149陸王学園戦9異変























吉田「降矢ーーーーーーー!!」


ホームベースへ戻ってくると恒例のキャプテンの手荒い祝福が待っていた。


吉田「良くやった!良くやった!偉いぞぉぉぉー!」

降矢「ぐお!」


抱擁されてガシガシと頭をなでられる。

ホモかこの人は。


緒方先生「すごいわー!降矢君!!感動したわよー!!」

降矢「ほぉ…」


むぎゅっ。


六条「…降矢さん、気持ち良さそうな顔です」

降矢「気のせいだ」

大場「流石降矢どんとです!」

原田「ナイスバッティングッスよ!」

降矢「たりめーだ馬鹿、あれくらい打たないとどーするんだ」


真田はベンチから一歩も動かずその光景を見ていた。


真田「あの金髪が九番の訳が少しわかった」

相川「ん?」

真田「アイツは…一巡で無限軌道の弱点をインプットしやがった」

相川「…ま、本人志望なんだがな」

真田「あれだけのバッティングをする奴が九番ね…おかしなチームだここは」

相川「ああ…おかしなチームだぜ」


バコォーンッ!

またメガホンが頭に当てられた。


美香「死ね金髪!」

智香「いい気になってんじゃないわよ!」

梨香「帰れ帰れ!」

降矢「ぐっ…テメーらまだいたのか」

冬馬「そうだそうだ!」

降矢「テメーもか!!」







九流々はその後動揺しつつも、なんとか御神楽をファーストゴロに抑えて三回裏をしのぎきった。

ベンチに戻ってくるなり、開口一番で謝罪を述べ監督に頭を下げた。





長嶺監督「ほっほっほ、気にするな。あの降矢という選手、かなりキレ者じゃの」

笹部「確かに九流々は大和や浅田、森田に勝るほどの実力は無い。そこをついてくるとは…」

長嶺監督「しかし、それは夏東創家にやられたじゃろ。その反省をいかしてここからどう戦っていくかがポイントになる」

九流々「ナリ…」

笑静「気にすんな九流々、まだ同点だ。また俺達が点とってやるって、なぁ吉本」

吉本「…こくり」

長嶺監督(同点、確かに同点なんじゃが…)



降矢は左で打ったのだ。

つまり……右打席のバッティングフォームはインプットさせていない。


長嶺監督(となると…降矢君にはまだ一回のチャンスが残されていることになる)

相川「つまり…一点で凌ぎきれば降矢がなんとかしてくれる可能性が…あるってことだ」

冬馬「やっぱり、投手戦になりますか?」

相川「ああ、頼むぞ冬馬」

冬馬「はいっ!」

降矢「へっ、びびって勝負もできなかったクセによ」

冬馬「む…!」







その後試合は、停滞することなく進んでいく。

何故か威力の上がっているFスライダーを駆使して冬馬が陸王打線を抑えていけば。

九流々もすでに八人の打者をインプットしているので、将星打線にヒットを許さない。

この試合の次の注目点。

陸王は再び上位打線に回ってからの攻撃。

将星は、降矢に期待するしかない。




…つまり、陸王ちょうど一番の笑静からの攻撃、将星は降矢に回ることとなるこの六回は均衡が崩れる可能性が高い。


赤城「はずや」

滝本「なるほどな…両チームとも何とかしてこの六回に点を入れたいわけだ」

赤城「この六回が今の所一番点が入る可能性が高いんや。陸王にとっても将星にとってもな」

森田「しかし…陸王はまだ攻撃のチャンスがあるのに対して、将星は降矢が次インプットされて打てなければ終わりだ」


腕を組み直す。

つまり、攻勢的には将星の方が多少不利に見える。


赤城「そう…だから何としても六回は将星は、絶対的に失点を許してはいけない!」








そして、試合はその六回にたどり着く。

六回表、陸1-1将。




『一番、セカンド、笑静』



この試合のピンチには全て絡んできているこの男の三打席目。

相川はその名前がコールされる前にすでにマウンドへと上がっていた。


相川「ここだぞ冬馬」

冬馬「はい…」

相川「この回を抑えれば、裏で降矢が点を取ってくれると信じよう」

冬馬「はい!」


テクニック的には確実にこの笑静という男の方が一枚も二枚も上手だ。

ならば逆にここは根性論で押すしかない。

特に今は、冬馬はここまでFスライダーで三振の山を築いてきている、精神状態は安定…いやノっているはずだ。


『冬馬きゅ〜ん!!!ふぁいと〜〜〜!!!』

冬馬「この声援が有る限り、簡単に打たれたら駄目ですよね」


相川は親指を立てた。

OK、燃えてるぜ冬馬君。




笑静「はてさて、次はどんなトリックプレイを見せて欲しい?」

相川「何も見せないでくれると一番ありがたい」

笑静「そういうなよぅ、クックック」


声を上げて笑うと、一つ素振りをする。


笑静「さっき俺の打席の時にインプットしたとか言ってたよな」

相川「まぁな」










笑静「出来る訳ねぇんだ。トリックプレイはまだたくさんあるんだからよぅ」



相川「じゃあトリックプレイとやらを出さなければいいんだろ」




上からと下からの視線が交錯した。

笑静も相川も表情だけ見れば笑っている。



笑静「さて、行こうかぁ」


相川が出したサインはFスライダー。

つまり、力押しだ。


相川(もう俺に妙なバントは効かん。全てカバーしてやる。だからお前はFを投げて来い)


冬馬のFスライダーは回を増すごとに上がっている。

今のこの変化量ならバントすることも困難なはずだ。


冬馬(はい!)


右バッターの笑静から一番遠い所にボールは投げ出される。

そこから…ほぼ直角に錯覚するほど鋭く曲がる!!



―――ヒュザゥッ!!



バシィンッ!!


『ストライクワンッ!!』



笑静(…ふーん、九流々の言ってた通りだな。やっぱりこのファントムスライダーとやら…威力が上がってる)


このままじゃ簡単にバントもできないな。


笑静「すごいね、このスライダー。威力上がってきてるよ」

相川「ああ、俺も驚きだ」

笑静「こりゃ俺も打てないかもね」

相川「言っただろ、トリックプレイはもうインプットしたとな」

笑静「ふーん…」

相川「喋っている暇は無いんだ、決めさせてもらう」



冬馬は続けてFスライダーを投げる。

ミットにおさまり、ストライクを宣言されるが笑静のバットは動かない。


相川(手が出ない、か…)

笑静「すごい変化球だな」

相川「喋っている暇は無いと言ったろ」


相川は続けざまにFスライダーを要求、力押しで行ける。


相川(全力で投げて来い!冬馬!)

冬馬(はい!!)


笑静はグリップに力を込めた。

振ってくる、相川はそう感じたがそう簡単に打てる球じゃない!



冬馬「うあああーーっ!!!」




ピシィッ。




また。

まただ。

黒い…電気みたいな光が手首から出た。





―――バシュアァッ!!




笑静「すげぇ球ってのは諸刃の剣!!アンタにその変化がとれるのかい!!」



ファントムは三回の九流々に投げた時よりも、さらに変化量が上がって―――!



相川(……これはっ!!)



バチィンッ!!



相川のグラブを、弾いた。


吉田「振り逃げだと!!」

冬馬「ああっ!」


ボールは左斜め後方を点々と転がる。

相川がボールを掴む頃にはすでに笑静はファーストキャンバスを駆け抜けていた。


相川「…!」

冬馬「ま、またランナーに…」

笑静「確かにあんたのそのファントムはすげーよ。…だがそれはキャッチャーにとってもすげー球なんだよねぇ」

相川「ぐ…」



またもや、笑静がランナーに出る。

そして、二番の吉本は冷静に送りバントを決め…。






『三番、投手九流々君!』

無限軌道が立ちふさがる。



相川(ちっ…ファントムの威力が上がることが…こういうことになるとは…)


バシィッ!

勢い良くグラブを手で叩いた。


相川(冬馬の進化はすさまじい。…一試合の中だけで、俺がとれないほど変化球の威力が上がるなんて…)




明らかに、異常だ。




相川(おかしい…人間の進化するレベルじゃないぞあれは)

冬馬(…)


冬馬も異常…いや、異変を感じていた。

どうも先ほどから、左手首がピリピリとまるで静電気を帯びているように軽くしびれているのだ。

ともすれば麻痺しそうになる。


冬馬(ど、どういうことだろ…)


ここまでに投げた投球数は82球、確かにそろそろスタミナが悲鳴を上げ始める頃だ。

…しかし、今まで疲れて体が重くなることはあっても、このように手首がしびれることなんか無かった。


冬馬(…?)


気のせいか、あのDのマークの黒いあざが少し大きくなってる気がした。

しかし、今はそれどころじゃない。

何とかして九流々を抑えなければ。




相川(さぁ、どうする相川)




先ほどの威力の上がったFスライダーはインプットされた。

それより威力の上がったFスライダーは相川が捕れない。

しかし…抑えるには全力のFスライダーを投げるしかない。


相川(捕るしかないんだ。…動けよ、俺の腕)



冬馬…第一球!!


冬馬「いっくぞぉーーー!!!!」


走る、腕の黒い電気。





―――バヒュアアンッ!!


さらにさらに打者の手前で曲がるファントム。

幽霊どころの騒ぎじゃない。



九流々(変化が鋭すぎて目が追いつかない!!…見えないナリ!!)


だが軌道は関係ない。

あの場所からおよそボール五個分内側に入ってくる…!

しかし!



九流々(ま、また軌道をうわまっているナリ!!)


ボールはバットをすり抜ける!!





バチィンッ!!






相川(っ!!!)

冬馬「!!」

九流々「しゅ…笑静!サードナリ!」

笑静「わかってますって」



ズザアッ!!

土煙を上げて笑静がサードに滑り込む。

キャッチャーの相川はまたも後逸、やはり『あの』Fスライダーはもう捕れないのか…!


相川「くそおっ!!」


後一歩なのに…どうしても、どうしても左手が動かないっ!!

どーすれば…どーすれば!



相川「…」

冬馬「相川先輩…!」

相川「投げて来い、冬馬。Fスライダーを…”全力”でな」


九流々が相川を振り返る。


九流々「正気ナリか!」

相川「そうしないとアンタに打たれるだろうが」

冬馬「相川先輩…」

相川「冬馬、俺を信じろ」


吉田「おう!相川は何とかする奴だ!!」

大場「相川どんなら捕ってくれるとです!」

原田「冬馬君!相川先輩を信じるッス!」

御神楽「…打たれても、僕達がなんとかする」

『冬馬きゅーん!!頑張れーーー!!!』



冬馬「…はい」


冬馬はゆっくりと頷いた。

右足を上げ、そこからボールを誰もいない左打席目掛けて投げ込む。



冬馬「いきます!!!」




バヒュアアアアアア―――。

ボールは、消える。

そして、やはり九流々のバットはファントムについていけない!


九流々(一球ごとに…軌道を上回る!?…そんな馬鹿な話が……!!)

相川「う、おおお!!!」

















バシィンンンッ!!!





『ストライク!!バッターアウトォッ!!!』

『キャアアアアアアーーーーー!!!』


冬馬「よ…よぉぉし!!!!」

相川「どうにか入ってくれたぜ…」


笑静「なんでだ、どうしてそんな訳のわからない変化を捕れた!!」

相川「コイツだよ、コイツ」


相川は打席に立ち尽くしている九流々を首で指した。


九流々「ワガハイ…?」

相川「ファントムの軌道を読んだんだよ…とは言ってもあれはもうファントムじゃない。…あの変化量はファントム…幽霊なんて生易しいものじゃないけどな…」

笑静「…まだ…まだ笹部がいる!」










『四番、ショート笹部君』




相川「誰でも…このF(ファントム)の進化系…言うなれば、雷の如き速さで曲がるL(ライトニング)を打てる訳が無い!!」

笹部「く…」

相川(冬馬!行け!今のお前なら誰にも打たれない!!)

冬馬(はいっ!!)



ファントムよりもさらにキレ、変化量が上がったライトニング。

冬馬、セットからの第一球…。








―――ビシィッ。





黒い電気が、激痛に変わった。







冬馬「う、うわああああ!!!」





投げ出されたボールは…ただの外角スローボール。


相川「と、冬馬…!!」

笹部「もらいましたよっ!!」






キィィンッ!!



原田「!!」

大場「う!」


ボールは速いバウンドで、一・二塁間を抜けていく!!

三塁の笑静はもちろんホームイン!!



陸王に…再び勝ち越しの二点目が…!







吉田「と…冬馬―――!!」











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