141陸王学園戦1スタートアップ






















晴れ渡る空、空気を吸い込めば土と草のにおいがする。

いやに目覚めが良かった。

いつもの通りベンチの端に腰掛けた降矢は、眉を吊り上げて反対側のベンチを睨んだ。

昼からの第二試合、将星高校対陸王学園戦。

だからか、日差しこそ辛かったが降矢の目はばっちりと冴えていた。


冬馬「今日は辛そうな顔してないね」


バチィンッ。

出だしからムカつくことを言う冬馬に、指の力の反動を利用した攻撃をかましてやった。

俗に言う、デコピンである。


冬馬「ふにゃあうっ!?」


おかしな悲鳴を上げながら額を抑える被害者。

何故か後ろの方で大場が鼻血を出している、


降矢「流石に慣れるだろうがボケ」


すでにベンチには役者が揃っていた。

右足に痛々しい包帯を巻いた県も仲間としてベンチに入っていた。

その県を降矢は睨んだ。


降矢「役に立たねー奴を入れてどうなるってんだかな」

県「す…すいません」

西条「そんな言い方はないんとちゃうか」


降矢の一言に最上の眉根がピクリと動く。


降矢「その足じゃパシリすらできねーじゃねぇか、つまりテメーは用無しだ、用無し」

県「す…スイマセン」

西条「そこまで言わんでも、ええんちゃうかー?」

冬馬「そうだよ、この鬼、人でなしー」

県「あ、いいんです全部僕が悪いんですから…」


申し訳なさそうに、ぺこぺこと謝る県。

降矢に西条と冬馬の目線が集中する…ジト目の。

それお前最悪だろ、と目で訴えかける視線が。

流石に眼力に負けたのか降矢も舌打ちして、その場を後にした。

苦笑した西条は冬馬のほうを見ずに、今日の天気を予想するように言い放った。


西条「…今日の先発は多分冬馬やろ」

冬馬「え、どうして?」


きょとんとした顔で聞きなおす隣の可愛い男の子。


西条「わいはこの前の青竜戦の疲れがまだ取れてないんや。それがわからん相川先輩じゃないやろ。…気張れよ、冬馬」

冬馬「う、うん」

???「始めまして、将星の皆さん」


そこに現れる一つの影。

水色のユニフォームにはRIKUOHと書かれている。

二人が視線を上にずらすとやけに紳士的な青年がにこやかな笑顔で立っていた。


西条「あんた誰や」

???「私は陸王学園二年、笹部涼です」


帽子を取ってぺこりとお辞儀をした。

まさにイギリス貴族のような雰囲気だ。


笹部「一応挨拶に、と思って…。今日はいい勝負がしたいですね、この素晴らしい天気に相応しいフェアなプレーをしましょう」


そう言って、手を差し出す。

冬馬はそれに応じて、何故か慌てながらも右手を握った。


冬馬「あ…よ、よろしくお願いします」

笹部「よろしく、冬馬君」

冬馬「へ?」

西条(む…)


突然自分の名前を呼ばれたことに、冬馬はとぼけた声を出してしまった。

つまり、この男は将星の選手の名前をすでに把握しているということだ。


笹部「相川君、先日はうちの九流々がすまないことをした、深くお詫びするよ」

相川「…別に、偵察するしないはID野球の常だろ。気にすることじゃないぜ笹部君」


急に話を振られた相川は、ベンチから立ち上がって、笹部の前に立つ。

ゆっくり笑うと、右手を差し出した。


相川「いい勝負、しようじゃないか」

笹部「こちらこそ、よろしくお願いするよ」


握手が交わされた。

ただ、そこにかすかな火花が散っていることは当人達にしかわからないだろう。

すでに試合は始まっているのだ。

しかしそんな雰囲気に気づかない将星の選手達はその光景をほのぼのしながら眺めていた。


野多摩「とっても爽やかな人だね〜」

西条「どこがやねん、変なにおいはするし。俺はな、あーいう野郎を見ると虫唾が走るんや」

冬馬「変なにおいじゃなくて、香水だよ」

西条「知るか!男はそんなもんいらんわい!」

冬馬「いるよ〜、大人のたしなみ、だよ。ちょっと憧れちゃうな〜」

相川「決して紳士的なだけじゃないがな」

野多摩「相川先輩?」


相川「一回戦は、温存かどうか知らんが、出ていなかったが…奴が陸王の四番だ」


西条&冬馬「ええっ!」

相川「よし…そろそろ先発メンバーを発表しよう、皆、集まってくれ」



ベンチ頭上の将星側応援席、通称アルプススタンドにはすでに大勢の女子生徒が集まっていた。

吹奏楽部と思われる集団が、大きな楽器を持ち運んで客席に座っていく、日曜日ということもあり、さらに野球部はなかなか男らしい面々が揃っているというので、女子の間では中々話題が盛り上がっているらしい。

「御神楽様」「吉田君ファイト!」なんていう弾幕も用意されているから驚きだ。

将星野球部、教師に受けは悪いが、生徒に受けは良い。

野球を知らない人でさえも将星の野球はいっぱい点が入るから面白いらしい。

そして期待やワクワク感でざわめく客席の中で異彩を放つ三人、腕章には「冬馬君ファンクラブ」と書かれている。


美香「よーし!今日も力の限り応援するよ!」

梨香「私達三人!」

智香「冬馬君ファンクラブ三羽烏の名にかけて!」

三人「ファイト!オーオー!冬馬きゅ〜〜んっ!」




三澤「わ、すごい人気」

野多摩「大人気だね〜」

真田「…耳が痛い」

西条「けぇーーーっ!!いい気になっとんちゃうぞ冬馬!」

降矢「死ねちんちくりん」


すかさず二人は罵声を飛ばした。

喰らった冬馬は涙目である。


冬馬「…ひ、ひどい…」

吉田「おーし、おーし、ドンマイ冬馬。つーか皆静かに」

相川「おしゃべりはそこまでにしろ、先生、オーダーの発表を」


前に出ると、そのジャージを押し上げてぱっつんぱっつんになってる胸が大きく揺れる。

恒例行事である、ちなみに西条と降矢がその胸に目線を集中させるのも恒例。

ちなみに吉田は見てしまうと三澤にケツの皮を全力で捻られるので目をそらしている。


緒方先生「それじゃ、先発オーダーを発表するわよ!

一番、ショート御神楽君
二番、センター野多摩君
三番、サード吉田君
四番、ファースト大場君
五番、レフト真田君
六番、キャッチャー相川君
七番、セカンド原田君
八番、ピッチャー冬馬君
九番、ライト降矢君!」

野多摩「え、ええ!?僕が二番でセンタ〜!?」


前回は真田だったが、今回は野多摩発表後に素っ頓狂な声を上げた。

おろおろと相川の顔を見る野多摩。


相川「頑張れよ、野多摩。俺はこの試合の鍵を握るのはお前だと思っている」

野多摩「は、はい。頑張ります〜…」

冬馬「大丈夫大丈夫、一緒に頑張ろっ!」

野多摩「うん、でもちょっぴり不安かも〜…」

吉田「なんとかなる!よし行くぞ皆!」

吉田「将星〜〜〜〜〜〜!!!」

全員『ファイッ!!オーーーシッ!!」




午後1:30、定刻通り試合は始まった。


審判「先攻は陸王学園、後攻は将星高校です、両者、礼!!」

全員「お願いします!!」









そして、いつもの通りバックネット側を陣取る関西弁。

手にはたこ焼きとネタ帳…もといデータ帳。


赤城「さてさて、県君を欠いた将星がどうやって戦うかやな。もちろん西条は前回の疲労が取れきってるわけないから、実質はまたもや将星は九人ギリギリの試合や」

尾崎「六条ちゃんどこだろ〜」


バシィンッ!!

またもや、赤城はどこからかハリセンを取り出していた。


尾崎「痛ぇっ!何スんすか!」

赤城「わいの話を聞かんかい!」

尾崎「ひ、ひとりごとじゃないんスか?」

赤城「アホかっ!それやったらわいは単なる変人や!」

森田「相変わらず馬鹿やってるな」

甲賀「久しぶりにて候」

赤城「お、森田に甲賀君、自分ら試合ちゃうんか?」

森田「六回コールドで蹴りをつけてきた、俺らのブロックにはあまり強敵はいない」

赤城「ほう…自信マンマンやな」

???「それより、お前もこんなところにいていいのか」


後ろにもう一人、大柄の男がいた。

青竜高校の四番、滝本だ。


赤城「あら?滝本君やないか、どないしたんや」

滝本「俺たちを破った将星がどこまで行くか興味があってな」


そう言うと赤城の隣に腰掛けた。


滝本「一つもらっていいか、それ」

赤城「一個三十円や」

滝本「奢れよ」


苦笑しつつ、爪楊枝を口に含む滝本。


滝本「しかし、陸王も弱くはないぜ。三年が抜けてレベルダウンしてるって言っても、夏ベスト4の実力は兼ね備えてる」

森田「おそらく、無限軌道の攻略が将星が勝つための要因になると俺は思う」

赤城「やや?森田は将星を応援しとるんか?」

森田「当然だ…夏に受けた借りは返させてもらうからな」

赤城「まぁ、先攻は陸王や。ここは大人しく見物やな」










『冬馬きゅ〜〜〜んっ!がんばって〜〜〜!!!』

冬馬「ど、どうも…」


地が揺れんばかりの声援を背中に受けて…いやそれに押し出されるように冬馬はよろけながらマウンドに上がった。


『一番、セカンド、笑静(しゅうしん)君」


まず陸王の一番手はこの変わった名前の男、細い目で流し目で振り向く。

そいつは笑顔で相川に話しかけてきた。


笑静「かねがね噂は聞いているんだよね、相川捕手」

相川「…ほぉ、どんな噂だ」

笑静「類稀なリード力を持ち、打者の裏をかいてくる南地区トップクラスの捕手ってよぉ」

相川「買いかぶってるな、俺はただの相川だ。それ以上、それ以下でもない」


すでに相川は冬馬にサインを出していた。

この試合での相川個人としてのポイントは冬馬のリードにある。

抑えとしては必殺ファントムを持つ冬馬も、先発としては使いにくい。

何度も見せれば流石に目も慣れFは打たれていくだろう、しかしFを使わないリードでは冬馬自身の実力が不足する。

だが救いは冬馬のコントロールがイイコトだ、考え次第ではいくらでも読みを外せることが出来る。

一球目、相川が出したサインは内角低めのストレート。


相川(へらへら笑いやがって、まずは内角でおどかしてやる)


冬馬は首を縦に振って、構えに入る。

プレートの端いっぱいを使って投げる対角線投法、左打者の笑静の背中から来るボール。


相川(流石に、初球からは手を出してこないだろ)

笑静「どうかな…!」

相川(!?こいつ、急に雰囲気が…!)


ヒュンッ。



冬馬「っ!!」


笑静は右手をバットの中間へと、スライドさせる。

そのままかがんで、バットを軽くボールに当てる。

いやに軽い金属音がグラウンドにはねた。


コキンッ!!


相川「バントだっ!吉田!冬馬!走れっ!」


一球目からのバントは流石に予測していなかったのか、完全に裏をつかれる形となった内野陣、打球はちょうど投手と三塁手の間に転がった。

吉田は素手で打球を広い、そのまま投げる!


バシィンッ!!


投げられたボールが大場のファーストミットに収まる一瞬。

わずかに笑静の足の方がつくのが速かった、審判はすかさず両手を広げる。


「セーフ!!」


冬馬「うっ!」

相川「速い!」

笑静「へへん。裏をかくんなら、俺達はその裏をかきましょうかねぇ、ねぇ監督ぅ」



ファーストベース上、あぐらをかく笑静が、ベンチに親指を立ててニヤリと笑った。




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