151陸王学園戦11西条と野多摩























七回表、陸2-1将。


『六番、ファースト、田中君」


頼みの綱、降矢は九流々にインプットされた。

それも、右打席をだ。

彼は一死で回ってきた打席で、全く打つ気がないスイングであえなく三振。

どうも、様子がおかしかった。


西条(せやけど、俺には俺のやることがある)


だがマウンドの西条にとっては関係はなかった。

一点ビハインドといえど、無限軌道未攻略といえど、勝負を捨てる気はさらさらない。

野球とは奇跡が起きるものである。

今まで…かつて全国No.2、関西地区最強のシニア、北摂ファルコンズのエースを張ってきた彼はそんな事例を何度も見てきた。

そして、受ける相川も霧島戦での逆転劇を覚えている。


西条(まだ3イニングスある…誰かが打つのを信じて、俺は抑えるのみです)

相川(なんとか最小失点差で抑えるぞ!)


グラブをちょうど腹部の前に、そこから振りかぶって第一球を投げる。

まずは、外角にストレート!


バシィンッ!!


『ストライクワンッ!!』


田中(ほぉ…140は出てるんじゃないか?なかなか速いな…が、さっきのファントムとやらよりは癖が無い分打てる)


左腕を引いた後、それを思い切り前の方に出していく。

リリースポイントは一点!


ビシュッ!!


左手がボールをはじき出す音が鼓膜を揺らす。

ボールはストレートのスピードのまま、ベースの近くで少し曲がり落ちる…ストリーム!


田中(…こいつか!)


バスッ!!


田中はストリームを見送り、ボールは相川のグラブへ。


『ストライクツー!!』


田中「げ…今のストライク?」


ストレート、ストリームとあっという間に追い込まれてしまった。

さっきベンチで笹部に見せてもらったデータではコントロール事態はあまり良くないと聞いていた、しかも先発にアクシデントでのスクランブル登板…普通ならストライクを入れてくるのにも苦労するはずなのに。

そう田中はいぶかしげに思ったが、そこが西条の長所である。

どんな時も物怖じせず、自分の球を投げきる精神力。

例えコントロールが悪かろうと、ストライクが入らないほど悪いわけじゃない。

西条はどんな時であろうとも、自分のピッチングが出来る力がある、そしてそれは中学時代に全国の猛者たちと競い合って磨かれたもの…経験だ。


西条「さっさと決めさせてもらうで!!」

田中「…!」


白い粉が舞うロージンバッグを投げ捨て、構える。

ワインドアップからの勝負球!


田中(…ストレート!!)


ボールは快速に飛ばして内角に向かってくる。


田中(だが…弾き返せない球じゃないっ!)




キィインッ!!!



ストレートを捉えるも…打球はライト方向へ。

西条は振り返って笑みを浮かべた。


西条「おっしゃ!ライトフライや!打ち取っ………!?」











しかし、打球はライトの後ろにぽとりと落ちた。

…いや、ライトが一歩も動いていないのだ。






西条「なっ…なんやとーーーー!!!!」

御神楽「なっ!…あいつ、何をしているのだっ!」


ライト降矢は呆然と立ち尽くしていた。


田中「へ、儲けたぜ…二塁もいただくっ!」

笑静「田中!一塁で止まるんだ!センターのカバーが早い!!」

田中「!!?」


田中はキキキとスパイクのエッジでブレーキをかける。

そのまま首をライトに向けると、すでに中継のボールがセカンドに帰ってきていた。



笹部「やはり…あのセンター、いい動きですね」

長嶺監督「うむ…あのボールで二塁を狙えないとはな…とんだ逸材がいたものじゃ」



西条「降矢!テメェ何やってんだ!!」

降矢「…」


しかし、反応は無い。


西条「聞こえてんのかアイツは…」

相川「西条、気にするな」

西条「しかし…」

相川「どの道、俺達にもう控えは無い。アイツが復活するのを待つしかないんだ。…あんな奴に期待するのも馬鹿げた話だが、アイツは野球をちゃんとするさ」

西条「どうして、そう言いきれるんですか」

相川「アイツは、負けるのが何よりも嫌いだからだ」

西条「…」


妙に、納得してしまった。

なるほど、このままで終わるほど大人しい奴じゃないという事だ。


相川(なるべく、ライト方向には打たせないようなリードをしよう…しかし、さっきまでなら冬馬のコントロールでなんとかなったが…)


西条はどちらかというと、球のキレや速さ、そして度胸で勝負するタイプだ。

言うなれば、全盛期の阪神の下柳投手のようなタイプ。


『七番、ライト、渡邊君』


相川(一球目、外角にストレート。絶対に低めに抑えろ、なんとかして打球を転がす)

西条(はい!)


体を横にしたセットポジション、西条は相川のサインに頷いた。

二度、ランナーのほうに視線を送る、どうやら盗塁は無いようだ。

ゆっくりと足をあげる…そこからはクイックモーション!


西条「しゅっ!!」


投げ出されたボールは外角低めストレート!

ストライクゾーンを通っていると確信したバッターは初球攻撃。


ック…クンッ!!


渡邊(うっ!!)


だが球種はストレートでなく…ストリーム!!


ガキンッ!!


体制を崩しながらもなんとか喰らいついてバットに当てる!

ボールは三遊間の深いところへ転がっていくが…。


御神楽「しっ!!」


バシィッ!!


しっかりと御神楽が逆シングルでボールをキャッチ!!

そのまま、6-4-3にボールを送り、あっという間にアウトカウントが二つ増えた。


西条「ナイスショートっ!」


御神楽はその声に目を丸くし、後ろを向いて右手を上げた。

その手は親指と小指が上がっていた…照れているのだろう。


吉田「ガラでもないな、御神楽」

御神楽「やかましい」


西条(いいムードだ)


もちろん内野だけの雰囲気で、だが。

負けているはずなのに、負けている感覚がしない。

こういうチームは…えてして強い。

目を閉じると、シニアのチームメイトの顔が浮かぶようだ…最も、西条はみんなの期待を裏切ってしまったわけだが。

…それに、バッテリーの相方はそんな彼をあざ笑っていたが。


『八番、センター、井上君』


三年生に進学して、右肘を壊した。

西条がいれば大丈夫、そう思っていた人たちの期待を裏切った。

仕方ない、仕方ないと言われてても、胸が苦しかった。

チームは二回戦で負けた。

西条は、いたたまれない気持ちで…胸がつまった。



西条(んで、こんな東にまでたどり着いて、左でまだ投手やっとるから、人生ってのはわからんな)


西条は苦笑しながら振りかぶった。




カキィンッ!!



大きく手を上げる。


西条「センターっ!!」

野多摩「は〜い!」



ボールはセンターのちょうど守備位置。

動くことなく、ボールは野多摩のグラブに収まった。


『スリーアウトチェンジ!!』


西条「オッケイ!」

相川「ナイスピー、だな」





七回裏、陸2-1将







さて、七回の陸王打線をゼロに抑えた将星高校。

残すイニング3、そして一点ビハインド。

そろそろ追いつかねばならない…!


西条「…アイツ、ほんまにどうしてん」


だが、打撃の要降矢は空ろな目をしながらベンチへと帰ってきた。

先ほどのエラーといい…どうしてしまったのか。

ブツブツと独り言を言ってるようにも見える。


冬馬「降矢…大丈夫?」

降矢「…」


最早、応答にも答えなくなった。

西条は舌打ちして、首にかけていたタオルをベンチに投げ捨てた。


西条「あかんな、アイツは」

野多摩「降矢君…」

西条「…って、何してんねん野多摩。次の打者お前やろ」

野多摩「へ?」


『二番、センター、野多摩君』


野多摩「わ、わ〜!本当だ〜」

西条「…」


野多摩は慌しくバットとヘルメットを持って打席に走っていった。


西条「のん気なやっちゃで…後三回しか無いって言うのに」

真田「まったくその通りだな、残り3イニング…何とかしてあの無限軌道を打たねば…」

吉田「おおっ!真田!ついにやる気が出てきたか!」

真田「そんなものは無い。…が、桐生院とやるために、こんな所で苦戦するわけにもいかないだろう」

御神楽「だが…どうやって打つのだ。唯一の希望降矢はああなってしまっているし」

相川「俺達は全員インプットされている」

吉田「降矢みたいに反対の打席で打てばどうだ?」

相川「…打てるのか?俺達に」

真田「普通はありえない話だ」

六条「あ、あの〜…」


真剣な話をしている大男たちの中に、おどおどしながら六条が入ってきた。


吉田「ん、どうした六条?」

六条「い、いえ…さ、さっき、野多摩君が優ちゃんと私に聞いてたんですけど…」

相川「ん?」




六条「最初の動きで、後を読まれちゃうなら、最初の動きが無かったらいいんじゃないの?…って」







キィンッ!!!!





相川「!!」

吉田「え!?」


背後から聞こえてきたのは、快音…とは言えないが確実にバットに当たる音。

そして、その打球はショート笑静の頭上を越していた。


真田「ヒ…」

御神楽「ヒットだと!?」


『ワァーーーーーーーーーーッ!!』




ふわふわしてる天然が、一塁キャンバスを駆け抜けた!



七回裏、陸2-1将、無死、走者一塁。







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