九人の戦士が円陣を組む。

初戦だと言うのに大げさな…ではない、吉田の言葉を借りれば将星にとっては一試合一試合が何よりも重要であり、大切なのである。


吉田「へへ」


軽く鼻をこすった後、辺りを見回す。

さっき合流したばかりのちんちくりんと金髪がそこにはいた。


吉田「ようやく、これで全員揃ったわけだ」

降矢「…ふん、ジョーとパシリはいねーだろうが」

吉田「今は二人とも救護室にいるが…心は一つだ!」

野多摩「うんうん!」

吉田「おまけに赤い風なんていう心強すぎる味方もついてきた」

真田「おまけとはひどい言い様だな」


皆が苦笑する。

そして、腕に力を込めた。


吉田「まずは初戦…必ず取る!!」


皆が頷いた。

そして声をしぼって、グラウンドをゆるがすほど張り上げる!


吉田「この回で決めるぜ!!行くぞ!!将星ーーーーっ!!!」

全員『ファイッ!オーーーーシッ!!!』








九回裏、将7-6青。


『センターの県君に代わりまして、ライトの真田君、ライトには降矢君が入ります。そして、投手西条君に代わって…冬馬君!!』










136青竜高校戦16リバースサイド























マウンド上は、帰ってきたファントム冬馬。

投球練習も終了し、小さな胸を思い切り張って、気合は十分だ。


相川「ふふ、気合は入っているようだな」


地面の砂をはらいながら呟く、顔は笑っていた。


冬馬「はいっ!ご迷惑をおかけしてた分だけ頑張ります!」

相川「ま、釘を刺すようで悪いが力みすぎるなよ、お前の生命線はコントロールだからな」

冬馬「わ、わかってますよぉ!」


ふふ、と相川は笑いを漏らした。

西条には悪いがどちらかと言えば制球力を中心とする冬馬の方が相川にとってはリードしがいがある。

だが、笑った理由はそれだけではない。

不思議と、冬馬がいると場が明るくなるのだ。

降矢が将星に対して勝利への希望を保持しているなら、この冬馬は将星の雰囲気を和ませる、不思議とな。

やはり、一人だろうが二人だろうが、将星の選手は抜けてはならないのだ。

一人一人が何か一つ、将星にとって大切な物を持っている。

それはいざという時の力であり、足であり、力であり、早さであり、諦めないことであり、明るさなどである。


頭の中でリードを描いた相川は、背中越しに冬馬に親指を立てた。


相川「よし…じゃあ行くぞ」









『二番、ライト、岸本君』






滝本は、まだ終わっていない、と言った。

そう、八回裏満塁で残塁した青竜高校には、もう一度『四番滝本』に回る。

…だが、後ろ向きに考えては駄目だ。

真田は桐生院の野球を、力で叩き潰すことだと言った。

ならばこっちも力で対抗すればいい、だが、まずは二死をとるのが先決。

相川が出したサインに、冬馬はOKサインを出した。








赤城「油断したらあかんで相川君」

森田「油断?」

赤城「一点ビハインドやろうが、相手は青竜打線、一度捕まればただではすまへん。いくら冬馬君のファントムがあろうと、気を抜いたリードをすれば打たれるのは必死」

森田「…」






ピッチャープレートの端、いつもの場所、定位置だ。

そこから、ミットを目掛けてサイドで放る。


冬馬「てぇああっ!!!」



ボールは左打者の背中をかするように…そう!!


赤城「来たで!!」

森田「ファントムだ!!」








―――ヒュザンッ!!


岸本「っ!!」


ボールは、目線から消えうせて一瞬のうちに外角まで移動する!


バシンッ!!!


『ストライク!ワンッ!!』


岸本「う、うそぉんっ!?」


思わず呆気にとられるバッター岸本、それもそうだ。

初見でこの球を見ると普通の打者ならまず驚く。


岸本(あんなところから外角に逃げて行って…しかもストライクて、アンタ)


話には聞いている、将星の冬馬のスライダーは消える、と。

そう、ファントムのように。


岸本(ふむ…)


多少思案した後、バッターボックスに入る。

だが違った点は『右打席』入ったということ。


岸本(夏予選のデータでは、右打者に対しては死球を恐れてファントムの威力が半減するらしい話)

相川「ほぉ、前情報はしっかりと掴んでいるみたいだな。だが…今のアイツには右左は関係ない」

岸本「は?」


冬馬、またもやプレートの端に。

今度は打者に対して放る球が対角線上になる格好となる。

そしてまたもやボールはベースから遙か遠く放れている所からリリースされる。



岸本(…なるほど!右やったらボールが見えるわ)


Fスライダーの球速自体はそうたいしたものではない、言えば悪いが一般投手のカーブよりも少し早いくらいだ。

だから青竜くらいの打者ならば、容易に球を見れる。

だが…それが仇となる!!



グアンッ!




岸本「!?」

森田「な、なんだと!シュート!?」


ボールは先ほどのファントムとは全く反対方向に曲がっていく!

スライダーではない、シュートだ!


赤城「いつのまに新変化球を覚えたんや!」

甲賀「!!」


そして、視力のいい甲賀は気づいた。

わずかに…ボールがホップしていることに!!



相川「ただのシュートじゃない、がな」

岸本「く…くのぉっ!!」



カキンッ!!



なんとかバットをボールにおっつけてカットするも、ボールはほぼ真上に上がった。

その球をニヤリ、と笑いながら相川は捕った。


岸本「ぐ…!」

『アウトッ!』



御神楽(なるほど…)


御神楽はショートベース上、一人で感心していた。

急に変化して沈むFとは反対方向に曲がるR、それは全く反対の性質を持つ。

それはただ新変化球を覚えるだけでなく、冬馬の弱点をなくすものだったのだ。

それが内角へ投げ、打者を傷つけるのを嫌がる冬馬への配慮なのかは御神楽には測りかねたが、これによってさらに冬馬の投手としてのレベルが上がったのは言うまでも無いだろう。




『三番、サード、宗田君』



岸本「気をつけや宗田、あのシュート、わずかにホップしよる」

宗田「ホップ?」

岸本「始めての体感や、上に上がるボールを見たのは」



まず、先頭打者をキャッチャーフライ、上々の出だしだ。

出し惜しみはしない、相川はそう決めていた。

負けて出し惜しみするなんて尚更だ、油断など心の中にわずかたりとも無かった。

その将星バッテリーに対し、宗田は普通に右打席に立つ。


宗田(Fスライダーがどんなものなのかもわからないのに、ホップするシュート?…おいおい、冗談きついぜ)


まずは、初球。



…ヒュバァッ!!

ファントム!!


宗田(来た!これがファントムかっ!)


ボールは外角に大きく外れる…そこから体めがけてすさまじい角度で切れ込んでくる!

宗田「ちょ…うおっ!?」

ズバァッ!!


『ストライク!ワンッ!!』


ファントムの変化に宗田は声を失った。


宗田(な、なんつー変化だ…もう少しで当たる所だぞ)


目線を上げ、マウンド上の冬馬を見上げる。

あんな奴が、こんな凶悪な球を放るとは…世の中広い。

宗田は気合を入れなおした、ちなみに冬馬と対戦する打者はまずその外見で心の隙間に若干の油断を生む。


宗田(ようは切れ込むシュートだと思って打てばいい訳だ)


仮にも自分は青竜のクリーンナップ、たしかにキレがいい変化球だが…打てないことはないはずだ。

グリップを握りなおし、ファントムに備える。

眼前の投手はすでに投球動作に入っている、小さな体を目一杯使って投げてくる、クロスファイヤー。

コースはまたも外角へ。



宗田(おおよそ、三歩半手前、そこで曲がってくる)


向かってくるファントムに対して足を踏み出す!

ボールは…なんとそのままミットにおさまる!


宗田「何!?」


バンッ!!


『ストライク!ツー!』


思わず見逃してしまった、外角一杯のストレート。

球速こそないものの、あそこまでコントロールされては中々手が出ない。

ファントムばかりだと思っていると、他の球に手が出ない。



宗田(…まずい、まずいぞ!これは初見で対抗できる相手じゃない!)



考える暇は無かった、すでに冬馬の左腕は背中を通っている。

三球目!


宗田(スピードは無い!球種、球種さえわかれば!)


だが、冬馬の投げる変化はキレがいいため、FしかりRしかりどれも変化が始まるのが遅い…直前まで球を見極めるのが非常に困難なのだ!!

ボールは高目の釣り球ストレート!!

悩んだ挙句、宗田はこのボール球に手を出してしまう!


ブンッ!バシィッ!!


風切音と同時にボールはミットにおさまった、三球三振!!


『ストライクバッターアウッ!!!』

『ワァァァーーッ!!!』



大きくガッツポーズ!!


冬馬「よぉしっ!!」







宗田(なんて野郎だ…スピードこそないが、変化球のキレ、コントロールはかなりいいぞ)


そして、何よりもその冬馬を駆使して人の裏をかいてくるリードをする背後のキャッチャー。

このバッテリー、1+1が簡単に2になる方程式ではない。

だがそれでも。

だがそれでも、青竜にはこの男が控えている。





『四番、ファースト、滝本君!』






ここまで三本塁打、青い竜の四番の五打席目。

将星に、初戦最後の壁が高く、大きく立ちふさがる。













back top next


inserted by FC2 system