142陸王学園戦2コロ助アゲイン




















ランナーを一塁に置いて迎えるバッターは。


『二番、キャッチャー吉本君』


ぬうっと、打席に立つのは大柄な男。

堅く閉じられた口からは言葉を発しようとはしなさそうだ。

相川は眉をしかめた。


相川(二番ってのは普通小器用なバッターに任せるもんだが…なんだこの図体のでかさは)


下から上まで眺める、縦も横も大場ほどありそうだ。

その太い腕からは高いパワーが予測される。

いきなり初回初球からセーフティバントを仕掛けてくる相手だ、おそらく…。

相川は目を陸王側ベンチに向ける。

そこには、白髪の老人がじっくりと戦況を見つめている姿があった。


相川(長嶺監督か、爺さんめ。穏やかな顔してやってくれる)


おそらく一球目のセーフティーも彼の指示だろう、出鼻をくじかれた形になる。

そういう時の投手の心理から言えば、最悪だ。

別段冬馬は立ち上がりが悪いわけではないが、いきなりランナーを出してしまえば心中穏やかではないだろう。

とにかくワンナウトを取りに行かなければならない。


相川(…)


相川が出したサインは、外角低めストレート、ただし。


冬馬(ボールですか…?)

相川(一球目外していけ、大丈夫だ)


冬馬のコントロールがあれば、なんなく追い込むことができるだろう。

冬馬は一塁ランナーを気にしつつ、セットポジションから第一球を…。









長嶺「ほっほ…」

笑静「…!」


長嶺監督がその白い髭を触ったとたんに、一塁ランナーの笑静の姿が消えた。

次のその姿を確認した時、彼は勢い良く地面を蹴っていた。


冬馬「えっ!?」

御神楽「相川!ランナースタートだ!」

相川「な、なんだとっ!」


冬馬は動揺した、左腕が投げたボールは…!


相川(ど真ん中…まずいっ!)

吉田「やべぇぞっ!」


吉田含む内野陣は、強い打球を打たれると思い後退。

打者吉本は力強くフルスイング!




ギィンッ!!





吉田「ぬあっ!?」


吉田は前のめりにつんのめった。

打球は予想に反してサードゴロ、しかもボテボテの当たりだ、アウトにするのはたやすい。


相川「ランナー無視だ吉田!一塁で刺せ!」

吉田「よっしゃあ任せろ!あんな足の遅い奴……うげっ!?」


吉田が送球の体勢に入った時、打者の吉本はすでに一塁ベースを駆け抜けていた。

大きい体格の割に、俊敏な体だ!


吉田「は、速ぇっ!」

もちろん、盗塁していた笑静は楽々二塁セーフ。

これで、無死一塁二塁。


吉田(ちくしょー、フルスイングに騙されたぜ。後ろに下がっちまった分だけ捕球が遅れたんだ)

相川(…な、なんて攻撃だ。まるで波のように押し寄せてくる…長嶺監督、敵ながら見事な采配だぜ)




陸王ベンチ真ん中に座る長嶺監督はご自慢の髭を触りながら笑う。

その姿はさしずめサンタクロースのようだ。


長嶺「ほっほ、冬馬君は出だしをついて動揺を誘い、精神的に攻める。特に…大きな決め球を持つ投手を攻略するには出だしが重要じゃの」

笹部(さすが長嶺監督、いきなり笑静に盗塁のサインを出すとは…しかし、これでいきなりうちは先制のチャンス)

長嶺「さぁ、早目に決着をつけようかの、ほっほ。頼んだぞ、九流々」


九流々「任せるナリよ」




『三番、投手、九流々君』



冬馬(む…出たな、コロ助君)

相川(一回からいきなりピンチを迎えるとはな、陸王学園。なめてかかってたぜ)


まず、人差し指、その後に親指と小指を立てる。

それが、ファントムのサイン。


相川(使っていくぞ冬馬、出し惜しみで勝てる相手じゃない)

冬馬(は、はい。わかりました)


ロージンバッグを丁寧につけ、そのまま投げ捨てると白塵が舞う。

帽子を被りなおして、握りを確認する。


冬馬「行きます」



踏み出した足は力強く。

サイドスローから、投じる…消える球、ファントム!!




―――ヒュザァッ!!!



長嶺「!!」

笹部「なっ!」




バシィッ!!


ボールは、左打者の九流々の背中を通り、スライドするように変化しミットにおさまった。


「ストライク!ワンッ!」


この試合始まって、ようやく主審の声がグラウンドに響いた。

そして、ファントムを始めて目にした陸王陣は目を見開いていた。


笑静(へぇ、あれが噂のファントムかぃ)

吉本「…」

笹部「あの変化…噂に違わぬ威力ですね」

長嶺監督「ほっほ…しかし、それだけ素晴らしい威力の球を、この早い段階で九流々に見せたのが…間違いかもしれんな」


長嶺監督はまた白い髭を触って微笑んだ。

長嶺監督「”無限軌道”を持つ、九流々にとってはのぅ」





打席の九流々は、相川の方を振り返って不気味に笑う。

九流々「今のがファントムナリか?こっから急に消えたナリよ〜!」

大げさに体を動かして驚いてみせる。


相川「…余裕だな、今までの奴はそんな驚き方はしていなかったぜ」

九流々「まぁ、球が速くないだけマシナリね」

相川「…何?」

九流々「今の球、”インプット”させてもらったナリよ」

相川(インプット…?)


謎の単語を発し、そのまま相川との会話を打ち切った。

すでに目線はマウンドの冬馬に向けられている。


相川(ふざけた奴だ…)

冬馬(どうします、相川先輩)

相川(ファントムで押し切る、まずはワンナウトを取ることが先決だ)


冬馬は頷いた。

二球続けての、ファントム!!




投げ出されたボールは、ぴったり九流々の背中をめがけて一直線。

ここから、変化する!!


―――ヒュザアァッ!!!










インプット。

インプットした、と九流々は言った。

一体、何をインプットしたのか。





九流々「もう、そのボールの軌道は読めてるナリよ」


ボールは、スライドしてキャッチャーミットに向かっていく。

あの変化の角度からして、絶対にボールは消えているように見えているはずだ。

それなのに。

九流々は、ぴったりと変化に合わせてバットを合わせてきた。















九流々「無限軌道ナリ」


相川「っ!!!」














キィイインッ!!!











陸王学園の先制を告げる金属音が、軽快に響き渡った。











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