146陸王学園戦6トリックプレイ























大場、真田、相川、きっちり三人で抑えられた。

二回の裏の将星の攻撃も得点はゼロ、いまだ陸王に一点リードをつけられたまま。

そして九流々の無限軌道の完全インプットまで残り三人。



三回表、陸1-0将。



この回の陸王の攻撃は九番の竹林から。

無限軌道攻略を未だなしていない将星にとっては、これ以上の失点は敗北に等しい。

すでに将星の攻撃の要である四人のうち、三人がインプットされてしまっている今では、残った降矢に全ての希望をたくすしかない。

あの男なら、きっと何とかしてくれる。

そんな訳のわからない期待が相川の脳裏にあった。

それは夏の大会で降矢の助言から霧島に大逆転勝利を収めたことが何よりも相川の意識に深く根付いているからだ。

あの男ならば、絶対的不利な状況でも何かを起こしてくれそうな気がする。

奴には、何か不思議な勝利に対する執念が眠っているような気がする。

ならば、相川ができることはこれ以上の失点を許さないことである。



カキィンッ!!



外角のストレートに手を出して、打球はショート帝王のグラブに一直線。

落ち着いてそれをグラブに収め、ファーストへ送球。


『アウトォッ!!』


相川(まずはワンアウト…だが、問題はここからだ)




そう、打順は一巡り。

再び一番笑静からの攻撃が始まる。



『一番、セカンド笑静君』



笹部「やはり、もう一点が欲しいですね、先生」


陸王側ベンチ、陸王主将の笹部が傍らの長嶺監督に話し掛けた。

長嶺監督は少し遠い目をすると、いつものようにそのアゴに蓄えた長い髭を触る。


長嶺監督「ふむ…そうじゃのう、点差が広がって悪いことは何も無いからのう」

笹部「ご指示を出されますか」

長嶺監督「そうじゃな…再び笑静からの攻撃。そして、相川君と少し勝負でもしてみようかの」

笹部「はい」


そう言うと笹部は右手を胸においた後、帽子を二回触った。

なんだか無駄に色気のある横目でその動作を確認した笑静は、苦笑すると笹部に親指を立てた。


笑静「相川さんよぉ…どうもうちの先生はお前のことを買ってるみたいだね」

相川「さっき誰かに言われたなそれは」

笑静「うちの先生はお前と勝負がしたいらしいぜ」

相川「…勝負?」


相川は少し顔を動かして笑静の顔を見た。


笑静「そう、あんたはどう出る?ここで俺がランナーに出れば、きっと九流々がまた一点を返すね」

相川「ほぉ…」

笑静「つまり、あんたは俺を抑えなきゃいけないわけだ」

相川「敬遠で逃げるっていう手もあるぜ」

笑静「…へぇ」


やはりこの男、食えないね。

笑静は長嶺監督が相川を買っている理由が少しわかった気がした。

まぁ、口ではどう言っていても笑静とは勝負せざるをえないのは相川が一番わかっているだろう。

先ほどまでの対戦で、陸王は下位打線はそれほど実力を持っている訳ではないようだと感じた、それほど一番から四番までの上位打線のインパクトが大きい。


相川(だからこそ、コイツらを抑えなければならない)


問題は冬馬に自信をつけることだ。

マウンドのちびっこは気分次第でどうにでも能力が変わる安定感の無いピッチャーであるというのは今までバッテリーを組んできて思い知らされた。

だが逆に、一度のせてしまえば冬馬のFスライダーの威力はガンガン上がっていく。


相川(なんとしても、この回三者凡退で終わらせる!)


そしてもう一つ。

九流々はどう見てもパワーがあるようには見えないし、ホームランを打った、というデータも少ない。

つまり九流々に回るまでに抑えてしまえば失点は防げるはずだ。

相川は脳を全開にしてサインを出した。














森田「同じ捕手として、どう攻めると思う」

滝本「ここでの勝負は避けられない所だろう」


将星側ベンチ上の他の観客とは雰囲気が違う五人組。


尾崎「あ!見て見て赤城さん!あの将星の子すんげー可愛くねぇッスか?」


…約一名は普通に来たようであるが。


赤城「あほぅ!試合を見とかんか!」

尾崎「ぐぇっ!く、首を引っ張らないで下さい!」

赤城「そうやな〜、冬馬君にとっても上位打線をどう抑えるかがツボになりそうやから、この勝負は滝本君の言うとおり避けられない所やな」

森田「ファントムを使うか」

赤城「そうやな…それよりも、気になるのは笑静君の出方や」

甲賀「笑静君の出方でありますか?」

赤城「見てみ、あれ」

甲賀「…!」


打席上の笑静はの構えは…。



冬馬「なっ…!」























バント。


相川(馬鹿な…それはさっきやっただろうが?)


そう、先ほどの一打席目で笑静はすでに奇襲とも言える意表をつくセーフティーバントを決めている。

ただ、セーフティーになったのは奇襲だったからだ、二度目の奇襲は奇襲にならない。


笑静「さぁ、問題だ相川君、俺はこの後どうするでしょう」

相川「…!」


これが、長嶺監督の問いか。



長嶺監督「さぁ、どう出るかね、相川君」

笑静「さぁ、どう出る相川君よぅ」

相川「…」


考えるのが俺の仕事だ。

相川のコンピューターが起動する。

おそらく簡単に考えても、確実にただバントしてくるわけが無い。


相川(とすると…考えられるのは、バスターだ)


バントの構えからヒッティング強攻に変えるバスター。

狙ってくるのはそれか。


相川(しかし、それくらいなら誰にでも考えられることだ)


おそらく相手は更に何かを越えることをしてくる…が、それがわからない。

ランナーもいないこの状態では冬馬を揺さぶることも不可能だ。


冬馬(相川先輩、どうします?)

相川(迷うな、Fスライダーで行け。お前のFスライダーは普通には打たれない)


しかし、冬馬には少し恐れがあった。

先ほどの九流々に…いとも簡単にFを打たれたことだ。


冬馬(…でも、俺にはこのFスライダーしかないもん!)


冬馬はロージンバッグを握り締めた。


冬馬「行きます!」

笑静「へぇ〜、可愛い声してるじゃん」

冬馬「っ!…そ、そんなことありません!」


ボールを握り締めて…対角線上、ファイアークロスから…。


冬馬「Fスライダーーーーっ!!!」



投げる!!






相川「俺の答えは…考えないことだ!…下手な考え休むに似たり、そのバントの構えは俺を悩ませる事だけの構え!!」























笑静「残念、不正解だ」




笑静は身をかがめてバントの構えのまま、バットにボールを当てた。


カキンッ!!



相川「っ!」

冬馬「し、失敗!?」


バントされた打球は上に浮いてしまい、ファースト側にふらふらと飛びすぎている。


相川「しかも打球の威力が強すぎだっ!大場!お前が捕れ!冬馬はファーストに入れ!!」

大場「わ、わかったとです!」


ふらふらと上がったボールは大場の目の前に落ちて―――!






















笑静「さっき言っただろうが、トリックプレイってよぉ」



ボールは、地面についた瞬間に…なんと相川の方に戻ってくるようにはねた!

相川「な、なんだと!!」

大場に任せていた相川のスタートは当然遅れている、相川が打球を処理するより速く笑静は一塁を駆け抜けた。


『セーフッ!!』



相川「…う!」

長嶺監督「ほっほっほ、やりおったわい」

笑静「流石に俺のトリックプレイまでは調べてなかったみたいだね相川君。といっても、別に特別なことじゃないんだけどさ」

冬馬「ま、またトリックプレイ…?」




笑静「トリックプレイって辞書でひいてみな。意味は『相手を惑わすようなプレーだ』ポジショニングも、バックスピンをかけて戻ってくるように回転をかけたバントも全部トリックプレイ」


笑静は、シニカルな笑みを浮かべてピースサインを作った。


笑静「どーよ相川君。どうやら俺達の買いかぶりだったみたいだね」

相川「…もともと俺はそんなにたいしたことのない選手だ…だがしかし」














相川「そのトリックプレイとやらを…インプットさせてもらった」

笑静「!!」

冬馬「え、ええっ!?」

九流々「わ、ワガハイのパクりナリ!」

相川「俺だって将星のコンピューターだ、二度同じ間違いは絶対にしない!…任せろ冬馬、ランナーがいようがいまいが…奴…九流々には打たれん!」


ビシィッと九流々を指差した。



長嶺監督「…ほっほ、まだまだ相川君にも色々とありそうだね。よく見ておくんじゃよ、笹部」

笹部「はい、わかりました先生」



三回表、陸1-0将、ランナー一塁。






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