135青竜高校戦15立ち向かえ赤い風
九回表、将6-6青、一死ランナー二塁。
『ピッチャー赤竹君に変わりまして…大谷君、背番号1』
そのアナウンスに場内がどよめいた。
「お、おい!どういうことだよ、大谷は肘を故障してるんじゃなかったのか?!」
「この場面で…青竜は勝負を捨てたのか?!」
青竜が勝負を捨てるような高校でない事は、真田、相川、この二人がよく分かっている。
相川「この場面で大谷、ということは…」
真田「おそらく、肘の故障ということで大谷を隠していた…」
相川の目配せに真田は頷きながら答えた。
マウンド上には、青竜高校エース大谷。
相川「もしそうなら…俺はとんでもない見当違いをしていたことになるぞ…!」
真田「他の奴もそうだろうよ」
周りを見渡すと、観客席では各校のスコアラーたちが早くも忙しく歩き回っていた。
真田「ただ…気になるのは九回からの登板…もしかすれば、『怪我が治りきっていない状態での出場』という可能性もある」
相川「…あ」
真田「まぁ、それは見ていればわかることだ」
『四番、ファースト、大場君』
相川と真田は大場を呼び寄せた。
まずは足の怪我があるので、無理なバッティングはしないこと、そして。
大場「なるべく多く球数を投げさせるとですか?」
相川「ああ、とりあえず様子見だ。追い込まれるまではバットを振るな」
大場「わ、わかったとです」
相川「後は…赤い風が、なんとかしてくれるさ」
真田「…ふん」
大場は首を縦に振ると、バッターボックスへ向かっていった。
降矢「おい、巨乳」
緒方先生「いきなり口悪いわねー降矢君は…」
降矢「あそこにいるあの目つきの悪い奴は?」
冬馬「人の事言えたクチかなぁ…」
ガイィンッ。
冬馬「ふにゃっ!?」
降矢「アイツはあの桐生院の奴じゃないのか?」
六条「それが、その…いろいろと事情がありまして」
野多摩「将星高校野球部に入部したんだ」
降矢「…ふーん」
聞いたくせに、興味なさそうに視線を試合に戻す降矢。
だが、気配は真田の方に傾けている。
それに気づいたか、真田も降矢のほうを見返した。
降矢「…」
真田「…」
…にらみ合う。
六条「…わ、わ」
野多摩「い、いきなり不穏な空気が〜…」
だが真田も降矢もすぐに目線を外した。
六条「…れ?」
冬馬「もうっ!誰彼構わず睨んじゃ駄目だろーっ」
降矢「黙ってろちんちくりん」
降矢は感じ取ったのだ。
降矢(流石桐生院だな、ただものじゃないオーラがにじみ出てるぜ)
真田(…この金髪も、将星の中心人物のようだな)
六条「うぅ…先行きがとっても不安ですぅ…」
話を試合に戻す。
打席に立った大場は、とりあえず構えを取る…がもちろん打つ気は無い、相川の指示通り一球目は見逃すからだ。
マウンドの大谷はセットポジション、二塁の吉田に二三度視線を送ると、ゆっくりと足をあげた。
そこから、右腕がいきなり視界に現れる。
バシィンッ!!
ボールは一瞬で守のミットにおさまった。
速い。
相川「肘の故障なんて…とんだ冗談だな」
真田「ストレートは140km前後…、決して青竜がバッティングだけのチームじゃないってことだ」
テンポ良く大谷は二球目を投げる。
テンポ良く、とは言っても二段モーションなので一瞬前につんのめりそうになるのだが…。
ズバァンッ!!
またもやキレのいいストレートがミットに収まる。
コースは外角高目、いい制球力だ。
果たして、肘の故障とは本当にガセだったのか、と疑わせるぐらいの好球。
三澤「さ、さっきの赤竹ってピッチャーより速くないかな?」
野多摩「う、うん…」
原田「なんていうか…球の勢いが全然違うッス!」
降矢「おい、三澤先輩。アイツのデータは無いのか?」
三澤「あ…えーと」
三澤はスカートのポケットからお馴染ミニミニデータブックを取り出すとパラパラとめくり始めた。
しかし、何度読み返して見ても…。
三澤「んー…大谷信吾、二年生、主将、現在は肘の故障のため登板は無い…」
降矢「…つかえねーな」
三澤「ご、ごめんなさい」
相川「すまない、これは俺のミスだ…」
相川は神妙な面持ちで言う。
大谷は肘を故障をしている、それはどこのスコアラーもそう調べていただろう。
だが、しかしそれを誰がブラフだと思っただろうか。
そう思っていたからこそ、誰も相川を責めはしない、それが返って相川にとっては情けなかった。
真田「ミスを振り返る前にやることがあるだろう」
降矢「そーだ、今更何言っても変わんねーだろ」
相川「…」
しかしこの二人は物事を前向きに考える。
現実主義というか、そんなことよりも目先にある問題をどう超えていくか。
スバシィッ!!
『ストライク!バッターアウッ!!』
そんなこんなの内に大場はあっという間に三振をとられていた。
追い込まれてからのスイングもボールにかすることは無かった。
真田「ミスやハンデを仲間が取り返す、それがここの野球だろう」
相川「…!」
真田「それを俺はアイツに教えられた」
二塁ベース上の、熱いキャプテンに。
桐生院には決して無い、助け合いを。
真田「今度は俺が”桐生院”の野球を見せてやるよ」
原田「桐生院の…」
三澤「野球?」
真田「力こそ全て、圧倒的な力で叩き潰す」
野多摩「う、うわ〜…」
緒方先生「流石桐生院…」
真田「データが無いくらいで、青竜如きのエース、打てない俺じゃない」
赤いバットを肩に担ぎ、ガツリとグラウンドに足をかける。
桐生院の実力を見せてやろうじゃないか。
『五番、ライト、真田君』
大谷「…桐生院の赤い風が、どういう理由で将星にいるのかは知らないが…桐生院に挑む前にはいい力試しだ」
真田「言ってくれる、青竜如きが」
大谷「正直、こんなに早く俺の出番が来るとは思ってはいなかったが…お前らは中々の実力だ、手加減はしない」
真田「本気で来ても、抑えられないよ。お前じゃあな」
大谷「能書きはそこまでだ!!」
二段モーションから、右腕が放たれる!!
大谷の初球、高目…。
真田「!」
ボールは高目から大きく曲がり落ちていく…スローカーブ!
ゆっくりと弧を描きながら真田の横を通っていく。
パシィッ!
『ストライクワンッ!!』
真田(ほぉ、あれだけ熱くなって初球はきっちりスローカーブでタイミングをずらしてきたか…さっきまでの馬鹿とは一味違うな)
大場に見せたキレのいいストレートとは対照的なスローカーブ、そして更にタイミングをとりづらくさせる二段モーションからの投球。
真田(中々、骨が折れそうだが…)
ズバァッ!!
『ボールツー!!』
外角に外した変化球を挟んでの三球目、今度は一転して内角低めに快速球。
真田は見送りはしたものの…手が出なかった訳ではない。
見えている。
球筋がしっかりと見えているからこそ、釣り球にはひっかからない!
その選球眼はかつての桐生院時代、日頃から150kmのバッティングマシーンを打つことによって鍛えた努力があってこそ。
大谷、四球目は…!!
真田(スローカーブ)
真ん中から低めに落ちていくスローカーブだが…真田は全くタイミングを崩されない!
完全に、読んでいる。
大谷「コイツっ…!!」
赤い風が青い竜を…。
捉える。
真田「桐生院をなめるな」
カキィィィィィンッ!!
『ザワッ!!!』
降矢「!」
冬馬「う、打ったーーっ!!」
六条「…さ、流石赤い風ですっ!」
捉えた赤い風はバックスピン回転によりまたもや大きく大きく伸びていく!
レフトとセンターの間に落ちるっ!!
トンッ!!!
『お、落ちたーーーーっ!!』
西条「ぎゃ…逆転や!!」
三澤「傑ちゃん!走れ!走れーーっ!!」
吉田は三塁ベースを思い切り蹴る!!
そして、ホームに滑り込む!!
その瞬間将星に、起死回生の七点目が入った!!!!
『ワァアアアアアーーーーッ!!!』
緒方先生「や…やったーーっ!!逆転よっ!逆転よぉっ!!」
六条「わぅっ!お、緒方先生!む、胸が…」
原田「ついに逆転ッスーーっ!!」
相川「…」
相川は言葉を失った。
同点の場面で、全くデータの無い投手を、自分の実力だけでねじふせた。
流石…桐生院の赤い風!!!
滝本「まだだ…まだ終わったわけじゃない!!」
九回裏、将7-6青。