ。
九流々「…何があったかは知らないナリが、もう遅いナリ。さっきの打席で降矢君はインプットさせてもらってるナリ!」
降矢「俺の知らねー間にそんなことがあったんだね」
九流々「降矢君は初期動作が遅くて読みにくいナリが…それでもまだワガハイのリリースの方が速いナリ!!」
九流々は、セットポジションからゆっくりと左足を上げる。
九流々(さあ、どこを狙ってくるナリ、降矢君!!)
降矢(…)
そして…リリース!
が、降矢は構えたまま微動だにしない。
初期動作が無い…ということは!
九流々(…『動き無し』!!今からなら振っても間に合わないナリ!それとも見送り…?どちらにしても!!降矢毅…破れたり!!)
さっきのちんちくりんのDで、一つ思い出した。
降矢「Dは…刻印であり魔法。願えば刻まれた部位の能力が跳ね上がる」
ボールは、真ん中から低めへ落ちていくスラーブ。
だから降矢はDがある腰がパワーアップする。
つまり…サイクロン+のスイングスピードは…さらに、上がる!
キャッチャーミットに納まる瞬間に…黄色い竜巻が起こった。
九流々「!!」
降矢「無限軌道とかよ、ざけたこと抜かしてるけどよ。なんだろうと、ストライクゾーンを通る球が打てねーことは絶対に無ぇー訳だ!!」
ヒャンッ!!
スイングが見えたものは、誰もいなかった。
次の瞬間、打球はレフトフェンス奥に激突していた。
冬馬「う…ったぁっ!打ったよっ!!」
相川「走れ西条ぉぉぉーーっ!」
西条「いよぉしゃああーーーっ!!」
二死ツーストライクなのですでにスタートを切っていた西条は、これを見て二塁を蹴り、三塁を蹴り、一気にホームに突入!!
『セーーーフッ!!』
『ど、同点よーーーっ!!!』
『ワァァァーーーーーーーッ!!』
先ほどまでブーイングだった将星応援団までも味方につけた金髪は、二塁上で笑みを浮かべた。
八回裏、将2-2陸、二死走者二塁。