152陸王学園戦12大河は飲み込む























吉田「お…おっしゃーー!!ノーアウトのランナーじゃねぇかっ!!」

『ワァアアーーーーッ!!』


冬馬の怪我で沈みがちだった将星スタンドのテンションが一気に上がる。

思わず吉田もグラウンドへ飛び出しかけた。

しかし、そのヒットを打った人物を誰が予想したであろうか。



冬馬「の、野多摩君!!」

野多摩「う…打っちゃった〜…」


一塁ベース上で惚けた表情で将星ベンチを見る野多摩。


相川「な、なぜだ!野多摩はもうインプットされてるはずじゃ…」

真田「どうやら、さっきのマネージャーの言葉にヒントがあるようだな」

御神楽「…六条、君はさっきなんと言ったのだ」


いきなり話をふられてオロオロとしながらも、六条は答えた。


六条「最初の動きで、後を読まれちゃうなら、最初の動きが無かったらいいんじゃないの?…って」

大場「ど、どういうこととです?」

真田「本人に聞いた方が速い。相川君、タイムをかけろ」

相川「あ、ああ」


審判にTの腕を作って、野多摩をベンチに戻す。

なんだかぼやっとした雰囲気のまま、ひょこひょこと野多摩は帰ってきた。

戻ってきた瞬間、設問攻めにあう。


吉田「お、おい!一体どうやって打ったんだ?!」

相川「インプットされた以上、癖が見抜かれているし…」

野多摩「え、えと〜…」

冬馬「とりあえず落ち着いて、少しづつ話して?」

三澤「えと、確か野多摩君も傑ちゃんと一緒で、そんなに苦手コースが無いんだよね」

野多摩「は、はい。バッティングはそんなに得意じゃないんですけど〜…」

相川「そう言えば野多摩も吉田と同じで打つ前に少し動くな」

野多摩「はい、実はちょっと前吉田主将にバッティングを教えてもらって〜…」

吉田「…あ!」






それは、陸王学園戦に入る少し前のこと。

その日はたまたま、野多摩が素振りを行っている所を吉田が目撃したのだが…。


吉田「あー、野多摩。お前はどういうタイプだ?」

野多摩「へ?」


見ていた吉田が唐突に話し掛けたので、野多摩は素振りを止めた。


吉田「例えば、相川みたいに配球を読んで狙いを定めるのか、それとも降矢みたいに来た球に反応してミートさせていくのか…」

野多摩「ん〜…どちらかというと配球を読んだりするのは苦手です」

吉田「よし!じゃあこの俺のバッティングを教えてやろう!」

野多摩「へ?」

吉田「来た球をミートさせるのは俺も一緒だからな、この際教えてやるぜ。お前も将星打線の一員だし。それに…次の試合は県が出られねぇ。お前にはがんばってもらわないと困るって、相川も言ってたしな」

野多摩「はい〜!」


吉田は「じゃあ、まずは構えてみろ」と自分も側にあったバットを持ち上げた。

そのまま、口を動かす。


吉田「昔の偉い侍坂本竜馬って人が使ってた剣道の流派は北辰一刀流って言うらしいんだ。柚子に教えてもらったんだけどな。んで、その北辰一刀流は相手のどんな動きにも通じれるように、切っ先を少しを揺らすらしい」

野多摩「ふむふむ」

吉田「だから、俺もどんなボールが来ても対応できるように常にバットの先を揺らしているようにしてるんだ」


はっはっは、といつもの高笑い。

まさか当の本人も、それがインプットされるとは思いにも寄らなかっただろう。












吉田「そーか…だけど、同じ打ち方なのに、なんで野多摩は打てたんだ?」

相川「考えてみろ、六回の守備の時俺が野多摩に対して言った言葉を」




―――ああ…アイツは人一倍守備に対しての反応と、送球技術がずば抜けていい。今まで誰も気づかなかったがな―――



真田「…反射神経かっ!」

相川「おそらくそうだ、守備に対しての反応が良いということはつまり、ボールが飛んできてから体が動くまでのスピードが早いということ」

野多摩「は、はい。そうなんです〜。だから…」








野多摩「投手が投げてから、スイングすればいいのかな〜って?」





皆が押し黙った。

見つけたぞ、無限軌道の弱点を。


三澤「でもでも、そんなの野多摩君ぐらいしかできないんじゃ…」

西条「一人、忘れてるんやないか。反射神経は知らんが、スイングスピードがクソ高いから投げてからでも打てるような奴を」

冬馬「…降矢だ!」

御神楽「しかし、アイツは見ての通りさっきからおかしいではないか」

相川「御神楽の言うとおりだ。今はこのノーアウトのランナーをどうするかにかかっている。…だが」


相川は次打者の三人を見渡した。

吉田、大場、真田。


相川「吉田は野多摩と同じ打ち方だから、打てるんじゃないか」

吉田「わかんねぇな…絶対に打てるとは言えねぇ」

御神楽「そんなこと誰も言えんではないか」

吉田「だけど、インプットされてんだぜ。ここでもしゲッツーでもとられりゃ…」

真田「万事休す、だな」


四人、口を閉ざす。


大場「お、おいどんもとても打つ自信はありませんとです」

御神楽「当然だ、あの馬鹿で打てないのなら貴様には到底打てん」

相川「大場は外角にめっぽう弱いからな…」

吉田「じゃあやっぱり…」


視線は、ただ一人に集中した。


相川「…よし、吉田は野多摩を死んでも二塁に送れ。大場は一発狙いでいいから振り回す。…後は、真田に全てをかけよう」

真田「…」


真田は真剣な顔で頷き、タイムは解除された。


相川(本当は吉田で勝負するのもありなんだが…あの真田の気迫に押されてしまった。御神楽は絶対に打つのは無理だ、と言ったが…次の打席真田は必ず打つ…何がなんでも、打てなくとも打つ…そんな気がする)



試合が、再開された。

大きな声援と歓声の中、吉田は1-2からの三球目を見事にバントさせ、野多摩を二塁に送る。

四番の大場は、外角を攻められて三球三振。

ここまでは相川の筋書き通り。




相川「…ここからだ!」














『五番、レフト真田君』

『キャアーーーッ!!』

『赤い風〜〜!!』


ご自慢の赤いバットを方に担いで、打席に歩いていく。

いつもより足取りが重い気がした、地面に足跡を残すほど。

相川は真田が通った道から…何か強い力を感じた気がした。

まるで、足跡から湯気が立ち上るよう…。



九流々「一点はリードしたナリ…すでに将星の選手も全員インプットしてるナリ。さっきのような偶然はもう起こらないナリ!」

真田「偶然を起こす気は無い……必然を起こす」

真田は空を見上げた。

九流々「何を言おうと、真田君の赤い風は高めには通用しないナリっ!!」


一球目、やはり高目へのストレート。


バシィンッ!!


ミットが乾いた音を立てた。

『ストライクワン!!』


真田(やはり、高目をついてくるか…)


そう、真田の打法赤い風は打球にバックスピンをかけて距離を稼ぐ特殊な打ち方。

それ故どーしてもボールの下を叩く事になる、つまり…高目の早い球が来るとどうしても打球が上がってしまうのだ。


真田(しかし…それでも打たねばなるまい)


桐生院を…堂島を倒す。

あの腐りきったチームに地面の砂をなめさせないと、この怒りは収まりそうに無い。

いや…あの堂島に痛い目をあわさないと、死んでも死ねん。

もう、桐生院には戻れないが、桐生院の目を覚ます!


真田「そのためにはこんな所で、モタモタしてる訳にはいかん!」

九流々「口ではなんとでも言えるナリ!」


投球コースはまた高目ストレート。

打っても、フライ…。





吉田「真田ぁーーっ!!下からがダメなら…上から叩け!」

真田「っ!」

九流々「無駄ナリ!癖というのはその個人をそのもの表すもの!ましてや、赤い風と呼ばれるほど練習してきたその打法を、そう簡単に崩せるわけが無いナリ!」























真田「確かに、急に綺麗な上から叩くフォームに変えるのは無理だ。…だが!」


真田は赤いバットをまるでクワを振り下ろすように構えた!!


真田「滅茶苦茶なフォームならすぐにできないほど、落ちぶれちゃいない!!」

相川「だ…」

笑静「大根切りかっ!!」


そこから、思い切りバットを振り下ろす!!


真田「上が…れぇぇぇぇーーーーっ!!」





カキィッ!!!ドスンッ!!



九流々「!!」


地面に叩きつけられたボールは、勢いよく太陽に向かって伸びていく。


西条「野多摩!走るんや!ホームを狙え!あんだけ上がったらすぐには落ちてこぉへん!!」

九流々「させないナリ!吉本っ!」

吉本「…こくりっ」


無言で頷くと、キャッチャーの吉本は走り出す!


真田「いくらでかかろうと、あの高さには届かん!」

九流々「誰が吉本にボールを捕れって言ったナリか!!」


なんと、吉本はボールの方でなく、九流々のほうに向かっていった。

そして跳躍して、かがんだ吉本の肩に足をかける。


真田「捕手を踏み台に!?」

九流々「届くナリっ!!」

野多摩「わわわ!」


パシィッ!!

吉本の方からジャンプした九流々は素手で打球を掴む!


真田「だが、ホームには誰もいない………はっ!」

笑静「トリックプレー笑静君の守備位置なめちゃ駄目だぜ」


すでに、笑静がホーム近くまで走りこんでいる、スピードは野多摩と互角。


吉田「滑れ野多摩!!」

野多摩「は、はいーーっ!」

九流々「笑静、頼んだナリ!!」

笑静「任せろ!ここでセーフにさせねーのが俺だろっ!?」


野多摩が地面を蹴って飛び込むと同時に、九流々から笑静にボールが投げられる。

速度は互角!


野多摩「わ〜〜〜っ!!」

笑静「…!!!」






ズザアアアッ!!バシィッ!!!
























『…あ、アウトーッ!!!』




八回表、将1-2陸。



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