138いつか来た道





















青竜戦の激闘を制してから数十分後。

一同は会場外にて、再開を喜び合っていた。

中では次の試合の練習がすでに始まったようで、客達は急いで球場内に入っていった。

そんな中、ユニフォーム姿の一同は球場外、壁の一角に腰を下ろしていた。


冬馬「ご迷惑をおかけしました」


ぺこり、と冬馬が頭を下げる。

大場が可愛さのあまり冬馬をを抱きしめようとするのを吉田と御神楽が制止する。


六条「お帰りなさい降矢さん、優ちゃん」

冬馬「うん、ただいま」

吉田「いやーそれにしても良かった良かった、はっはっは!」

相川「お前たち、一体何をしていたんだ?」


相川の台詞は、誰もが聞きたかった事である。

だが、冬馬は首を横に振った。


冬馬「俺は…良く覚えていないんだ、気がついたら降矢の背中におぶさってたんだ」

野多摩「降矢さんの?」


冬馬も降矢を見る。

一同の視線を集めた降矢は、腰を下ろし壁にもたれていた。

その視線はどこか遠い所を見ているようで…。























声がする。




―――え……ちゃ……ーちゃ……―――。

声がする。

黒い制服に連れて行かれる僕を引き止める誰か…誰か?

あれ?僕の…いや、俺の親父とお袋は離婚したはず…。

そして、俺はどこに連れて行かれた?

病院のような白いベッドの上で四肢を拘束される。

…そして、誰かの顔…少年と少女。

次に気がついたときは…野球をしている?多くて明るい部屋で皆が一斉にバットを振っている、あれ?俺、野球を始めたのは高校生が初めてだろう?

場面は切り替わって、同じくらいの少女に、手についた金属の手錠みたいなリストバンドを外されている。

no.229君は逃げて、記憶は消しておくから、普通の人間として…。

それでも野球を始めるなら、それは君の運命。

でも君は、普通の体じゃ…。










「ニューエイジプロジェクトは…おしまい。貴方は………逃げて、そして…どうか、普通の人間として幸せに」




降矢「…」


またこの夢だ、二度目になる。

目を開けると、やはり何の変哲も無い部屋がそこには広がっていた。

誘拐され、謎の老人に体を調べられて、部屋に閉じ込められて。

まだ時間はそんなに経過していないはずだ。

試合は明日、なんとかここを脱出しないことにはどうにもならない。

それでも、夢の内容は気になった。

ニューエイジ、プロジェクト?

俺は一体誰なんだ。

思い返すとたくさん、『自分』と言う存在がひどく不安定なものだということに気づく。

まずは家族構成、自分の記憶では両親は離婚し、今は父親が海外へ行き働き、俺に金を送ってきてくれている。

ただ…親の顔というものが俺には思い出せない、ひどくあいまいな存在で。

もっと遡ると、中学生以前の記憶が全く無い。

気がつけば、屋上でタバコを吸っていたことだけは覚えている。

当たり前じゃないことを、当たり前として認識し、俺はここまで生きてきた。


だが、首を振る。


降矢(なんだってんだ…妄想癖でもあるのか俺は…)


変に考えると頭が痛い、そういうのは苦手だ。

四肢を投げ出し、再びベッドに潜り込んだ。

そして気づく。

天井に、通風孔用の穴があることに。







降矢の身長と椅子を利用すれば十分にその穴に届いた。

無理矢理蓋になっている網を取り外すと、そこから潜り込む。

大人しくあんな狭い所にいるなんて真っ平だ。

そして、考えるよりも目で見たほうが遙かに早いだろう。

そう、降矢は一人でここの調査に乗り出した。

暗く、ほこりだらけ、上空には何本ものパイプが通っている。

その下の一本道を進んでいくと、目の前に一筋の光が広がった。

どこかにつながってると覗き込んだその下は、トイレである。

目を凝らして見ると、どうやら一人の男が用を足している、しかも周りには誰もいないようだ。

チャンス。


降矢は網を蹴破って下に突入した。


ガシャアッ!!

「な、何だおま」バキィィッ!

言い終わる前に殴り倒す、流石にこんな状況で暴力事件がどうだのなどとは言っていられまい。

そして男の服装に気づく、黒い戦闘服のような軍服のような、胸にはPの文字、どうやらこれが奴らの制服のようだ。


降矢「しかし、今時こんな悪役みたいな服を着るとはな…」


袖を通し、黒い帽子をかぶり、サングラスをかければ完全に誰だかわかるまい。

気絶させた男は用具入れにあったロープで体を拘束し、口にはガムテープを張っておく、そして個室に閉じ込めていれば、しばらくはばれないだろう。

そこまで行為を行って、初めて気づく。


降矢「…なんでこんなに手馴れてるんだ?」


やってることはテロそのものだ。

だが、その行動をそつなく冷静にこなす自分に少し鳥肌が立った。

体が覚えている…?

しかし、そんな事を考えている暇はない。

降矢はトイレを飛び出した。















歩き回ること数分。

ポケットの中の証明証のような物によれば、さっき気絶させた男は東地区no.45と言うらしい。

横にあるランクの文字にはCと書かれていた、どうやらあまり偉くも無いらしい。

そして、この場所だ。

歩き回れど、工場の廊下のような場所が続いているだけでドアが無い、まるで一本道かと思えば、たまに分かれ道があり、迷路のようだ。

ただし、親切にも分かれ道の上に看板で目的地『C地区』などとかかれており、隣には全体地図も用意してあり、解りやすいことこの上なかった。

とりあえず降矢が目指したのは”端”である。

端ならばもしかして窓のようなものがあり、ここがどこだかわかるかもしれない。

そしてその端に到着した。

場所は東地区Dプロジェクト:ニューエイジサイド。


降矢「ニューエイジ…?」


ドアの向こうはまるで地下のホテルのようになっており、両隣に部屋が並んでいる、シャワールームやトレーニングルームもある、そして奥の扉を降矢は覗き込んだ。


降矢「…」









―――ザザッ。


頭の隅にノイズがかかる。


―――ザー。


思い出しては、いけない?

(負けたら…消えていく)

(わたしがわたしがわたしがわたしが…)

(弱い奴はいらないだろ)

(わたしの…せいだ)

(全てのスポーツを、我らに)



降矢「…ぐぇぇっ!」


突然の嘔吐感にとらわれた。

頭が痛い、耳鳴りがする。

しかし、ここには自分の何かが存在しているはずだ。

降矢はその部屋のドアを開けた。






中は大きなドーム球場のようになっており、選手達といえるかどうかはわからないが、小さな子供達が野球の練習をしていた。

ただ、違和感があったのが、国籍が統一されていないこと。

黄色人だけでなく、黒人や白人、ヒスパニック系など、様々な人種がそこでは練習していた。

降矢はばれないように二階の客席のような場所へ移動していく、そこには自分と同じ黒服を着た男たちが数人いた、決して少なくない。


「お前今度のゲームどっちがとると思うよ」

「Bにはフォークがやべぇ、879がいるからなぁ…」

「噂では今回の掛け金は中々高いらしいぜ」

「お前どうするんだよ」

「当然Cだろ、なんたってアイツらはもう三人処分された時のチームメイトが六人揃ってる、流石に必死になるだろうよ」

降矢(何の話をしているんだ…?)


降矢には理解しがたい会話内容だった、がどうやらこの少年達の次の試合が賭博として楽しまれているような事はわかった。


「数少ねー娯楽だしな」

「給料少ないし…これぐらいやらないとやってられないもんな、ヒヒヒ」

「しかし、次もし負けたらCはもうメンバー足りなくなるんじゃないの?」

「いやーもうすぐ、ヨーロッパの方で大きなテロを起こすだろ、それに伴ってまた二三十人かっぱらってくるんじゃねんーの?」

「いやー非人道的だね」

「うんうん」


―――ザザッ。


また、頭にノイズがかかる。

この場所を…俺は見たことがある。

そして、あのグラウンドで俺は…。












ついに気分が悪くなって、ニューエイジプロジェクトの区域を飛び出してしまった。

駄目だ、これ以上ここにいると頭がどうにかなる。

そして…自分を思い出すのが怖くなった。

俺が一体何者なのか、そんなことよりも思い出すのが怖い。

疑問にさえ思わなければ、疑問は疑問でなくなる。


降矢「…アイツ…」


それよりも、冬馬を探さなければならない。

少なくとも今まで通った中ではそれらしき区域は無かった。

全体図を見る限り、やはりあの博士の元にいる、と予想するのが一番大きい。

俺が最初にいた部屋から、博士の実験室は北のD地区にある。

再び、コンクリートばりの廊下を歩き出した。








ガチャリ。

いやに普通のノブを開けて、先ほど来た実験室に入ったものの、中はもぬけの殻である。

奥にはメスや、その他医療器具が散らばっていて、何か狂気のようなものを感じさせる。


???「ここには、冬馬君はいないわよ」

降矢「!!」


いきなり、後ろから声がかかる。

振り向くと…あの女がいた。


四路「もう、せっかく帰してあげる時間になったのに、部屋を脱出してるなんて…やっぱり体が覚えてるのね。京子さんが心配してたわよ」

降矢「ここはどこだ…!」

にらみを利かせる、しかし四路は苦笑するとこう答えた。

四路「三宅島の地下よ」

降矢「三宅島?…って今火山が噴火して立ち入り禁止になってる…」

四路「ま、そろそろそれも終わりそうだから、ここはまた閉鎖になるかもしれないけど」

降矢「…お前らは何者だ」

四路「それは貴方が知らなくていい質問ね」

降矢「答えろっつってんだ!殺すぞ!」

四路「どうして知りたがるの?もう貴方は帰っていいのよ」

降矢「俺は…ここを知っている」

四路「!」


降矢「ここは…いつか来た道だ」


女は多少困ったような、悲しいような、複雑な表情で目を伏せた。


四路「思い出してきてるの…?どうして」

降矢「俺のことはいい、お前らは何者だ!」

四路「…ま、秘密組織、ってことだけは言っておくわ」

降矢「…俺を帰すと言った、どうやって」

四路「もう車を用意してあるわ、あの子も一緒にね」

降矢「あの子…?」

四路「…君と一緒にいた子よ、まぁいいわ、ついていらっしゃい」



降矢はとりあえず大人しく四路についていく。

エレベーターから地下一階に上がり、大掛かりな駐車上のようなところに出た。


四路「鋼!用意できてる!?」


黒いセダンに乗った、これまた黒コートの男は親指を立てた。

この男…見たことがあるぞ。


降矢「テメェは…俺を殴りやがった…!」

鋼「まぁ、お前が抵抗しそうなんでな、あれはすまなかった…くっくっ、それにしても随分あの時とは雰囲気が違うんだな」

降矢「あの時…?」

四路「ふふ、当たり前じゃない。彼は降矢毅なんだから」

降矢「…どういうことだ…?」

鋼「静かにしな、この子が起きる」


後部座席では、冬馬が穏やかな寝息を立てて寝ていた。


鋼「どうやら博士に少々いじられたようでね、ずっと寝てるよ。だからこの子はここに来たことを全て知らない」

降矢「…」

鋼「ま、この子は一般人だ、心配かけたくなければここのことは無かった、と話すんだな」

四路「エ……降矢君、鋼には銃を持たせてあるの、変な真似をすれば事故死に見せかけて殺すわよ」

降矢「う…」


コイツらは本気だ。

なんせ人を誘拐するような奴らだから。

降矢も大人しく車に乗り込んだ。


四路「そう、大人しくしていればいいの、貴方はそのまま生きてくれれば」

降矢「最後に一つ答えろ、何故…俺の名前を知っている」

四路「大切な…人だからよ」

降矢「…なんだと?」

鋼「出るぞ、今からだと次の日の昼前にはつく」

降矢「そ、それだと間に合わねー…のわあっ!?」


車は超スピードで動き出した。

メーターは140を振り切っている。


降矢「お!おい!」

鋼「大人しくしてな、舌を噛むぞ」




グァァァァァアアアアアアアンッ!!










そして、将星高校前。


鋼「ついたぞ、降りろ」

降矢「…こ、殺す気か」

鋼「早く降りろ、試合があるんじゃないのか?」

降矢「そう思うんなら、試合会場まで連れてけってんだ」

鋼「俺がそこまでするような借りは無いな」

降矢「…ちっ」


鋼の車が遙か遠くに消えても、背中にいまだ寝たままの冬馬を背負った降矢はその場に一人立ち尽くしていた。

急に、現実に引き戻された。


降矢「試合…か」


背中のちんちくりんは帰ったときのままユニフォームを着用していた。

都合がいい。

降矢も、セダンの中ですでに黒い服を脱ぎ捨てていた。

服の下はもちろんユニフォーム。

一つを冬馬に背負わせて、もう一つのバッグを自分の右手、左手は冬馬のケツにそえる。

いやにやわらかい感触にひたることもなく、降矢は走り出した。


電車で行って三十分、そっから歩いて五分だっけ。

この格好で電車に乗るのは恥ずかしい。

だが、気にしてられない。

ガラにも無く、気分が高揚していた。


降矢「待っていろ、将星」









ぱちり、と目を開くと風景が前から後ろへとめまぐるしく流れている。

冬馬「…ん」

降矢「目覚めたかちんちくりん」

冬馬「あ?あれ?ど、どうして私降矢の背中に…」

降矢「のんきなもんだぜ」

冬馬「へ?へ?」

降矢「見えてきたぜ、球場が」


冬馬の眼前に広がったのは、試合会場である野球場。


冬馬「え?え?わ…お、俺達確か知らない人に」

降矢「夢みてんじゃねー、俺達あれから……練習で疲れて路地裏でずっと寝てたんだ」


なんて嘘だ。

自分でもしまった、と思った。


冬馬「え!?ほ、本当!?じゃ、じゃあ試合って…」

降矢「今日だよ、だから急いでんだ今な」


駄目だ、将星の奴はやはり馬鹿ばかりだ。


冬馬「そ、そんな間に合う訳…」

降矢「俺に不可能はねー」

「ちょっ!君!?」


係員を振り切って球場内に突入する。


冬馬「降矢!こっちは客席…」

降矢「じゃフェンスを飛び越えりゃ…」


降矢の目に、殺気たっぷりの男が映る。


降矢「ちんちくりん、俺のバットをよこせ、お前の背中にある」

冬馬「え?ど、どうして」

降矢「いいから!」

冬馬「う、うん!はい!」


フェンスが途切れている一番端から、思い切りバットをぶん投げる。


冬馬「あ!県君!」


ガキィンッ――――――!!


だが、ボールは県の足には当たらなかった。

足の手前で、ホームベースに一本のバットが突き刺さっている。

ボールは、そのバットに当たり大きな金属音を残して跳ね返った。

どこかで、見たことのある…ひどく懐かしい黄色いバット。

そして皆がバットが飛んできた方向を見た。



三塁側ベンチ上、オレンジ色の髪の少年を背負った。

金髪長身の男。




冬馬「ほ、本当に間に合った…」

降矢「だから、言ったろうが。間に合うってよ」





ニヤリ、と不適な笑いを浮かべると。

金網を飛び越え、颯爽とグラウンドに降り立った。











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