121青竜高校戦1地区予選開始
南地区予選が行われる、市立の球場。
紺のストライプを服に入れた九人の男達が円陣を組んでいた。
吉田「…いいか、降矢も冬馬も今まで必死に練習してきた仲間だ」
皆は無言で吉田の方を見る。
吉田「だからアイツらが帰ってくるまでに、負けただなんて…とてもアイツらに顔向けできないよな」
そこで言葉を飲み込む。
仲間が帰ってくるまで、勝ち続ける。
心に決めた誓いを。
吉田「…行くぞ!!!将星ーーーーっ!!」
全員『ファイッ!オーーーーシッ!!』
空はまだ夏の暑さが残る雲ひとつ無い晴天、今日からついに秋季地区予選が開始した。
昨日、降矢と冬馬が抜けると言う緊急事態、桐生院を訳ありで出てきた真田。
そのような奇妙な事態であるはずなのに、選手登録の問題も知らぬ間に解決している。
多分あの四路とか言う女がやったのだろう、真田の他校転入問題は止むを得ない理由での転校ということで、許されていた。
それはそうとして、今は試合のことに集中しよう。
いつものように大きな胸を揺らしながら、緒方先生が眼鏡をズリ上げ一歩前に出てきた。
緒方先生「それじゃ…先発メンバーを発表します!
一番、ショート御神楽君
二番、センター県君
三番、サード吉田君
四番、ファースト大場君
五番、ライト真田君
六番、キャッチャー相川君
七番、レフト野多摩君
八番、セカンド原田君
九番、ピッチャー…西条君!!」
一通り読み終えた後に新入メンバーは苦笑した。
真田「やれやれ、外野なんて小学生以来だぜ…」
吉田「頼むぞ真田!!」
真田は苦笑した。
真田「ふふ…成り行きだが、俺も堂島の桐生院をぶったおすまで負けたくは無い」
吉田「よっしゃあ!!行こうぜ!!!」
吉田の声を合図に将星ナインがホームベースの近くまで集まり整列する。
向かい側には、青竜高校。
「それでは、第一回戦、将星高校対青竜高校の試合を始めます!両者、礼!!」
『ザス!!!』
試合開始は9:30ちょうど。
先攻は将星高校、まずは早速一番の御神楽がバッターボックスに立つ。
マウンドに立つのは…あの、赤竹だ。
視線が交錯した。
赤城「ふむふむ、やっとるのぅ」
尾崎「キャプテン、わざわざ将星を見に来なくてもいーんじゃないスか?」
スタンドには関西弁赤城とアイアンボール尾崎が例の如く偵察に来ていた。
今日はバックネット側を陣取っている、赤城は望遠鏡で外野を見ていた。
赤城「アホぅ、将星は絶対に県予選まで上がってくるで」
尾崎「なんの根拠があるんスか〜?」
赤城「それはやな…」
いきなり後ろからぬっと現れる大きな影。
間違いない、森田だ。
森田「よぉ赤城、早速やってるな」
赤城「あら、森田君やおまへんか。どうしたんでっか」
森田「俺達の試合は午後からなんでな、暇だから見に来たというわけだ」
甲賀「どうも将星のメンバーが変わってると聞いて候、森田殿」
森田「ああ…あの金髪とチビがいないじゃないか」
後ろにつきそっていたスカーフの男、甲賀のセリフに森田はスコアボードに目を移す。
そこに降矢と冬馬の名はなく、その代わりに真田という聞きなれない名前。
赤城「それはわいも気になってるところや」
尾崎「一体どうしちゃったんでしょーね」
森田「…それにあの赤いバット、真田って…まさか桐生院の『赤い風』真田か?!」
急に声を荒げる森田に赤城は目を丸くした。
赤城「まさか、やで。それやったらなんで将星におんねん。赤いバット使っとる真田なんぞどこにでもおるやろ」
森田「そんなもの珍しい奴が何人もいてたまるか」
尾崎「ってか、『赤い風』って、なんスかー?」
ハテナマークを浮かべて聞く尾崎に森田は少し苦い顔をしながら記憶をたどった。
森田「桐生院が三年、二年、一年にわけて練習試合を行っているのは知っているな」
尾崎「なんスかー?」
赤城「アホぅ、知ってるのが普通や!!」
もちろん読者の皆さんもご存知だろう、将星と最初にやった相手を思い出して欲しい。
そう、望月率いる一年生メンバーとである。
森田は続ける。
森田「俺らも去年、桐生院の二年と対戦したんだよ。もちろん、実力は二年といえでも半端じゃない。投手こそたいしたのはいねーが、打線は三年を超える実力も持ってるっていう奴がそこそこいてな」
甲賀「その中の二人が『サムライの南雲』と『赤い風の真田』後という訳でございまする」
赤城「甲子園でも南雲は一発打ってたからな、尾崎も知ってるやろ」
尾崎「はー、一応。でも赤い風ってどういう意味ですか?」
森田「…見てりゃ、すぐにわかるさ」
赤城「もう一つ。やっぱり青竜の先発は大谷じゃないみたいやな」
森田「アイツは肘痛めてんだろ、まだ治ってねーのか」
四人は視線をグラウンドに戻した。
御神楽の視線の先、地面より高い位置から見下ろしてくる相手の投手。
抽選会場で西条と騒ぎを起こした、あの赤竹である。
高校球児あるまじき、ガムを噛んだままの投球練習。
そして投球を受けているのは、双子の弟赤竹守。
西条「ガム噛んだまま投球…?あいつ本気か?!」
相川「大リーグの投手は良くそうしているがな」
真田「ふん、流石に審判から注意されるぞ…ほら見ろ」
流石に審判も気づいたのか、練習を中断させ赤竹に注意を出した。
「おい、君。ガムは捨てなさい!」
赤竹「…あー?うるせーよジジイ」
「な、なんだとっ!!」
守「に、兄さんっ」
和哉「…ちっ」
ツバをグラウンドに吐き捨てる。
その悪態に審判は顔をしかめた。
「む…」
守(まずいよ兄さん、審判に悪い印象だと判定が不利になるよっ)
滝本「赤竹、やめろ!」
「そうだ!」
和哉(…めんどくせーな。大体俺がいねーと試合にもならねーくせに、偉そうにすんじゃねー雑魚どもがぁ。…サインは俺が出すぞ守)
『プレイボールッ!!』
結局ガムは捨てた和哉の投球練習が終わり、審判の声が高らかに響いて、試合が開始した。
『一番、ショート、御神楽君!!』
「「「「キャアアーーー!!御神楽様〜〜!!」」」」
西条「ぐわああっ!?なんや!?」
突然の背後からの大音量に西条はベンチから飛び上がった。
六条「うちは女の子の方が多いから、応援に来てくれるのはほとんど女の子なんだ」
三澤「去年ベスト8まで行ったから結構野球部も有名になったんだよ〜」
西条「いきなりやったから驚いたやんけ…」
吉田「おおっ!みんな応援サンキューな〜〜〜!!」
吉田はベンチを飛び出て、頭上に広がる生徒たちに大手を振って感謝した。
『吉田君!頑張って〜〜!!』
吉田「おーう!!!」
『キャーーー!』
野多摩「キャプテン人気あるんだ〜」
原田「野球部ってカッコイイ人多いじゃないッスか、御神楽先輩とか相川先輩とか。…密かにファンクラブとかもできてるらしいッスよ。先生達が野球部を嫌ってるからあんまり公ではないッスけれどね」
緒方先生「そ、そうなの?」
原田「ふふ…裏情報は自分に任せるッス」
相川「……」
そして、バッターボックスの御神楽はそんな応援など気にも留めずに集中していた。
夏と比べると、やはり成長している。
御神楽(さて、この僕が一番としてしなければいけないのは…まず相手の手数を見せることだ)
高校野球はプロと違ってほとんど一回きりの勝負、早い段階で弱点を暴かないと後々不利になっていってしまう。
だから一番として何が出来るかの挙句、御神楽はこの答えに辿り着いた。
最初の御神楽では考えられなかっただろう、人の為に粘るなどと…。
御神楽(さぁ、何を投げてくる)
しかし、今の御神楽は立派なスポーツマン…いや一番打者として確実にとして成長している。
赤竹「しゃーねーな、いくぞ」
赤竹が、思い切り振りかぶる!!
そして…第一球!!!
御神楽「…なっ!!」
ボゴォッ!!
ボールは、御神楽のみぞおちに入っていた。