134青竜高校戦14降矢効果、大谷出陣
投げたボールは、何処からか飛んできた金属バットに跳ね返り、グラウンドをてんてんと転がった。
そしてそのバットを放った男は颯爽とグラウンドに降り立った。
ゆっくりとバッターボックスまで歩いていく。
冬馬「ほ、本当に間に合った…」
降矢「だから、言ったろうが。間に合うってよ」
県「ふ…降矢さん!!冬馬君も!」
降矢「えらくやられてるじゃねぇか、ざまーねーな」
冬馬「大丈夫!?県君!」
冬馬は膝をついた県を見るやいなや、降矢の背中から飛び降りて駆け寄っていった。
和哉「だ…誰だテメェは!」
審判「そうだ!一体何者だ!試合妨害は…」
バサァッ!!
来ていたジャケットを脱ぎ捨てた。
中には紺の縦縞の入った将星のユニフォーム。
降矢「将星高校野球部、降矢ですがー?」
相変わらず不適な目と態度は変わってはいない、据わった目で審判をにらみ返すと、ベンチへ向かっていった。
吉田「ふ…降矢!!」
大場「降矢どん!待ってたとですよーっ!!」
六条「あ、あの…だ、大丈夫ですか…?」
緒方先生「そ、そうよ!誘拐とかなんやらであなたがいない間大変だったんだから!」
降矢「…いろいろとあったんで、な」
西条「いろいろ…?」
降矢「よぉ、ジョー。えらくダセェことになってるな」
西条「う、うるさいわっ!…ったく、帰ってきたら帰ってきたで、いきなり口の悪いやっちゃな…俺は一人で頑張ってたゆーねん」
野多摩「一人?僕達もちゃーんと守ってたよ〜」
西条「ぐ…」
県が相川と御神楽に支えられてベンチに帰ってきた。
もう、膝がガクガクと震えだしている…が、目はつぶっていた。
相川「痛みで気を失ったみたいだな」
御神楽「お前が帰ってきたから、安堵したのであろう」
降矢「けっ、情けねー奴らだな、相変わらず。俺がいねーと何もできねーか?」
相川「…変わらないな」
相川は思わず苦笑した。
審判「ま、待ちなさい!君が選手だとしても今のプレーは立派な守備妨害!バッターはアウトになるぞ!」
野多摩「あらら〜…」
降矢「ああ?!」
三澤「で、でも降矢君は県君を助けようとして」
吉田「かまわねぇよっ」
大場「よ、吉田どん?」
吉田「アウトをとられようが、とられまいが…俺が打って追いつけばいい!」
相川「それでこそ、吉田だな」
三澤「頑張って傑ちゃん!」
冬馬「ファイトですキャプテン!」
吉田「おうよっ!!」
気合百倍とばかりに、吉田はバットを振り回しながら打席に向かっていった。
六条「ああっ!きゃ、キャプテン!それは素振り用のマスコットバットです!」
吉田「おおっ!?」
そんな光景を、真田は不思議なように感じていた。
あの金髪の男と、小さい少年が帰ってきただろう…それで、このチームがここまで変わるものなのか?
見ろ、さっきまでは一点ビハインド最終回、その条件に半ば諦めていた奴までもが目に希望を灯している。
確かに負傷した県と疲労困憊の西条の変わりは嬉しいが…この二人の復帰はそれ以上の何かをこのチームにもたらしている。
相川「腑に落ちない…って顔だな、真田」
真田「まぁな、一体全体どうしたっていうんだ」
相川「不思議とな、あの金髪がいると、何かやらかしてくれそうな気がするんだ」
真田「…何かやらかす?」
相川「つまり、そう簡単に負ける気がしないってことさ」
吉田「っしゃあ!見てろ降矢!冬馬!俺がキャプテンだって所を、しっかりと見せてやろうじゃねぇか!」
冬馬「キャプテンかっこいーー!!」
降矢「いいから早く打て、早く打て、早く決着をつけろ」
真田だけではない、不審に思ってたのはバッテリーの赤竹兄弟もだ。
和哉(何だってんだ、あの金髪が…)
守(ただ、あの人たちが帰ってきた瞬間、一気に将星の目の色が変わった。…兄さん、体力ももう限界でしょう、ここはとりあえず相性の悪いこの吉田選手を敬遠して)
和哉「ふざけるなっ!俺は絶対に逃げない!!」
吉田「おう!いい度胸だ!正々堂々勝負しろい!!」
熱い、熱いねぇ。
吉田は歯を閉じたままニヤニヤと笑っていた。
これだよ、これ、勝てるかもしれないっていう希望が出てきた瞬間の期待とわくわく感。
降矢は本当によく分からん奴だ、一番やる気ないように見えるくせに、誰よりも勝ちに近い、才能を持っている。
和哉「うおおおっ!!」
和哉、第一球!
内角へのストレート!!
守(駄目だっ!もう前のような球威が無い!)
吉田は思いっきり足を前に出して、スイングの体制に行く!
吉田「前にも言ったが…好球必打ぁぁーーっ!!」
和哉「!!」
真芯で球を捉えた。
球がひしゃげる瞬間、吉田は確信した。
カキイ―――ンッ!!
『ワァッ!!』
三澤「ショートの上…!」
相川「左中間!」
吉田「抜けるぜこいつはよぉっ!!」
言葉どおり、ボールは左中間を切り裂いて深いところへ突き刺さる!
『フェアーーーッ!!!』
野多摩「抜けたっ!」
冬馬「やったやったーー!!」
原田「御神楽先輩っ!!ホームインできるッスよーー!!」
二塁ランナーの御神楽は、言うまでも無いと言った顔で三塁キャンバスをあっという間に駆け抜ける!
そして、同点の…ホームベースを踏む!
ダンッ!!
和哉「!!」
緒方先生「きゃあーーーっ!やった!やった!同点よぉぉっ!」
冬馬「むぎゅっ!先生!先生!む、胸がっ…!」
相川「よし!流石だ吉田!」
一塁ベースを回り、吉田は二塁上で天に向かって大きく拳を突き上げた。
吉田「よーっしゃぁぁーーー!!」
観客サイドも、この試合展開には驚くばかりだ。
甲賀「…これは、どういうことと申し上げる」
森田「降矢が帰ってきた途端これか…」
赤城「恐るべき、『降矢効果』やな」
尾崎「降矢効果?」
赤城「アホぉっ!」
バシィンッ!!
またもや赤城はどこから取り出しのかわからないハリセンで尾崎の頭を叩きのめした。
尾崎「痛いッ!痛いって!」
赤城「前、降矢のアドバイス一言で将星が立ち直ったのか忘れたんか?」
そう、以前赤城擁する霧島高校は夏の大会で将星高校をあわやコールドという所まで追い詰めたのだが、降矢の一言がきっかけで相川が完全に立ち直り、そこからひっくり返された痛い経験を持つ。
赤城「きっと将星は降矢さえいれば、何かしてくれるんじゃないか、と信じとるんやと思う。それは期待であり希望であり、一つの降矢効果や」
尾崎「訳わかんねーっすよぉ」
バシィンッ。
和哉「く、くそぉっ!!」
守(駄目だ、やっぱりもう兄さんに以前のような球威がない)
和哉「…」
変わるとか冗談じゃない、だが、負けるのはもっと冗談じゃない。
マウンドを譲る事は嫌だが、負けるのはもっと嫌だ、和哉は考えた。
どうすれば、自分が負けたことにならないか…。
そう、この男にとっては試合の勝敗よりも、自分のことだけが一番大事なのである。
和哉「…!」
そして、一つの妙案が思いついた。
和哉は黙って青竜ベンチへと帰っていく。
滝本「お、おい!和哉!?」
守「兄さん!?」
和哉「僕ちん、もう疲れちゃったから帰る〜」
滝本「…は!?」
和哉はにんまりと笑顔を浮かべると、ボールを大谷に渡した。
大谷「…どういうつもりだ、赤竹」
和哉「いやー、そろそろ僕も限界だなーなんて思いまして、やっぱり大事な所はキャプテンが投げないと…」
島田「ふ…ふざけるな!和哉!お前…自分で出したランナーだろうが!」
岸本「それに、大谷主将は肘をケガして…」
和哉「知らないッスよぉそんなの。主将でしょ?ここは一つ頑張らなきゃあ」
滝本「ぐ…和哉お前!」
大谷「いいだろう」
その時、この試合が始まって以来ずっと腕を組んで見守っていた大谷が口を開いた。
滝本「主将!?」
大谷「まさか、こんなに早く出るとは思わなかったがな」
和哉「それじゃ、俺は帰る、後よろしく。ばいばーい」
和哉はそそくさと球場を後にした。
島田「か…和哉!!」
大谷「放っておけ、アイツを信用した俺達が馬鹿だったってことだ」
守「…」
大谷「行くぞ守、サインは知っているな」
守「はい」
大谷「滝本」
滝本「はい」
大谷「…和哉はこの試合が終われば退部だ、もう我慢できない」
滝本「…はい」
六条「やったやった!やりましたよ柚子姉さま!」
三澤「流石傑ちゃん!同点!同点だよぉ〜!」
冬馬「ナーイスキャプテン!」
野多摩「かっこいい〜〜!」
降矢「ふん、あんな球打てて当然だ、当然」
『ピッチャー、赤竹君に変わりまして』
西条「…?なんや、アイツ変わるんか?根性無い奴やな…」
御神楽「だが、青竜はたいした投手はいないのであろう?これでもう勝ったも当然」
相川「…確かに、たいした投手はいない」
『大谷君、背番号1』
相川「エースの大谷を除いては…な」
真田「さぁ、ここからが正念場だ」
九回表、将6-6青、一死ランナー二塁。