150陸王学園戦10Dの悪夢























ベンチから見たその光景はいやにスローに見えた。

今までと同じように冬馬がサイドスローから放った瞬間、悲鳴をあげた。

力が抜け、支えきれなくなった体が宙に浮く、その横を打球が飛んでいく。


ドサァッ。


そして、冬馬は地面に倒れこんだ。


緒方先生「と…」

六条「優ちゃん!!」

『イヤアアーーーー!!』


すぐに将星の選手達はマウンドへとかけよった。


吉田「おい!冬馬!どうした、しっかりしろ!」

野多摩「冬馬ちゃん!」

冬馬「う、うう…て、手首が…」

真田「手首…?」


真田は冬馬の左手首を取る。

そこにはまるで腕時計のベルトのように手首を包みこもうかというくらい長い黒いあざが出来ていた。


真田「な、なんだこれは…」

緒方先生「け、怪我してたんなら言わなくちゃ駄目じゃない!」

冬馬「怪我なんて…そ、んな…覚え、ないよぅ…」

相川「冬馬、どう痛むんだ」

冬馬「わかん、ないです…。さっき、投げた瞬間急に、手首に電気が、走ったみたいになって…」





―――なぁ、…痛み感じないか?電気みたいな―――



降矢「見せろっ!!」

原田「うわっ!!」


降矢は原田を押しのけて冬馬の手首を見た。


降矢「…D」

三澤「えっ!?」

降矢「…………ぐ」


また、頭が痛くなる。

キンキンと金属音のような音が鳴る、口の中で鉄の味がした。


原田「降矢さん!大丈夫ですか…?」

六条「降矢さん…」


降矢「俺に触れるな!!」


バシィッ!!


六条「きゃあっ!」

吉田「お、おい!降矢」


いやに、息が荒くなった降矢は冬馬を見下ろした。


降矢「ハァー、ハァー、ハァー…」

冬馬「…?」

相川「とにかく…手首は駄目だな、投手を交代したほうがいい。…流石に、冬馬ももう投げられそうに無いようだ」

真田「ふん、この少人数で怪我か。無責任な事だ」


バキィッ!!


いきなり真田の顔に拳が入った。

グラリ、と視界が揺れた先には金髪の男が立っていた。


降矢「殺すぞ」

真田「な…何するんだ!!」


ガツッ。

そのまま襟をつかまれ、宙に浮かされる。


降矢「それ以上喋んな、殺すぞ!このクソが!!」

真田(こ、こいつ!なんて力…)

降矢「無責任ってなんだ!僕達は…僕達は関係ないじゃないか!!」

真田「離せっ!!」

吉田「止めろ!!二人とも!!!」


ドシャ。

大声で我に返ったのか、降矢は真田の襟を放した。


真田「はあ、はあ…」

降矢「………」


降矢は呆然と自分の手を見たまま立ち尽くしていた。


真田「ちっ、良くわからん奴だ」

降矢「…ちんちくりん」


そして、気づいたように眼下の冬馬に近寄って言った。


降矢「テメーはもう投げんな。これ以上投げると足手まといになるだけだ」

冬馬「え…」

降矢「もう用無しだ、帰れ」

緒方先生「降矢君、そんな言い方は…」


ギロリ。

緒方先生は言葉を濁した、怖いなんてレベルじゃない。

彼の目は据わっていた。


降矢「これ以上ここにいたってうぜーだけだ、いね」

冬馬「…う」


冬馬の目の両端に水滴がたまり始めていた。


降矢「は?泣くのか、泣くのか?泣いたからって許されるってのか、桐生院の奴の言うとおりだぜ、無責任なヤロー…」


バキィッ!!

いきなり、横からの強い衝撃に襲われる。

それが左手だと気づいたのはすぐだった。


西条「やめとけ降矢」

冬馬「ひっく…西条、君」

西条「冬馬、お前はベンチに下がっとき、俺が行く」

降矢「へ、へへ…たいした力も無いチキン君に何ができるのやら」

西条「降矢…お前、おかしいぞ」

降矢「おかしいのはお前だろ、死ね」

西条「…」

相川「降矢、お前は守備につけ。プレーを再開する」

吉田「相川」

相川(これ以上やっても、もめるだけだ)


何か、歯車が狂い始めている。

相川は投手交代を支持し、選手を解散させた。


『ピッチャー、冬馬君に代わりまして…西条君』


吉田だけを残して、マウンドに三人が残る。


吉田「降矢はどうしたっていうんだ…あれじゃ前みたいじゃないか、最近ようやく丸くなってきたと思ったのに…」

相川「前よりひどいな、まるでこれは…」

西条「青竜の赤竹和哉や」


将星が一回戦を戦った…青竜の非道な選手。


西条「今のアイツに期待したらあかん、何か冬馬の左手を見てから変ですよアイツ」

吉田「…そう言えば、そうだな」

相川「最近何かアイツもおかしいからな、いなくなったり良い奴になってたり」

西条「いや、やっぱり降矢の本性は正義にあると思いますよ。…それが俺の第一印象ですわ、アイツを見た時…勝負した時の」


西条が入部した時、降矢と一打席で勝負をした。

その時の降矢は頭を下げる時ほどの誠実さを見せていた。

普段は口が悪くても、たくさんの練習と沖縄戦、青竜戦、そしてこの陸王戦を見る限り、その奥には何か人をいたわる気持ちがあるはずだ。


西条「さっきも、きっと…冬馬をベンチに下げる為に言ったんですよ」

吉田「それにしても言いすぎだろ」

西条「今回のは口が悪すぎますね、まるで口の悪さに催眠術でもかけられてるみたいですね」

相川「…考えすぎだ、とりあえず試合に集中しよう」

西条「はい!」

相川「疲れはまだとれきってないと思うが、もう六回だストリームも全力で使っていけ」


西条は親指を立てた。

先輩にこの態度、この度量のでかさが西条の魅力だ。



『五番、レフト、坂君』



視線を回す、ランナーは一塁に一人。

西条はグラブの中で、ボールを強く握り締めた。


笑静「どんな形にせよ、もうあの冬馬のファントムとかいうやっかいなのは無くなったわけだ」

吉本「…こくり」

九流々「坂!打ってやるナリよーー!!」

坂「ああ、任せろ」



西条「へ、へへ…将星の投手はファントムだけじゃないんやで、お前ら一回戦見てないんか」


そう言えば、一回戦ではそんなにストリームを投げてないことに気づく。

あの時はマムシ戦法で体力を奪われ、実力を出し切る前に打たれたからな。


西条「ま、ええわ」


左足のスパイクで、地面を勢い良く削る。

そのまま、ボールはど真ん中に投げ出される。


坂「なめてんのか…ストレートをど真ん中だと!?」


坂は勢い良くスイングに行く!

ボールは坂のバットに捉え…。


西条「られないんやな、これが」





ク、クンッ!!



坂「なっ!!」


ボールは、ストレートとほぼ同じスピードのままシュート回転で曲がり落ちる。

高速スクリュー…『ストリーム!!』


ガキィンッ!!


坂は小さく悲鳴を上げて、つまった当たりがファーストの大場のグラブへ。

そのまま自分でベースを踏む。


『スリーアウト!チェンジ!!』

『ワァアーーーーー!!』



西条「将星の西条、二度と忘れんなや」

坂「ぐ…!!」








六回裏、陸2-1将。





結局九流々は打ち取ったものの、笹部に勝ち越しタイムリーを打たれまたも陸王に一点リードを許す。

しかし、冬馬は降矢がなんとかしてくれるだろう、と考えていた。

久しぶりにきついことを言われたから涙が出てしまった、さっきのキックの時よりなんだか痛かったのは降矢の目が怖かったかもしれない。

見捨てられた、って一瞬感じたのは嘘じゃない。


医師「また、将星の選手ですか」

緒方先生「す、すいません」


球場に備え付けられている救護室で、冬馬は医師に手首を見てもらっていた。

青竜戦のときも大量に負傷者が出て、次の試合でも冬馬の負傷。

医師は苦笑を浮かべた。


医師「ふぅむ…君、変化球を多投するのかい?」


アイシングでようやく痛みがおさまった冬馬に医師が聞いた。

手首を軽く触っているのも、何か探っているようだった。


冬馬「はい…スライダーを…痛っ!」

医師「ここが、痛いのかい?」

冬馬「は、はい」


医師は手首のちょうど筋のあたりをグリっと押すと冬馬は顔をしかめた。


医師「ふむ…少しおかしな点もあるが、多分変化球の多投による手首の炎症でしょう。直前に軽くしびれるようなことがあっただろう?」

冬馬「あ、そういえば…」

医師「気をつけなくちゃ駄目だよ。手首に力をかけすぎたから、筋を痛めたんだ」

冬馬「スイマセン…」

緒方先生「あの、これからどうすれば…」

冬馬「つ、次の試合には出れるんですか!?」

医師「うーん、様子見だね。腫れがおさまってるようなら、出れないこともないけど…無理したら他の所にも痛みが出るし。『クセ』になるから治りにくくなるよ、一番いいのはベンチだね」

冬馬「そ…そうですか…」

医師「とりあえずこのまま冷やしていれば大丈夫です、症状が軽いのが救いですね。急に手首に負担をかけすぎたから痛めたんでしょう。なるべく安静にしておいてください先生」

緒方先生「は、はい。わかりました」

冬馬「先生、ベンチに戻ろう?試合がどうなったのか…」

緒方先生「そうね…先生、ありがとうございました」

冬馬「ありがとうございました」


そう言って二人はあわただしくベンチを出て行った。

自分のケガより試合が気になる、か…若いのはいいことだ。


医師「だがしかし…あの黒いあざも気になるし…」


回転椅子がきしむ音をたてて回った。


医師「普通は少しづつ痛みがましてきて炎症になるのに…あれだけの短期間で痛めるなんて…相当無茶な投げ方をしたのか…」









医師「手首に信じられないくらいの強い衝撃があたえられたのか―――?」














ベンチのドアを開けてグラウンドに戻ってきた二人を迎えたのは、ブーイングの荒らしだった。

『な、なにやってんのよアンターーー!!』

『やる気ないなら帰りなさいよーー!!』


そして、さっきとは逆に真田が降矢の襟をつかんでいた。


真田「貴様…どういうつもりだ、負けるのが嫌じゃなかったのか」

降矢「離せよ、俺に期待すんな」


ちゃかすように言ったのが癪に障ったのか、真田の目の色が変わった。


真田「…帰るのはお前の方じゃないのか、降矢とやら!!」

降矢「知らねーよそんなの」

西条「降矢、お前いい加減にしろや!!」

降矢「どいつもこいつも…うるせぇんだ!!!」



ガシャゥッ!!

思い切り腰をまわして、真田をベンチに叩きつけた。


真田「ぐあっ!!」

降矢「…もーほっとけよ俺は」


そう言って、降矢は誰もいないベンチの一番端に座った。


冬馬「梨沙ちゃん…ど、どうしたの?」

六条「降矢さんが…打席の時に三振して…」

西条「まったく気のないスイングで三振したんや、せっかく一打席目インプットされてないってのに…いったいアイツは何を考えとるんや…!!」

御神楽「この試合、あいつにはもう期待できそうにないな…」

冬馬「降矢………?」





ベンチの端で方膝を立てる降矢の目が。

冬馬には何故か悲しそうに見えた。


七回表、陸2-1将。






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