132青竜高校戦12ついに





















八回裏、将5-4青。


『三番、サード、宗田』



酸素は補給したものの、依然体から奪われた体力は戻っては来ない。

八回目のマウンドに立つ西条はすでに肩を息をしていた。

そして、スコアボードの一点差は変わらない。

まだマムシのようにすぐ後ろにいる、くっついて離れない。

いい加減、西条も苦しいことには気づいている、この一点差というのがどれだけ重圧になっているか。


西条「くあっ!」


力いっぱい投げるストレートすらも、もうまともにコントロールがつかない。


ドバンッ!!

「ボール、ワンッ!」


ミットは打者の遙か遠くでボールを受け止めた。

無論、ストライクではない。


西条(くそっ、まずい。もうコントロールがまともにつかなくなってきとる)


手首の返しが段々辛くなってきている、体のダルさがいかんせんとれない。

練習試合でも六回は投げたが、九回フルイニング実践となるとやはりブランクが苦しい。


西条「くそあっ!」


ズバッ!!

『ボール、ツー』


西条「ぐ…」

相川(まずいな…これじゃストリームを残しておいた意味が無い、今ストリームを投げれば失投して打たれるのがオチだ)


結局、ストリームを温存したのは全て無意味となっている。

ただストリームを使わない限りはどう考えてもこの青竜打線と対決するには苦しすぎる。

相川は唇をかんだ。


バシィッ!!

『ボール、スリー!』


西条「くそっ!なんでやっ!」

相川(駄目だ、一点差で一発を喰らうことを避けたいのと、疲れが重なって全くストライクゾーンにボールが入ってこなくなっている…!)


バンッ!

『ボール、フォアボール!!』


西条「ぅ…!」


ランナーが出た。

あの、男の前に。

西条は嫌な汗をかいていることに気づいた。

そして、名前がコールされる。





『四番、ファースト、滝本君!』







ノーアウト、ランナー一塁。

勝ち越していることが余計に、重圧となって西条にのしかかっていた。

思わず、相川はタイムを取ってマウンドにかけよった。

足を痛めている大場を除いた内野陣が西条の元へと集う。



相川「西条、大丈夫か、顔色悪いぞ」

西条「はぁっ、はぁっ…大丈夫ですよ」

吉田「くそー、このいい所に来て四番が回ってきちまうなんてなぁ…」

御神楽「四番ってのは元来一番いい場面で回ってくるものだろうが」

原田「とりあえず、勝負は避けた方がいいと思うッスけど…」

西条「敬遠!?じょ、冗談やないで!」

相川「だが西条、そうしなければ今のお前は、確実に打たれるぞ」

西条「う…」

御神楽「滝本を一塁に置いて五番勝負、か」

相川「敬遠も勝負のうちだ、中学で鳴らしたお前ならわかるだろ」

西条「はい…」


仕方ない、自信を持っている投手ならそれだけ敬遠は辛い。

打者に無条件降伏しているようなものだ。


相川「敬遠、でいいな」

西条「…」


西条は、無言で首を縦に振った。

悔しいが、今の自分では滝本には到底敵うまい。

相川が立ち上がると、仕方なく西条はボールを大きく外に外した。


『ボール、ワン』

和哉「くく…臆病者にはふさわしい投球だな」

西条「くっ…!!」


相変わらず和哉からの罵声は止まないが、西条は動じることなく二球目を放る。

パシッ。

『ボール、ツー』


心の中では勝負したがっている自分がいる、それは感じていた。

だからこそわざとストライクを外してを投げることに対して、こんなにも苛立ちを覚えるのだ。

西条はやりきれない感情でいっぱいだった。















―――だから、動じたのだ。

左に転向したことが災いとなった。

わずかに、ファーストランナーが走るのが目に見えた。

そして、ボールは、山なりにストライクゾーンを。












通った。






















キィィィィ―――ンッ!!























残ったのは金属音と、後悔と、虚無感。

それは一瞬、そして現実に戻される。

歓声が巻き起こっていた、西条は始め何がおきたのか解らなかった。

そして徐々に理解した。






自分が、逆転打を打たれたということを。








相川(クソぉっ!)


相川は矛先がわからない怒りが湧き上がってきていた。

まさかここに来て、西条の心を攻めてくるなんて…。


相川(西条のあの精神状態じゃ、たくさん危険はあったはずだ、敬遠球がストライクゾーンに入ってしまうことも…!)


一塁走者が走ることも、十分可能性としては考えていた。

それなら…何故あの時、西条に一言伝えてやれなかったのか。

「何があっても、落ち着いてボールを投げろ」と…。




カタン、とスコアボードが回転し、文字が現れた。

ずらりと左から右へ並んだ表示。










…そして、西条はこの八回ついに青竜高校に逆転を許したのだ。








和哉「ひゃっはっはっは!敬遠して、打たれるなんて無様な奴見たことねぇぜ」

西条「…」

和哉「生きてる価値ないよなぁ、死ね、いっそ死んじまえ、イヒヒ」

西条「く…!」


青竜側ベンチを怒りの形相で向いた西条の肩を、手が止めた。


西条「み…御神楽先輩」

御神楽「落ち着け西条」

西条「でも、でも俺のせいで…!」

御神楽「試合はまだ終わっていない」

西条「…あ」


そうだ、まだ九回表の攻撃が、残されている。

一番、御神楽から吉田へ回る好打順。


御神楽「お前は打線を信じて投げろ、諦めたらそこで終わりだ」

西条「…!」

御神楽「まだ、一点差。もしこのまま抑えたなら絶対に逆転してみせる」

西条「頼みますよ」


御神楽は背中を向けてショートへ戻っていった。

そして右手の親指を天に向けて立てた。

西条は大きく深呼吸すると、再び投球動作に入った。
















西条はこの後、ランナーを出しながらもどうにか0点に抑える。

そして、将星一点ビハインドのまま試合はラストイニングを迎える。












九回表、将5-6青。







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