133青竜高校戦13諦めない帝王
九回表、将5-6青。
一点ビハインド?関係ない。
諦めた時点で、何もかもが終わる。
例え戦略的撤退があったにせよ、完全なる敗北は絶対にない。
御神楽「それが、帝王学だ」
そう、信じている。
帝王として膝を屈する事は絶対にありえないのだ!
『一番、ショート、御神楽君』
県も西条も大場も、あれだけ頑張っている。
自分には怪我すらも無い、ただ怖がっているだけだ。
ボールが体に当たる事を。
恐怖を。
御神楽「…っ!」
バシィッ!!
『ストライク、ワンッ!!』
だが、どれだけ頭で意地を張ってみても、体はなかなか言う事を聞いてはくれない。
和哉の一球目、内角へのストレートをまたもや見送ってしまった。
帝王がなんだ、ざまあないじゃないか、腰も引けて。
御神楽「…」
ザッ!!
だが、このまま引き下がっては帝王の名が泣く。
御神楽はバットを握り足を一歩前に出す…そう、よりベース内角寄りに立ったのだ。
これには将星ナインも驚いた。
吉田「っ!」
相川「御神楽!?」
三澤「そ、そんなベースに被さるように立ったらボールに当たっちゃうよっ!」
真田「虎穴に得らずんば、虎子を得ず、か」
緒方先生「え?」
真田「何かを得ようとすれば、自分から立ち向かっていかなくちゃならない」
そうだ、御神楽は内角球に立ち向かう為に、あえて思い切って内角に立った。
恐怖に立ち向かうのだ。
西条「御神楽先輩…!」
和哉「ふん…それだけベース寄りに立って…内角に投げ込みにくくさせたつもりか!?」
御神楽「違う…これは、内角の球を打つためである!」
和哉、第二球!!
ビシィッ!!
ボールは、和哉の右腕を放れ、一直線へ御神楽の胸元へ…。
御神楽(胸元!?あ、当たる!!)
恐怖が頭をよぎった瞬間に御神楽は体を引いていた。
しかし…ボールはそこからスライドし、あざ笑うかのようにミットに入っていった。
バシィッ!!
『ストライクツーッ!』
『あああ…』
残された御神楽は、無様にもその場に尻を着いていた。
やはり、怖い。
舌打ちをした、口ではあれだけ偉そうな事を言っておいて…現実はこれか…!
御神楽「ぐ…」
和哉「ひゃっはぁっ!みっともねーなぁ!僕ちん、死球が怖くて尻餅ついちゃいましたーってか!?死ね、死んじまえ!」
御神楽「…」
何も、言い返せなかった。
相川「駄目か…!」
吉田「御神楽!内角の球は捨てろ!外角のストレートを狙え!」
和哉「ふん…そう簡単に外角には投げねぇよ、馬鹿!」
あざ笑った和哉。
ワインドアップからの投球は、三度内角に!
御神楽「…!」
怖さがなんだ。
失敗する事がなんだ。
そんな恐怖などこれから幾度でも体験するだろうが。
大切なのは、立ち向かう気持ちじゃないのか。
それを、乗り越える気持ちじゃないのか。
御神楽「うあああああ!!」
御神楽、強引に内角の球を踏み込んで打ちに行く!!
野多摩「ああっ!」
相川「駄目だ!御神楽!内角の球は踏み込んでは打てないぞ!」
真田「…いや、よく見ろ!腕よりも腰の回転が速く、ボールをより前でとらえる。内角球の打ち方の基本だ!!」
吉田「御神楽っ!!」
どんな場面になろうと帝王は、決して諦めない。
だからこそ、帝王なのだ。
御神楽「帝王に恐怖なぞ、ありえんのだぁーーーっ!!」
和哉「!!」
カキィィンンッ!!
金属音が響き渡るっ!打球はセンター前!
ちょうど内野と外野の前に落ちると、そのまま大きくバウンドした。
そして、そのバウンドはセンターを大きく越えた。
ガッ!!
吉田「ぬ、抜けたーーーっ!!」
相川「御神楽!走れ!二塁を狙えるぞっ!」
御神楽「うああっ!」
ズザザッ!!
センターがボールを投げると同時に御神楽は勢い良く、二塁ベースに滑り込んだ。
『セーフ!!』
『ワアアアーーーッ!!!』
野多摩「やった!同点のランナーだよ〜!」
吉田「よっしゃあ!まずは同点だ!」
相川「次のバッターは…」
振り返る。
御神楽の次、二番センター…。
吉田「県…!」
県はバットを杖代わりにして必死に打席に向かっていた。
足はガクガクと震え、もうまともに野球ができる状態じゃなかった。
吉田は声をなくした。
吉田「…」
真田「…」
相川「県」
県「は、はい」
相川「バットは、振るな」
県「…え?!」
相川「これ以上足に負担をかけるな、将星には、もう後が無いんだ」
県「…で、でもチャンスで…」
吉田「大丈夫だ!」
バシィンッ!と勢い良く県の肩を叩く。
吉田「御神楽が出たから、俺に回る!絶対に追いついてみせる!」
県「…は、はい」
やはり頼りになる男だ。
表情から、なんとかしてみせるというオーラが漂っている、
県はすぐに吉田を信頼した。
『二番、センター県君』
和哉「しぶてぇんだよ、クソどもがぁ」
身を寄せ合って、助け合って。
反吐がでる。
そんな傷、俺が止めを刺せばすぐに崩壊する。
出血多量で即死だ。
和哉「足ひきずってよぉ…雑魚はもういいってんだよ」
将星のメンバーは九人ちょうど。
そう、ここで県を仕留めてしまえば。
もう試合そのものをすることが不可能になる、自動的に和哉は勝利への道をたどる事になる。
正直、体力もそろそろ底をつく、さっさと勝負を決めたがっている。
和哉(ここで、あいつの足に当てちまえば、もう試合は終わる)
セットポジションから、標的を足に定める。
もう奴は球を避ける事すらできやしない。
散々いたぶった右足に、致命傷を加えるためのストレート。
これで、将星を仕留める。
和哉「終わりだっ!クソどもがぁあ!!」
ボールが、はじき出された。
一直線に県の足へ向かう。
将星ナインは全員身を乗り出した。
真田「―――っ!!」
相川「だ、駄目だ!県!避けろ!!」
吉田「県ーーーーーーっ!!!」
声は届く、だが足は言う事を聞いてくれない。
県は、涙を流しながら体を動かそうとしたが、その足は言う事を聞かない。
和哉は確信した、県の足へ当たると。
そして将星は試合続行不可能になって、自動的に青竜高校が勝利になると。
そして自分は敗者を見下し、またいい気分になれると。
そう確信したはずだった。
ガキィンッ――――――!!
だが、ボールは県の足には当たらなかった。
足の手前で、ホームベースに一本のバットが突き刺さっている。
ボールは、そのバットに当たり大きな金属音を残して跳ね返った。
どこかで、見たことのある…ひどく懐かしい黄色いバット。
そして皆がバットが飛んできた方向を見た。
三塁側ベンチ上、オレンジ色の髪の少年を背負った。
金髪長身の男。
「だから、言ったろうが。間に合うってよ」
ニヤリ、と不適な笑いを浮かべると。
金網を飛び越え、颯爽とグラウンドに降り立った。
県「…降矢さん?」