137青竜高校戦17風の力
『四番、ファースト滝本君』
その名前を呼ばれた瞬間に、青竜サイドは大きく盛り上がる。
四番というのはそれだけの魅力を持っており、期待されている。
滝本は、まだ終わっていない、と言った。
そう、二死で一点を負けていようが、四番としてこの局面で、一発を打てるだけの自信と力はある。
大きく素振りをした後、どっしりと構えに入る。
相川(さて、覚悟を決めなきゃな)
本当の正念場だ、ここでは逆に冬馬の球質の軽さが命取りとなる。
他の選手と違って滝本は少々の球なら、コントロールで隅を攻めても軽くスタンドに放り込むパワーと魅力がある。
唯一の対抗策として、西条はストレートでガンガンおしていったのだが、冬馬のストレートはまず確実に通用しまい。
頭脳をフルに振り絞る。
やはり勝負のポイントは変化球、だがここまでのファントムは二度、ライジングは一度放っている、初見といえど滝本ほどの打者なら打たれる危険性もある。
赤城「さぁ、どう勝負に出る相川君」
冬馬は一球目、投球モーションに入った。
体の一番遠い所を通って、左手がクロスファイヤーとなる。
滝本は左打者、滝本にとっては大きく背中を通る形で…。
ギュンッ!!!
森田「初球は…ファントムだ!!」
ボールは体近くで空気抵抗を起こし、まるで外角に構えられたミットに重力があるかのように底に引き込まれていく。
…だが、滝本はバットを出した!
吉田「!」
相川(やはり振ってきたか!)
バットの残像と白い光が一瞬交錯する!
『ワァアアアーーーッ!!』
ドバァッ!!
『…ストライク!ワンッ!!』
滝本「ぐぅっ!」
しかし、勝ったのは…ファントムだ!
バットをすり抜け、見事に相川のミットに入っている。
相川(いける…よし!いけるぞ!やはりファントムは初見では打てまい)
冬馬(勝てる…!)
岸本「滝本!僕の時みたいに右打席に入るんや!」
相川「!!」
相川は声がした青竜ベンチに目線を向けた。
岸本「右ならまだファントムが”見える”!滝本の実力なら打てるはずや!」
滝本「…」
その手があったか、脳内の勝利は一瞬で無くなった。
まだ完全とは言えないライジングなら変化も少ない分、滝本は打ってくるだろう。
どうする…!!
滝本「いや、右にはいけません」
岸本「な!」
島田「なんだと!?」
相川(!?)
しかし滝本は構えを崩さずに岸本の提案を否決した。
滝本「俺は四番です、打ち方を変えるのはプライドが許しません」
目には一点の曇りも無かった。
どうやら打ち方を変えることは無さそうだ。
しかし、四番としてのこのハート、滝本は真の男だ。
岸本「う…」
岸本も押し黙る、滝本の四番としての眼力が周りの声を制した。
だが、逆に相川にとっては再びチャンスが訪れたことになる。
相川(よし…プライドかどうかは知らないが、こうなればファントムの連投で勝てる)
続けてファントムのサインを出す。
冬馬は相川の動く指にニヤと笑った。
赤城「滝本め…右に立たんとは…」
森田「万一のチャンスを潰したな」
赤城「滝本ほどの力を持つんやったら、右ならファントムを打てたかもしれんのに」
甲賀「いえ…失礼ながら、左ではっきり打てないとは私は思いませぬ」
しかし、一人この男は目を細めながら滝本の勝利を予感した。
慌てて森田が反論する。
森田「お、おいおい、今の見ただろ!滝本のバットは完全にファントムとは見当違いの場所を振ってたんだぜ?!」
甲賀「はい、確かに”バット”はボールに対して当たりませんでした…ただ」
尾崎「ただ…?」
甲賀「滝本選手の目線は、確実にファントムを見切っています」
赤城&森田「…!!」
冬馬、第二球も再びFスライダー!
ボールはまたもや外角、滝本の体の少し手前で…消える!
―――ヒュザアッ!!
相川(ふん、打てないと思って諦めたか?一歩も動かないで見送り…)
相川の予想は大きく裏切られた。
ミットに入る直前で眼前に、金属の長い棒が大きく広がった。
滝本はミットに入る直前までひきつけたところで、一気に動作を始動させたのだ。
ヒュバァッ!!
相川(!!)
降矢並みのスイングスピードの速さ!
そのままボールを捉え、上手く流し打つ。
ピキィィッ!!
金属音を残して、打球は一直線に空へ向かう!
『ワァァァーーッ!!』
森田「う、上手い!!」
赤城「しかも打球が伸びとるで!!」
相川(ま、まさか!!)
ドカァッ!!
ボールはスタンドに突き刺さる!!
『ファールボール!』
しかし、その場所はファールポールのわずか左を通過した場所だった。
相川は汗が滴り落ちるのに気づいた。
マウンド上の冬馬も、肩をなでおろしている。
助かった、のだ。
しかし、ただ助かったのではない、滝本は中空に手をかざした。
滝本「風に嫌われたか」
相川も滝本に言われて始めて気がついた、空こそ晴れているものの、スコアボードの上についているセンターフラッグが大きく左になびいている事を。
ライトからレフトへ吹く風に助けられたのだ。
相川(しかし、まさかファントムをこんな形で打っているとは…)
ファントムはその名の通り左打者の背中をかすめるようにして変化するため、消えるように見えるスライダー。
最初からボールを見ていれば、急激な変化についていけず消えたように見える。
しかし滝本はこれを、引きつける作戦に出た。
つまり、ボールをミットに入る直前までひきつけたからスイングを始動させ、流し打つのだ。
だが普通の打者ならボテボテの当たりに終わっている所だ、滝本のパワーとミート力、そして動体視力とスイングスピードがあって始めて打てる攻略法である。
相川(それにしても上手い…あそこまでひきつけておける度胸と、スイングスピード、何よりもバットコントロールだ)
滝本「俺に三度同じ球は通用しない…次は仕留める」
相川「…」
だが、まだ相川の手が詰まったわけではない、今の冬馬はファントム一辺倒ではないのだ。
ライジングで、勝負する。
カウント2-0からの三球目…冬馬が投げた球はライジング!
滝本「小手先でやられる俺ではない!」
ガキィンッ!!
滝本はファントムを打つ体制のままながらも、上手くカットさせてくる。
『ファールボール!』
冬馬「う…」
相川(くそ、やはり覚えたばかりのライジングじゃ滝本には通用しないか!)
ガキィンッ!!
ギィンッ!!
ガッ!!
ピキィッ!!
その後もストレート、カーブと投げ分けてみるが、どれもカットされてしまう。
恐ろしいのは完全にタイミングを合わされていることだ、打球はほぼ全て真後ろに飛んでいた。
バットが後1cmずれていれば、間違いなくスタンドに叩き込まれている。
滝本「どうした、ファントムを投げてこいよ」
相川「…っ」
マウンド上の冬馬も根負けしそうだ、わずか七球なげただけなのにすでに滝本の威圧感に圧されている。
やはり、ファントムで勝負する以外に無い。
相川はFのサインを冬馬に出したが…冬馬は首を横に振った。
相川(…何?)
冬馬は以前プレートを踏もうともしない、つまり投球動作に入る気が無いのだ。
三秒が立つ、五秒が立つ、まだ入ろうとしない。
『どうしたんだー!びびっちまったのか!?』
『そんな訳ないでしょ!集中してるのよ!!』
青竜の野次に将星の女子が打って出る、つまり野次が出るほどに時間は経過していた、がいまだ冬馬に動く気配は無い。
赤城「どうしたんや冬馬君?」
森田「…」
相川(何を考えているんだ?)
そして、ようやくピッチャープレートをまたぎ、投球動作に入る冬馬。
いざという時の為に冬馬にもサインは教えてあったのだが、その冬馬が出したサインは人差し指立てる…つまり、ファントムスライダーだ。
相川(ど、どういうことだ?さっきは首を振ったっていうのに…)
滝本(このチビ、一体なにを考えているんだ)
場内が、一瞬静まり返る。
そして冬馬は叫んだ。
冬馬「行きますっ!!」
ガバァッ!!
相川「!」
吉田「なっ!」
御神楽「普段より、投球動作が大きい!」
冬馬は大きく右足を上げ、そのままクロスファイヤーから思い切り左腕をしならせる。
冬馬「いっけぇーーーっ!!!!」
ボールは再び滝本の背中に!
そこから、消える!!
―――ド、ギュンッ!!
滝本「三度は通用しない…打たしてもらうぞっ!」
しかも、このFスライダー、いつもより遅い。
相川(冬馬!!これじゃ打たれるぞ!!)
ひきつけて、ひきつけて…。
―――ブンッ!!
スイング始動!!
滝本(今度は若干センター寄りに打つ、風があったとしても…スタンドインだ!)
相川(やられたかっ!球速が遅い分…じっくりボールを見られてるっ)
―――グンッ。
しかし、ボールは滝本のバットに当たる直前にもう一段階曲がったのだ。
滝本「な…なんだとぉぉっ!?」
ビキィンッ!!!
芯をずらせらた打球は…サード真正面!!
バシィィィィッ!!
吉田のグラブへと、吸い込まれていった。
吉田「…と」
冬馬「捕ったーーっ!!!」
『スリーアウト!!ゲームセット!!!』
『ワアァアアアアーーーーーッ!!!』
吉田「いよぉぉしゃああああーーーーーー!!!!」
大場「や!やったとです!!勝利とです!勝利!!」
御神楽「うむ!…いい試合であった」
原田「ナイスピーッスよ!冬馬君!」
内野陣がはすぐさま冬馬の元に駆けつけていく!
中心で冬馬はえへへ、とはにかんでいた。
大場「と、冬馬君久しぶりに萌…げふっ!!」
吉田「ストップストープ!」
合点がいかないのは、相川と滝本だ。
滝本「な、何故だ…確かに俺はボールを捉えたはず…」
相川「いや、あんたのバットは捉えてなかったよ、当たる瞬間にちょっと曲がったのが見えないあんたじゃないだろう」
滝本「…しかし、二段階曲がる変化球など聞いたことが…」
ビヒュゥゥ。
相川「…あ」
さっきは上空で強く吹いてきた風だったが、知らないうちに場内でも強く吹いていた。
…風?
滝本「ま、まさか…」
相川「風が強くなるのを待ったのか、冬馬は!?」
そう、冬馬は風にボールをのせたのである。
先ほどの大ファールを風で助けられたのをヒントに風にのせることを考えたのである。
いつもよりファントムが遅かったのもなるべく風の抵抗を受けようと思ったのだろう、ただでさえ遅い球が、さっきのFはスローカーブ並に遅かったのだ。
滝本「ふぅ、赤い風といい、この風といい…どうやら俺は風には嫌われているようだな…」
―――滝本は一人、風に向かって呟いた。
将星高校−青竜高校。
7-6で、将星高校の勝利!!