156陸王学園戦16熱くなるな
























八回裏、二死ながらも西条をファーストにおいて、ようやく目を覚ました降矢。

その降矢の、ついでに他の奴らの目まで覚ますようなレフトへの痛烈なタイムリーで、将星高校はついに追い続けていた陸王の背中に追いつく。

続いて一番の御神楽も打てなかったはずの高目のストレートを見事に打ち返し、一塁、三塁のチャンス。

今まで全く打てなかった球が打てたわけは、マウンド上の九流々のスタミナ減少だ。

一気加勢に盛り立てる将星はここで先ほどヒットの野多摩を迎えるが…。

謎の球種、弧月によって野多摩は抑えられてしまった…!


吉田「な、なんだありゃあ!?」

相川「ただのスローボール、にしか見えないが…」

真田「おそらく、ただのスローボールだろう」

吉田&相川「ええっ!?」

原田「た、ただのスローボールなら、どうして野多摩君は打てなかったッスか?!」

真田「ここまでの投球…無限軌道をいかすためには精密なコントロールが必要なのは見ての通り、さらにアイツはその制球力がある」

緒方先生「で、でもただのスローボールなんじゃ…」

真田「鋭く曲がる変化球、ノビてくるストレート…打者にとって打ちにくい球はたくさんある。…その中の一つが、『正確なコントロールで隅をついてくる投球』だ。…後は自分達で考えるんだな」


真田はグラブを持つと、レフトへと歩いていった。


相川「なるほどな…」

吉田「あ、相川!わかったのか!?」

相川「例えば、恐ろしく早いストレートでもど真ん中に来れば、まぁ打ち返せるだろ?お前なら」

吉田「あ、ああ」

相川「だが…ふわふわした力の無い球でも、外角低めギリギリに投げられたら…」

吉田「そう簡単に手は出ない…ってことか」

相川「そういう、ことだ」




九回表、陸2-2将。



九回のマウンドに、再び西条が上がる。

この試合…まだまだ簡単に決まりそうに無い、延長に突入すれば、失点は敗北を意味する。

相変わらず、このチームはギリギリの試合が大好きみたいだ。



『三番、ピッチャー、九流々君』


そして、いきなりの正念場である。


西条(どうします、相川先輩)

相川(…)


九流々が初見でいきなり冬馬のFスライダーを跳ね返したのはまだ記憶に新しい。

ファントムでさえ跳ね返された、西条がFを超える変化球を持っていないことはすでに知られているだろう。

ならば…敬遠か。


相川(しかし、先頭打者を敬遠なんかすれば、西条の性格からすれば次打者にヒットを打たれる確率は高い)


西条は冬馬と違って、逃げるのを潔しとしないガンガン勝負していくタイプだ、勝負のセオリーはしっかりと理解しているだろうが、気合の入り方が違う。

だが、おそらく打たれるのは必死、さぁどうする相川。


相川「…」


ちらちらと横目で九流々を見ながらサインを出す相川。

…コースは、外角低め、ストレート。


相川(絶対にストライク入れろよ、一球も無駄にできないっ!)

西条(…はい!)


西条は、頷くとゆっくり右足を膝の高さまで上げる。

第一球!!ボールは130後半の速度でミットにおさまる!


バシィッ!!


相川(来たぜ!外角高目いっぱい!!)



『ボール!!』



西条「うっ!」

相川(嘘だろ…!)


しかし、審判の判定は覆るはずも無く…!

九流々の口が、不気味に開いた。


九流々「まずは、直球…インプットしたナリ」

相川(ちっ!…無限軌道、健在か)


西条の球種、残りはスクリュー、ストリームとスライダー。

間が悪い事に西条は変化球のコントロールはあまり良くない、かと言って置きにいけばいくらインプットされてなくても打たれる。

…二球目!!

西条が投げた球種はストリーム。


クッ…バシィッ!!


速い速度から少しスクリュー変化のストリーム、が、九流々は見送ってストライク判定。


相川(ちっ…手を出してくれりゃラッキーと思ったが…やはり見送ってきたか)

九流々「残る西条君の球種は、スクリュー、スライダー…両方とも恐れるほどの変化球で無いことはすでに調査済みナリ」

相川「…」


コツコツ、とつま先を地面に叩く九流々。

その表情からは余裕が見て取れる、さっきの冬馬よりはマシだ、と。

それが西条の感情を逆なでする。


西条(なんやねん、あの顔は…。俺を誰やと思ってるんや)

九流々「まぁ、冬馬君のFスライダーみたいなのが無い分、君なら点はいくらでも入りそうナリね」


次の瞬間、西条の左腕はすでに体の横に並んでいた。


相川「ま、まずい!西条、熱くなるんじゃ―――!」

西条「なめんなや!」


怒りに任せた投げたボールは、ストレート!もちろん…!



九流々「すでに、インプットしてるナリ」





カキィインッ!!


西条「!!」

相川「ちぃっ!!」


音をその場に残したまま、打球は吉田と御神楽の間、三遊間を鋭く抜けていく!

吉田「くそぉっ!」

吉田の叫びも虚しく、ボールはレフトの真田の前へと転がっていく。

無死ランナー一塁。


西条「…ギリ」


後悔すでに遅し、熱くなる悪い癖が出た。

今までは精神的にギリギリな状況で戦って来たために、熱くなる事は無かったが。

そう言えば、中学のときからそれは注意されてたような気がする。

相川は下唇を噛んだ。


相川(ちぃ…まさかこんな土壇場で西条の短所がモロに出るとは…)


こんな事をする人物は一人しかいないだろう、相川の目線は陸王ベンチに向かった。

白い眉の下で、その目が笑っている。


長嶺監督「ほっほ、やはり将星は若いのぉ。…いくら宝石がつまっていたとしても、磨く職人がいなければ、それはただの石にすぎん」


選手は高校生…つまり、若い。

その若さを補う、老練さが将星には無いのだ。


長嶺監督「笹部」

笹部「はい」

長嶺監督「挑発を狙っていけ、すぐに自滅するじゃろ」

笹部「…はい」


対照的に相川は頭を抱えていた。


相川(まずいな…長峰監督の存在をしっかり忘れていた…。このタイミングでやってくるとは…)


『四番、ショート、笹部君』


だとすると…絶対に次も何かやってくる、はず。

見上げる眼鏡の男が、打席に入る。


西条「…!!」


そして、笹部は西条にバットをつきたてた。


笹部「悪いが、打たせてもらう」

西条「なっ!」

笹部「あくまでも紳士的に、華麗に打たせてもらう」

西条「…ぐ、ぬぬぬ!」


ふざけた、野郎だ。

西条はこういう紳士的な奴が一番嫌いだ。

それならまだ降矢みたいな粗暴な奴の方がつきあいやすい。


九流々「打てるナリよ、笹部!たいしたこと無いナリ!」


ファースト側からも声が飛ぶ。

しかし、笹部は右手でそれを制した。


笹部「やめたまえ九流々、そんな挑発が無くてもこの私が打てない相手ではないよ」

西条「ぬぐぐぐぐ!」

御神楽「落ち着け西条、挑発にのるんじゃない」

冬馬「西条君!!」

西条「…」


西条は歯を食いしばったまま、打席の笹部を見ていた。


相川(落ち着け西条、ここは冷静に打ち取ろう)


相川は外角のサインを出す…が、西条の視線は完全に笹部に向かっていた。


笹部「そんなに睨み付けないでくれよ」

西条「…」


西条は、笹部の言葉も、走者の九流々も無視して振りかぶった。

相川の脳に、黄信号がともる。


相川(だ、駄目だ!!完全に熱くなってる)


投げたコースは、高目ストレート。

並の打者なら空振りを取れるコースだが…!!


西条「打てるもんなら打ってみやがれ!!」


その叫びに対し、笹部はクワッと目を見開く!!


笹部「…これを待っていた!!」

長嶺監督「熱くなった西条君は、ストレート勝負、それもおそらく一番自信を持ってる高目を投げて来るじゃろう。…笹部なら、それを打ち返すくらい、苦にもならん」

笹部「見ていてください、先生!」

西条「!」


ためていた足が地面に突き刺さる。

そして、バットは西条の渾身のストレートを、捉える!


笹部「勝った…!」



キィィィインッ!!




フルスイング、打球はすさまじい勢いで、西条の頭上を超えていった。

また、後悔した。

振り返らない、振り返る気にもならない。

…間違いなく、いった。


『ワァアアアーーーーーーーーッ!!』


歓声の瞬間に、頭が白くなった。

















そういえば、前にもこんなことがあったな。

全中…あれはオーストラリア戦やったかな。

燃えるような背中にはすでに汗を嫌になるほどかいていた俺は、味方のエラー、死球でイライラしてた。

そして、つい熱くなってストレートを連投、打ち込まれたことがあった。



布袋「落ち着けピッチャー、冷静になるんだ!」

一文字「そうだよ〜、落ち着いて〜」

西条(ちっ!落ち着いてるっての!)


サードとキャッチャーから激が飛ぶ、両方とも他の中学の知らない奴ら、他人だ。

声を左から右へ流し、ロージンバックをマウンドに投げ捨てる。

そのまま相手の四番に投げた球は…ストレート。


一文字「す、ストレートは駄目だよ〜!」

西条「いや…流石にこれは打たれへん!!」


当時の俺は、ストレートに自信を持っていた。

チームの中でも一番速かったし、なんつってもノビが違う。

今有名な猪狩よりも、望月よりも俺のストレートは速かったんだ。


キィィィンッ!!


それでも、怒りに任せたピッチングじゃあ打たれるのは当然。

打球は自分の頭上を遙かに越えてバックスクリーンに消えてった。


…はずだった。


『アウトー!!チェンジ!!』


驚いて振り向いた俺が見たのは、フェンスに激突しながらも捕球しているセンターやった。

名前は、波野渚とか言ったか。

笑顔で帰ってきた波野は俺に声をかけた。


波野「ドンマイドンマイ、ピッチ集中していこうぜ」

西条「あ、ああ…」

波野「どうした?暑さにやられたか?この暑さだからなー」


そう言って頭上の太陽を仰ぐ波野、オーストラリアの大地は赤道に近い分気温も高い。


西条「なぁ、なんであんな無茶までして球を捕ったんや」

波野「うん?」

西条「フェンスに激突して…下手すれば怪我するぞ」

波野「は?なに言ってんだよ、あそこで俺が捕ってなきゃ大量点間違いなしだぜ?」

西条「せやかて」

波野「味方、だろ」


その時俺は、熱くなったことを恥じた。

そして、チームの為のピッチングを学んだんだ。



西条(そーだよ、どうして忘れてたんだ)


今の今まで忘れてた、二度と自分勝手なピッチングはやらないって決めたはずだったのに。

もう、遅い。












『ア…アウト!!』


笹部「っ!?」

西条「な、なんやて!?」


振り向いた西条の先にいたのは、フェンスにもたれかかっている野多摩だった。

そのグラブには…見事にボールが入っていた。


西条「の…野多摩……!」


しかし、野多摩はボールを捕った姿勢のまま一向に動こうとしない。


真田「おい、しっかりしろ」

野多摩「…」


真田は野多摩の肩をゆする、が野多摩の反応は無い。

ぐったりとしたまま、動かない。


緒方先生「ちょ、ちょっと!?」

冬馬「野多摩君!」

西条「お…おい…!」


















「脳震盪…ですね」


将星の全員が外野フェンス、野多摩の側に近寄る。

医師から宣告されたのは、絶望的な言葉だった。


吉田「なっ…!」

三澤「そ、そんな!」

六条「…う、うちのチームは、今九人ギリギリなんです!」

原田「なんとかならないッスか!?」

医師「…」


その時、ぴくりと。

野多摩の指が動いた。


御神楽「む!」

大場「の、野多摩君!!」

野多摩「う…西条、君」

西条「だ、大丈夫か!?」




野多摩「えへ〜…これで、僕もようやくチームの一員に、なれたかな」

西条「な…何言ってるんや!」

野多摩「今まで…いろいろ、野球部でやってたけど。僕、降矢さんや吉田キャプテンみたいに目立てか無かったから〜…でも、今日の試合、でやっとみんなの役に立てたかな〜って…」

西条「…!!」

冬馬「の、野多摩君…」

医師「とりあえず、担架で運びます」

吉田「お、おい!待ってくれよ!もう、そうなったら俺達試合ができない…!」

野多摩「だ、大丈夫です、大丈夫です〜」


野多摩はなんとか転がって担架から落ちた。


医師「お、おい君!」





真田「…センターには俺がいく。そいつにはレフトに立ってるだけで良い」








相川「なっ!?」

吉田「さ、真田!?」

真田「俺だってこんな所で負ける気はないんだ。這いつくばってでも、ソイツには守ってもらう」

降矢「…同感だ、気が合うじゃねーか桐生院」

真田「俺をその名で呼ぶな金髪」

降矢「あー?…んだと?」

六条「あ、あ、あ〜…」

医師「無茶言うな!脳震盪を起こしてるんだぞ」

真田&降矢「部外者は黙ってろ!!」

医師「…」

真田「だが、心配だな。こんな金髪に守れるのかどうか」

降矢「おい、なぁおい、殺すぞ!」



西条「いやー…その心配はいらんで」


それまで黙ってた西条が、口を開いた。


真田「ほぉ」

西条「…外野まで、飛ばさん」

相川「…」

降矢「ふーん、ジョーにゃ重いんじゃねーの」


キッ!


瞬間、西条が降矢を睨みつける。

一瞥すると、マウンドへと歩いていった。


御神楽「やれやれ…熱い奴らだ。それを補佐するのが、帝王の仕事、か」

大場「野多摩君、無茶しちゃ駄目とですよ…」

原田「なんだか大変なことになってきたッスね」

吉田「真田!降矢、頼むぞお前ら!!」

三澤「…頑張って!」

六条「降矢さん…」

緒方先生「諦めちゃ、駄目よ」

相川「…いや、お前らを信じるだけだ」


各自、それぞれの位置へと戻っていく。

そして残された野多摩、真田、降矢。


真田「おい、金髪」

降矢「気安く呼ぶんじゃねぇよ、クソが」

真田「貴様はセンターとライトの真ん中に行け、俺はレフトとセンターの真ん中につく」

降矢「あぁ?」

真田「それぞれ中間部分に、守備位置をシフトするんだ。そうすれば守れないことは無い」

降矢「知るかよ」


ケッ、とツバを吐き捨てて後ろを向く。


真田「負けるぞ」

降矢「…」


降矢はそのまま、ライトとセンターの中間地点に止まった。

思わず真田は苦笑してしまった。


真田「負けず嫌い、か」

野多摩「…ス、スイマセン、僕の為に…」

真田「勘違いするなよ…俺は桐生院に勝つまでは負けられないだけだ」


真田は言い捨てると、レフトとセンターの中間位置へと戻っていった。










マウンド上、西条と相川が言葉を交わす。

西条「あのむかつく金髪のところまでボールは飛ばしたくありません」

相川「…なら、まず熱くなるな。落ち着くんだ」

西条「…はい」

相川「俺も全力でリードしよう、ただそれには正確なコントロールが必要になる。冬馬並にな」

西条「…」

相川「俺のミットだけ目掛けて投げろ、後はどうでもいい」

西条「はい」

相川「よし…いいか、コントロールといっても難しいことじゃない。ストライクゾーンを四等分するんだ」

西条「四等分…?」

相川「そう、後はボールは思いっきり外せ、それだけだ」


相川は、そう言うとホームベースへと戻っていった。

残された男は、ボールに精神を入れる。

あの男…波野を思い出した。






波野『味方だろ。俺は自分にできることをするだけだぜ』







西条「俺も…自分にできることをするだけだ!」



結局エンタイトルツーベースで、無死二塁三塁。

ここは満塁策で五番の坂を敬遠、塁を埋める。





相川(ここからだ…!)



一球目…西条の投球は、外角高目…!!





吉田「う!」

大場「す、スクイズとです!!」

西条「読んでるに決まってるやろ!!」



西条は、飛びつくようにして、転がるボールをとる。

サードランナーの九流々はすでに飛び込んでいるが…、西条は素手でそのままトス!



西条「相川先輩ーーーっ!!」

相川「いいトスだ…!」


相川はまずホームを踏んで、一塁送球!!

バシィッ!!

見事大場のミットにおさまり、二死!!


大場「と、取れたとです…」













笹部「スクイズは、フェイクだ」

御神楽「…大場!!ホームだ!!笹部がホームに向かってる!!」

大場「…の、のわーーっ!!」

御神楽「バックホームだ!!」


大場は急いでホームへ送球!!…が!


原田「だ、駄目ッス!大暴投ッス!」

大場「あああーーっ!?」


大場の球は大きくキャッチャーの上!


相川「…ぐぅっ!!駄目だ!届かんか!!」

笹部「もらった…!」

西条「まだだぁっ!!」


西条が相川の背後から顔を出した、大きく地を蹴って暴投のボールに手を伸ばす!!


西条「届く!!」




















ビッ!!


西条「―――!!」


三澤「!!」

冬馬「ああ!」

六条「そ、そんな…!」




だが、無情にもグラブはボールを弾く。

笹部がホームに滑り込み、審判の手が横に開―――。























吉田「もう、いっちょう!!」


バシィィィィィッ!!



西条「なっ!?」

御神楽「あ、あの馬鹿っ!!」


下には四つんばいになっている相川!


九流々「あ、あれはさっきワガハイと吉本でやった…」

笹部「相川君を、踏み台にした!?」


そのまま落下しながらタッチに向かう吉田!


ガシィッ!!

























『スリーアウト!!チェンジ!!!』























『ワ、ワァアアーーーーーーーーーーーーーーー!!!』


西条「キャ、キャプテン!?」

吉田「へっへ、どうよ」


地面に倒れこんだまま顔だけを西条に向けて、にしし、と白い歯で笑う吉田。


笹部「ま、まさか…」

吉田「西条、いいボールだったぜ」

西条「は、はい!」



吉田「なあ、笹部君よぉ。お前も紳士とか言うなら、挑発なんか無しで。正々堂々勝負しようぜ」

笹部「…」

吉田「野球って、そういうもんだろ。難しいこと考えずにさ、純粋に」

御神楽「お前は馬鹿だからだろうが」


バシィッ!


吉田「痛ぇっ!」

御神楽「やれやれ」

吉田「さぁ、まだまだ試合は終わってない!」






















吉田「野球、しようぜ!!」





























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