130青竜高校戦10異変


















何か、自身の体に不安を感じながらも西条はストリームを多投し六回裏の青竜の攻撃を抑える。

相変わらず点差は動かず、一点差のまま。

―――マムシ。

西条の頭の中に、その単語が一瞬よぎった。

しゃらくせぇ、汗をぬぐって歯軋りする。



七回表の攻撃は四番の大場からだが、大場はカットフォークにタイミングが合わずファーストゴロに打ち取られてしまう。

そして、赤い風が三度目の打席に立つ。


『五番、ライト、真田君』





七回表、将4-3青。




真田(さっきの西条を見る限り、これ以上一点差で青竜打線のプレッシャーを受けると潰れる)


いくら中学で名を馳せたエースといえども、ここは高校。

そして一年生ではまだまだ精神的に未熟な点は絶対にあるはずだ。

そうなれば、ここで追加点を取るのが真田の仕事だ。

目つきをマウンドに飛ばすと、ゆっくりと構えを取った。








赤城「…赤い風か、さてそろそろ追加点をあげへんと、西条君が潰れるで」

森田「だろうな」


それぞれ腕組みをしながら試合の行方を見守っている。

ここまでの予想、少し外れはしたものの大体思い通りにきている。

将星が一点リードで後半戦。


赤城「引っ付いて離れへんてか、嫌な事考えるのぉ、青竜は」

森田「なまじ打線が強力な上、エース大谷がいないだけに接戦は弱いと思ったんだが、あの先発、予想以上に踏ん張るな」

赤城「西条君は後ろをひっつかれてるみたいで嫌やろうな」

甲賀「兆候は、もう見え始めていると申し上げます」

森田「兆候?」

甲賀「わずかながら、ストレートの威力が落ちてきたように見受けられました」

尾崎「ど、どうしてわかるッスか?」


甲賀は尾崎の方を向いて右手を上げた。


甲賀「あの投手は完全なオーバースローですが、さきほどの六回は変化球で抑えたものの、わずかにリリース時の手の位置が下がり気味になってるかと」

森田「相変わらず、いい『眼力』だな、甲賀」

甲賀「はっ、恐悦至極にてございます」

森田「となると、冬馬がいない将星は…」

赤城「”このままじゃ”やばいやろうな。そして、それがわからない赤い風じゃないやろ、確実にここは得点を狙ってくる」


四人の目線は打席に集まった。

そして、真田。


真田(この投手もいい加減立ち直ってきたようだが…、悪いが俺はもう見つけた、コイツのどうしようもない欠点をな)

和哉(コイツだけは、どうも他の奴と雰囲気が違う、要注意だが…)

守(兄さん、この人は危険です、敬遠しましょう)


その合図が逆鱗に触れる。


和哉「黙ってろ!動くな!死ね!テメェは黙って球を受けてりゃいいんだよ!」

守(…)


守は悲しそうに目を伏せた。

逃げるなんて冗談じゃない、対照的に怒りを爆発させる和哉。

だがまともに勝負すりゃやられるのは目に見えてる、あのスイングの速さ。

一打席目、スタンドに叩き込まれた怒りはまだ収まってはいない。

四球で逃げるのはハナから考えに無い、どうせ一塁に逃がすなら死球で痛めつけないと気がすまない。

ただこれ以上の死球は流石に和哉も退場になってしまうだろう、流石にそろそろマズイのは和哉でもわかっている。

まともに勝負して…。


和哉(さっきから馬鹿か俺は)


だが、和哉は考えを振り切ってつばを吐き捨てた。

俺が打たれるはずが無いのだ、今までのは全て偶然に偶然が重なったものだ。

そう、奇跡、和哉がまともに勝負して真正面から打たれるなんてありえないだろう。

自分を思い込ませるのではなく、そうであると最初から事実としてとらえる。


和哉(さっきは手を抜いたから打たれたんだ、次は本気だから絶対に打たれない)


だから、和哉はどんな時も自分が人より下に思うことが無い。

全力で、投げる。

それも、一つの強さ。



バシィッ!!


アウトローギリギリにカットフォークが決まる。

審判の手が大きく上がった。


「ストライクワンッ!!」






三澤「うう〜〜っ」

野多摩「やっぱりあの変なフォークみたいなのが、打てないんだよね〜」

緒方先生「打つ瞬間にちょっと変化するのよね」


それが他のナインのカットフォークを打ちあぐねている理由である、吉田、真田以外は基本的にバッティングがいいとは言えない。

そして他のナインは今まで打撃練習をしてきた中、ボールのある所に対して照準を絞る練習をしてきたため、カットフォークのような直前で変化するような球は打ちづらいのだ。


野多摩「こう、来た瞬間に、ふよっとぶれるみたいな」

六条「なんだかすごい球なんですねぇ」

相川「ぶれる、か…」





バシィッ!!

「ストライク、ツー!!」


内角へのボール球を一球挟んで、再び外角にカットフォーク。

これで2ストライクと追い込まれた。

未だ、赤い風はバットを振っていない。


真田(追い込まれた、か)


だが、真田は確信した。

間違いない、と。



和哉(コイツさえ抑えれば、もう点を取られることは無いっ!)


そして勝負の三球目、和哉は勢い欲前足を踏み込む。

スパイクで地面をえぐりこむと、内角に向けて狙いを定める。

そして、ボールを投げた刹那、和哉は赤い残像を見た。


真田「行くぜ」





ヒュ…ガキィィィーーーンッ!!






赤い風が、吹く。


和哉「なっ!!」

相川「!!」

野多摩「わ、わあっ!!」

三澤「う」

六条「打ちましたっ!」



打球はふわり、と風に乗ったように伸びていき、レフトスタンドに放り込まれていく。

そして、真田はゆっくりとバットを置いた。


『ワァァァァァーーーッ!!!!!!!』


ついに、点差を二つと開く!!

真田、今日二本目の本塁打だ!!!




和哉「な、何故だ!!」


疑問は広がる。

打たれたのは内角へのストレート、しかもボール球だ。

それを、真田は”最初からわかっていたように”狙い打った。

つまり、和哉が投げた瞬間に、すでに真田は足を一歩引いて内角の球を打ちに行っていたのである。


和哉「テメェ…どんな汚い手を使ってんだ!」

真田「汚い…?お前には言われたくないな」



ホームベースを踏むと、吉田が満面の笑みで立っていた。

思わず、真田はたじろいだ、が雰囲気に推されたのか苦笑いがもれた。


吉田「真田ぁぁぁーナーイスだぜぇ!!」

真田「…ふふ」


バシィーーーンッ!!

そして思い切りハイタッチ。

逆に、吉田が驚いてしまった。


吉田「おお!」

相川「真田…」

真田「郷に入っては、郷に従え、か」


どうも、毒気に当てられたらしい。

真田はニヤリと笑った。


真田「吉田、さっきのお前のセンターを助けた熱いプレー。それに免じて一つだけ教えてやる。あの投手が投げる時に向ける足の方向は、無意識のうちに投げるコースに向いている」

吉田「!!」

相川「そ、そうなのか?!」

真田「クセかどうか知らんがな…。まぁ、わかってても中々打てないとは思うが、一応それだけは言っておく」



真田は二人の間を歩いてベンチに向かっていった。

熱いプレー、仲間を助けるプレー、そしてチームとしての協力意識。

いずれも、今の桐生院には微塵も存在しそうに無いものだ。

あの腐れ堂島が仕切っている桐生院なら、いくら名門といえど二度と門をくぐる気にはならない。

この…将星とか言う所の方が100倍マシだ。

将星で、あのハゲと腐った桐生院をぶっ潰す。

そう、赤い風は決めた。


真田「とにかく、まずこの試合は取ることだ!」













しかし。







西条には、異変が起き始めていた。

八番の赤竹弟に対し、全くストライクが入らない。


「ボール!ボールスリー!」



西条(く、くそぉっ!なんや!なんでこんなに疲れてるんや!)


マムシの毒が、じわじわと効いてきていた。

そして、投じた四球目。



ストレートが、甘く入る。

そしてフルスイング!!




カキィンッ!!




西条「っ!」

守「よしっ!」


ボールはレフトの横へと転がる、守は悠々とセカンドベースを踏む。

そして西条は自分の手が痙攣しているのを感じた。

これが異変の始まりだった。


『九番、ピッチャー、赤竹和哉君』




七回裏、将5-3青。








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