131青竜高校戦11精神的疲労、試合続行不可能?
七回裏、将5-3青、無死、走者二塁。
『九番、ピッチャー、赤竹和哉君』
様子がおかしいのに気づいたのはいつだったか。
どうも左腕が重たい、酸素が足りない、そして目の前がぼやけてる気がする。
目をゴシゴシとこすると、打席に入るのは和哉だ。
今までの二打席はなんとか抑えることができていたが、依然不気味さはただよう。
その目は怒りではなく、すわっていた。
西条はそれを睨み返すと、落ち着いて深呼吸する。
相川からのサインは初球ストライクゾーンの内角にスライダー。
ゆっくり頷くと一塁ランナーに注意を払いつつ、セットポジションから投球動作に入る。
第一球、内角に狙いを定めて投げる!
西条「!!」
だが、ボールは狙いとは全く外れてど真ん中へ。
西条は直感的にヤバイ、と思った。
バシィッ!!
『ストライク!!』
西条「なっ!?」
しかし和哉は予想に反して、ボールを見送った。
ミットの上、相川の額にも汗が流れて落ちた。
相川(危ないな、どうもさっきから西条のコントロールが狂ってきてる)
これが、真田の言っていたマムシ効果だろうか。
一点差を守るという重圧の中、重量級青竜打線を相手に踏ん張ってきた。
いつ一発を打たれるか解らない、コントロールミスは許されない状態の中で投げてきた最上、その蓄積されていた精神的疲労がここで出てきているのか。
バシィッ!!
『ボール!!』
二球目、外角高目ストライクゾーンへ要求したストレートはまたも大きく外れる。
思うように、コントロールがつかない。
西条は歯軋りして、マウンドの土を蹴飛ばした。
バシィッ!!
ズバアッ!!
『ボール、スリー!』
二球連続でボール、そしてこれでボールスリー。
おかしい、どうしてもあの五角形の上を白球は通過しようとしない。
和哉「どうした、怖気づいたか?」
西条「な、なんやと!?」
相川「西条、落ち着け。熱くなるな」
西条「ぐ…」
そうだ、熱くなってはどうしようもない。
フォアボールだけは絶対に避けなければならない、冷静にストライクゾーンを通らせるのが今の西条にできることだ。
西条「があっ!!」
しかし、四球を意識してしまえば、どうしてもコントロールが甘くなるのは仕方のないこと。
西条とて例外ではない、コースはわずかボール一個分ど真ん中より高くなっただけ、ホームランコースだ。
打たれる、と西条は覚悟した。
だが、和哉がとった行動は…バント!!
カツンッ!!
西条「っ!」
相川「くそっ!まず一点を取りにきたか!!」
若干プッシュ気味にバットを押し出し、ボールを転がす。
この行動にはチームメイトですら呆気に取られた。
岸本「な、なんや!あいつあんなことできたんか!?」
島田「赤竹がバントするところなんて始めて見たぞ!」
滝本「…いや、ただのバントじゃない。絶対に!……和哉、何を狙っているんだ」
打たれると思った西条は一瞬ダッシュが遅れた、そしてボールはプッシュ気味にバントされたのでちょうどマウンドの横辺りまで転がっている。
落ち着くんだ、十分間に合う。
西条は心の中で繰り返しながら、ボールを手に取った。
三澤「あっ!」
六条「西条さん!もっと左ですよ!!」
西条「!?」
しかし、ボールが手につかない。
目でボールを確認してようやくボールを掴むと、急いで一塁へ送球。
大丈夫だ、まだ間に合う!
和哉「死ねや」
ズバァッ!!
大場「!?」
しかし、大場のグラブが西条の送球を捕球することは無かった。
和哉がスライディングで大場の足を削り取ったからだ。
バランスを崩した大場は、宙に浮いた。
大場「ぬ、ぬああですとっ!?」
吉田「大場ぁーーっ!」
御神楽「一塁へスライディング…!?ふざけるなっ!」
巨漢が地面に沈む、当然ボールはそれてファールゾーンへ転がっていく。
西条「大場先輩っ!」
和哉「でかいだけで足元がお留守だぜ」
和哉は吐き捨てると、ファーストベースを駆け抜けていった。
だが、外野の右側を守るのは元桐生院の真田だ、当然カバーも素早い。
相川「ホームは無理だ!とりあえずセカンドで刺せっ!」
真田「ちっ!」
相川が叫ぶその後ろを、二塁ベースにいた守が悠々とホームイン。
これで、また”一点差”…!
真田はセカンドに目標を変えると、素早くレーザービーム。
真田「二塁までいけると…思うなっ!」
ビシュアッ!!
とんでもない勢いで射出された送球が一直線に二塁上、ショート御神楽のグラブにおさまる。
目の前にはまたもや滑り込もうとする和哉。
御神楽(まともにタッチするのは危険だ)
大場の二の舞になるのは目に見えている、さっきのあのスライディング…明らかに偶然ではない、足場を刈る”上手さ”があった。
二塁ベース上にいては、アウトにすることはできるが自分の足を刈られる可能性が高い!
御神楽は思い切って自分から和哉に走りよった。
―――すれ違いざまにタッチする。
御神楽「な、なに!?」
だが御神楽の目に入ったのは、ゆっくりと、まるでランニングのようにノロノロと走ってくる和哉だった。
御神楽は警戒しながらも、無難にグラブを押し当てた。
『あ…アウトっ!』
残ったのは何故か焦燥感と不気味さ。
和哉はアウトになったのに、おかしな笑みを浮かべていた。
そう、見下した笑いだ。
和哉「ふふ…これでまた一点差だ」
御神楽「…!」
和哉「あの甘ちゃん関西弁坊やがいつまで持つかな」
御神楽「…西条っ!」
振り向いた御神楽の目に入ったのは、膝を折って必死に酸素を補給する西条の姿だった。
継続的な緊張感蓄積による、リミットオーバー、明らかに西条には酸素が不足していた。
ぼやけた視界も、ガタンとスタミナが下がったのもそれが原因だった。
重圧と緊張により、西条は呼吸不足による酸素欠乏…いわゆる酸欠状態になっていた。
そして、もう一人。
和哉に刈られた、大場の右足からは大量の出血がみられていた。
赤い血が、ファーストベースを紅に染め上げる。
『ざわっ…』
和哉「お前らのベンチ、どう見ても九人しかいない。…あのセンター、ファースト、そしてあそこで小さくなってるピッチャー。一点リード?…その前にお前らは試合を続けるのも無理だと思うがな」
氷の微笑が、御神楽を震え上がらせた。
三澤「大場君っ!」
緒方先生「六条さん!とりあえずタンカを持ってきて!!」
六条「は、はいっ!」
『将星高校、怪我の治療の為、試合を一時中断しております』
場内コールが、静かになった球場に、いやに大きく響き渡った。
…。
救護室にて、三人がうずくまっていた。
氷水に右足を突っ込んでいる足の腫れがおさまらない県、出血は止まったものの足を二針縫った大場、そして酸素が入ったスプレーを口に当てている西条。
三人は満身創痍。
そして将星の選手も全員が救護室に集結していた。
相川「一回戦でこれか…」
相川は思わずうめいてしまった。
六条「ど、どうしましょう!」
吉田「落ち着け六条、また希望は残ってるだろ」
原田「降矢さんと…」
野多摩「冬馬ちゃん…」
吉田「クソぉっ!何やってるんだ!早く帰って来い二人とも!」
真田「ここに来る保障はあるのか」
相川「一応事前に場所の連絡はしておいたから、時間さえ間に合えば絶対にきてくれるはずだ」
吉田「俺は、そう信じてる」
原田「そうッス、降矢さんは絶対に来てくれます!」
真田「…」
だが、今の状態では試合を続けるのも困難だ。
その時、救護室の扉が開いて二人の審判が入ってきた。
ガチャリ。
審判「ケガの具合は大丈夫ですか?」
緒方先生「あ…」
審判二人は、三人の様子を見て顔をしかめた。
審判「…将星高校の今日のベンチ入りは九人ちょうど、でしたよね」
三澤「は、はい」
審判「…これでは、試合続行不可も止むをえませんな…」
御神楽「なんだと!?」
相川「試合続行不可!?」
吉田はすぐに審判に駆け寄っていた。
吉田「な、なんすかそれは!」
審判「見ての通りだ、とても試合を継続できる状態じゃないだろう」
吉田「う…」
審判「将星高校は棄権という事で…」
県「駄目です!」
大場「そ、それは嫌とです!」
西条「…!」
三人がすぐに拒否の意思を示した。
審判「し、しかし君達それでは…」
県「大丈夫です!すぐにまた走れますから!」
大場「そうとです!おいどんはもう血も止まったとです!」
西条もゆっくりと頷く。
審判「だが君達、今の無茶だけで、一生足が動かなくなったらどうするつもりだ」
県「それでもかまいません!」
審判「…な」
県「僕達は降矢さんと冬馬君が帰ってくるまで勝ち進むと決めたんです、こんな所で棄権したら、後で降矢さんに殺されます」
大場「…おいどんもそう思うとです」
相川「だ、そうで、続けられるそうです」
審判「先生!」
緒方先生「…私は一教師として、生徒の意思を尊重しないことはできません」
審判「…むぅ…しかし」
審判「…次に中断すれば、もう試合続行は不可だと判断します、いいですね」
吉田「ま、マジッスか!?」
審判「行くぞ」
審判「お、おいっ!」
審判二人はそのまま部屋を出て行った。
審判「おい右田さん!いいのか!?連盟に何か言われるんじゃ…」
右田審判「…あんなに、強い目をした子達を見たのは初めてだ」
審判「は…?」
右田審判「ここで、試合を止めれば私はきっと野球の神様の罰が当たるだろうよ」
吉田「県、大場、西条、行けるか?」
県「はいっ!」
大場「いえっさー!」
西条「…あたりまえや!」
吉田は大きく親指を立てた。
最高だ、お前ら!
その後、なんとか西条はバックに助けられ一番畑山、二番岸本を抑え、一点リードのまま七回裏を終える。
対する和哉も、七番野多摩、八番原田、九番西条ときっちり閉めて八回表を抑ええきる。
…そして、西条はこの八回ついに―――。