139ネクストステージ





















話は戻る、球場外、皆の視線を集める降矢。


降矢「…」


降矢は口を閉じたままだった。

たとえ、起こったことを説明しても理解されないだろうし…何より、説明したとして降矢にとってのメリットが何も無かった。


野多摩「降矢さ〜ん」

降矢「別に…ちんちくりんといただけだ」

六条「ゆ、優ちゃんと二人っきりで?!」

降矢「…ああ」

冬馬「…っ!う、嘘!」

降矢「嘘だよ」

冬馬「〜〜〜っ!!」


激しくうろたえる冬馬に視線も向けず。


降矢「別に、たいしたことでもなかったから気にするな」

吉田「そうだな、こうして無事に戻ってきてくれただけでも良しとするか!」


はっはっは、と豪快に笑う吉田に御神楽は苦笑する。


御神楽「相変わらずお前は軽いな…」

相川「それはそうと、六条」

六条「は、はい」

相川「病院に向かった、県、大場、西条はどうなった?緒方先生と三澤から連絡は来てないのか?」

六条「はい、まだ…」


手にした可愛らしい携帯に、いまだ着信の跡は無かった。


相川「一回戦からこれだけ無茶な試合か…後が思いやられる」

真田「…」

降矢「…後、もう一つ。コイツはどうしてここにいるんだ」


指を刺した方角にいたのは赤い風。

降矢と同じく、壁を背にしてさっきからの会話に耳を傾けている。


降矢「テメーは…桐生院のはず」

真田「紆余曲折を得てこのチームにな、俺も詳細は良く知らんが」

相川「…」


どうやら、この野球部に事件が起こるときには必ずあの赤い髪の女の存在がちらり、と見えている。

相川は若干不信に思いながらも、二人の会話を聞くことにした。

タイプ的には相性が悪そうなこの二人、すでに六条はあたふたし始めていた。


降矢「俺はまだテメーを認めた訳じゃねー」

真田「別にお前に認められなくてもいいさ」

降矢「んだと…?」

六条「わーわー!お二人さんやめてくださいよぉ…」

冬馬「そうそう、お、穏便に穏便に…」

真田「それはそうと、そろそろ桐生院にも、このニュースは知れ渡っているはずだ」

御神楽「そういえばそうであるな」

相川「選手を失った向こう側の反応、か」



ザッ。

足音、そして視線を上げると、二人の男がいた。


降矢「チビ!」

相川「それに…南雲さんじゃないか」


片方は爪楊枝を加えた旅館の浴衣のような服、片方は背の低いジーパンとシャツ。

そう、桐生院の望月と南雲が、揃って将星ナインの前にいた。


望月「チビじゃねぇってんだろ!」

南雲「久しぶりじゃのぉ、降矢君」

真田「望月!南雲!お前らどうしてここに…」

南雲「霧島の赤城っちゅう男からの連絡が届いてな、急いで見に来ればお前が将星の一員として戦うとったちゅう訳じゃ、いやたまげたぜよ」

望月「おおまかな話は先日うちを訪れた赤い髪の女から聞きましたが、まさか本当に…」

相川(また、赤い髪の女、か)

南雲「もうわかっちょると思っとるが、やはり裏には堂島が動いとる」

真田「…!」

望月「学校側もこの退学をすでに受理していて…どうも怪しいとは思ったんですが」

南雲「堂島が携帯で訳のわからん話をしちょる、っちゅう噂はそこかしこから聞こえてくるぜよ」


真田は肩を震わせた。


真田「野郎…」

南雲「…じゃが、わしはこれで良かったと思うちょる」

望月「な、南雲先輩?」

南雲「あのまま桐生院にいたら、お前は間違いなく腐っちょるぜよ。わしは、腐った赤い風なんぞ見たくはないぜよ」

真田「南雲…」

南雲「わしはわしで、なんとか桐生院を建て直しちゃると思っとる。後の世代の望月達にも希望を残すために」


真田は黙って聞いていた。


南雲「おんしはおんしで頑張るぜよ。いつか、将星と桐生院が戦えることができたら…何か希望が見えるかもしれんぜよ」

真田「…お前に言われなくても、俺は桐生院をぶっ潰す気まんまんだ」


ガシィッ、と握手を交わした。

そして強く握り締める、激戦を乗り越えてきた男と男が目で語り合った。


相川「…悪いな」

南雲「いや、さっきの将星を見とった限りでも、真田は将星の方が合ってると思うぜよ」

降矢「どうだか」

冬馬「降矢!」

望月「ふん、おい金髪」

降矢「んだよチビ」

望月「俺と決着をつけたいなら、上に勝ち進んで来い」

降矢「テメーとなんか、勝負しなくても決着は見えてんだよ」

望月「ぐ…相変わらずムカツク奴だなっ」

南雲「望月、そろそろ練習じゃから帰るぜよ。まーたあの鬼キャプテンにキレられるぜよ」

望月「…降矢!絶対にお前のその鼻をへし折ってやるからな!」

降矢「やってみろ馬鹿」

望月「ぬぐーーっ!」


そのまま望月と南雲は球場を後にした。

後姿を見ながら、真田は何かいいたそうであったが、口をつぐんでいた。


吉田「うむうむ、これが男の友情って奴だ」

六条「憧れますぅ…」

降矢「どうでもいいが、終わったんなら俺は帰るからな」

冬馬「ちょ、ちょっと降矢!」

吉田「そーだな、一度解散しておくか」

相川「県達の連絡が入ったら吉田、一応お前にも連絡は入れておくからな」

吉田「頼むぜ!…よし!解散!!」






かくして、秋季大会、初戦を見事将星は勝利で飾ったのだった。






もちろん、ただで帰る相川ではない。

御神楽と六条を引き連れて、次の陸王戦の偵察に向かっていた。

とは言っても会場は同じの次の二回戦なのだが。


赤城「おう、相川君」

相川「…また会ったな」


もちろん、客席にはこの関西弁も座っていた。


尾崎「お!君可愛いッスな〜、どこから来たの?京都?名古屋?」

六条「へ!?へ!?」

赤城「尾崎、むやみに他校のマネージャーに声をかけたらあかんで」

相川「相変わらず偵察か、お前もあきないな」

赤城「いわゆる趣味の一つになっとるからな、さっきの将星の試合もしっかり見させてもらったで」

御神楽「ほぉ…」

赤城「相変わらずギリギリの試合をしますなー、とはいっても相手は青竜やからしゃーないといえばしゃーないけど、こんなんで次の試合勝てますのかいな?」

六条「次?」

尾崎「ねぇねぇ、名前なんてーの?名前」

相川「今やってる、熊野商業と陸王学園のどちらかだ」

六条&御神楽「…陸王!」


その名前には聞き覚えがあった。

なんせ、以前いざこざを起こした…コロ助がいたところだったはず。


相川「陸王と言えば、以前うちに来たという話があったな」


御神楽は表情を険しくした。

勝負途中で、投げ出されたような…。

だが良く思い出してみれば、あのボールはベースの上を通っていたことには変わりは無いので、勝負には三振、つまり負けたことになる。

ナリ〜。

御神楽の眉間に怒りの四つ角が立った、あのふざけた語尾は思い出すだけで腹が立つ。


赤城「わいは十中八九陸王が勝つと思うよ」

相川「何故」

赤城「夏はベスト4やし戦力の差から考えても陸王のほうが圧倒的に上やろ」

相川「大体俺と同じ予想だな」

赤城「なんや気があいますなぁ」

意地の悪い笑み、しっしっし、と赤城は肩を震わせた。

相川「理論の上の結果だ、行き先は一つしかないだろうが」

赤城「相川君はつれないのぉ…まぁ、それでも陸王も夏ほどの強さはないやろな」

相川「ああ、夏は四番垣内、五番西川のクリーンナップがすごかったからな。…とは言っても、相変わらずあのお爺さんの名采配は健在か」



相川と赤城は目を細めた。

反対側のベンチの端の方に座る、一人の老人。

陸王学園野球部監督、長嶺豊。

御年74歳と現在野球界監督の中でも最年長をほこるが、その采配はいまだ健在。

元オリックス監督の仰木監督のように、ここぞという時にベストな指示を出すそれは、もじって長嶺マジックとも呼ばれている。


赤城「ようやるでホンマ…」


背中が完全に曲がり、丸くなったっその背中の曲線と額に刻まれた深い皺は老人という印象以外の何をも受け付けない。

白い眉で隠れた目は一体何を捉えているのか。


相川「後は九流々だな」

赤城「ああ、あの変な奴かいな」

御神楽「九流々…」


ピクリ、と御神楽の眉が上がる。


赤城「陸王のエース、しかし何よりも恐ろしいのは―――無限軌道や」



御神楽「無限軌道?なんだそれは」

赤城「まぁまぁ、やればわかる事やし…後で相川君にでも聞けばいいんちゃうか?」

御神楽「何…?」

相川「ま、赤城もきっと名前くらいしかわかってないだろうけどな」

赤城「余計なお世話やで」



ピキィンッ!!

『ワァァァァーーーッ』

そうこうしている内に、三回表、早くも陸王学園が二点を先制した。

スコアボードに数字が刻まれる。



御神楽「…帝王は、何者にも膝を折らぬ」


御神楽はスコアボードの陸王の文字をにらみつけた。




尾崎「ねぇねぇ六条さん、彼氏とかいるの?」

六条「相川先輩助けてぇ〜…」




試合は結局6-0で陸王が制し、将星の次の対戦相手は、陸王学園ということが決定した。












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