145陸王学園戦5立ち向かえ相川
















二回裏、陸1-0将、二死。


五番の赤い風真田も、九流々の無限軌道の前にあえなく内野フライに打ち取られる。


『嘘…あの真田って人もともと桐生院の人なんじゃないの?』

『それもアウトとられちゃったよ…』


将星女子応援団ではざわざわとした不安が広がっていく。

やはり、前回大活躍の真田が簡単に打ち取られたショックは大きい。


森田「やるな」

赤城「ああ、どんなトリックがあったにせよ、あの真田君をああも簡単に討ち取るとはな」


赤城と森田と真剣な表情で戦況を見つめる。

二人とも真田の凄さを知っているだけに、余計に九流々に対する畏怖は増えるばかりだ。







長嶺監督「ほっほ、九流々よ…夏に破れてから無限軌道を鍛えてきた甲斐があったのう」


夏の大会、陸王が浅田の東創家に敗れてから九流々は必死に無限軌道を鍛えてきた。

三年生はいなくなったものの、この無限軌道さえあれば今年こそ甲子園を狙えるかもしれない、そう長嶺監督は考えていた。


長嶺監督(笑静、吉本、九流々、笹部。この上位打線で点を取り、九流々を先陣に高い投手力で勝ちを狙う…夢の話ではないの)


しかし。

将星で勝負を左右するほど敵を見抜く力を持っているのは、まだ二人残っている。

頭脳担当の相川と、観察力と勝負強い降矢だ。


『六番、キャッチャー相川君』



特に将星高校のチーム力を見る限り、守の方面はこの相川がほぼ全てを担っていると考えても間違いない。

そうすると相川を、『打撃の面での無限軌道攻略の思考』に追い込んでさえいれば守りにまで考える余裕がなくなってくる。

早め早めに点を取ってしまえば、九流々で抑えきれるはず。



真田「気をつけろ相川」

相川「…」


真田が赤いバットを肩に担ぎながらベンチに帰ってくる。

額には少し汗が光っていた。


真田「インプットされるな、それだけだ」

相川「やはり、インプットが鍵か」


それだけ言うとベンチに座って口を堅く閉じた。

相川はネクストバッターズサークルを立ち上がって打席に向かう。


相川(やはり無限軌道の鍵はインプットだ。…おそらく初期動作の癖をインプットすることによってその後の無限に存在する動作を見切ってしまっているのだろう)


相川達は所詮高校生、プロのようにスイングスピードが馬鹿みたいに速いわけではないし、プロでもそうだが…どうしてもピッチャーが投げる瞬間にある程度の予測をつけないとどうしようもない。

特に、相川のように読みで勝負するバッターにとっては。


相川(かといって、吉田のように野生の勘で打ってるような奴だと逆に無限軌道で上手く交わされちまう…どうしたもんか)


ガリガリと地面の土をスパイクで削っても相変わらず名案は浮かばない。

ただでさえ一点負けてるから無限軌道の攻略を急がなければいけない上に、なんとかして冬馬のあの少ないスタミナであと八回、陸王のあの怒涛の攻撃を凌がなければならない。


相川(…考えるのは俺の仕事だ。頭脳がパンクしても、なんとかしなければ)


すっと息を整える。

とりあえずは目の前の勝負に集中しなくては。


九流々「さて、三番目ナリね」

相川「…三番目?」

九流々「主にワガハイがインプットするべき人物は四人」


九流々は四本の指を前に突き出した。


九流々「吉田、真田、相川、降矢。この四人さえインプットしてしまえば、ワガハイの無限軌道は成るナリ!」

相川「ただでさせると思うか」

九流々「かと言ってバットを出さなければ打てないナリよ」


痛いところつくぜ、相川は心の中で悪態をついた。

それはそうだ、バッティングは振ってなんぼである、振らなければ当たらない…ただ、降ってしまえばインプットされる。


相川(さぁどうする)


九流々の一球目!


九流々「ナリぃっ!!」


外角ストレート!!


ピクッ!!

ズバァッ!!


『ストライクワンッ!!』


相川は軽く反応したが、すぐに振るのをやめた。

やはりそう簡単に攻勢には出れない。


九流々「流石に手を出してこないナリね」

相川(一番マズイのは…一点をリードされてるから、失点覚悟で打てるコースを投げてくることだ。一度インプットされてしまえば次からの打席はさらに厳しくなる。…クソッ!これを見越してのあの初回の見事な先制劇なら俺は長嶺監督を尊敬するぜ)


多分に、次は真田と同じくどうしてもスイングせざるを得ないコースを投げてくるだろう。

それを降るか降らないか。

もしヒットなら、『九番の降矢』に回る。


相川(そうすればあの降矢のことだ、なんとかしてくれるに違いないが…)


振り向いた先の金髪は手をアゴに下において勝負を見つめていた。

こちらの視線に気づくと、不適に笑う。


相川(…任せてみるか。降矢がもしホームランを打ったなら、2-1で俺達が一点リード…後はそれを抑えきってみせる)


九流々、第二球。


九流々「さぁ!見せるナリ!その動作をっ!」


ふわりと宙に浮くスローボール。

打ちごろだ!!


相川「任せたぞ降矢!!」




カキィーーーーンッ!!!!




当たりに響く、軽快な金属音!

相川のバットが捉えた打球はピッチャーの頭上。

思わず吉田も握りこぶしを作る!


吉田「よっしゃあ!!」

大場「初ヒットとです!!!」

『ワアアアーーーッ!!!』













バシィィンッ!!!




しかし、その歓声は乾いた皮の音によってピタリと止められた。

地面を動く影がいやにゆっくりと見えた、その上。

セカンドの笑静が、セカンドベースの上で、バスケ選手張りの大ジャンプを見せていた。



笑静「うーん、いいねこのサイレントターイム」


ズシャリッ!ゴロゴロ…。


そのまま地面を二三度転がり、地べたに座り込む。

目を閉じて苦笑し、グラブの中に入っている白い球を審判にアピールしてみせた。


『ア…アウトォーーッ!!』


笑静「どーよこのトリックプレイっぷり。お前らは知らないと思うけどよぅ」

相川「ば…馬鹿な!」



御神楽「な、なんて広い守備範囲だ!!」

降矢「違うぜ、ナルシスト」


側にいた降矢がぼそりと言った。

その目は笑静を捉えて離さない。


降矢「アイツは最初から、セカンドベース上にいやがったんだ」

『!!』


将星ベンチ内に衝撃が走る。


降矢「コロ助が投げた瞬間に…ベースの上に移動しやがった」


そう、笑静は九流々が投げた瞬間にスタートを切り守備位置を変えたのである。

おそらく、九流々が高めにわざと打たれる球を投げるとふんで。

プロ野球選手でも守備位置を変えて、投手のピンチを救った名手は多い。

一番身近な人物では、巨仁の仁志選手であろう、彼は打席に立つバッターによって守備位置を変えるという。


九流々「インプット完了…ナリ。残りは一つ!!」



九流々はグラブをベンチの降矢に向けた。


九流々「降矢君さえインプットすれば…ワガハイの無限軌道は成る!!」


いいね。

いいねこの感じ、うずうずするよ。

降矢の胸の中に否応無く沸いてくる感情。

この頃無かった感じのあの感情。

怒りと興奮と満足とが入り混じって訳がわかんなくなって、ノる。ノってくる。



側にあった黄色いバットを手に取り。

視線と同じくバットを九流々に向けて交錯した。

顔は笑っているが目は笑っていない…まさしく面白い、と言った感じ。



降矢「…おもしれぇ…やってみろよこのクソ野郎が!!!」

そのまま思い切りベンチにバットを叩き下ろす!

ドガァアンンッ!!!!

あっという間にベンチの端が木の欠片になった。


降矢「なめてんじゃねぇぞ…ぶっ殺す!!!」


―――降矢毅に火がついた。








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