144陸王学園戦4軌道の凄さ
相川「なるほどな。やはり、俺の予想は当たっていたようだ」
一回裏、三振してベンチに帰ってきた御神楽はまずコロ助がしゃべった内容をそのまま相川に伝えた、もちろん自分の負け惜しみも含めて。
相川はデータ帳に書き込み、ペンをコロ助に向ける。
真田「つまり、初期の動作状況で後の動きの軌道を全て読んでしまうということか」
御神楽「馬鹿な、そんなものはこの世の中に無数に存在しているんだぞ!」
相川「だから”無限軌道”だ」
『二番、センター野多摩君』
相川「アイツはさっき打席に立ったとき『インプット』した、とそう言った。おそらく一度見た軌道を頭に叩き込むんだろう」
一度見た軌道を頭に叩き込むなど、コンピューターの様な正確さが無いとまず不可能だ。
降矢「コロ助なだけにな」
原田「機械ッスからね」
相川「馬鹿なこと言ってる場合じゃないぞ、あれを攻略しないことには…」
降矢「笑わせるな」
降矢は足を組んで相川の目を見る。
いつもの目つきの悪さは変わらず、その奥には自信が灯っている。
降矢「観察力なら負けねー、すぐ見破ってやる」
その間に野多摩もあっという間に内野ゴロにしとめられてしまった。
これと言った決め球がある訳ではないが、中途半端に変化するスラーブとHシンカーの二つの変化球が無限軌道の特徴と合わさって上手く相手を討ち取る効果を倍増させている。
野多摩はぐずりながら帰ってきた。
野多摩「うぅ…ごめんね県君」
そして言うなり県に謝りだした、県はおろおろと手を振る。
県「そ、そんな、別に僕に謝らなくても」
野多摩「今日は県君の代わりに出てるようなものだから…頑張らなくちゃいけないのに」
県「別にそんなに気負わなくてもいいですよ」
六条「そうですよ、大丈夫です」
冬馬「こんな時のキャプテンだもんね」
『三番、サード吉田君』
皆の視線が熱い主将に注目する。
吉田はバッターボックスに向かう途中で振り返った。
吉田「相川、俺はどーすりゃいいんだ」
相川「…とりあえず粘ってみろ」
吉田「よっしゃ!」
ずんずんと、足を踏み出して打席に入る。
九流々「来たナリね、キャプテン吉田君」
吉田「おうよ!無限軌道だかなんだかはわかんないが、打ってみせるぜ!」
ギュッとグリップを握って九流々を見据える。
しかし、今回は相川からの助言が少なかったな、と吉田は思った。
仕方の無いことだ、まだ一回、しかも情報が徹底的に不足している。
そう思っていると、いつのまにか九流々が投球フォームに入っていた。
吉田(考えるのは俺の仕事じゃないな…よし、初球はとりあえず高目の球に読みをはるぜ)
来る球に集中する、オーバースローからボールが放たれる。
吉田(…ぬっ!?低め!?)
九流々が放ったボールは外角低めのストレート。
奇しくも吉田が予想した高目とは全く逆をつかれた形となる。
吉田「ちっ!」
バシィッ!!
『ストライクワンッ!!』
完全なストライクゾーンだったが吉田は手が出ず見送る。
ボールがミットに吸い込まれた瞬間、審判は待ってましたとばかりにストライクコールを高々と告げた。
吉田(ちくしょ〜…やっぱ配球を読むのは苦手だぜ、そーいうのは相川に任せりゃいいんだが…)
今はとりあえず粘るしかない、吉田は投球コースに予想をはるのをやめて来る球に対応するようミートを開いた。
九流々、第二球は内角高目ストレート。
吉田(…ストライクゾーン!)
吉田はスイングに行くが、ボールはそこから体に向かって切れ込んできた。
高速シンカーだ!ボールはするすると滑り落ちるようにミットに入ってきて、吉田のバットは空を切った。
ブンッ!バシィッ!!
『ストライクツーッ!!』
吉田(畜生…なんだか、言いように遊ばれてる気分だぜ)
九流々「吉田キャプテン、インプットしたなり」
吉田「!?」
またもや九流々の口から「インプット」の単語が飛び出した。
吉田は思わず身構えた。
九流々「吉田キャプテンは…ワガハイが投げる瞬間におそらく、無意識の内に体が反応してしまうナリね」
吉田「む!」
吉田のミート力と反応力が高いのは以前記述した覚えがあるが、実はその理由は吉田の無意識のうちに体が反応することにある。
九流々が投球フォームに入った瞬間に吉田は知らず知らずの内に体が投球を読んでいるのだ。
それで打てるのは吉田の勘が優れているのか、才能と経験によって育まれたものなのかはわからないが、この九流々はその吉田の一瞬の体の反応を見逃さずに、その瞬間に投球コースを変えているのだ。
それはバッテリーがノーサインで投球を送っていることになるが、この九流々とキャッチャーの吉本の相性の良さがなせる技である。
九流々「という訳で…インプットさせてもらったナリよ」
吉田「ぐ…えぇい!ごちゃごちゃ考えずに来い!」
九流々第三球!
投球は外角低めにストレート!
吉田「ふんがああっ!」
バシィッ!!
『ストライクッ!!バッターアウトォッ!チェンジ!』
吉田「く…くそぉ」
吉田のバットは再び空を切った。
森田「ほぉ、あの吉田を三球三振にとるとはな」
森田は目を細め、感嘆を含んだ語句をもらした。
赤城もたこ焼きを口に含むと、口を動かしながら爪楊枝でマウンドからベンチに戻る九流々を指した。
赤城「あの九流々君の無限軌道はたいしたもんやな」
甲賀「おそらく拙者の目の良さと同じような感じの能力だと思い候」
甲賀は森田の振り返って言う。
森田「お前と同じ?」
甲賀「吉田殿は打つ瞬間に振るコースに対して一瞬体が反応して動くのです」
尾崎「うげ…なんて視力の高さ」
赤城「なるほどなぁ…なんとなくわかったきたで」
滝本「しかし、将星がそう簡単にやられるかな」
森田「そうだな、そう簡単にやられては困るんだがな」
滝本「あいつらは九人ギリギリに含めてウチの和哉のラフプレーがあるという苦しい状況下でも打開して俺らに勝利した奴らだ」
何か不思議な運みたいなものを持ってるんだよ、と滝本は呟いた。
さて、試合の方は一回の裏を将星が三者凡退に終わり二回を迎える。
吉田と九流々の対戦を見て、相川は何かヒントを掴んだかのように見えたが未だに悩んでいる様子であった。
無限軌道…初期動作からその後の軌道を全て読んでしまう恐ろしい能力。
物体が動作する上で、他からの衝撃を受けない限り軌道というのは計算で求められる、これは物理の教科でも習うとおりだ。
それを九流々はおそらく一瞬のうちで頭で計算しているのか、はたまた勝手に浮かんでくるのか。
どちらにせよ、無限軌道は名前だけの存在ではない。
二回表、冬馬は一回に一点を失ったものの、ようやく立ち直ったようだ。
安定したピッチングと相川のリードによって、先頭打者をファーストフライ、次打者を三振、そして。
冬馬「えぇいっ!」
―――ギュバァッ!!
ズバンッ!!
『ストライクバッターアウト!!チェンジ!!』
三人目の打者は追い込んだ後、決め球のファントムスライダーで三振に切ってとった。
冬馬はようやく笑顔を浮かべてベンチに帰ってくる、その途中で降矢に小突かれた。
冬馬「痛っ!何すんだよ」
降矢「負けてるっていうのに何ヘラヘラしてんだよお前は」
冬馬「む…だってランナー出さずにスリーアウトとったんだもんっ」
降矢「…言ってろ」
降矢はキッと睨んだ後、早足でベンチに向かった。
冬馬「な、なんなの、もぅ…」
顔をしかめつつも、暖かく迎えてくれる野多摩と六条に笑顔を振りまいて冬馬はベンチに座った。
二回裏、将星高校の攻撃、この回は赤い風に回る。
そこがポイントだと降矢は思っていた。
今まで打ち取られたのは御神楽、野多摩、吉田、いずれも弱点を見極められてやられている、しかもわずか一打席で。
キーはインプット。
降矢(…これまで打者が打ち取られている時は…必ずあのコロ助はインプットの言葉を口にしている)
流石降矢だ、いい観点に目をつけている。
コロ助が弱点を見極めるのはインプットした瞬間にある。
つまり…インプットさせなければ、弱点を見極められないということになる可能性がある。
それを次の四番大場が実行するのは無茶だ、あの馬鹿に何を言っても理解しないだろう。
かと言って、あの真田とかいう奴に言うのもムカツク。
桐生院の選手なら自分でなんとかするだろう、やはり自分…降矢の打席が回ってくるまでは静観するのが妥当だ。
しかし、何故か今日の試合はいつになく焦っていた。
普段なら絶対に人に伝えようなんて意見は出てくるはずも無かったのだが…やはりこの前の四路の言葉が心のどこかにひっかかっているのだろうか。
冬馬をちらりと横目で見る。
降矢(今は何も影響は出てないようだが…)
記憶の奥底にある記憶。
あの刻印を刻まれたものはおかしなほど強大な力を手にして命を失っていった。
そんな景色がおぼろげながら脳裏のスクリーンに浮かぶ。
そして、降矢はどこかで負けを恐れている。
完全なる敗北を恐れるが故に、今まで本気で勝負をしてこなかったのかもしれない。
『アウトォッ!!』
この回の先頭打者、四番の大場はわずか三球で内野ゴロに打ち取られてしまった。
そして迎える五番、真田。
『ワアアアーーーッ!!』
この前の青竜戦の試合での活躍を見てか、大きな声援が上がる。
元桐生院という情報もどこからか浸透しているらしい。
真田「…やれやれ、厄介な奴がいたもんだぜ」
真田は真田なりに無限軌道について考えていた。
今年の夏は確かに桐生院はこの九流々を攻略しているはずなのだ。
真田はベンチにいたので九流々が無限軌道を使っていたかわからなかったが。
色々と考えをめぐらしてみても、想像はつかない、とりあえず対戦しないことには。
九流々(さて…ここが重要ナリね。赤い風真田君)
逆に九流々からすれば何とか真田をインプットしなければならないわけだ。
とにかく初期動作を見ること、九流々は一球目、スラーブ内角低めボールゾーンに。
バシィッ!!
『ボール!』
しかし真田は微動だにせず見送った。
先ほど吉田が動きで見破られたのを見て、下手に動くのは危険だと感じたからだ。
両者の間で火花が散る。
九流々(…吉本、次はこの球で行くナリ)
吉本(…!?)
珍しく九流々が出したサインはなんと高目コース、下手すればホームランになるコース。
しかし九流々はあえてそこに投げることを指定した。
吉本は相変わらず無言で悩むが、少しの間の後OKサインを出した。
真田(…バッテリーの雰囲気が少し変わった)
真田も九流々の緊張した雰囲気を少し感じ取ったのか、異変に気づく。
そしてゆっくりと振りかぶって、九流々の第二球…!
真田(…ど真ん中高目だと!?なめるなっ!)
向かってくるボールに対し、真田はスイングに行く!
…しかし、ボールは高速シンカー、ストレートのタイミングでスイングに行った真田はバランスを崩す。
ガキィンッ!!…ガッ!!
『ファールボール!!』
ボールはすさまじい速度でサード方向にきれていった。
真田(ちっ!打ち損じた…まずいぞ!)
九流々「…賭けに勝ったナリ」
九流々「インプットしたナリよ!」
降矢「…言いやがった!」
冬馬「え!?ど、どうしたの?」
真田は二度目に舌打ちを打った。
マズイ、軌道の癖を見切られたか。
九流々、第三球目、外角低めに切れて行くようなスラーブ。
真田(この野郎!)
そう、打球にバックスピンをかける赤い風はボールの下を叩かなければ無理な打法。
つまり…外角低めの球ではバットが届かない。
しかも真田はすでに赤い風打法で打つのが癖になってしまっているため…。
真田「くおっ!」
ガキンッ!!
無理矢理ボールの下を叩こうとして、軽いセカンドフライになってしまった。
笑静「へぃ、イージーボールだぜ」
パシィ。
『アウトッ!!』
真田「ぐ…」
赤い風もが、無限軌道に敗れ去る。
二回裏、陸1-0将、二死。