―――エ……ジ……イジ……―――。

声がする。

黒い制服に連れて行かれる僕を引き止める誰か…誰か?

あれ?僕の…いや、俺の親父とお袋は離婚したはず…。

そして、俺はどこに連れて行かれた?

病院のような白いベッドの上で四肢を拘束される。

…そして、誰かの顔…少年と少女。

次に気がついたときは…野球をしている?多くて明るい部屋で皆が一斉にバットを振っている、あれ?俺、野球を始めたのは高校生が初めてだろう?

場面は切り替わって、同じくらいの少女に、手についた金属の手錠みたいなリストバンドを外されている。

no.229君は逃げて、記憶は消しておくから、普通の人間として…。

それでも野球を始めるなら、それは君の運命。

でも君は、普通の体じゃ…。













119降矢の謎














降矢「うあああああああああああっ!?」


跳ね起きた、体中がびっしりと嫌な汗をかいている。

なんだ今の映像は…夢?それにしてはいやに鮮明だった、まるで忘れていたものを呼び覚ましたような…。


降矢「…まて、ここは…どこだ」


まるで病院のようなベッドたくさんある清潔感のある部屋。

不思議なのはまったく消毒液のにおいがしないことだ、それに窓も無い。


降矢「俺は…確かあの黒コートの男に殴られて…」

???「あっ!目を覚ましたんですかっ?」

降矢「…誰だ」


降矢は素早くベッドから飛び降りて、身構える。

この反応の素早さは流石だ。

目の前にいたのは端正な顔立ちをした女性看護婦だった。


???「え、と…どういえばいいかな。検診担当の医師の助手をさせていただく加藤京子です、よろしくお願いします」

降矢「…検診?聞くのは二回目だが…なんなんだよそれは」

京子「え?思い出してないんですか?…うーん、さっき解いたと思ったんだけどなぁ。ダイジョーブ博士もあてになりませんね…」


くそ、コイツも訳のわからないことを言いやがって。

言ってることがわからないのはなんとも腹が立つ。


京子「まぁ、思い出してないならいいんですけどね…また、催眠をかける手間が省けますから」

降矢「催眠…?」

京子「さぁ、早く終わらしましょう?そんなに手間がかかることでもないですし、早く帰りたいですよね。ついてきてください」

降矢「…」



そのまま降矢は加藤京子と名乗る看護婦の格好をした女の後をついていく。

部屋を出ると薄暗い廊下がずーっと続いている、むき出しのコンクリートが真夏なのに寒い印象を与え、左右についている幾つものドアが気になった。


降矢「おい、ここはどこなんだ」

京子「んー、どう説明すればいいでしょう。…とりあえず、日本ですよ」

降矢「そうじゃなければ、この場でテメーを叩きのめす所だ」

京子「こ、怖いこと言わないでくださいよぉ」


言葉とは裏腹に、看護婦はずんずんと奥へ進んでいく。

やがて、一つの扉の前で止まった。


降矢「…実験室?」

京子「大丈夫ですよ、別に何もしませんから。ただ、博士がここにこもりっきりなんで」

降矢「…」


躊躇する様子も無く、看護婦は扉を開けた。


京子「博士ー、起きましたよー」

博士「オー、ヨウヤクデスカ、待チクタビレタデース」


目の前で機材の手入れをしている、白髪の老人が答える。

頭の髪はすでに薄くなり、かけているメガネも随分と分厚い。


博士「ソレジャ、早速座ル座ル、ドウセ何モ無イ無イ。私ノプロジェクトニ失敗ナンテアルハズナイデース」

降矢「なんだこの怪しさ爆発のクソジジイは…」

博士「ホラホラ、Ms加藤、ボーットシテナイデ、早ク用意スルデース」

京子「は、はい」


その後、普通に胸に聴診器で測られ、脈拍、血圧、瞳孔などを調べられる。

普通に風邪をひいた患者と同じような扱いだった。


博士「ヤッパリ異常ナシデース…マッタクMs四路ハ心配性デース」


回転椅子を回して、降矢のほうを向く老人。

とりあえず降矢は大人しくしていたものの、そのまま大人しくしているようなタイプではない。


降矢「あんた、一体俺の体に何をしたんだ」

博士「オーウ?別ニ、何モシテナイデース、体ガ壊レナイ程度ニ、Mr降矢ノ能力ヲ引キ出シタダケデース」

降矢「体が壊れない程度に…?」


…まさか、今までまったく運動しなくても筋肉が衰えなかったり、タバコを吸っても体力が落ちなかったのは…。


降矢「俺の過去に何があった、答えろ」

京子「博士、あんまり答えたら上からまた怒られますよ」

博士「オー、コレハ失言デシタデース」

降矢「なんだと…?」

博士「君ハ、元々”ニューエイジ”ノ一員ダッタデース」

京子「博士!」

博士「…スイマセンデース、Mr降矢ヲ部屋ニオ連レシテシテクダサーイ」

京子「はーい」

降矢「おい!ちょっと待て!!」


椅子から立ち上がろうとして、ガクンと体が硬くなった。


降矢「ぐあ…?テメー、何をしやがった…」

博士「チョットシタ催眠デース、今回ハ上手クイッタミタイデース」

京子「さ、降矢君、いきましょうね」

降矢「待て!まだ聞きたいことが山ほど…!!」


バタン。


扉は無情にも閉められた。




博士「サテ、モウ一人ノ方デスガ…」


博士は奥のカーテンを開け、ベッドに横たわる人物を見る。

…それは、冬馬だった。


博士「男装ガ趣味ノ女性トハナカナカ興味深イデスガ…ソレヨリモ、コノ子ノ手首…」


博士は側の机においてあったプリントを手に取った。


博士「数値ノドレモガ通常ヲ超エテイル…マサカ、並ノ人間デコンナノガイルトハナ…手ヲ加エラレテイルノカ…?」


ジリリリリッ、ジリリリリッ。


その時、同じく机においてあった携帯が音を上げた。


博士「コンナトキニ…モシモシ」

???『博士、もう診断は終わったの?』

博士「一応デース、デモ、興味深イデータガ入ッタノデモウチョット待ッテ欲シイデース」

???『データって…あの一緒にいた男の子?』

博士「…マァ、男、デスネ。モウ少シ調ベサセテ欲シイデース」

???『あんまり、時間がかかると面倒なことになるわよ』

博士「ダイジョーブ、ダイジョーブ、ソレジャ早速調ベタイカラ、切リマスヨー」

???『あ、ちょっと!ブッ、ツーツーツー』


博士は、通話を切った。

そして冬馬の方に向き直る。


博士「才能ハ素晴ラシイ…ガ、女、カ…ダカラ男装シテイルノカ?ソウ考エルト納得デスガ…男ニ対抗スルニハモウ少シ必要デース。…一ツ、親切シテアゲマスカ」


目の奥の光がギラリと笑った。























京子「どーぞ、ここです」

降矢「ぐ…」


通されたのはまるでホテルのような部屋だった、さっきといい、今といい、ここは一体どういう施設なんだ。

さっきから太陽の光を少しも浴びていないし、窓も無い、廊下のドアの向こうが宇宙でも納得しそうな不思議な空間だった。


京子「後は、上から許しが出るまで、ここにいてください」

降矢「なんだと!?」

京子「んー、今日で四日目ですから、後二日くらいですか」

降矢「な、何言ってるんだ!!試合があるんだぞ!!」

京子「ごめんなさい、でも命令は絶対なんです」

降矢「しらねーよ、そんなの!」

京子「ここにはテレビもあるし、食べ物も豊富です、何かあったらそこの電話で話しかけてください」

降矢「ふざけるな!!」

京子「それじゃ、降矢君、また会いましょう」

降矢「お、おい!」


バタン…ガチャリ。


京子が扉を閉めたと同時に降矢の催眠は解けた。

扉に向かって走り、何度もノブをひねるが一向に開く気配を見せない、どうやら鍵をかけられたらしい。


降矢「く、クソォッ!!」


ガツンッ!!

思い切りドアに手を叩きつけた。


降矢「まるで夢でも見てるみてーだ…なんだこの非現実さはよ…。そして…俺の過去に何があった」


さっきの夢で断片的に見えた自分自身の過去。

そういえば、降矢は昔のことを覚えていない…いや『思い出そうとしても出来ない』

そうだ、自分がどうして一人暮らしをしているかも、親から金が送られてきているのかも、中学生から前の事も、何一つ覚えていない。


降矢「降矢毅…?」


降矢毅、それは俺の名前だ。

ただ、夢の中では俺は、番号で呼ばれた、まるで管理されているみたいに。


降矢「訳がわからねー…」


一体、俺は誰なんだ。













そして、将星高校野球部は…。




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